第6話 ドニとオンボロ自動車 その4


 ♠



「ねえねえ、牛さん。しゃがんで、しゃがんで」

 蹲踞そんきょの姿勢を取ったロルフの前にルネを呼んで角を見せた。

「芸能界にも有角人ホーンドって多いでしょ」

「まあ、沢山いるわね」

「こんなことしてる人見たことある」


 ツルツルに磨き上げられたらロルフの角は、アンドレアのイマジネーションの赴くままに見事にデコレーションされている。

「無いわね」

「でしょ、でしょ。さ、携帯で写真撮って]

 正面、両側面、背面、頭上と五方向から写真を撮り。

 ルネのM.SNSにアップした。

「え~っと、文面は。そうね。親友のアンドレアが新しいファッションの地平を開拓した。興味のある人はイイネを押して。で、様子をみよう」

「これで良いの?」

「もちろん」


 ピロン


 と、携帯が鳴った。

「え? もう」

「ほら、速い。さっすがスーパースター」

 携帯を開くと、通知が既に百も入ってる。


 ピロン、


 ピロン、


 ピロン、


 と、鳴り止まない。

「え、ちょっと、これ、どーしたら良いの?」

「通知を切るんだよ。貸して」

 ハンゾーが通知設定をオフにするよ、よつやくピロンが止まった。


「どーなってんのこれ?」

「凄い、凄い。これはもう確定ね」

「確定ってなにが?」

 アンドレアが訊いた。

「新ビジネス」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。わたしはやるなんて一言も⋯⋯ ルネも何とか言ってよ」

「ちょっと待って。着信が入ったの」

 人間体に戻ったルネが電話を耳にやった。


「あら、久しぶり。え、なに? 見てくれたの!? うん、うん、えええええぇっ。本気? うん分かった。私の一存いちぞんじゃ決められないから、折り返し連絡を入れるわ。うん、うん、時間が無いのね。分かってる。バーイ、また後で」


 電話を切ったルネが神妙しゆみょう面持おももちでアンドレアに切り出した。

「マチルダ・スワンがアンディに、角のデコレーションを頼みたいんだって」

「ええっ!!」

「マチルダ・スワンって、あのマチルダ・スワン?」

「パイレーツ・オブ・ユニバースでヒロインやった、あのマチルダ・スワン?」

「そう。あのマチルダ・スワン」

「すっごーい。有角人女優のトップスター直々のご指名じゃん」

「待って、待って、まだわたしはやるなんて一言も。って、どーゆーことなの?」

「彼女が言うには、ロルフの写真を見た瞬間に、これだって思ったらしいの。で、次の映画祭で――」


「ハリス異世界映画祭!!」


「そう、それで御披露目おひろめしたいんだって」

「やったじゃん。いきなりの大チャンス」

「でも時間が無いから、二日以内に返事が無いと他のネイリストに依頼オファーするって。でも、やるなら是非元祖ホーンコーディネイターに頼みたいんだって」

「ホーンコーディネイター!! もう名前も決まったね」

 エミリーが手を叩いて頷くと、キッと彼女を睨みつけた。


「マチルダ・スワンみたいなスーパースターの角にれるなんて、わたし出来ない」

「あら? 私だってそこそこスターよ。私の爪の手入れは出来てもマチルダの角の手入れは出来ないの?」

「それとこれとは別よ~。ルネは子供の頃から友達でしょ!! 一緒に暮らしてたし、気心も知れてるし、でもマチルダ・スワンなんて⋯⋯」

「やるべきだよ」

 それまで黙ってたロルフが口を開いた。

「え!?」

「やるべきだよアン。こんなチャンス、人生に一度あるかないかだよ。そこにけなきゃ。もしいま断って、10年後に後悔するのか。それとも今それをやって、やっぱりやるべきじゃなかったと後悔するのか。どっちが重たい後悔を残すかな?」


 アンドレアが沈黙した。


「ごめん、また着信」

 ルネが電話に出たのを見て、アンドレアがハンゾーに問い掛けた。

「ハンゾーは、どう想う?」

「そうだな。オレもロルフの意見に賛成だ」

「ハンゾーも!?」

「うん」

「でも、もしこれで成功しても。それは、わたしの実力じゃないし。全部ルネのコネじゃない?」

「コネの何がいけないの?」

 エミリーが腰に両手をあててふんぞり返った。

「運も実力の内よ。何かを始める時に、そこにコネがあるなら、全部使わなくてどうするの? 甘ったれたこと言ってちゃダメよ」

「でも⋯⋯」

 電話を終えたルネが、ふーっと一息ついた。


「今度はジェームズ・アイアンサイドからのオファーよ」

「ジェ、ジェームズ・アイアンサイド!!」

「マジで!?」

「マイティ・サージェント。スーパーヒーローじゃん」

「凄い。サージの角をデコレるんだ」

 うつむいたエミリーがプルプルプルと震えて爆発した。

「もう決まり、これで決定よ。アンドレア!! あなたはホーンコーディネイターになるのよ」



 ズビシッ!!



 と、指さした。


 ♠



 その5へつづく♥



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