第10話 サボテンの華

 事後処理はつつがなく行われた。

 豊野を回収した俺たちは、そのまま気絶した彼を背負ってジルハの街を脱出。丁度、直ったばかりの馬車を拝借――爺さんに残りの代金に色を付けて渡すのを忘れずに――すると、そのまま八代特異点ポーターへと通じているこちら側のポーターに向かった。


 道程を考えれば、途中で一泊する必要があったが、そこはそれ。

 豊野に隙を見せる訳にはいかない。


 まるで海外ドラマのようなやり取りに、すっかりと憔悴しきった相原を隣で寝かせて、俺は夜を徹してポーターへと走った。


 意識を取り戻した豊野は、自分が縛られていること、そして羊臭い荷台にしっかりと縄の先に結わえられていることに気が付くと、すぐに暴れて抵抗した。

 まぁ、当然そうなるだろうと見越して、縛っている縄には魔法をかけておいた。けっして、それが外れることはない。


 五月蠅くする豊能を睨み据えて、きつく、それを戒めてやる。すると、豊野は途端に大人しくなった。

 相原ちゃんほど愚かではない彼だ。たぶん、自分がどういうモノに喧嘩を売ったのか、これだけのやり取りで、よく理解してくれたのだろう。


 ちょうどあの騒乱で、少しばかり頭の黒髪が剥げてきた所だ。

 俺が――彼らとは違う世界の住人だと気づいたのかもしれない。

 だから一応、忠告しておくことにした。


「あんたの身体には細工をさせてもらった。今後、AK47に関わる発言、そして、俺のことについての発言をしようとしたら、身内に巣食っている食虫植物が、あんたを内側から食い破る」


 返事はない。

 絶望、そして、それを運ぶ馬の足音だけが、夜を支配していた。


「口を噤んで生きることだ。一生、な」


 彼は、これから刑務所の中でその人生の大半を過ごすことになるだろう。

 異世界への武器輸出は重罪である。

 まず、実刑は免れないだろう。


 終身刑になるかは微妙なラインである。なにせ、過去に判例のない出来事だから、裁判官もどう扱っていいかきっと苦慮することだろう。


 しかしながら、刑務所の中で、彼はAK47についての情報を、誰かに話すことができる。もし、その話が出所予定の危ない奴らなんかに伝われたば――今回のような騒動に発展する可能性は大いにありうる。

 もちろんその前に、警察側がそれを押収してしまえばいいだけの話だが。

 念には念を。

 用心しておくことにこしたことはないだろう。


 何かを言おうとして、首をもたげた豊野の顔を、俺は力いっぱいに殴りつけた。


「静かにしてろよ。レディがお休み中なんだから」


 気絶させた彼と、俺の肩に寄り添って眠る相原ちゃんを運んで、馬車はヤスクールの荒野の夜を駆けた。


◇ ◇ ◇ ◇


 八代監獄に続く接続点に到着したのは明朝のことだった。

 御者台の上だというのに、ぐっすりと八時間睡眠をかまし、健康的に目覚めた相原ちゃん。

 ここどこ、という彼女に、俺は苦笑いを浴びせかけると、移動の前にまずは朝食の準備をと、なんでもない風に切り出した。


「そんな呑気なことをしている場合じゃないでしょ!!」


「大丈夫だよ」


「追手が来るかもしれないじゃない」


「来たら倒せばいいだけだ」


 豊野から奪った、「H&K USP」も丁度ある。

 マガジンに弾丸もフルに入っている。

 こいつがあれば、まぁ、現地人の襲撃を受けても、たいていなんとかなる。


 ちょうど野兎の巣があった。

 そこから三匹ほど、丸まる太ったそれを引き出すと、俺は手慣れた感じでナイフで捌いた。


 豊野の様子を見ているから、と、彼女は背中を向けたが――まぁ、グロテスクなものである。見たくなかったのだろう。

 カエルも、ウサギも、こんなに美味しいというのに。


 いかんねやはり。


 むこうの人間というのは、文明という奴に毒されている気がする。

 スーパーで綺麗に加工されて、バック売りされている食肉によって、生命に対する敬意を忘れてしまっているのだろう。


 一度、文香ちゃんにも、そのあたり、ちゃんと教えてあげるべきかもしれない。


「……なんてな、冗談だよ、翔」


 親友の大切な妹の前で、ウサギの解体ショーなんて、一生トラウマに残るようなこと、できる訳がないだろう。


 まぁ、なんにしてもだ。

 俺はウサギを手早く解体すると、それを焚火の前にくべてこんがりと焼いた。


 カエルとウサギ。いったい何が違うのだろう。

 昨日は食べることを拒んだ相原が、どうしてウサギの肉は食べると言い出した。


 翔直伝のタレで焼いたそれを、彼女は、ちょっと酸っぱいかも、なんてことを言いながらも、ぺろりと食べた。それから、なんだか憑き物が取れたような顔をして、ふぅ、と、満腹という感じの息を吐き出したのだった。


 どうやら満足はしていただけたみたいである。

 料理人冥利に尽きる反応だ。


 まだ、朝もやにけぶっているポーター周辺の草原。

 焚火を前にした相原は、もはや破れてしまってボロボロになり、二度と使えないだろうスーツを抱えて、ふっとなんだか寂しそうな顔をした。


 何か不満でもあるのだろうか。

 分からなくて、つい、俺は、どうかしたか、と、彼女に尋ねた。


「大丈夫よ、心配しないで」


「でも」


「……結局、私は一人じゃなんにもできないんだなって。改めて実感してただけよ」


「なんだい。それは随分と今更な話だな。助けを求めて来ておいて」


「うん、そうよね。その通りだと思う。けど……」


「もっと格好よく、豊野を捕まるつもりだったってことかい?」


 彼女は更に強く膝を抱えた。

 痛ましいくらいに。そして、顔を膝の中に隠して、声を殺して泣いていた。


 何を泣くことがあるんだろう。


 相原ちゃん。

 君は立派に、自分の理想に準じた仕事をしたではないか。


 確かに、色々と至らない点はあった。

 上げだしたらキリがないくらいだ。

 けれどもこうして豊野は捕まえた。自分の手で、彼を撃った。

 その事実は本当だろう。


 そして――。


「もし、俺が現地人を撃ったことを気にしるなら、それを気にする必要はないよ?」


「え?」


「ヤスクールと正常に国交を持っている向こうの国は少ない。それに、今回のいざこざは事がことだからね、きっと、ヤスクールがどうこう言って来ることはない」


「けれども……」


「そして君はこれから、その事実を忘れる。いいかい、君は、異世界案内人の俺の手引きによって、穏便に豊野を捕まえることができた」


「……何を言っているの?」


 にっこり、と、俺はわざとらしく、笑顔を見せた。

 そして、手のひらを相原の前に広げた。

 そこから――さて、どんな手品を使ったのだろうか、にょきりと、黄色い棘をびっしりと生やしたサボテンが生えて来た。


 わぁ、と、驚く相原。

 そんな彼女の前で、サボテンはみるみると成長すると、赤い華を咲かせた。


「……なにこれ、綺麗」


「でしょう?」


「高島翔、貴方って、ほんと、不思議な人ね」


「魔法使いみたいだって、思った?」


 だったら、それは正解だよ。

 そう俺が答えるより早く、八時間、ばっちりと睡眠をとったはずの相原は、また、ぐったりとその場に倒れこんだのだった。


 再び、彼女が目を覚ました時――彼女の中から俺に関する不都合な記憶は消えている。これは実際、先ほど彼女に話した通りだ。

 彼女は俺の案内により独力で豊野を捕まえた、そう、記憶を書き換えたのだ。


 この俺の手の中に生えているサボテンの華は、開花と共に人の記憶を書き換える作用のある芳香を放つ。

 それに彼女はまんまとかけられたという訳だ。


 これでも、「明星の金冠」という二つ名を持っていた身だ。

 乙女のこれからの人生に、不要な記憶を消すことくらい、なんてことないさ。


 まぁ、その名前は、つい三年まえに捨てたんだけれども、ね。


 さて、では、豊野の方にもそれをかけておいた方がいいかと思ったが――。

 あっちはそれよりもっと怖い魔法を仕込んである。

 下手なことをしなくても、きっと大丈夫だろう。


「しかし、二人を担いでポーターを移動するとなると、これまたしんどいことになりそうだなァ」


 そんな愚痴をこぼしながら、焚火を消して身支度を整える。


 ぐっすりと、眠りこけている相原ちゃんを胸に抱えて。

 豊野を、首根っこを掴んで引きずりながら、八代監獄へと続く、ポーターへと俺は向かった。


 こちらのポーターは、平原の中にあるちょっとした洞窟の奥にある。

 移動先が八代監獄ということもあり、まずまず、こちらから移動に使う人間は居ない。今回の事件を受けて、先回りして待ち伏せされている心配もまずないだろう。


 なにせ、そうさせないように、一昼夜駆けてやって来たのである。


 こちらはよく晴れているが、熊本の天気はどうだろうか。


 とある刑事が、異世界の危機を救ったのだ。

 雲一つない青空だといいのだけれどね。

 まぁ、入道雲が映える空というのも、それはそれでいいかもしれない、か。


 いかん、徹夜で頭がポエミーになってきている。

 ダメだぞ、フューリィ、いや、翔。


「ハードボイルドな朝ってのは、どうしてこうも難しいのかね」

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