第3話 魔法熱と恐竜とおちびさん 中編



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「所で魔法熱ってなんなんだ」

「魔力ってね、定期的に消費しないと、体内に蓄積され続けるのよ。で、限界に達すると、くしゃみ、鼻水、鼻づまりに、発熱したり、だるかったり、いまのアンディーみたいになるの」

「は~、魔法を使えるってのも大変だな」

「前は、定期的に里に戻って、発散してたみたいなんだけど」

 アンドレアが薄目を開けた。

 オスカルから冷めた紅茶を受け取り、それを飲む。

「故郷との間に張られてたマルチネットが閉鎖されたのよ……」

 マルチネットの開通と閉鎖は突然起こる。

 次元嵐の関係ともいわれているが、マシキュランの気まぐれによるものだともいわれている。

 理由は全く不明だ。

 アンドレアが故郷に戻ろうとすれば、七つ以上の異世界を旅しなければならない。

 かなりの重労働だった。

「ジムに行ければ良いのにね」

 と、シェリー。

「ジムに?」

「破壊魔法のトレーニングが出来るんだよ。ドレスコードがあるから、アンディは入れないんだ」

「ドレスコード?」

「これよ」

 おもむろにルネがアンドレアの耳に触れた。

「やんっ、ん~~~~っっっ」

 両目と口を噤んだアンドレアが、引き締めた唇の隙間か色っぽい嬌声を漏らした。

「「「おぉ~~~っ」」」

 そのセクシーボイスに、男共が一斉に歓声を上げた。


「やめてよね」

 ルネの手を払った。

「これのせいでイヤーカフスも、イヤードレスも着けられないんだから。もうっ、いまいましい」

「え? アンドレアなりのこだわりなんだと想ってた」

 胸元に視線を落としたオスカルが言った。

「ん~、ないとは言えないけど、憧れはあるわよ。なんといってもエルフの伝統だし」

「そうなんだ」

「でも、イヤードレスつけると、なんか1日中ゾワゾワしちゃうし。男共から変な目で見られて、変な男に、変な声を掛けられたりするし」

『そりゃ色っぽいからだよな』

 ドニが小声で囁くと、ハンゾーが小さく頷いた。

「それ知覚過敏ちかくかびんだよ、きっと」

「知覚過敏? 歯の!?」

「違う、違う。エルフの耳は人間の指先より末梢神経まっしょうしんけいが通ってるからね。元々敏感な部分なんだ。特に皮膚が薄い人は、神経に直接触れるような衝撃を感じるんだよ。通過儀礼を突破出来ないエルフの少年なんかも、間違い無く知覚過敏だね」

「あ~、じゃあどうしようも無いわね」

 あきらめたように溜息をついた。


「そんな事無いよ。最近は良い治療法も開発されてるし。簡単な処置で改善される筈さ」

「ほんとに!?」

「勿論」

 振り向いたアンドレアがオスカルを抱きしめた瞬間。

 大きく息を飲む声が聞こえた。

「オスぴー!?」

 アンドレア以外の全員が、その方向に眼を向けた。

 バッグを床に落とした小柄な女の子が、そこに呆然とたたずんでいた。

「エミリー」

「オスぴー。浮気!?」

「違う、違う」

 大慌てで手を振った。

「皆、紹介するよ。彼女はエミリー」

 エミリーが浅くお辞儀をした。

『おいハン、あれがフランキーの彼女か!?』

『多分そうだ』

『なんだフランキーのヤツ、ロリコンじゃなかったのか』

 スラリとした長い手足に、ボンキュボンとメリハリの利いたダイナマイトボディ。

 顔つきが幼いのは、それがハーフリングの種族的な特徴だからだ。

 ハンゾーの種族であるヒューマンと、エミリーの種族であるハーフリングの遺伝子上の差異は、わずかに2パーセント。

 世界観の差異もわずかであり、ハーフリングはヒューマンの幼態成熟ネオテニーであるというのが、遺伝学会での定説となっていた。


「ハイ、エミリーはじめまして」

 瞬時に人間体に戻ったドニが手を差し出した。

 握手を交わしながらも、エミリーの眼はアンドレアをジットリと見詰めている。

「あ、ゴメンねエミリー」

 アンドレアが、そそくさと膝から降りた。

 フンと鼻を鳴らしたエミリーが、だっこをねだる子供のように両手を上げると、オスカルが優しく抱き上げて肩に乗せた。

「はじめましてエミリー。私はルネ。彼女はシェリー、そしてアンドレア。ハンゾーに、私の弟のドニよ」

「知ってる。黒豹のルネさんね。あなたのホワイトレイヴンの舞台、私感動しちゃって三回も見たもん」

「三回も!! うわ~、嬉しい」

『いい子じゃない』

 エミリーに聞こえないように、小声で囁いた。

「オレはドニ」

「知ってる。知ってる。時々だけど、映画やドラマに出てるよね。主人公キラーって有名なんだよ」

「ウワオ!! オレ主人公キラー」


「ハイ、エミリー。私は……」

「ねえオスぴー、なに飲んでるの?」

 アンドレアの自己紹介を遮って、オスカルが持つデキャンターサイズのティーカップに眼をやった。

「紅茶だよ。確かナリエスって銘柄の」

 スンスンと匂いを嗅いだ。 

「いい匂いね」

「そうでしょ。花の香りよ」

「え?」

 エミリーが顔色を曇らせた。

「同じもの飲んでるの?」

「え、ええ」

 顔はニッコリと笑っているが、ムカッとしてるのが雰囲気で分かった。

「私は、カフェオレにする」

 ウェイトレスに、そう告げるた。


「それで、これからデートなの?」

 空気の悪さを敏感に感じ取ったシェリーが水を向けた。

「そうなんだ。一緒に映画をね」

「ジャルと雨期の女王よ」

「ジャル雨!! 出たかったんだよな~」

「どうして出なかったの?」

「オーディションに落ちたのよ。音痴だからね~」

「うるせえやい」

 笑いを交えながら和気あいあいと会話を重ねたが、アンドレアだけ蚊帳の外にいる感じがした。

「アンドレア」

 オスカルが唐突に声を掛けた。

「えっ!?」

「さっきの話しだけど。僕の知り合いに、知覚過敏の専門医がいるから、今度あっつい!!」

「ゴメンオスぴー」

 見るとオスカルの襟元がカフェオレ塗れになっていた。

 慌てて、おしぼりで拭く。

「ゴメンね、大丈夫?」

「大丈夫だよ。エミリーこそ火傷してない?」

「私は平気。でも、その恰好じゃ」

 オスカルの白いスーツに、茶色い染みが出来ていた。

「あ~、一回帰って着替えないとね。ゴメンよ皆、僕達先に行くよ」

「OK。じゃあまたな」


 二人の姿が完全に見えなくなった所でルネが呟いた。

「やるわねエミリー」

「何なのよ、あの子は!!」

 それまで沈黙を保っていたアンドレアが、ぐも~っと握り拳を突き上げて噴火した。

「まあまあ、落ち着いてアンディ」

 シェリーがササダンゴを差し出してなだめようとするが、無駄だった。

「わたしはねえ、わたしはねえ、わたしの方がねえオスカルとの付き合いは長いのよ。それなのに、あのちんちくりんのハーフリングめ。それをよくも、よくも、あんな風にのけもの……、あぁ~」

 ふらついたアンドレアをシェリーが横から支えた。

「ほら、魔法熱が悪化するから、今日はもう帰ろう」

「送って行こう」

「助かるよ」

 シェリーの反対側から、ハンゾーが支えた。

「あんたは、なにしてんの?」

 ソファーに腰掛けたままの弟を見た。

 その視線が恐い。

「俺も、これからデートなの」

「まあ、新しい彼女が出来たの? 今度は捨てられないように頑張ってね」

「ムフフフフ、彼女を見たら姉貴も驚くぜ~」

 ドニが自信ありげに微笑んだ。


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