第3話 ランデブー・サン・アントニオ

「もしもし、異世界万事屋『アポロン』の高島だけれど」


「おー、万事屋か。荷物は無事に向こうで受け取れたか?」


「……まぁ、なんとか」


 携帯はワンコールで末広へと繋がった。

 何度かやり取りはしているが、どうにも軽薄な感じが否めない男だ。


 実際に顔を合わせたことがないのでなんとも言えないが、きっと、文香が嫌がるちゃらちゃらした感じの男に違いない――。


 つまり、俺みたいな男ってことなんだが。


 しかし、携帯の向こうから聞こえてくる音が、なんとも騒がしい。

 いったいどこに居るのだろうか。


 大音量で聞こえてくる音楽は、日本のポップスとはまた違う。絶妙に聞き取れない、そしてリズム感からして違うそれは、おそらくもなにも洋楽だろう。


 こちらのクラブか。

 いや、それにしては今ひとつ、盛り上がりにかけている。

 かといってファストフード店なら、こんなに五月蠅く感じるくらいの音量で、音楽を流すようなことをするだろうか。


 なんてことを考えていると、携帯の向こうで末広が口を開いた。


「ガラケーだとよぉ、連絡にLINEとか使えなくて不便だよなぁ。こうして国際電話になっちまう」


「儲かってるんだろ、文句言うなよ」


「今、絶賛、スロットでボロ負け中だよ。目押しができないってのは悲しいね。日本のスロ屋だったらと、いったい何度思ったことか」


「なんだあんた、今、カジノに居るのか?」


「待ってる間、暇だったんでね。あぁ、どうしよう。あんたへの支払い分に手を付けようかなと、そんなことを丁度考えていたんだが、いいかね」


「よし、その辺にしておけ」


 なるほどカジノか。ならば納得だ。


 賭場というのはただでさえ、機械音やら喧嘩やらで騒がしい場所だからな。

 携帯電話のマイクで拾うくらいの、大音量で音楽を鳴らして、ちょうどいろいろと不都合な音が隠せるってものだ。


 いや、ほんと。


 事務所に近い――というか、ほぼ真下の階にパチ屋がある関係もあって、その辺りの事情はなんとなく分かる。


 しかし、あれはなんとかならんもんなのかね。

 事務所が入っているビルの、一番の稼ぎ頭だから、面と向かって誰も文句を言えないのが歯がゆいよ。


 いかんいかん仕事だ。

 こうしている間にも、国際電話料金は次々に加算されていっているのだぞ。


 時は金なりというではないか。

 ぼやぼやとバカ話をしている場合じゃない。


 俺は咳払いをすると、仕事モードに入りましたよ、と、末広に合図を送った。

 だが――。


「で、どこで落ち合う?」


「こっちまで来てくれよ。俺、次はポーカーに行こうと思ってるんだ」


「……あんたなぁ」


「分かってるよ、お仕事を迅速に済ませたいんだろ。悪かったって。ちょっと負けが込んでしまって当たりたくなっちまっただけさ」


 どうだか。

 先ほど文香が言っていた言葉が、急に脳裏に蘇る。


「それ、本当に安心して受けていい仕事だったの?」


 金払いの良さにほいほいと釣られてやってみたが。

 この人を舐め腐ったような対応を前にして、不安を感じない方がどうかしている。


 なにかろくでもないことの片棒を担がされているんじゃないだろうか。

 ふと、トランクの中身を確認したい気分に襲われて、俺は後ろを振り返った。


 大丈夫、何の変哲もないトランクだ。

 ちょっと中身は重たいけれども――きっとそういう工芸品なのだろう。


「ランデブーポイントは、一、二、三、ダーで行こう」


「はぁ?」


「えっ? 通じないの? お前それでも日本人?」


「……悪いけどさ、長いこと異世界で生活してたもんで、こっちの文化については詳しくないんだよね」


「いや、それでも、普通知ってるでしょ」


「悪い、知らない。もっとはっきりと指定してくれ。そうすると、こっちも助かる」


「オーケィ、オーケィ。分かったぜ、マジメな高島くん。場所はサン・アントニオ。アラモドーム前の駐車場でどうだろう」


「オーケィ、末広くん。じゃぁそれで」


 どうやら俺のカジノ行きは回避できたようだった。

 あぁいう騒がしいところは御免だ。ついでに言うと、煙草臭いも勘弁願いたい。

 行かなくなって御の字という奴である。


 しかしながら、サン・アントニオね。


「ワエルダーからは東へか。下道を通って、経費を浮かせるかね――。いや、ガソリン代の方が高くつくだろうか」


 翔の名義で、俺はこちらの世界に来てから、AT限定ではあるが車の免許証を取得した。なので車をレンタルしてここまでは来たのだが――。

 正直、あまり運転は得意ではない。


 なんというかね。

 エルフと車というのは、そもそも相性が悪いと思うのだ。


 ただでさえ文明の利器という奴に疎いエルフ族である。

 それに、鉄の荷馬車を操作させるのが、そもそもとして無理がある――そう思うんだなぁ、僕は。


 この点、器用なドワーフ族やスクーナ族なんかは、簡単に順応するみたいだが。


 そういやその昔、ハーレーに乗ってアメリカ大陸を縦横無尽に行き来するアグレッシブなドワーフに世話になったことがあったっけかな。


 この仕事が終わったら、一度、元気にしているか見に行ってみてもいいかもな。


 まぁ、愛想のいい奴ではない。

 きっと俺が行った所で、いい顔はしないだろうが。


「さて。それじゃ、愛しい文香ちゃんに早く会うためにも、ちゃっちゃとお仕事終わらせちゃうとしましょうかねぇ」


 トランクを引いて、俺はポーターの駐車場へと移動する。

 自分がレンタルした車――なんとも、使い勝手のよいトヨタのクラウン――が、盗難されていないことを確認すると、ロックを解除して、まずは後部のトランクスペースを開けた。


 ごちゃごちゃとした荷物なぞ一切置かれていないそこ。置かれていなさ過ぎて、ちと、困ってしまった。なにせ、運ぶ品がアンティークなのである。

 一応、ロープやらなにやらで、固定した方がいいのではないかな、と、そんなことが気になってしまったのだ。


 中身次第だろう。

 割れ物注意な一品なら、まず、ベルトで固定するべきだ。


 はてさて、そうなると、中身を確認した方がいいだろうか――。


 しかし、末広の奴は、俺に、特に荷の運び方についてに、注文を付けなかった。

 ここまでも、トランクのローラーをふんだんに活用して、引きずりまわして持ってきている。


 気を付けると言っても、今さらな話過ぎやしないだろうか。


「……まぁ、いいか」


 そう思って、トランクをよいせと持ち上げた時だ。

 シュコー、シュコーと、何やら、聞きなれない音がその中から聞こえてくるのに、俺は気が付いた。


 いや、気が付いてしまった。


 いや、いやいや。


 きっと、何かこう、止むを得ない事情で、酸素の吸入が必要な工芸品なのだ。

 そう、きっと酸素濃度とか、そういうのをきっちりと管理する必要があったりする、そういうモノなのだ。


 聞かなかった、聞こえなかった。俺は何も知らなかった。

 知らないことにしておきたかった。


 だが――。


『故郷を――むこうの世界を食い物にする奴らを俺は許さん。奴らの脳髄に、死の鉄槌を振り下ろす。それが俺がこちらの世界で生きる意味だ』


 懐かしいドワーフの台詞を思い出して、俺は固まってしまった。


 そうだ。

 アイツが口にした怒りは正しい。


 そして俺もまた、アイツと同じく、むこうの世界からやって来た者として――、もし、彼が怒りを覚えるであろう事象がこのトランクの中で起こっているのだとしたら、それを確かめない訳にはいかない。


 そう、思った。

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