第3話 魔法熱と恐竜とおちびさん 前編


 異世界♥F・r・i・e・n・d・S前回までは。


「そうだな………………、身体の、捻り方が良いかな?」

「人と変わらねえよ。血の代わりにエリクサーが流れてるだけで」

「なにがあったんだい? ドニが空から降って来たんだけど」

「お馬鹿!!」

「えぇ~、観ようよ。ドニが出てんでしょ」

「なんでみんな知ってんの。僕のプライベートは、誰かに見張られてるの!?」


 ドニが窓から飛び降りて、ルネが黒豹に変身し、オスカルのロリコン疑惑が浮上した。


 パロマで乾杯。


 さて、今回のお話は・・・



 ♠



 カフェ《石の王国》の朝は、いつものように怒号で始まった。

「なに!? 超電磁ちょうでんじダイナモコアだと? そんなもんウチでは扱っとらん!!」

「おい、こら、そんな場所で粗相そそうをすんじゃない、トイレは向こうだ!!」

「やめろ、火の側で爆弾を作るな。やめろ、こっちに来るな、来るな、来るな~」




 ちゅど~ん




「毎朝忙しいな、オヤジさん」

 ハンゾーが、バーカウンターに肘をおろした。

「よう来たなサムライ」

 ヒゲをがしたジョルジュがニカッと笑った。

「ウィスキー? ウォッカ? サンドリアのラムも入ってるぞ」

「朝っぱらから飲まねえよ」

 バーカウンターに背中を預けたドニが、呆れたように言った。

 今日は朝から狼の姿をしてる。

「なんじゃ軟弱者も一緒か」

「俺は、軟弱者じゃねえ」

 振り向いたドニが牙を剥いてジョルジュを睨んだ。

 その鼻面をジョルジュが鷲掴みにして、バーカウンターに押さえ込んだ。


「おいサムライ。お前さんが許してくれるなら、こいつの皮をひっぺがして壁に飾りたいんだが」

「え~っと、ルネはジョルジュブレンドで、シェリーはキャラメル・マキアート、アンドレアは紅茶だったな」

「茶葉の種類は?」

 ドニと格闘しながらジョルジュが訊いた。

「アンドレア。茶葉は何にする?」

 オスカルの膝の上で胡座アグラをかいたアンドレアは、ぼーっとその巨体に身体を預けていた。

「アンディ。紅茶の種類なんにする?」

 シェリーが声を掛けるが聞こえていない。

「アンディー!?」

 肩を揺すって、ようやくアンドレアが気がついた。

「なに?」

 頓狂とんきょうな声を上げた。


「お茶、なんにするの?」

「え? ああ、なんかお花の香りがするのがいいわ」

「だって」

 ドニを組み敷いたジョルジュが、

「それならナリエスがオススメだ」

「オスカーも紅茶だよな、なんにする?」

「僕も同じものを」

「ドニ、お前は?」

「そんなことより、さきに、たすけろよ」

 いつの間にやらカナディアンバックブリーカーを決められたドニが切れぎれに、そう言うと、

「ほれ、さっさと決めんと、背骨がいかれるぞ」

 と、ジョルジュが身体を上下に揺すった。

 高い身体能力を誇るドニも、百戦錬磨のドワーフに掛かると形無しだ。

「あだだだだだだだ……、コーヒー、ノンカフェイン、ノンシュガー、ミルクは植物性っ!!」

「もっと粘れんのか。面白くない」

「やかましい、この暴力店主」

「サムライ、お前さんは?」

「オレは緑茶を」

「一緒にニッポンのササダンゴはどうだ」

「じゃあ、それも」

「ボクも~」

 耳聡みみざとく聞き漏らさなかったシェリーが手を挙げた。

「2つな」

 ジョルジュがオーダーを通す。


「俺にオススメするものはねえのかよ」

「お前は家でインスタントでも飲んどけ。――またか」

 唐突に、ジョルジュが顔を顰めた。

 視線の先に眼をやると、ドアを潜ってマシキュランがやって来るところだった。

 ハンゾーも初めて見るタイプだ。

 むき出しになった無数のギアにチェーン、滑車、ヒンジ、ダンパーと、工芸品と見紛うほど美しいパーツで構成された身体には、動力源らしきものがが一切見当たらない。

 鉱物生命体の言葉通り、命ある金属なのだ。

「@:!◆◇★☆◆○■?」

「なんだって!?」

 翻訳機に耳を傾けるが何と言っているのか皆目見当がつかない。

「@:!◆◇★☆◆○■?」

 ディプレイに表示される文字も意味不明な単語の羅列になっている。

「困ったな、ヒューマノイドタイプの通訳を連れて来てもらわんと」

 そうボヤいた矢先にに、極めて流暢なマシキュラン語でハンゾーが対応した。


 驚いたジョルジュが二人を交互に見た。

 感情を全く表に出さないマシキュランのまん丸な眼が、ニコリと笑ったように思えた。

 一言・二言ハンゾーと言葉を交わしたマシキュランは、最後にハイタッチを交わして去って行った。

「なんだって?」

「モーゼスのS-1オイルが欲しいんだって」

「そんもんウチにゃ置いとらん」

「だから置いてる店を紹介してやったよ」

 胸の前で腕を組んだジョルジュが、感心したように頭を振った。

「凄いなハンゾー……。っと、今度は恐竜か」

「よう久しぶりだなゼニガタ」

 ハンゾーが声を掛けた。

「知り合いか?」

「まあね」


 翻訳機に目をやったジョルジュが眉根を寄せた。

「なに!? 卵を5つ割れだと?」

「違う、違う。生卵を5つくれだって」

「生卵を5つ?」

「好物なんだよ」

 かごに盛った生卵を5つ出すと、ゼニガタは喜んで丸飲みにして金を払って出て行った。

「最近、新しい顔ぶれが増えたな」

「マシキュランの連中が、新しいネットワークを構築したんじゃよ。駅前に真新しいゲートが出来とる」

 ササダンゴを用意しながらジョルジュがボヤいた。


 マルチバースネットワーク。


 いまから数千世紀も前に、当時のマシキュランの科学者の一団が開発したとされる、多次元移動システムの総称だ。

 本来は銀河間航法を可能にする為の、新たなワープエンジンの開発が目的であったらしい。

 しかし、実験は失敗。

 3つの太陽系を巻き込む大爆発と共に、マシキュランは次元の扉をこじ開けた。

 こうして理論上存在した次元転移技術をモノにしたマシキュランは、その瞬間に銀河間航法の実験を凍結して、次元移動の確立に情熱を傾けるようになったという。

 なんというか、非常に前向きで、現金で、テキトーな連中だ。


 大爆発によって故郷を失ったマシキュランであったが、新たな進化の鍵を次元移動に見いだす事に成功した。

 無限に存在する差異次元を旅することで、数限りないの多様性を手に入れた彼らは、この恩恵を他の生命体にも還元する事にした。

 こうしてマルチバースネットワークが誕生したのである。

 いまや無限大に存在する世界の一角を行き来する、便利な交通網として全異世界に広まっていた。


「それにしても凄いなハンゾー。恐竜語に、マシキュランの言葉まで喋れるのか」

「仕事柄必要だからね」

「なあ。ウチで働かねえか。お前なら大歓迎だ」

「今の仕事で食えなくなったら、考えるよ」

 用意されたササダンゴを席に運び、その1つをシェリーに渡した。

「ねえ、機械の神様と何話してたのさ」

 ササダンゴを口に運びながらシェリーが訊いた。

 何千年も地下世界で暮らして来たオークを再び陽の光の下に導いたとして、多くのオークはシェリー同様にマシキュランを機械の神と崇めている。

「別に、ジョルジュが困ってたから通訳しただけだよ」

「でも凄いねハンゾー」

 運ばれて来た紅茶を一口啜ったオスカルが、感心したようにハンゾーを見た。


「僕もマシキュランの言葉を勉強してるけど、あんなに正確な発音で喋れないよ」

「ま、慣れだよ、慣れ」

「なんでも出来るヤツは、みんなそー言うよな~」

 面白くなさそうにドニが愚痴った。

「あんたが真面目に勉強しないからでしょ」

 ルネは容赦がない。

「ところでアンドレア。なんか具合がわるそうだね?」

 アンドレアは、ぐったりとオスカルに身体を預けたまま、じっと両目を閉じ、紅茶にも口をつけていない。

「ああ、魔法熱だよ」

 ササダンゴのお代わりを注文しながらシェリーが言った。

「魔法熱? 魔法が使えるのかアンドレア!?」

 一度も魔法を見たこと無いハンゾーが、勢い込んでアンドレアに問い掛けるが、

「ん~……」

 と、もの憂げに唸るだけだ。

「あ~、今回のは重症ね」

 気の毒そうにルネが首を振る。

「都会に暮らすと、この辺が大変なのよね」

「どーゆー事だ?」


「街中での魔法の使用は、変身魔法と医療目的の治癒魔法に限定されてるのよ」

「へー、知らなかった」

「あら? 私とドニの変身も、広い意味では魔法の一種なのよ」

「本当か!?」

「本当さ」

 誇らしげにドニが胸を張った。

「お前、魔法が使えないのかハン?」

「使えねえな。――オレ以外に使えない人」

 ハンゾーが手を挙げると、シェリーとオスカルが後に続いた。

「へっへへ~、お前ら努力が足りないんじゃね」

「努力云々の問題じゃねえよ」

 お代わりのササダンゴを運んで来たジョルジュが、ドニのどたまをドツいた。



 ♠


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