Episode.3 Dwarves come in Harley!!
第1話 手に斧を、背中に過去を
こちらとむこうの世界が繋がってから、何もかもが狂ってしまった。
生まれ故郷はこちらの世界から持ち込まれた数多の銃火器によって、無慈悲に蹂躙され滅んだ。
ワシを慕ってくれた多くの兵たちが。
手塩にかけて世話をした馬たちが。
鉛の弾の雨嵐の中で倒れていく光景は、悪夢以外の何物でもない。
今でもリナンナ国との戦争は夢に見る。
そうして、そんな夜には、どうしてワシは命を拾ったのかと自問自答するのだ。
答えを教えてくれる者はいない。
月明かりが差し込んでくる木枠の窓の風景にも。
遥か彼方に聞こえる車のホイールがアスファルトが削る音にも。
あるいは、見かけによらず気のいい若者たちの陽気な笑い声の中にも。
どこを探してもそんなものは見つからない。
こちらの世界には人間・亜人を超越した神なる存在が居て、時に悩める者たちに知啓を与えるという。
ただ。リナンナ国との戦争のあと、行き場所を失い、長らくこちらで暮らしてみたが、その神に出会ったことは一度だってなかった。
こう話すとワシは誰かに救いを求めているように思うかもしれない。
だが、そうじゃないんだ。
ワシが求めているのは赦しである。
取り返しのつかない過去に対してではない。
死んでいった部下たち、仲間たちに対するものでもない。
リナンナの戦争から半世紀。
今もってなお、ワシの胸の中に癒えることなく渦巻いている抗い難い怒りの炎。
それを鎮めるために振るわれる斧を――私怨のためだけに行われる復讐と殺戮に、意味があるのだ、と、きっと誰かに言って欲しいのだ。
でなければ、ワシの人生とは、いったい何のためにあるのだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
アメリカ中南部はテキサス州オースティン。
シリコンバレーにあやかってシリコンヒルズを名乗る、この丘陵地にできた州都は、IT産業の拠点として近年目覚ましい発展を遂げていた。
だが、テキサスはインディアンとの抗争、そして軍事産業により栄えて来た州だ。
どんなに綺麗な言葉で取り繕ってみたところで、血なまぐさい硝煙の匂いが、砂漠を走っていてもこの地には立ち込めているのが分かる。
州の郊外には、先住民であるインディアンたちの居留地がある。
彼らへの風当たりは年々厳しくなっているそうだ。
それについてはこのワシも、考えさせられることがある。
どうして、こちらの世界――とり分けてこの国の人間たちは、肌の色が違う、思想が違うというだけで、こうも冷淡になることができるのかと。
それが結局、ワシたちの世界にも向けられたということなのだろう。
利己的なのだこの国の人間は。
究極的に。
愛機、FLHRXロードキングスペシャルをゆっくりと減速させた。
州間高速道35号線をコロラド川を渡った辺りで降りると、ワシは東手のホーリィ地区へと向かう。
夜の住宅街に、ハーレーの煩い排気音が木霊した。
何事かとカーテンを開けてワシの姿を確認したあばた顔のブロンドの少女。
彼女は頬を両手で挟むと、ヒステリックな悲鳴を上げた。
「ママ、来て!! サンタクロースがハーレーに乗ってやって来てるの!!」
そう言われたのは、二度、三度ではない。
そしておそらく、これから向かう場所でも、ワシはその言葉を浴びせかけられることになるのだろう。
住宅街に人通りがないことを確認すると、再びマフラーを噴かす。
さっさと、こういういのは済ましてしまうに限る。
なにせ、今夜はまだまだこれから忙しくなるのだから――。
住宅街を抜け、更地の横を抜けると、ワシは少しばかり門構えのしっかりとした邸宅の前へとゆっくりと減速してハーレーを止めた。
そして、サイドバックに結わえ付けてある――お気に入りのそれを一本を手に握りしめる。そのまま、開け放たれた鉄格子の扉を抜けると、二階建ての邸宅の正面玄関の前にワシは立った。
ノックは三回。
応える声はない。
鍵はしっかりとかかっているようだ。
だが――ワシのお気に入りの一品、魔術鋼製の手斧の前には無意味だ。
こちらの世界の錠前など、そんなものはトーストの上に置かれたバターに等しい。
ふん、と、鼻息で錠を切断すれば、両開きのその扉を蹴って中へと上がり込んだ。
強く蹴り過ぎたのだろう。両開きの扉の蝶番は外れて、左右へと開くより先に、眼前の床へとけたたましい音と共に落下した。
錠前を壊す必要すらなかった。
正面入ってすぐのエントランスホール。
すぐさま、騒ぎを駆け付けて、黒くて上等な仕立てのスーツを着た、浅黒い肌の男たちが、奥にある扉から姿を現した。
指折り数えられる程度の人数――合計にして七人だ。
やれやれ、もう少し人数が居るか、と、思ったが。
ワシの買い被りだったか。
それともまだ奥に控えているのか。
「……おいおい、ピザもサンタも、うちは頼んじゃいないぞ」
「小人病の爺さんよ、物乞いをするなら教会に行きな」
「それと、その斧はいささか物騒だぜ。しまっておきな」
「俺たちが銃口を向ける前にな」
それを指して、小人病だの、サンタクロースだの、言われるのには慣れている。
それに対しておどけてジョークにしてみせるテクニックも覚えた。
しかし、今はそんな冗談を言いに来たわけではない。
「――ワシはサンタでもないし、小人でもない」
「なに?」
「だったら、何を俺たちにお恵みに来られたんだ? デカ鼻の爺さん?」
「――ワシはお前たちに死を与えに来たもの」
なんだって、と、聞き返してきた男。
彼に向かって、ワシは、腰のホルダーにぶら下げていた、ハンマーを投げつけた。
掌の中に納まるサイズのそれではあるが、これもまた、魔法鋼を鍛えて作った特注の武器である。見た目以上の質量を持ったそれは、彼の眉間から後頭部までを、ごっそりと削ぎ取るように破壊した。
突然の仲間の死に、狼狽えている黒服の男たち。
ここ、オースティンの麻薬・人身売買について仕切っているマフィアの構成員だと言うが――なっちゃいない。
全然なっちゃいない。
そんな風に狼狽えているうちに、ワシはもう一つハンマーを投げれるのだ。
すぐに銃を構えるべきだろう。
武侠に生きる者であるならば、その一瞬の無意味な間は――決して埋めることのできない力の差だ。
「おい!! どうなってる!?」
「なんだこの爺!!」
「構わねぇ、撃ち殺せ!!」
ようやくその気になってくれたらしい。黒光りするオートマチック銃を上着の中から取り出して、彼らはその銃口をこちらに向けてきた。
ワシは銃については詳しくない。
分かって、自動小銃と拳銃とライフル、そして拳銃の中でもリボルバーとオートマチック、それくらいの区別がつく程度だ。
別に知りたいと思わないのだから仕方がない。
銃は、確かにワシの人生を破壊した。
だが、残された人生を生きていく上で必要なものではない。
そう、銃なんて邪道だ。
こっちの世界だろうが、あっちの世界だろうが、戦士に必要なのは決まっている。
強靭な肉体。
そして、一本の斧があればいい。
もう一本、腰のホルダーからハンマーを取り出すと、ワシは手近にいた黒服の頭に向かってそれを投げつける。赤毛がよりいっそう派手に染まる。
「ははっ、それなら、きっと女性にもモテるだろうよ」
――ふむ。
どこぞの軽薄なエルフ男のみたいなことを口走ってしまった。
ワシは元来寡黙な方なのだがな。
どうしてそんなこと口走ったのか。
きっと銃を見て、アイツのことを思い出してしまったのだ。
まぁいい。
赤毛の男の死を境にして、残された黒服四人は一斉にこちらに向かって銃を乱射した。どいつもこいつも、狙いの定まっていない下手くそな撃ち方である。
射線上――ワシの身体を貫くのは、左端に立っている男が放ったものと、真ん中のスキンヘッドの男が撃ったものくらいだ。
そしてどちらも狙いが正確過ぎる。
心臓と、頭。
残念ながら斧は一つ。
二つを同時に守ることは不可能だ。
ワシは迷わず顔面を、魔法鋼で出来た斧の腹で遮って守った。
心臓は――大丈夫だ。
ドワーフの身体は、元来丈夫にできている。そこに防弾チョッキとプレートが合わされば――銃弾なぞオークに殴られた程度の痛みだ。
三発発砲して、動きを止めた黒服たち。
心臓に弾が当たったことで、すっかりと油断したのだろう。
その油断の時間を、また、ワシは有効活用させて貰うことにした――。
腰のベルトから取られたハンマーが、左端の男と、中央に立っている男の顔面をたたき割る。
とうとう、七人居たこの館の使用人は――二人になってしまった。
怖気づいたか、先ほど、明後日の方向に銃弾を放った、年若い黒服の男が、ワシに背中を向けて逃走を図ろうとした。
その背中に向かって――最後の一本のハンマーを投げつける。
背骨を砕かれ、肺腑を潰された彼は、ごぷり、と、血をその場に吐き出して、前のめりになって倒れた。おそらく、致命傷ではないはずだが――恐怖によるショック死だろう。彼は動かなくなっていた。
よくある話だ。
さて。
「言っただろう。ワシはお前たちに死を与えに来たと。例外はない」
残されたのは、先ほどはワシに弾を当てられなかった男一人。
グリップをしっかりと握りしめ、ワシの顔に向かって銃口を向けると、腰をためて構えている。なるほど、今度はしっかりと当ててくれそうである。
そうでなければ。
滾る血と共に、ワシは走り出した。
銃弾が放たれる。
一発目を、手にした魔法鋼の斧の峰で弾き飛ばす。
二発目を、さらに、斧の柄で受けて防ぐ。
三発目、顔面を襲ってきたそれを、斧の腹で受け流し。
四発目が放たれるより早く。
ワシは斧で、銃を握りしめている男の手を断ち切った。
「うっ……うぁあああああっ!!」
「五月蠅い」
返す刃で、下からその首元に向かって斧を振り上げてやる。
日ごろのメンテナンスがいいからだろうか。
それとも、この男の首周りはバターでできていたのだろうか。
無茶な使い方をしたというのに、ワシの斧は黒服の男の首を跳ね飛ばすと、エントランスに赤い噴水を作り上げたのだった。
まるでタランティーノの映画みたいだ。
いつぞやの軽薄エルフがワシに言った台詞だ。
どうして、今日はそんなことを思い出すのだろうか。
まぁいい。
まだ、ワシが死を与えるべき異世界人はこの家に居るのだ。
血に染まったハンマーを回収して、再びベルトへとぶら下げる。
ワシはまず――エントランスの正面にある扉から、その、死を与えるべき相手が居ないか、探すことにした。
急がなくては。
今夜、死を与えるべき相手は、多い。
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