第5話 ハイタワーマンション10階8号室 後編


 ♠



「⋯⋯誰だよ、階段登ろうなんて言い出したの?」

 ヘトヘトになったドニが、切れ切れの声で言った。

「お前だよ」

 黙々もくもくと階段を踏むハンゾーが、そっけなく返した。

「なんだって、一段一段がこんなに高くて、幅が広いんだ?」

 普段使ってる階段の二倍近い高さがあり、三倍近い幅のある階段に悪態をついた。

「そりゃ巨人用の階段だから」

 ひょいひょいと先を進むオスカルが丁寧に説明した。

「もう10階分は登ったのに、まだ着かねえのかよ」

「まだ3階だ」


 ドニが階段にへたり込んだ。

「どーなってんだよ!?」

 紙袋から野菜ジュースを出して一気に飲んだ。

 喉がカラカラだ。

「行儀が悪いな~」

「うるせーよ。なんだよ、このマンション。ダンジョンかなんかにつながってんのか!?」

「んなわきゃねえだろ」

 ドニから野菜ジュースを取り上げて残りを飲んだ。

「あっ、なにしやがる」

「うるさい。オレも喉が渇いたの」

「じゃあ僕も」

 ミネラルウォーターのキャップを捻った。


「なんで、こんなに階段が長いんだよ」

「巨人用のマンションだからだよ」

「それ説明になってねえぞ」

 ハンゾーがタバコに火を点けた。

「これ以上正確な説明があるか? なあオスカー!?」

「無いと思う」

「だよな」

「お前らだけ分かってても、オレが分からなきゃ意味がねえだろ」

 携帯灰皿に吸い殻を捨てたハンゾーが、神妙な面持ちで言った。

「巨人用は、全部が3倍なんだよ」

「全部って?」

「全部の造りがだよ。ドニ」

「ぁ~ん?」

「分かんねえかな。エレベーターも、階段も、部屋の造りも、何もかもが3倍のサイズなんだよ」

「なんで、そんな事すんだよ」

「ジャイアントのサイズに合わせてるからさ。ここじゃ僕は小柄な方で通ってる」

 2メートル半の巨体が胸を張るもんだから、よりデカく見えた。

「じゃあ10階だと?」

「オレらのマンションの30階だよ」

 ハンゾーがにべもなく言った。


「やめだやめだ。エレベーター乗ろうぜ」


 階段を降りたドニがドアノブに手を掛けた。

「ん、開かないぞ」

「はぁ? 何言ってんのお前」

 ハンゾーが代わった。

「あれ? 本当に開かない」

「またまた、冗談やめてよ」

 オスカルがドアノブを握る。

 右に捻ろうと、左に捻ろうとうんともすんともいわない。

「あれ!?」

「どうなってんだ?」

「下の階に行こう」

 結局1階に戻った。

 が・・・

「お~い、どーなってんだ」


 ガンガン


 ドニが、ドアを蹴りつける。

「止めろよドニ」

 咥えタバコのハンゾーが半分キレながら言った。

「開かねえって、なんだよ」

「駄目だ。なんでか知らないけど携帯も繋がらない」

「なんだよ、オレたち閉じこめられたのか?」

「仕方ない。他のドアをあたろう」

「ちょっと待て、他のドアって?」

「他の階のドアだよ。2階と1階は駄目。じゃあ3階に行くしかないだろ」

「分かった。お前がそこまで言うなら止めない、頑張って救援を呼んで来てくれ」

「お前も行くんだよ」

 ドニの耳を引っ張った。


「勘弁しろよ。オレは虚弱体質きょじゃくたいしつなんだ」

「なにが虚弱体質だ。体力だけが自慢だろ。変身しろ、変身」

「行くよ~」

 オスカルはすでに階段を登りだしている。

「しょうがねえな~ ――いだだだだだぁだだ」

 白狼はくろう姿になったドニがころげまわった。

「なんだ?」

「どうしたのドニ!?]

「毛が」


「「毛が?」」


「毛が引っ張られて痛い」

 着けっぱなししにしてる生体金属の特殊メイクに、腕の毛が巻き込まれていた。

「さっさと外せよ」

「外れねえ」

「はぁ?」


 カチカチ


 と、スイッチを押すけど、メイクが解除されない。

「なんだ、どうなってんだ?」

「変身したから生体コードが変わったんじゃないの?」

「きっとそうだ。変身を解けよ」

「⋯⋯」

 待てど暮らせど変身を解かないドニ。

「何やってんだよドニ」

「変身が解けねえ」

「はあ?」

「痛くて集中できねーの」

「どーすんだよ」

「知らねえよ。お前が変身しろって言ったんだろ。お前が責任取れよ」

「どーする?」

「ひっぺがそう」

「いだだだだだぁだだっだっだだだだだ。やめろよ!!」

 ドニが2人を振りほどいた。

「もう良い、行こう」

「そうだね」

「おい、待てよ」

 さみしそうにドニが呼んだ。


「助けを呼んで来てやるから」

「こんなとこに、1人で置いてくなよ」

「さっきは待ってるって言ったろ」

「さっきは痛く無かったろ。今は痛えんだよ」

「理由になってねえよ」

「いいから待てって、俺も行くって」

「ついてくんな」

「やだー!!」



 ♠



「疲れた⋯⋯」

 3人がロビーでぐったりとくたばっていた。

 結局30階まで徒歩で上がって、ようやくドアが開いた。

 そしてその頃には、エレベーターも復旧していた。



 ジャジャーン



 ドアが開かなかった理由も、エレベーターが停まってた理由も、結局分からず終いだ。

「はい、はい、お願いします]

 携帯電話をポケットにねじ込んだハンゾーがドニを見た。

「飛んで来るってよ」

 ガブリエル・ポートに連絡を入れ、ガブリエル・ポートからメイクアップアーティストに連絡が行ったのだ。

「助かったよ。痛いのなんのって」

「ぁ~⋯⋯、疲れた。この身体で30階まで登るのはしんどい」

「ほら、オスカー」

 フロアーの売店で買ったミネラルウォーターを渡した。


「なんで、平気な顔してんのハンゾー」

「こう見えても鍛えてるからな」

「あの?」

 後ろから声を掛けられた。

「あの、彼、白狼のドニさんですよね」

 オスカルと同種と思わしき青白い肌をした女の子が、モジモジとしながらハンゾーに訊いた。

「ああ、そうだよ。ただ、今は具合が悪くて⋯⋯」

「どうも、どうも、俺がみんなのドニこと、ドニ・ワロキエさ」

 気息奄々きそくえんえんとしていたドニが飛び起きて、ホムンクルスの少女の肩に手を置いた。


「なに? 俺のファンなの!? 嬉しいな~。君みたいな可愛いファンの支えがあって、初めて俺みたいな役者は輝けるんだ。え、サイン? もちろんだよ。何枚でも書くよ――」

「現金なヤツだな」

「だね」

「電話番号の交換、もちろんもちろん」

「痛いの忘れてら」

 困ったようにハンゾーが首を振った。

「で、僕に話しってなんだったの!」

「それは、また今度な」

 ハンゾーが片目をつむった。



 ♠



「ねえ、私の出番は?」



 次こそ必ず。



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