第5話 エルフの心臓の価値
一つは、銃火器や魔法といった、異世界間の文明レベルの差だ。
魔法については、こちらの世界には魔力の供給源がないのが幸いだった。
魔力筒のように、無理やりそれを行使する方法がない訳ではないが、世界秩序を乱すような、脅威とはなりえなかった。
もし、こちらでも普通に魔法が使えるような条件が揃っていたならば――世界秩序あるいは世界情勢も、さらに言えば国境線について、影響を与えていただろう。
本当にこちらの世界の人間は幸福だと言っていい。
対して、こちらの世界の銃火器・近代兵器の数々が、むこうの世界に与えた影響は果てしなく大きい。持ち込まれたそれらは、ただでさえ不安定だった向こうの世界の国境線を大きく変える働きをした。
アニ国とヤスクール国の間に起こった十二月戦争にしてもそうだ。
いや、まだ、異世界間の武器輸出が規制されてから起こった事件だけに、悲劇というほどには至らなかったと言っていい。
まだ異世界間協定が結ばれる前――それこそ、フルの故郷であるバルテイン公国と、リナンナ王国で起こった戦争などがそう言うにふさわしい。
かの戦いで、こちらから持ち込んだ大量の自動小銃を装備した兵をリナンナ国は前線に投入した。当時無敵を誇ったバルテイン公国の騎兵隊は、鉛玉の雨を正面から受けて壊滅し、彼らはその国力を大きく減退させることとなった。
そして、往事、バルテイン公国の第二騎兵大隊を率いていたドワーフ男は、復讐のために異世界に渡ったくらいである。
西暦1972年。
ポーターの発生より5年遅れて、「異世界間武器禁輸協定」が国連で採択された。
国連加盟国は、異世界への近代兵器の輸出を制限し――自動小銃以上の兵器が、むこうの世界におおっぴらに出回ることはなくなった。
それを持ってようやく、むこうの世界の国境線は幾らか落ち着きを取り戻した。
簡単に言えば、戦争のありようが大きく変わったということだ。
そして、それはこちらの世界のお情けにより策定された「異世界武器禁輸協定」により、ある程度解決したと言ってよかった。
しかし、もう一つの問題については、依然として――ポーターが開通して半世紀がたった現在においても――異世界間に残り続けていた。
それは基本的な人権にかかる問題である。
こちらの世界でも、当然として認められるものではない。
むうこうの世界でも、当然のように認められるものでもない。
だが、ニーズがあれば基本的な人権など、どちらの世界でも簡単に無視される。
それが世の常だ。
臓器売買。
つまるところ、異世界との間に残ったもう一つの問題はそれであった。
こちらの世界の富裕層が、より健全な臓器を求めて、貧困層の人間の臓器を買うのと同じ理屈である。その先が異世界に生きる種族に置き換わっただけだ。
しかも、むこうの世界には、エルフ、ドワーフといった、長命の種族が存在した。
人間の理から外れた寿命を持つこれらの種族。
当然、その臓器が長寿の秘訣であると、多くの頭の悪いこちら側の住人たちは考えたのだ。
そしてその臓器に対し、付けられる値段は――なんの医学的な根拠もないというのにも関わらず――不必要に高額になっていった。
特にその心臓については、日本円にして億の価値が平然とつく。
異世界希少種族保護団体を名乗るNPOが、『エルフの心臓問題』と、声高らかに叫ぶそれについて、この世界は当然のように倫理感の欠如であると同調を示した。
しかし、多くの国で厳罰化されても尚、その取引がなくなることない。
アンダーグラウンドの世界で生きるアウトローたちに、法律が及ぼす影響など、ほぼほぼ無に等しい。
それだけの単純な話だ――。
サン・アントニオ。
アラモドーム前の駐車場。
今日は何も試合が行われていないのか、それとも普段からこんな風に閑散としているのか。おそらく深夜だからというのが一番の理由だと思う。
そんな誰も居ないスポーツ施設の駐車場に、月夜に映える紅色のスポーツカーが一台だけ停車していた。
対照的に、色気も何もない白色のクラウンが入って来ると、その紅色の車はハイビームを二回点滅させてこちらだとばかりに合図を送った。
アスファルトの上にひかれている白線を完全に無視して、停車している紅いスポーツカー。
その横に、俺はきっちりとクラウンを白線に合わせて横付けする。
すぐに、スポーツカーの扉を開いて運転席から出て来たのは、脱色した丸刈りの髪に、こんな時間には必要ないだろうサングラスをかけた男であった。
着ているのは縦ストライプの柄が入った黒地のスーツ。
車体の赤色と合わせているのだろうか、月明かりの中に、その赤い縞模様が波打っていた。
その姿はタコのように見えないこともない。
同時に、堅気の人間にはどうやっても見えなかった。
「初めましてだな高島翔」
「あぁ、末広八郎――今回はいい取引を紹介してくれてどうも」
「礼には及ばねえさ。俺は、手配は出来ても異世界の勝手が分からない人間だからな。あんたのような異世界に詳しい人間が居てくれて、ようやく商売ができる」
「ウィンウィンって奴だな」
「卑猥な響きだ。そういう冗談が好きなのか?」
まさか、と、俺は右手を振った。
好きなのはお前の方だろう、末広。
あんな悪趣味なモノをよくも運ばせてくれたな。
顔は平静を装いつつも心の中でひっそりと毒づいた。
臓器売買をするにしたって、色々と方法はあるだろう。
あの運び方は、人道的配慮なんてものから大きく逸脱している――いや、いっそ狂気じみている。
堅気からは程遠いその面構え。ただ、その筋の人間のような堅苦しさもない。
半グレという奴だろう。
金を積まれればなんでもするような性質の奴だ。
この仕事を受ける前に、信用情報について、もっと調べて置くべきだった。
今更、それを嘆いてみたところでなにも始まらないが。
「で、依頼の工芸品は?」
「――トランクの中に。そうだ、中身が分からないから、そのまま積んじまったが、大丈夫だったか?」
「おいおい、大切に扱ってくれよ。安全運転で来てくれたんだろうな?」
「もちろん。だからこうして無事に会うことができた訳だろう」
さぁ、どうぞ確認してくれ、と、俺は八郎にクラウンの後部――トランクスペースの前へと行くように促した。
あくまで、取引は現在進行形だ。
だが、トランクスペースに、彼の愛しい商品はない。
既にフルがしかるべき協力者の手を借りて、病院へと搬送したのだ。
中にあるのは空のトランクと、管を抜かれた点滴袋だけだ。
彼に警戒心を起こさせずに、クラウンの後部トランクスペースへと近づかせる――それが、俺とフルとの間で取り決めた作戦であった。
末広がトランクスペースに近づき、荷物を手にしようとしたその瞬間を狙って、俺が至近距離からケジメの一発をこいつの脇腹へと打ち込む。
なに簡単なことだ。
左脇。サムブレイクのショルダーに仕込んだCz75。それを抜いて、この鬼畜野郎の身体に鉛玉を打ち込むのに、五秒もかからない。
銃声が鳴り響くのだけが問題だが――これだけ人の居ない閑散とした場所だ。
大丈夫だろう。
悪いな、末広。
トランクに詰め込まれて、異世界にその死体を捨てられるのはお前の方だ。
ここアメリカ合衆国――取り分けてテキサス州は、渡界者の荷物チェックにそれほど熱心じゃないんだ。それは、エルフ娘をトランクに詰め込んで持ち込んだ、あんたが一番よく知っているだろう。
さぁ、と、俺は末広に促して、クラウンのキーロックを解除した。
電子音と共に、ガコンというロックの外れる音が夜の駐車場に響く。
しかし――。
末広の顔は何故か、それまでのどこか軽薄としたへらへらとしたものから、冷ややかなものに変質していた。どこか爬虫類を思わせるような冷血な顔つき。
思わず背筋が凍った。
「なぁ、高島翔。今の時代は便利になったな?」
「うん? さぁ、どうなんだろうな。俺は異世界生活が長いから、よくわからん」
「電子タグってのがあるんだけれどもな。例えば、落としちゃまずい大切なものに、それを付けておくと、一定の距離が離れた時に知らせてくれるんだ」
「……へぇ」
「どうしてだろうねぇ。さっきから、俺の自慢のスマートフォンのアラートが鳴りやまないんだ」
外道め。
こいつ、あの少女にそんなものまで埋め込んでいたのか。
家畜じゃないんだぞ。ふざけやがって。
怒りに一瞬判断が遅れる。
俺が銃口を向けるより早く、末広は赤ストライプのコートの下から銃を取り出して俺へと向けた。
トカレフ――しかも、夜目にも分かる中国製の粗雑品。
なるほど、半グレが持つにはちょうどいい塩梅に、古めかしい武器じゃないのよ。
「俺の商品をどこへやった高島翔?」
「トランクスペースの中さ、確認したらどうだい?」
「……そうだな。お前の頭に鉛玉を一発撃ちこんで、それから確認させてもらうとしようか」
それはまずいぜ末広。
だって、お前の大切なお宝の居場所を知っているのは、俺だけなのだから。
大切な商売道具を横取りされて、怒る気持ちはよくよくわかる。
だが、本当に目的を成したいのなら、どんな時でも頭を冷静に保って、物事を深くよく考えなくてはいけない。
まぁ、そんな計算ができる奴なら、こんな危ない橋を渡ったりもしないだろうな。
それなりに修羅場はくぐってきているようだ。
セフティは解除されている。
後は引き金を引けば俺に向かって弾丸が放たれる。
早撃ち勝負ならば、こんな糞ガキに負ける気は少しもしない。
だが、不意打ち勝負では後れを取ってしまったよ。
やれやれ、俺も少し、この機械音痴をどうにかした方がいい。
けれども――。
「一ついいか、末広」
銃口を頭に向けられながら、俺は冷えた頭と固まった表情で彼に向かって言った。
そんな俺の態度が不思議に思えたのか。
末広は引き金にかけた指を、手前に引くのを躊躇した。
「なんだ。商品の居場所についてゲロる気にでもなったのか」
「いいや違う。このアメリカ大陸にまつわる、スーパーヒーローの話さ」
「はぁ?」
「バットモービルでバットマンはやってくる。マイケルはナイト2000だ。フラッシュゴードンはロケット。そして、スーパーマンとアイアンマンは、空を飛んでやって来るよな。オーケィ?」
「……生憎、映画はポルノ以外は見ない主義でね。お前の言っている意味がさっぱりと分からないよ。まぁ、バットマンくらいは知っているけどな」
「重要だよ末広。バットマンを知っているならそれで十分だ――つまりな、俺が何を言いたいかというと」
俺が知っているアメリカ大陸のヒーロー。
そいつは、ハーレーに跨ってやって来るってことだ。
ありったけの魔法鋼で出来た斧とハンマーを、そのサイドバックに詰め込んで。届かない脚で器用にそれを乗りこなして、同朋の危機に駆けつけてくれるのだ。
ハイビームが、俺たちを照らし出す。
突如として静寂をハーレーダビットソン――FLHRXSロードキングスペシャルの排気音が切り裂いた。
なんだ、と、末広がつぶやいた瞬間だ。
銃を握りしめている彼の右腕は、魔術鋼の斧により手首より切断されたのだった。
「……なっ、なんじゃこりゃぁ!?」
「おいおい、そいつはスーパーヒーローの言葉だ。お前みたいなゴロツキが、簡単に口にしていいような軽い台詞じゃないはずだぜ?」
「てめぇ!? 俺を嵌めやがったのか!?」
「嵌めちゃいないさ。すべて成り行きだ。けれどもそうさな――俺たち亜人種のヒーローはどんな時でも、いつだって、同朋の危機という奴に敏感なのさ」
トラブルが彼を呼ぶのか。
彼がトラブルをよぶのか。
どっちでもいい。
とにかく、そのヒーローは、斧一つでありとあらゆる理不尽を解決してしまう。
こんな風に。
トランクルームの中にフルが潜むという案もあった。
けれどもやはり――斧を投げつけて仕留める方が、安心安全確実だと俺たちのスーパーヒーローは言ったのだった。
狙いやすいようにと後部に誘導するつもりだったが流石はフルだ。
「さぁ、末広八郎、てめえの罪を裁きにやって来てくれたぞ――」
Dwarves Come In Harley!!
月夜に、俺は彼が来たことを高らかと叫んだ。
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