第2話 前略、国道九十号線の上から

「グッモーニン、文香ちゃん。お兄ちゃんが居ない朝は寂しくないかな? お兄ちゃんは、文香の手料理が食べられなくって、心細くて死んじゃいそうだよ?」


「……おはようお兄ちゃん。今日は朝から妙なテンションだね」


「うん、だってこっちは夕方だからね!! 時差って奴さHAHAHA!!」


 前略、おふくろ様。

 と、こういう思いがけずいつもと違う場所にやって来た時には言うものらしい。

 その昔、翔の奴から、なんだったかの話の流れ聞いた。


 まぁ、それに習って言わせていただくと、俺は今、アメリカはテキサス州。

 サンアントニオとヒューストンを結んでいる、国道90号線の上に立っていた。


 いや、より正確に言うと、国道90号線上の街、ワエルダーにある特異点ポーターから出て来た所であった。

 これからサンアントニオでクライアントと合流して、向こうで受け取った荷物――曰く、むこうの少数民族の伝統工芸品――を渡す手はずになっている。


 トランクに詰め込まれた異世界の伝統工芸品。

 なんとも絵面的にシュールである。


 それでいて結構ズシリと重たいので中身が気になって仕方ないのだが――そこは俺も仕事人だ。異世界万事屋という仕事に誇りを持っている。

 荷物を運ぶという契約で仕事を請け負った以上は、その中身についてクライアントを全面的に信頼する。それが信義というものだろう。


 というか、疑ってみたところで、いいことがある訳ではない。

 伝統工芸品だと、客が言うのだから伝統工芸品なのだ。

 それ以上のことを考えて、無暗に正義感やスケベ心を出したところで、待っているのは、ほれみたことかと安堵するか、胸糞が悪くなる展開のどちらかだ。


 閑話休題。

 せっかくの妹とのモーニングコールが、仕事のことで中断してしまった。


 いかんね、少々、ワーカーホリック気味みたいだ。

 せっかくの妹との貴重なふれあいの時間を大切にしないと。


「寂しいよ文香。君と会えない数日が、こんなにも切ないモノだなんて」


「異世界に一カ月とかの単位で行ってるくせに、今さらなに言ってんだか」


「なんだよぉ。見知らぬ土地で心細い思いをしているお兄ちゃんを、もっと気遣ってくれてもいいだろう。割と本気で、海外出張って心細いんだからな」


「はいはい。ごくろうさまです」


 ちっとも兄を気遣う素振りが言葉からも声からも感じられない。

 海外のポーターに仕事で行くって言った時も、なんだかそっけない態度だったし。

 文香さんてばちょっと酷いんじゃないだろうか。


 お土産に、マカダミアナッツとか、色々と買って帰ってあげるつもりだったけれど、やめておこうかな。と、兄にあるまじきことを思ってしまう。


「ていうか、国際電話って高いんじゃないの? そのお金、どこから払うの?」


「もちろんクライアントに」


「気前のいいお客さんなんだね。どっかの大企業とか?」


「それを聞いて文香ちゃんになにかいいことがある訳。普通の異世界輸入商だったよ。なんだったけかな、名前はたこ焼き屋みたいなところだったけど」


「それ、本当に安心して受けていい仕事だったの? 今更だけれど」


 怪しいお仕事ではないのか、と、文香は言いたいようだ。

 心配しているのか、それとも、馬鹿にしているのか。

 その匙加減は分からないが、おそらく前者なのだと信じたい。


 まぁいいや、元気そうならそれで、と、文香が気の抜けた感じで言った。


 テキサスと日本では、時差が15時間ある。

 こちらが、夕方の15時ということは、向こうは丁度朝の8時前だ。


 学校に行く支度もあるだろう、長々と、俺と話している場合じゃないというのは、なんとなく彼女のその声色から理解できた。


「それじゃ、私はこれから学校があるから」


「うん。気を付けてね。君の一日が幸せであることを、異国の地から祈っているよ」


「……お兄ちゃんもね」


 ばいばい、と、最後に少しだけ寂しそうに言う文香。

 きっと時差さえなければ、もっと話したかったに違いないのだ。

 学校さえなければ、いつまでだって、俺と話していたかったに違いないのだ。


 切り際のどこか切なげな声をそう解釈すると、俺はガラケーの電源ボタンを押下して通話を切った。


 さて。

 せっかく携帯電話を取り出したのだ。

 明るいうちにもう一つ、用事を済ませてしまうとしよう。


「なにせこの街――工場ばっかりで何もないからなぁ。せめてファストフード店でもあれば話は違ってくるんだろうけど」


 俺は、胸ポケットから名刺入れを取り出すと、そこから一枚の名刺を取り出した。


 今回の取引先相手が、郵送で送り付けてきたものだ。


 普通、顔通しくらいするものだと思うんだがね。

 うぅん、しかし、荷を運んで200万円、交通費込みは十分に魅力的である。


「異世界アンティークショップ、八ちゃん商会ねぇ」


 やっぱり、たこ焼き屋みたいな名前だな、と、俺は思った。

 これで東京が本社なんだぜ。

 信じられるかよ。


 名刺には「代表取締役 末広八郎」と書かれている。

 その下の、個人携帯の電話番号に、俺は国際番号を付けてダイヤルした。

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