第5話 ハイタワーマンション10階8号室 中編


 ♠



《点検中》


 の張り紙が、デカデカとドデカい両開きのドアーに貼ってあった。

 ハンゾーの感覚からすると、巨大貨物運搬用にしか見えないのだが。

 これが、この巨人専用マンションでは標準のエレベーターなのだ。

「なんだよ、これ?」


 ごい~ん


 と、良い音がした。

 ドニがエレベーターのドアーを蹴っ飛ばしたのだ。

「よしなよドニ」

「だってお前、全部だぞ、ぜ~んぶ」

 6基あるエレベーター全てが点検中になっている。

 こんな事は滅多にあるもんじゃない。


「定期点検?」


 ハンゾーが訊いた。

「いいや、そんな報告は来てない。多分、なにかのトラブルだと想うよ」

「トラブルってなんだよ?」

「知らないよ。僕に訊かれても困⋯⋯」

 オスカルの脇をすり抜けて、ドニが走り出した。

「なんだ?」

 ハンゾーが見た。

「オレ、あんたの大ファンなんだ。サインくれないか?」

 Tシャツを引っ張って胸を突き出したドニが、自分の倍は身長のあるジャイアントに声を掛けていた。


「誰?」

「上の階に住んでる人だね。名前は⋯⋯」

「おいハン、写真撮ってくれ」

「写真って、お前――」

 横に並んだら、どっちも見切れてしまう。

 それをドニに伝えると。

「これでどうだ?」

 ジャイアントの肩に乗った。

 オスカルの肩に乗っていたエミリーのようだ。

「ちよっと待てよ。――オスカー良いか?」

「仕方ないな~」

 オスカルの肩に乗ったハンゾーが、携帯のシャッターを切った。

 ドニは大喜びだ。

 手を振ってジャイアントを見送ってる。


「なあ? 誰だよあれ?」

「あれとはなんだ、あれとは。ザ・キャッスルに向かって失礼だろう」

「だから誰よ、ザ・キャッスルって?」

「MWFのスーパースターのザ・キャッスルだよ、知らねえのかハン!?」

「MWF? あぁプロレスの」

「そーだよ」

「って、ザ・キャッスルはマスクマンだろ。なんで素顔が分かるだよ」

「胸だよ、胸。大胸筋の張りを見りゃ一目当然だろう」

一目瞭然いちもくりょうぜんね」

 やんわりとオスカルが訂正した。

「分かるかよ」

 呆れたようにドニを見た。


「それより、待ってても仕方ねえから行こうぜ」

 ドニが特大の非常ドアの特大のドアノブに手を掛けた。

「行くって?」

「オスぴーの部屋だよ。階段登りゃいいだろ」

「お前な。オスカーの部屋10階だぞ」

「1008ね」

「だからなんだよ。たまにゃ身体動かさないと不健康だろ。行くぞ」

「どーなっても知らねえからな」

「僕はエレベーターが復旧するのを待つよ」

「いいから行くぞオスぴー」

 無理やりオスカルの手を引いた。



 ♠



 後編へつづく。


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