Wood Chip Bullet

kattern

Episode.1 Wood Chip Bullet

第1話 マンハント・ハント

 は俺に言った。

 銃を撃つ時は神に祈るといいと。


 神は人の行いの全てを赦すという。


 この右手に握りしめたマットブラックの冷たい殺しの道具で、狙いを定め、引き金を引き、薬莢が飛び、硝煙が吐き出され、発射された二つの弾丸が暗殺対象ターゲットの脳と心臓を貫くまでの間に、三度神に赦しを請えば、人の罪はすべては赦される。


「ここはそういう異世界ところだろう、相棒?」


 違いない。


 ここはそういう世界ところだ。生まれた世界こそ違うけれども、相棒は俺よりもこの世界のことについてよく理解していた。


◇ ◇ ◇ ◇


 森の中を獣人の娘が駆けていた。

 しなやかなその脚は、黄色と茶色のまだら模様の肌に覆われている。


 それはこちら側では、本来、だった。


 娘といっても乳飲み子ではない。

 餌は自分で獲れる。縄張りだって自分で維持することができる。

 子供だって、もう、作れてもおかしくない年頃だろう。


 実に健康的で平均的な獣人の娘だ。


 


 鬱蒼うっそうと茂った森の中に銃声が響く。

 そして、娘の姿が茂みの中に消えた。


 うぉおぉんと、声にならない悲鳴が森に響く。それに少し遅れて、木々の合間に休んでいた鳥たちが、狩る者のおだやかならぬ咆哮に空を舞った。


「……仕留めたかな?」


「会長。お見事でございます」


「遠目にですが、なかなかの上物ですよあれは」


「そうかい。どうでもいいや。この遊びも、そろそろ飽きてきたな」


 小太りの男はなんだかそっけない素振りでそう言うと、手にしていたウィンチェスターM70を、隣に立っている屈強な体格をした男に預けた。


 懐古主義という奴だろうか。

 わざわざと、半世紀も前に製造された古めかしいライフル銃を選んでいるあたり、実に趣味が悪い。


 どうでもいいと言いながら、男は娘の姿が消えた茂みへと歩み寄った。

 そんな彼に追従し、ライフルを預けられた男を含む三人の男たちも、その後ろに続いて茂みへと移動する。


 娘の姿が消えた場所から、数歩というところ。

 ライフルを預けられた男が、小太りの男の前へと出た。


 あいあわらず獣人の娘のうめき声が続いていた。

 しかし、藪の中へとライフルを預けられた男が入ると、しばらくしてくぐもった唸り声へとそれは変わった。


「見事に太腿ふとももだけを射抜いてらっしゃる。よくここまで正確に狙えますね」


「毎日見てるからね。通勤途中に」


「というと?」


「女子校生がさ、こうワーッと、通勤経路の道を横切るのよ。それを眺めながらね、こう、太ももに照準を合わせてるのさ」


「なるほど、日ごろの鍛錬の賜物のということですね」


「仕事でもなんでも、やっぱり、イメージトレーニングは大切なんだよ。想像力がなくっちゃ、ビジネスマンってのはいけないよ、やっぱり」


 そう言って、小太りの男はその場に屈み藪の中へと姿を消した。

 入れ替わりに藪の中からライフルを預けられた男がその背をもたげた。


「口は塞ぎました。どうしましょう? 抵抗できないよう、手足を落としますか?」


「君ね、残酷なのはよくないと思うよ。そんなことしたら、せっかく綺麗に仕留めたのにもったいないじゃないか」


「はい」


「獲物は美味しくいただかなくっちゃ」


 くぐもった唸り声が、また、森に響く。

 腹の底から吐き出したような、強い憎悪が感じられる声だった。


 しかし、そんな獣人の娘の敵意とは対照的な、湿った音が森の中に響いた。厚ぼったい唇を舌でなめずった様な、そんな下卑た音だ。


「おうおう、怖い怖い、そんなに睨まなくってもいいんだよ。大丈夫。あとはもう気持ちいいだけだから。もう何も、怖がる必要なんてないんだよ」


「獣人でも人の言葉はわかるのでしょうか」


「君ぃ、ペットを飼ったことがないのかい。無粋なことを言うんじゃないよ」


 そろそろかな。


 拳銃のスライドを引いて静かに両腕を肩の位置まで上げる。

 握りしめているそれの照準器を、ウィンチェスターM70をのんきに両手で抱えている男へと合わせた。


 手際のよさから考えて、おそらく彼は同業者だろう。

 しかも、マンハントを生業とする性質タチの悪い奴だ。


 人の仕事をどうこう言うのは趣味じゃない。


 だが、悪いな。

 この仕事はこういのも織り込み済みだろう。


 神に三回祈れば、人の罪は全て赦される。

 木々の合間から見える空は、おあつらえ向きの雲ひとつない青空だった。


 Cz75。

 左側、使い込んで赤色のこそげ落ちたセーフティを解除してコックを降ろす。

 引き金を手前に引いてから、銃身から弾丸が飛び出すまでに――神に祈る時間はなかった。

 やれやれ、二回も引いたのに、だ。


「あぱッ」


「えっ?」


「あっ!!」


「なんだい、どうしたんだい。せっかく人が楽しもうって時に、興が……」


 立ち上がった小太りの男に次の照準を合わせる。

 側頭部、耳の少し上のあたりの動きを予想する。おそらく、振り返って、ライフルを預けた男の死体を見た彼は、後ずさりするだろう。


 コンマ01度もないくらいにサイトを微調して、俺は引き金を引いた。


 ひぃ、と、口から出かけていた叫び声。

 しかしそれは、狙い通りに側頭部を打ち抜いてやると、森の中に満ちている本来の静寂へと吸い込まれるように消えた。

 

「誰だ!! なんの目的だ!!」


「ちくしょう!! だから嫌だったんだ、こんな悪趣味な接待……!!」


 煩い。黙れ。

 言葉にするより、弾丸を男たちの眉間に叩き込んだ方が早い。


 これだけ派手に弾丸を撃ち込まれて、自分がどこから狙われているのかもわからない。そんな、の頭を無慈悲に打ち抜く。

 一方的な殺戮。

 今はチートなんていうのかね。


 数分もかからず、すぐに、森にはあるべき静寂が戻った。


 コックを戻して銃にセーフティをかけると、俺はその場に立ち上がる。


 暗殺対象四名に対して使用した弾丸は六発だ。

 最初の男――おそらく一番やっかいだろう同業者――を仕留めるのに二発。

 三番目の男を仕留めるのにも手間取って二発使った。


 貧乏スイーパーの身空である。

 ヘッドショット、FPSゲームのように一発で決めれるのに越したことはない。

 だが、まぁ、上出来なほうではないだろうか。


 弾丸一発五十円。

 近所のスーパーの火曜セールで、もやしが二パック買えるのだ。

 鶏むね肉だって百グラム買える。


 節約節約。けち臭いくらいでちょうどいい。

 と、妹の文香は口癖のように言っている。


 とかく、うちは金がない。

 俺の稼ぎが少ないのだから、こればっかりは仕方がない。


 さて、浮いた弾丸二発分の金で、帰りに古書店で中古本でも買おうか。

 なんてことを思いながら、俺は息絶えた暗殺対象ターゲットへと近付く。


 一応、依頼人から渡された、対象の写真と顔を見比べてみた。

 側頭部からのヘッドショットのおかげである、なるほど、俺の仕留めた小太り男と写真の中の下卑たスーツの男が、同一人物であるのは判別できた。


 他は知らない。


 とばっちりで申し訳ないが、喚いていたとおりだ。

 


「治外法権をいいことにマンハントとは悪趣味だな。それと同じ感覚で、取引先の女性社員を異世界に連れ込んで手籠めにするってのもなかなかだ。まぁ、こればっかりは自業自得だよ。自分が貫かれる立場になって考えられなかった、残念なビジネスマンさん。想像力をもう少し、その頭くらいに磨いておくべきだったね」


 むぅ、むぅ。

 

 ふと、その時俺の背中で声がした。


 あぁ、そうだ、すっかりと忘れていた。


 さるぐつわを填められ、手を後ろにレザー製の拘束具で縛り上げられた獣人の娘が、目の端に涙を浮かべてこちらを見ている。


 いいよ、分かってる。


 健康的でしなやかな太ももから流れ出る赤い滾りは、もう止めることはできない。

 彼女は救いを求めていた。


 この肥え太った男の銃の腕前というのは、残酷なほどにたいしたことがない。

 いや、きっとそういう趣向なのだろうが――。


「今度は、神に祈る時間がありそうで、助かるよ」


 再び銃のコックをおろし、セーフティを外す。

 照準を獣人の娘の頭に合わせると、彼女が涙を止めた。


 どうしてだろう。

 言葉も文化も持たないはずの亜人の彼女。この行為の意味も分からないはずなのに彼女が、俺にはように見えた。


 オーケィ、君のために祈ろう。


 ゼウス。


 オーディン。


 ヴィシュヌ。


 アマテラス。


 ココペリ。


 ケツアコアトル。


 あいにくと、どれも信じちゃいない。


 けど、君の安らかな死を祈ることに、残った銃弾二発くらいは使ってあげよう。


 やれやれ、新しい小説が読めると思ったが、仕方がない。

 女の涙と、男の命を懸けた願いに、適うものなどそうそうないのだから。


 今日は帰ったら本棚にある、読み古したハードボイルド小説で我慢するさ。


 北方先生の本に外れはない。

 そして、いい小説というものは、何度読んでも、いつ読んでもよいものだ。

 酒や煙草と同じさ。

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