第6話 ドニとオンボロ自動車 その5


 ♠



「指ささないでよ」

「どうしようルネ、どうしよう」

「そうと決まれば後はスタジオね。――ルネ、お願い。アンドレアにお金貸してあげて」

 エミリーの出し抜けな提案に、アンドレアが眼をパチクリさせた。

「ちよっ、ちょっと急に何を言い出すのよ」

「だってマチルダ・スワンとジェームズ・アイアンサイドを迎えるのよ。ちゃんとしたスタジオじゃないとダメじゃない。あなたの勤めてるネイルスタジオに呼べる」

「呼べるわけないじゃない」

「でしょ~、だったらそれなりのスタジオを借りなきゃいけないし。時間も無いし、それならお金を払うしかないじゃない」

「お金の貸し借りって、友情を壊すのよ。わたし取ってはビジネスより、ルネとの友情の方が大切だわ」

「お金は貸せないわ」

 ルネがぼそりと呟いた。

「ほら。ね、これで決まり」

「でも使ってないスタジオがあるから、もしアンディが使うんなら、格安で貸してあげても良いわ」

 きっぱりとルネが言った。

「ルネ~⋯⋯」

「わっ、わっ、わっ、それってどこにあるの」

「ハブには無いのよ。あるのはハリスなんだけどね」

「わ、ハリス。芸能文化の中心地じゃない。しかも、異世界映画祭の開催地」

「ルッネ~⋯⋯」

「立地は? 立地」

「ここよ」

 携帯で地図を表示した。

 立体映像で映し出された地図を見て、さらにエミリーがを輝かせた。

「すっごーい、駅前じゃん。しかも、ゲートのすぐ近く。最高の立地よ。なんで、こんなスタジオ持ってるの?」

 ルネが肩をすくめた。

「私のってより、パパが買ったばかりのスタジオなのよ」

「シメオン監督の?」

 ルネとドニの父シメオン・ワロキエは多次元世界でも指折りの映画監督である。


 ジャジャーン


「さっきの電話って、もしかして、それ?」

「そーよ。ハリスにスタジオ買ったから戻って来いってうるさいのよ。いい加減子離れしろっての!!」

「え、じゃあルネのじゃないの? だったら~」

「名義は私だし、私の持ち物を私が誰に貸しても問題ないわよ」

「アンドレア。いま通ってるネイルスタジオって、20番街よね」

「ええ、そうよ」

 地図を見ながらなにやら呟いてたエミリーが、指折り何かを計算し始めた。

「やっぱり」

「やっぱり。なに?」

 ロルフが訊いた。

「いま勤めてるスタジオに通うより、この新しいスタジオに通う方が通勤時間が短いの」

「え、あ~⋯⋯、でも、道具もないし。一流のタレントの角を扱うんだから、それなりの道具を揃えないと」

「あら、急な話を持ちかけたのは向こうなんだし。事情を説明すれば良いでしょ。今はスタートを切ることが大切なのよ」

 胸の前で手を組んだアンドレアが、泳ぐ眼で周囲を見渡した。

「もう一度言うけど。やるべきだよアン」

 ロルフがひざまずいて語りかけた。

「こんなチャンスは一生に一度のことさ。当面の運営資金なら、ぼくも援助えんじょするし」

「ロルフ~」

 なんとも煮え切らないアンドレアの態度に、いい加減じれったくなったルネが黒豹に変身して詰め寄った。

「やるの? やらないの!?」

 アンドレアがキョロキョロと周りを見た。

「みんな、みんなは、どうしたら良いと想う」

 ハンゾーが小さく頷いた。

「オレはロルフに賛成だ」

 ルネに眼を向けた。

「私は最初から賛成よ」

 最後にオスカルを仰ぎ見た。

 胸の前で組んだ指先が真っ白になるほど、強く握りしめている。

 オスカルとお揃いのドラゴンをかたどったイヤリングをめた耳は、力無くしおれていた。

 蒼く潤んだ瞳は、恐怖と不安に細かく震えていた。

 オスカルが、そっと視線を外しながら言った。

「僕は反対だな」



  ♠



 その6へつづく♥



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