第2話 戦場の狼男 前編


 ♠



 異世界♥F・r・i・e・n・d・S前回までは。


「ボクのケーキが無い」

「ルネの髭、狼ってより猫っぽくないか?」

「僕をフランケンと呼ぶのは間違ってる」

「う~ん、チョコミルクの優しいフレーバーが舌に蕩けて、鼻に抜ける~」

「びっくりしたわよ~」

 ハンゾーがシェリーのチーズケーキを食べて、てんやわんやの大騒動が、なんやかんやで円満解決。


 ホットケーキは偉大だった。


 さて、今回のお話は・・・



 ♠



 血とオイルの入り混じった泥沼どろぬまを歩く脚が重い。

 総重量30キロの装備が身体の自由を奪う。

 耳をつんざく炸裂さくれつ音。

 砲弾が、すぐ真横を通り過ぎた。

 冷や汗が背中を伝う。

 錯綜さくそうするブラフターの熱線。

「伏せろ」

 ホーク軍曹が怒鳴る。

 眼の前の巨大マシーンが一瞬にして蒸発する。

 その熱波が俺の皮膚を焼く。

「あがっっっ!!」

 爆風に曝され、数メートル飛ばされた先に爆発で出来たクレーターがあった。

 慌てて滑り込むと一息つけた。

「どうなってる」

 俺は怒鳴った。

 怒鳴らなきゃ爆音にかき消されて、何も伝えられない。

「§◎◇□◆☆◐♥▷◦▼▲●」

「なんだって?」

「§◎◇□◆☆◐♥▷◦▼▲●」

 クソッタレ。

 オレの耳がイカレてるのか、コイツの頭がイカレてるのか、意志の疎通そつうができない。

「くそっ」

 吐き捨てた瞬間に地面が沸騰した。

 ブラスターの直撃だ。

 黒煙と炎が同時に湧き上がり瞬時に戦友が蒸発した。

 凄まじい悪臭がした。

 鼻がおかしくなる。

 炎と煙で視界はゼロだ。

 耳もろくに聞こえない。

 銃口を向ける手が慄える。

 

「行け!! GOGOGOGOGO」


 ホーク軍曹が叫ぶ。

 俺は引き金を絞る。


 ダッダッダッダダダダダダダダダダダダ・・・


 銃声に耳が痺れる。

 振動を受ける手も痺れる。

 そこには怒りも無く、憎悪も無く、敵意も無く、ただ恐怖だけが横たわっていた。

『☆※♥∀:&¥』

 爆音で何も聞こえない。

 その刹那。

 炎が俺を抱きしめた。



 ♠



「どこだよ」

 ハンゾーが訊いた。

 1人掛けのソファーが二脚。

 その間には氷が敷き詰められたクーラーボックスが置かれ、なかに数本のビール瓶とトマトジュースの瓶が入ってる。

 だらしなく延ばした脚。

 ハンゾーの左手には栓を抜き、ライムを沈めたパロマビール。

 右手にはデリバリーピザが握られていた。

「ここだよ」

 リモコンを手に、早戻しボタンを押したドニが指差す。

 テレビ画面には、灰色を基調とした戦場の風景が描かれている。

 戦争映画だ。

 ドローン撮影されたであろう迫力の戦闘シーンは俯瞰で描かれ、巨大ロボットとヒューマン、ライカン、ジャイアントと無数の兵士が入り乱れてる。

 目まぐるしく展開する場面転換は、スタイリッシュで息苦しいまでのスピード感に溢れていた。

「どれだよ」

「良く観ろよハン、ここだよ、ここ!!」

 一時停止を押して、画面を指差す。

 爆発に巻き込まれた兵士が飛んで、すぐに消えた。

 とても小さなカットだ。


「ああ!! これか」

 素顔ならすぐに分かっただろうが、画面に映るドニの姿はアーマードスーツにすっぽりと包まれ、本人かどうか確認のしようがない。

 これは主演俳優からの要望らしい。

 まあ仕方の無い事だとハンゾーは思った。

 ドニは、とにかく目立つ。

 透き通るように輝く金髪に、均整の取れた彫りの深い顔。

 神秘的なアイスブルーの瞳を湛えた両目は、切れ長でクッキリとした二重瞼。

 すっきりと通った鼻梁に、少し肉厚のセクシーな唇。

 その全てが完璧な黄金比で配置されているのだ。

 しかも、線が太いから画面映えする。

 エキストラで出ようと、端役で出ようと、顔出しで映画に出演したら最後、主役を食ってしまい、マルチネットは「あれは誰?」「なんて人」「my Love」「¥◎◦〗※♥」「グゲ、ギャャオォォォ♥」と、お祭り騒ぎとなってしまうのだ。

「そうだよ、どうだ? 監督にも誉められたんだぞ」

 誇らしげにに胸を張った。

「そうだな………………、身体の、ひねり方が良いかな?」

 その言葉を聞いたドニがしばらく黙った。


 ゴクリ


〈まずい事言ったかな?〉

 ドニが満面の笑みを浮かべてハンゾーの肩を叩いた。

「そうだろ。やっぱりそうだよな。親友は見るところが違うよ~」

 トマトジュースとビールで乾杯だ。

〈良かった。正解だった〉

 ほっと胸を撫で下ろした。


「おはよう」

 ドデカい身体を屈めてオスカルが扉を潜った。

「なんだ、朝っぱらから飲んでるの?」

 ハンゾーのビールに目をやった。

「オレは、今日オフなの」

 栓を抜いたパロマを手渡す。

「おいおい、この格好を見て気づかないのかな~?」

 妙にめかし込んだオスカル姿にピンと来た。

「デートだな」

 ドニが即答した。

「正解」

「オスカーなら、これぐらい飲んでも酔わないだろ」

 オスカルの手が持つと、パロマの瓶がすっぽりと掌に収まる。

「まあね」

 ひと息であおった。

「それ、ガブリエル・ポート監督の新作だろ?」

 オスカルがピザを受け取りながら訊いた。

「そうそう」

「もうソフトになったんだ。ドニも出てたんだよね。僕、劇場で観たんだけど、ドニのシーンが分からなくてさ」

「なんだ、お前もかよ」

 早戻しして、スロー再生する。

 爆発に巻き込まれたドニが、再び吹っ飛んだ。

「ああ、これか」

 ドニに見えないように、ハンゾーがクルクルと手を回す。

「なんというか、こう、回転が良いね」

「だろ。そーだろ。ハンもそう言ってた」

 ハンゾーとオスカルが隠れてハイタッチした。


「所で、デートの相手って、こないだの可愛い子か?」

 何の接ぎ穂も無くドニが訊いた。

「こないだのって、何時いつの?」

「ほら、こないだフランキーが肩に乗せてた小っこい子だよ」

 ハンゾーの手の中で、


 ポンッ


 と、ビールの栓が抜けて泡が噴き出した。

「ああ、あのハーフリングの子か」

「なんで知ってるの?」

 オスカルが不思議そうに首を傾げた。

『お前が目立つからだよ』

『肩に彼女を乗せて歩いてるからだよ』

 ハンゾーとドニが目配せした。

「いつから、つき合ってんだ?」

「もう1ヶ月かな。彼女とは、なんというか、こうフィーリングが合うだ。運命の相手だと思うんだよね~」

 青白い肌の2メートル半の巨体が照れ笑いを浮かべた。


 ハンゾーがビールを渡しながら、

「興味本位で訊くんだ、気を悪くするなよオスカー。彼女とは、どこまでいったんだ?」

「おい、露骨ろこつすぎるだろう」

 ニヤニヤと笑いながらドニも追求する。

「どこまでって、まだ付き合って1ヶ月だからバカンスには行ってないよ。そうだな、こないだはメットに行ってファン・コッポラの絵を……」

「そーゆーことじゃないよ」

「そうだ、そーゆーことじゃない」

「えぇっ?」

「あっちの方さ]

 ハンゾーが視線を落とした。

「そう。あっちの方」

 ドニがジェスチャーで教える。

「君たち、……全く下世話だな」

「いや単純な興味なんだ。身長差2メートルのカップルの夜の営みを想像するとさ」

「180センチ。2メートルも身長差はないよ」

「相手、ハーフリングだろう?」

「そうだよ」

「お前のがさあ、なあ」

「うんうん、彼女大変だろうな~って」

「僕たちはプラトニックだよ」

「「プラトニック!!」」

 二人が同時に声を張り上げた。


「おお神よ、この迷えるドデカい仔羊を導きたまえ」

「失礼だな、君たちは」

「だって何も楽しくないだろう」

「そうだエッチ抜きのつき合いなんて、砂糖を抜いたケーキだ。七面鳥無しの感謝祭だ」

「そのたとえは良く分からないけど、僕と彼女の関係はもっと精神的な部分の繋がりが」

「本音は?」

「――僕だって健康な男だぞ……」

 ウンウンと頷きながらオスカルの肩を叩いた。

「ツラいよな~」

「1ヶ月だぞハンゾー。1ヶ月だ」

「エッチ無しで1ヶ月。お前こそ勇者だな」

「仕方無いだろう。僕とエミリーの間には、物理的に埋めようのない深い溝があるんだから。潔くプラトニックに徹するよ」

「ん~、まあな~」

 キョトンとした眼で、ドニがオスカルを見た。

「なに?」

「物理的なってなんだ?」

 ハンゾーが、ハ~っと肩を落とした。

「今までの会話は、なんだったんだよ」

「なんだよ」

 ドニが口をとがらせた。

「オスカーと彼女の――」

「エミリー」

「エミリーの身長差の話しだよ」

「それは分かってる」

「分かってるなら、何が分からないんだ」

「物理的って何の事だよ」

「だから身長差」

「いや、それは分かってる。その物理ってのが、何なのか分からない」

「「そっち!?」」

 ハンゾーとオスカルが顔を見合わせた。

「なんだよ、馬鹿にしてんのか」

 オスカルがぶっとい指でこめかみを揉み、ハンゾーが困ったように鼻を摘まんだ。


「そうだな~、なんて説明したら良いのやら」

 ポンとオスカルが手を叩いた。

「難しい算数だよ、ドニ」

 それを聞いたドニが顔をしかめた。

「あ~、よせよせ」

 両手を前に差し出して、慌ただしく手を振った。

「数字の話しはよせ、頭が痛くなる」

 氷の山からトマトジュースを取り出して、不機嫌そうに栓を抜いた。

『こんな調子で、ギャラの計算とかどうしてんだろ?』

 小声でハンゾーに耳打ちした。

『ルネのとこのエージェントが頑張ってんだよ』

『ご愁傷様だね』

『だな』

 ハンゾーが大きく頷いた。



 ♠



 後半につづく。


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