第2話 戦場の狼男 後編


 ♠



「なあドニ? 映画関係の人脈あたって、誰か紹介してやれよ」

 そう問われたドニが形の良い顎を撫でた。

「そうだな~、こないだの現場で知り合ったジャイアントの子が凄え可愛いんだよ。俺がもうちょいタッパがあったら絶対に口説いて……」

「僕より大きな女の子はやだな」

「あ~? じゃあこのエルフの子は? この子だよ」

 リモコンを操作して画面を出す。

 ゴーグルを付け顔は煤で汚れてるが、その美貌が損なわれる事はない。

 かなりの美人だ。

「僕より年上のひとはな~、彼女幾つなの?」

「えーっと、250と幾つかだったと想う」

「僕の十倍以上年上じゃない。守備範囲外だよ」

 首を横に振る。

「なら、このマシキュランはどうだよ。年は24でどっこいどっこいだし、体格もお前と同じぐらいだ」


 ハァ~


 と、ため息をついたオスカルがハンゾーからパロマを受け取る。

「相手鉱物生命体じゃないか。機械相手に何をするのドニ?」

「お前、そりゃ偏見だな。最近のマシキュランはヒューマノイドタイプもいるし、体温もある。肌触りも柔らかいんだぞ」


 ブホッ


 と、ハンゾーがビールを噴き出した。

「なに? お前、マシキュラン相手に!?」

 激しくむせりながら訊いた。

「うん!? なんかおかしいか?」

「相手機械だぞ」

 キョトンとしてる。

「人と変わらねえよ。血の代わりにエリクサーが流れてるだけで」

「大違いだよ」

 オスカルのドデカい顔が間近に迫り、ほんのちょっぴりドニが引いた。

「で、相手は誰?」

 改まってハンゾーが訊いた。

「この子、この子」

 ちょうど画面に出てたマシキュランを指差した。

 そこには蒼く輝くメタリックボディのマシキュランが映っていた。

 身体つき確かに女性的なフォルムをしているが、頭には頭髪は無く、顔には眼と耳しかない。

 美人といえなくもないが、鼻も口も存在しないツルンとした顔をしてる。

「彼女と……」

「寝たの!?」

「おう」

 ハンゾーとオスカルが顔を見合わせた。

「何が目的だと思う?」

 真面目な調子でハンゾーが訊いた。

「解んない。マシキュランの思考は独特だから」

 至極真面目な調子でオスカルが応えた。

「無礼な連中だな。彼女は、純粋にオレのファンだったの」

 振り向きもせずに、そう言ったドニがリモコンの一時停止を押した。

「どうだフランキー、可愛いだろ~。ライオンタイプのライカンなんだぜ」

「毛深いのは、ちょっと」

 ピタッとドニの手が止まった。

「お前、俺の姉貴を侮辱してるのか?」

 切れ長の眼の奥で、アイスブルーの瞳が危険な光りを放った。

「まさか。なんで彼女を見て、ルネを侮辱した事になるんだよ」

「だって毛深いのは嫌だって」

「例えの話しじゃないか」

「待て待て、二人とも落ち着けよ」

 ハンゾーが割って入った。

「今の話しを聞いて、オスカーの好みが分かったよ」

「え? ほんと」

「じゃあ教えてもらおうか」

 ドニが仁王立ちで腰に手を当てた。

「オスカーは小さくて年下の子が好きなんだよ」


 ああ~


 ドニが手を叩いてオスカルを指差した。

「なるほど。フランキーは……」

「ロリコンじゃないよ」

 ドニの言葉尻を切って、オスカルが憮然ぶぜんと告げた。

「んぁ? 違うのか!?』

「違う、違う。僕は成熟せいじゅくした女の子で、尚且なおかつつ小柄な女の子が好きなの。ロリコンじゃない」

「じゃあ、シェリーなんてどうだ? あいつ今フリーだし。オスカーが口説きゃ落ちるんじゃ」

「ダメダメ」

 オスカルがドデカい手を振った。

「肩に乗せて重さを感じないぐらいが良いんだ。シェリーなんか乗せたら肩がっちゃうよ」

「贅沢なヤツだ」

「それに」

「「それに?」」

「友達に手を出すのはルール違反だろう!?」

「「あ~、まあな」」


 二人が納得した所で、扉をノックする音がした。

「どうぞ」

「ただいま~」

 大荷物を抱えたルネが扉の所で引っかかっていた。

「お帰りルネ」

 オスカルが荷物を受け取る。

「おかえり姉貴」

「ハイ、ルネ。ハリス公演お疲れさま。久し振りの故郷はどうだった?」

 1人1人にハグをしたルネが、ハリス土産を手渡した。

「良かったわよ。今は向こう、恐竜とマシキュランだらけだけどね」

「「あ~」」

「仕方ないよ。向こうは今バカンスシーズンだろう。ハリスは人気の観光地だから」

 土産をテーブルに置いたハンゾーが、ライムを沈めたパロマを手渡す。

「あら? ガブリエル・ポートの新作ね。もうソフト化したの?」

 ビールを一口飲んだルネがテレビに眼をやった。

「最近は速いんだよ」

「これ確かあんたも出てたわよね、ドニ?」

「もちろん」

 ドニが誇らしげに胸を張る。

「でも、どこに出てたのか分からなかったわ」

 ガックリと肩を落とした。

 無言でリモコンを握ると、早戻しボタンを押した。

 チャプターが切ってあるのか、すぐに場面が切り替わる。

『オレ、これで8回目だ』

 げんなりとハンゾーがボヤいた。

『僕は劇場と合わせて3回目』

『ポートのこのシリーズって、回を追う毎につまらなくなるわよね。なんでかしら?』

『それドニの目の前で言っちゃ駄目だよ。大ファンなんだから』

『知ってるわよ、私の弟よ』

 一時停止ボタンを押したドニが振り向いた。

「ここだよ、ここ」

 画面を指差す。

「え~っと……」

 鏡の中のハンゾーが頭の横でグルグルと手を回し、オスカルが巨体を捻って見せた。

「この捻って飛ぶ所が良いわね。さすが私の弟、足先まできっちり演技してるわ」

「だろう姉貴。姉貴だけだよ、そこまで誉めてくれたのわ」

 力一杯ルネを抱きしめると、ハンゾーとオスカルを見た。

「お前ら、さっきから何やってんの?」

「いや~、蚊が飛んでるな~って。捕まえたオスカー」

「いや、どっかへ飛んでった」

 いぶかしげに眼を歪めたが、それ以上は追究しなかった。

「ところでドニ。あんたオーディション行かなくて良いの?」

 パロマを一口含んだルネが、不思議そうに首を傾げた。

「オーディション? オーディションは明日だろう」

「いいえ、今日よ」

「水曜日って言ってなかったっけ!?」

「……今日は、水曜日なんだけど」

「へ?」

 カレンダーを見た。

 時計を見た。

 テレビ画面を見た。

 ビデオを止めた。

 テレビ画面の中で、人気ドラマのオープニングが始まっていた。

「ああああああああああああああ」

 画面を指さし、ハンゾーを指さし、ビデオパッケージを指差した。

「お馬鹿!!」

 怒鳴ったルネが、一瞬にして黒豹タイプの半獣人ライカンに変身した。

「あんだけテレビ番組で曜日を確認するなって――」

「行って来る」

 狼男に変身するなり、大慌てで窓から飛び出した。

「落ちたね」

「落ちたわね」

「お~いドニ。大丈夫かー!!」

 暢気な声でハンゾーが言った。

 遠くで、けたたましいクラクションが聴こえたが、衝突音は聴こえない。

「大丈夫みたいだ」

「なに~、朝っぱらから騒がしい」

 真向かいの部屋の扉が開き、ネグリジェ姿のアンドレアが、素足のままペタペタと部屋に入って来た。

 そのセクシーな姿に、オスカルが思わず口笛を吹く。

 眠そうに瞼を擦りながら、極めて自然に冷蔵庫を開き、当たり前のようにドニにフルーツジュースを手に取った。

「おはようアンディ」

 見慣れぬ黒豹姿に眼をパチクリとさせたアンドレアだったが、すぐに誰か気づいた。

「おはよルネ。おかえり」

 ハグをして、頬にキスをした。

「なにがあったんだい? ドニが空から降って来たんだけど」

 日課のランニングから戻ったシェリーが、飲みかけのフルーツジュースを受け取りながら訊いた。

「オーディションよ」

「ああ~、また落ちたね」

「これポートの?」

 アンドレアが、ビデオパッケージを手に取った。

「もう、見ないぞ」

「えぇ~、観ようよ。ドニが出てんでしょ」

 タオルで汗を拭いながら、シェリーがオスカルを見上げて言った。

「フランキー。デート?」

「そうだよ」

「こないだのちっこい子?」

「え!? 新しい彼女」

 ルネが訊く。

「ハーフリングの子よね」

 アンドレアが言った。

「なんでみんな知ってんの。僕のプライベートは、誰かに見張られてるの!?」

 動揺するオスカルを横目に、ルネが小声で囁いた。

『気づいてないの?』

『気づいてないんだ』

『教えて上げる?』

『ほっとこう、その方が面白い』



 パロマで乾杯。



 ♠



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