第8話 ウッド・チップ・バレット
その銃口を、脂ぎった禿げ頭の男――その肉厚な後頭部に突きつけると、俺は静かに劇鉄を起こした。
ここまでステルスするために使ったフルサイズの魔力筒を吐き捨てると、空いた手で小ぶりのシガリロタイプの魔力筒を口へと加える。
素早くライターであぶって火をつければ、弾丸一髪分の魔素を全身に供給させた。
革張りの椅子に腰掛けて両手を挙げている男。
彼こそは、四ノ原楓の父を雇っている米国の製薬会社――その社長である。
日本に帰国後、即渡米というのは、なかなかタイトなスケジュールだった。
もっとも、俺のような二重国籍、いや、二重世界籍者には、銃と弾丸、あとはあらかじめストックしておいた魔法筒を用意するだけで、気軽に行けるものだったが。
こちらとむこう側の距離関係は、実に複雑にねじれている。
それこそ、アメリカの特異点と神戸の特異点が、むこうの世界では一日とかからず向かえる場所にあったりするから便利だ。
もっとも飛行機の方が便利なので、よっぽどのことでもない限りやらないけど。
閑話休題。
脂汗がたらたらと愛銃の先に滴り落ちてきて気持ち悪い。
これは手入れするのがまた面倒なことになりそうだ。いっそ、売ってしまう――なんてことは考えられない。
何せ、数十年に渡って戦場を共にしてきた、愛銃なのだ。
翔から譲り受けたCz75もそうだけれど、こいつもまた、俺の譲ることの出来ないモノの一つなのだ。
さて、もう説明する必要もないだろう。
ここは米国――ニューヨークはマンハッタンの高層ビル。
その、全面ガラス張りになっている、最上階は社長室の中である。
どっかの国と違って、異世界に持ち込む銃に関して規制が五月蝿くないから、こっちはいいね。社長の後頭部に、冷たいその銃口をつきたてても、文句を言う奴は一人としていない。
もっとも、文句を言われないように、ここまで来たのだが。
「このリボルバーに装填されている弾がどういうものか、ご存知かね?」
「……し、知らん。それより、お前は何者なんだ。いったいどこから」
「おいおい、質問しているのはこっちだぜ。それでもビジネスマンかい」
「……こ、答えただろう。耳が悪いのか」
「うん? あぁ、確かにそうか。うん、質問に答えてくれてはいるな。じゃぁ、今度はそっちが質問をする番ってことかい?」
製薬会社の社長は、磨き上げられたデスク越しに俺の顔を見ていた。
しかし残念。俺の顔は、魔法筒の効果でぼやけて見えないはずだ。
もっともそんなことしなくても、既に何度か法務部越しにやり取りはしている。
この件を主導していた社長殿は当然、四ノ原楓のボディーガードである、この俺のことを知っているだろう。
ちょっと考えれば、銃を突きつけてくる相手が何者なのかは分かる話だ。
隠す意味もあるのかなとは思ったが――そこは殺しの美学と思ってくれ。
しかし、感謝しろよ。
もし、文香に変なちょっかいをかけたりしていたら、こっちは有無を言わさず、この撃鉄を降ろしていたところだぜ。あんたが徹底したビジネスマンだったことについて、これでも少なからず俺は感謝しているんだ。
そうだな、オーケイ。
そんな賢明で慈悲に溢れる社長さんの質問だ。
知らないなら教えてやろう。
しばし不安を抱いたまま、俺の言葉に耳を傾けるといいさ。
「
「何を、あたりまえのことを」
「もともと、そういう用途の弾丸だ。当たった先で粉々に砕けておしまい。非殺傷能力ばかり高くて、競技にも使えないこけおどしの弾丸」
「あぁ。それなら私も何度か撃ったことが――」
「手は挙げてなカービィさん。棚の中の銃を手にとって、こちらに向かってぶっ放すより、アンタの脳みそがカーペットを汚す方が早いぜ」
話を逸らして隙を作った気になり、引き出しの銃に手を伸ばそうとした彼に、引き金の音を聞かしてやる。
やるんだねこういうの本当に。
格好いいじゃない、映画みたいだよ。
俺、悪役。
アンタ、可愛そうなやられ役の社長さん。
衝撃的なシーンから始まって、国際アクションに至るのもいいけど、まぁ、それは次回の話においておこうや。
しっかり聞こうぜ、人の話はさ。
そういうの得意だから社長なんてしてるんだろうし。
「話は変わるが、人間の体の10%は炭素で構成されている。一方で、このウッド・チップ・バレットの組成も、半分が炭素でできている。当たり前だよな、木屑で出来た弾丸なんだからさ」
「それがどうしたというのだ。さっきも言ったように、それは、当たれば砕ける、出来損ないの弾丸だ」
「そう、普通に考えたら、素材の硬度が足りなくて、対象に当たった瞬間に爆発四散する。けれども、その衝撃を魔法でカバーして、上手く運動エネルギーに変換したとするだろう」
「……なに?」
「そうすると、この木屑の弾丸がアンタの脳みその中にねじ込まれる――って訳だ」
ぶるり、と、男が体を震わせる。
首筋にかいていた汗が、その震えで少しだけ俺の手に飛んだ。
この野郎、問答無用でぶっ放してやろうか。
落ち着け翔。
熱くなるな。
ビークールだ。
ハードボイルドな男はいつだって、怒りに任せて銃の引き金を引いたりはしない。
頭を冷やして、俺は次の言葉を発した。
「ウッド・チップ・バレットは、アンタの体の奥深くにのめりこむ。具体的には、脳幹をむちゃくちゃにかき回されて、あんたはあっけなく絶命する」
「待ってくれ!! 話し合おうじゃないか!!」
「話は最後まで聞きなよ。それで、面白くなるのはここからさ。さっきも言ったように、人間の組成と、木屑の組成ってのはそこまで違わない」
「……まさか」
「つまりだ、心肺機能が停止して、脳幹がぐちゃぐちゃになったその後で、それをそっくりそのまま元に戻してやると――どうだろう、心臓発作で突然死した、かわいそうな中年男性の死体がこの世に一つできあがるって訳だね」
実にスマートな暗殺だ。
異世界仕込の暗殺教本なんてものを書いたなら、トップ項目にあげたいくらいにスマートなやり方だ。
そしてなにより、このウッド・チップ・バレットは、なんといってもお安い。
おいくらなんですか?
なんと、材料費のみ――しかもこちらアメリカのスーパーマーケットで売っている材料で、自作することができるんだなぁ、これが。
人件費が神戸市の最低賃金である俺が作るからなお安い。
もう最高ってなもんだ。
難点は、こんな感じで接近して打たなくちゃならないこと。
それとセミオートガンでは、魔法による調整が難しいということだろうね。
あぁ、それと、木屑の弾丸一発飛ばすのに、魔法筒ひとつ軽く吸い尽くす必要があることだ。それくらいに根気と魔素のいる
さて。
「シノハラの関係者か」
「素晴らしい洞察力。おそれいるよ」
「彼の娘がボディーガードと一緒に異世界に逃げた。そのボディーガードを暗殺して、娘の身柄を確保するように依頼を出したが――」
「そいつは今頃、神戸港でタコと濃厚なディープキスをしているよ」
「すると。いや、しかし。話では日本人だと」
「余計な詮索は止めようぜボス。ここはもっと、核心に迫る話をする場面だ」
俺の話をしても仕方ないだろう。
そんなのは後で秘書に聞きな。
嫌でも、これからアンタは俺とやり取りすることになるんだからさ。
それよりみんなそろそろ、種明かしを望んでいる頃だ。
じらしちゃって申し訳ないね。
つまるところ、これは会社間――製薬業界での問題ではなかったということ。
製薬会社の内部で起こった、くだらない闘争だったということさ。
「あんたらの会社は、今でも充分に儲かってるものな、肺癌の抗癌剤分野では。そこに新薬が登場したところで、現行の薬の開発費がペイできない。そんな状況じゃ、社会的な公益性を踏みにじってでも、利益を取りたくなる気持ちも分かるよ」
「……私が社長でなくても、きっと経営者ならそうするだろう」
「かもしれないね」
色々と、事情については調べさせてもらった。
といってほぼ全て、俺の命を狙ってきた暗殺者を痛めつけて聞き出したことだが。
まぁ、聞くにつけて無残な話だよ。
楓ちゃんのお父さんが、心血を注いで作り上げた新薬。
その価値を、作らせた側が否定するというのだから。
こんな悲劇はそうそうないだろう。
「競合他社なんかよりも、身内の方が根を上げちまったって訳だ。楓ちゃんのお父さんが作った肺癌治療の特攻薬は、この会社が作り上げてきた収益モデルを破壊する、癌でしかなかった」
「仕方ないだろう。あの薬品は、商品として割りに合わない」
「その当たりは難しくてよくわかんないけどね。ただ、なるほど、襲われたから身を隠したんじゃなくって、身内に身柄を拘束されて、説得という名で拉致をされていたというのは――むこうに行く前に少しくらいは考えたが、驚きだったよ」
「目的はなんだ?」
「やっとその気になってくれたかい。オーケイ、面倒くさいから、話をさくさく進めようか。アンタに聞きたいことは三つだ」
一つ、四ノ原楓の父の居場所。
二つ、今後彼ら家族に一切危害を加えないという請願。
三つ、オークみたいなひでぇ体したてめえの命の値段。
「慎重に答えろ。俺のColtパイソンは、なかなか獰猛なんだぜ」
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