第4話 十二月戦争
神戸ポートアイランドの
案内人が居るのならば、荒野のただ中に転移しても大丈夫だが――証言を聞く限り、彼は一人で異世界に渡界したのだという。
転移先にもしリーナたちの村が選ばれていたら。
想像すると身震いがした。
だが、そこは警察庁の刑事さんがご一緒である。渡航記録を開示してもらえば、すぐにそうではないことが分かり一つ安心した。
ただし――。
「ヤスクールとの国境いっぱいいっぱいだな」
渡界資料の座標値より俺の頭の中で導き出された場所は、リーナたちがいるイヨの村から接続点を挟んでちょうど逆方向。
村が所属しているアニ国と、その隣国――北のヤスクール国との境界になっている山脈のちょうど山裾だった。
あの辺りには集落はなく、そして、渡界初心者が始めて行くような場所ではない。
モンスターなどはいないので危険区域には指定されていないが、どうしてこんな所に飛ぶのかと、担当官はなぜ止めなかったのだろうか。
まぁ、人のプライバシーにはよっぽどのことがない限りには触れない。それが国是である日本だ。
というか、担当官からして、向こうの地理を把握していない節がある。
「……なに? ヤスクールって?」
そしてここにもう一人。
日本と異界との架け橋を担う仕事をしているはずなのに、自分の国と繋がっている国を知らないバカ女が居る。
お前ら、国から給料もらって仕事しているんだろう。
だったら、少しくらいは業務に関する知識を覚えておけよ。
と、憤ってみた所で仕方がないか。
日本から移動できる
よほどの異世界マニアでもない限りそんなもの覚えられまい。
座標値がプリントアウトされた紙から、俺へと視線を向けてくる相原。
パッツンヘアーの下から覗かせる、ノンフレームの眼鏡と涼しげな眼。
黙っていれば利発なお嬢さんなのだが、やってることは子供の使いかと言うくらいに、行き当たりばったりで心配になる。
さて、どうしたものか。
まずはそうさな、ヤスクールについて、軽く講義でもしてやりたい所だが。
「とりあえずここから引き返そう。それと、相原さん、山陽新幹線――九州行きの予約を頼めるか?」
「えっ、えっ? ちょっとどういうこと? 話が飲み込めないんだけれど?」
俺の言葉の意味も分からず、慌てふためく相原。
そして、同じくキョトンとした顔をする神戸ポートアイランドの職員。
やれやれこの無知蒙昧なアホ女どもに、どれ一つ、分かりやすく説明してやるか。
もし、俺の勘が確かであれば、だが――。
「豊野誠は既に山脈を越えてヤスクールに入っているはずだ。ヤスクール国内への
「だから、なんなのよヤスクールって!!」
「そうさねこちらの世界のお隣さんみたいな国さ」
◇ ◇ ◇ ◇
ヤスクール。
戦乱と騒乱に満ちたむこうの世界で、三百年・二十代に渡って王政を維持し続けるという古臭い国だ。
それを維持できるのは、荒涼としており作物の実りこそ少ないが広大な土地。
各国との境にある険峻なる山々。
そして、北の氷の平野のおかげである。
地理的な条件に非常に恵まれた国なのだ。
そして、そんな国力を背景にして、ヤスクール国は領土拡大に対して意欲的だ。
過去幾度となくアニ国を代表とする南方諸国と軍事衝突を起こしている。
数にモノを言わせた歩兵による人海戦術なのだが、これが結構侮れない。
ただ、拠点となる街は国境付近には少ない。
そのため、だいたい歩兵の兵站を維持することができなかったり、補給路を相手国に取られたりして、食料が底を着いて引き返していく――というのがまぁ、お決まりのパターンだ。
「
「そういうところだ。つうか、食いながら喋るかね行儀の悪い」
「仕方ないじゃない!! 朝一神戸の、昼熊本なのよ!! そりゃ駅弁くらい食べながら話すってもんよ!!」
「へーへー、刑事さまはなんともお忙しいこって」
神戸ステーキ弁当なんて豪勢なものを頬張っていた相原。彼女は、その手を止めるとぷりぷりと怒ってきた。
平日である、九州直通の山陽新幹線さくらの席はガラガラだ。
グリーン車というのもがあるが、なんにしてもこいつのヒステリックな叫び声に、周りの注目を浴びなかったのが唯一の救いである。
しかし、ヤスクールか。
なんとも因縁めいたものを感じてしまう。
「そのヤスクウルだっけ?」
「ヤスクールな。なんか通販サイトみたいな感じで言っただろ、ちゃんと覚えろ」
「言ってないわよ!! で、そのヤスクールと、豊野が取引したってこと?」
「しようとしてるっていうのが正解だろうな。わざわざアニ国で待ち合わせてるあたり、まだ商談中と見える」
「商談中?」
「まとまってるなら、とっととこっちに乗り込んできてるっての。つっても、伏木港のある富山には
「……なるほど」
「まぁ、どっちにしても、直でそっちに向かっていないことを考えると、いろいろとお話をまとめない事にはという感じに豊野が渋っているんだろう」
「けど、それならそれで、八代の
あんたは本当に異世界犯罪担当の刑事なのか。
言いたかないが、喉からちょっと言葉が出かかってしまった。
窓側の席に座って、再びもぐもぐと呑気にステーキを頬張る相原に、俺は白い眼を向けた。何その眼、気に入らないわねとばかりに、姫カットの下の目が吊り上がる。
しかしね、そんな顔をされてもこちらも困るのだよ。
話を聞いてて感じなかったのか。
ヤスクールがどれだけやばい国かって。
領土拡大に意欲的なむこうの世界の超大国。
そんなところにほいほいと、銃やら何やら持って入って行ってみろよ。
まぁ、そんな想像を膨らませる言い方をしてやるより、短刀直入に言ってやった方がこのお嬢ちゃん刑事にはいいだろう。
「ヤスクールへの渡界には、各国で制限がかかっているんだよ。基本的に、武器の持ち込みは不可だ。ライセンスの有無に関わらずな」
「――
「マジだ。ちなみに今から向かう
それでも、中に入ろうとする者はいない。
ヤスクール人の気質は基本荒っぽい。
彼らは、平然と、気に入らないことがあれば暴力で訴えかけてくる。
そんな奴らの居る国に行くなんて自殺行為だ。
また、万に一つも武器を取られてみろ。
そりゃもうえらいことである。
下手をすればそれこそ「十二月戦争」の時のような酷い戦が起こることだろう。
思い出したくもない話だ。まったく。
「一応聞くけどさ、お前、異世界事件担当の刑事なんだろう? ヤスクールとアニの十二月戦争くらい知らないのか?」
「……あー、あれね、あの、なんだっけ、サンタクロースに扮したテロリストが」
「違うよ!!」
十二月戦争。
こちらの暦で2005年に起きた出来事である。
ヤスクールが隣国のアニに軍事侵略したその戦争は、彼の国が初めて仕掛けて来た近代戦であった。
各国から金で買い集めた異世界の兵器使い――つまりは銃使いを百人ほど前戦に送り込んで、ごり押しを仕掛けてきたのだ。
たかが拳銃されど拳銃。
これまで、ヤスクールはその乱暴な気質と粗略な思考から、中世的な人海戦術を多用してきた。
それに対する油断から、むこうの世界の通常装備で迎え撃ったアニ国の国防軍は、大きな損害を被ってその国境線を大きく後退させた。
失地回復のために、急ぎ、アニ国も銃使いの傭兵を求めた。結果、その中の一人である「魔弾の奏者」が、大立ち回りを繰り広げたことで国境線を元に戻すことができたのだが……と、まぁ、それは別の話だ。
このように、こちら側の武器というのは、むこう側の戦況を大きく変化させるだけの力を持っている。
故に、こちら側から武器の輸出には制限を設けているし、厳しく監視している。
今回、相原がやろうとしていることと、本質的な部分は同じだ。
そんな見事な先例があるというのに、勉強不足な女だな、ほんと。
「2005年の出来事でしょ? その頃、私はまだ中学生よ?」
「俺も似たようなもんだっての。結構こっちでもでかいニュースになったはずだぜ。異世界渡界者の『魔弾の奏者』、アニ国を救う……って」
「お、なにそれ、格好いい二つ名じゃない」
本人は、不本意だ、厨二病だと、散々に騒いでいたけれどもな。
やれやれまったく因果な話もあったもんだ。
さてと。
まだ、八代に到着するには時間もあることだし。
ちょっと渡界するための準備をしておくとしようかしら。
新神戸駅への行きがけに、急いで立ち寄ったドラッグストア。そこで購入した毛染めパウダーを袋のまま手に取ると、俺は走る新幹線の座席から立ち上がった。
何しに行くの、と、相原が問いかけて来なかったのは助かった。
けれども、たぶん戻って来たなら、なにしてんの、と、言われることだろう。
こればっかりはしかたないのだ。
ヤスクール人は黒髪の人間が多い。
金髪のエルフはどうしても目立ってしまう。
それに、十二月戦争で無双をしてみせた『魔弾の奏者』ほどではないけれど、その相棒である『明星の冠』も、顔をよくよく覚えられているのだ。
まぁ、こっち来てからいろいろと、日本人らしく整形した。
万が一にもバレることはないと思う。
けれど、彼の地でいらん注目を浴びないためにも、髪の色も日本人らしくしておいた方が何かと無難だろう。
あ。
まぁ、大丈夫か。
若者のファッションには、割と寛容なこの国のことだし。
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