異世界♥F・r・i・e・n・d・S

富山 大

第1話 サブリナママの手作りクリームチーズケーキ


 事件は、ドリフトボール女子チャンピオンリーグ決勝戦当日に起きた⋯⋯



 ♠



「ない……」

 冷蔵庫を覗き込んだシェリーが、この世の終わりを告げる預言者のような、陰々滅々いんいんめつめつとした低い声を漏らした。

 炎のように逆立つ真っ赤な頭髪の上には、蜃気楼しんきろうのようなオドロ線が、ゆらゆらゆらゆらと揺らめいており。

 緑色の肌の下でムッキムキに発達した筋肉が、あり得ないほどパンプアップして、全く似合ってないミニスカワンピは、今にもはちきれんばかりだ。

 怒髪天とはつてんくとは、まさにこの事。


「なにが無いの?」

 オスカルの膝の上で、贔屓ひいきのチームに声援を送っていたアンドレアが暢気のんきな声で尋ねた。

「ボクのケーキが無い」

「ケーキ?」

「そう。ケーキがぬぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぃっ」

 シェリーが天を仰いで叫んだ。

 強く握りしめた2つの拳が、怒りでプルプルとわなないた。

「誰がたべた!!」

 振り向いたシェリーの口から、太くて長い牙が覗いている。

 怒ったオークは、本当に恐い。


「ほんと甘いものが好きよね」

 立ち上がったアンドレアが冷凍庫からアイスクリームを取り出して、皿に移さずガロンカップごとシェリーに渡した。

「ハイ。これを食べて落ち着いて」

「いらない」

 ぷいっとそっぽを向いた。

「美味しいわよ~」

 スプーンですくって口に含む。

「う~ん、チョコミルクの優しいフレーバーが舌に蕩けて、鼻に抜ける~」

 スプーンを口に咥えたまま、アンドレアがプルプルと頭を振った。

 エルフにしては珍しい、耳飾りもイヤードレスも付けてないい長い耳が、頭と一緒に左右に揺れた。

 ごくっと唾を呑み込んだシェリーが、物欲しそうにアイスのカップを見た。

「いらない」

 もう一度、そう言って部屋のなかを見渡した。

「アンディには分からないんだ。あれは、凄く、凄く、凄~く大切なケーキだったんだ」

「なんなんだい、それ」

 じっと画面を見ながら、両軍の人魚の動きを目で追っていたオスカルが興味を示して顔を向けた。


「サブリナママの手作りクリームチーズケーキだよ」

「サブリナママの手作りクリームチーズケーキ!!」

 今の今まで無関心だったルネが大慌てで駆け寄ると、シェリーの手を取ってぶんぶんと振り回した。

「手に入れたのシェリー」

「そうよ」

「なんで言わなかったのよ」

「今日の為に用意して、皆をびっくりさせたかったんだよ」

「びっくりしたわよ~」

 興奮気味にそう喚いたルネの顔に、ピンピンと弾力のある髭が生え、首筋をワサワサと獣毛が覆い始めた。

「ルネ。おヒゲが生えてるわよ」

 アンドレアがアイスを舐め取ったスプーンを差し出すと。

 鏡のようにピッカピカなスプーンの背に、頬に髭の生えたルネの顔が写っていた。

「やだ!!」

 頬を押さえながら慌ててバスルームに駆け込んだ。

「なあ」

 と、その様子を見ていたハンゾーが、セロリスティックに齧りつく狼男に声を掛けた。

「なあドニ」

「んぁ?」

「ルネの髭、狼ってより猫っぽくないか?」

「ああ、ウチの家系は何代か前は猫系だったからな」

「はぁ!?」

「姉貴のは、なんていうんだ? そう祖先戻しってやつだよ」

「それを言うなら、先祖返りだよ」

 オスカルがやんわりと訂正した。

「さすがはプロフェッショナル。物知りだ」

「プロフェッサーだよ、まったく」


「ケーキ食べたの、誰?」

「わたしは違う」

 アンドレアが手を挙げた。

「私も違うわよ~。知ってたら、お腹一杯ディナーを食べないわよ」

 ルネが、バスルームから顔を覗かせながら言った。

 顔中アブクだらけだ。

「じゃあ男共ね。ボクのチーズケーキを食べたの誰?」

「僕は違うぞ」

 オスカルが言った。

「本当かフランケン!?」

「僕をフランケンと呼ぶのは間違っている」

 立ち上がったオスカルがシェリーを見下ろした。

 ひょろりと背の高い身長2メートル50センチの巨体は、近くで見ると威圧感たっぷりだ。

 180センチあるシェリーが、まるで子供のようだ。

「フランケンっていうのは、僕たちの生みの親であるヴィクター・フランケンシュタイン博士の名前を略したもので、僕たちの固有名詞じゃない。僕たちを呼ぶなら、それはホムンクルスであり。フランケンシュタイン博士いわくプロメテウスと……」

「「「「「あわわわわわわわわ」」」」」

 その場にいたオスカル以外の5人が、一斉に耳を塞いでハミングした。


「全く――、いつも馬鹿話しばかりしてるんだから、たまには知的な会話に付き合ってくれたらどうなんだ……」

 ボヤくオスカルを後目に、バスルームから出たルネが弟に声を掛けた。

「ドニは違うわよね?」

「俺? 俺がチーズケーキを? 食べる訳無いだろう。あんな動物性タンパクと脂肪の塊」

 ドニが肩を竦めると、5人視線が一点に集中した。

「ヒューマン!! ボクのクリームチーズケーキを食べたな」

 ボキボキと首と指を鳴らしながらハンゾーに詰め寄った。

「ちょ、ちょっと待てシェリー。詳しい話しをさせてくれ」

「うるさい!!」

 シェリーの手が襟首を掴んで絞め上げた。

「なんでボクのケーキを食べたぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ギブ、ギブ、ギブ!!」

「勝手に食べたんだもん。仕方無いよね」

 アンドレアが可哀想にと頭を振った。

「モノがモノだからねえ。サブリナママの手作りクリームチーズケーキって、手に入らなくて有名なのよ」

 同情の余地無しと言わんばかりに、腕組みをしたルネがチラリとこっちを見た。

「素直に白状すれば良かったのにな~、ハン」

 ドニが肩を竦めて、首を左右に振った。


「ゲホゴホゲヘ……、半分は、……お前のせいだろう」

 シェリーの色の薄い瞳が、ギロリとドニを睨んだ。

「おい。俺に槍先を向けるなよ」

「……ゲヘゲヘ、ガハッ、それを言うなら、矛先だ……」

 シェリーの逞しい肩に、オスカルのドデカいが乗った。

「シェリー。君が本気でめると、ハンゾーの首が折れてしまうよ」

 パッと手を離したシェリーが涙目で訴えた。

「なんで食べた」

「ちょっと待って、息を整えるから、ちょっと……」

「うるさい。速く答えろ」

昨夜ゆうべ遅くて、腹が減ってたんだよ」


 あ~、


 と、アンドレアが呟いた。

「それで昨日の夜うるさかったのね」

「悪かったよ。勝手に食べて」

「人の家に勝手に上がり込んで、勝手に冷蔵庫漁るなんてね~」

 アンドレアが呆れたように言うと、ハンゾーが振り向いた。

「うるさい。何のための合い鍵だよ。この際だから言わせて貰うけど、君たちだって、オレんちの冷蔵庫勝手に開けて、オレのビールくすねてるだろ」

「あ!! だからオレの野菜ジュースが時々無くなるのか?」

「うげ~。野菜ジュースなんて、あんた以外、誰も飲まないわよ」

「ああ、アレは僕が時々もらってる」

 オスカルが至極真面目にそう言った。

「おっ、なに勝手に飲んでんの!!」

「代わりに時々フルーツ入れてあげてるだろう」

「ああ、アレお前だったの? ごちそうさま」

「待って。じゃあ私が入れてたマンゴーを勝手に食べたのもあんた?」

「姉貴のマンゴーだったのか。美味かったよ」

「馬鹿~、高かったのにぃ~」


 外野の喧噪をよそに、死刑宣告をする裁判官のような面持ちで、シェリーがハンゾーに詰め寄った。

「自分にも、食べるモノあるだろう」

「無いよ」

「無い?」

「ウチの冷凍庫には、ドニの野菜ジュースとフルーツしか入ってないの」

 4人の視線がドニに集中した。

「飯食う暇もないほど忙しかったのに、家に帰った冷凍庫には野菜ジュースと果物だけだぞ。オレは肉が食いたかったんだ!!」

「あの冷凍庫は俺の冷蔵庫だ。俺の冷凍庫に、牛肉や豚肉のような不健康な食べ物は入れたくないよ」

「「うるさい、黙れベジタリアン」」


「ベジタリアンの何が悪い」

 狼男が頬を歪めた。

「お前たちの食生活は不健康すぎるんだよ。生クリームに牛乳に卵とタップリのバターと塩だぞ。少しはヘルシーに生きろよ。オレたち口に臼歯うすばがあるのはなんでだ? 野菜を喰うようになってるんだ。肉ばかり喰ってる恐竜みたいに野蛮じゃ……」

 オスカル以外の4人が耳を塞ぐと、ドニが口を閉じた。


「悪いとは想ったけど、ケーキがオレを呼んでたんだよ」

「なに?」

「冷蔵庫を開けたら、そこにチーズケーキがあったんだ。真っ白なクリームと、それを包むクッキー生地のコントラストが輝いて見えた。思わず指にすくって舐めたんだ。そうすると、もう止まらなかった。気がついたら1ホール食べてたんだよ」

「ああ~、もう」

 そう呟いたシェリーが床に座り込んだ。

 グスグスと鼻を鳴らしてる。


「悪かったよ」

「美味しかったの?」

「へ?」

「美味しかったの!?」

 キッと睨みつけた。

「うまかった」

「どこが!? 詳しく教えて」

「そうだな~。クリームはどこまでも滑らかで口溶けが良くって。甘いんだけど、ほのかな酸味がアクセントを添えて幾らでも入る感じかな。クッキー生地はサクサクとして、濃厚なバターの風味がとてもリッチで……」

「もういい」

「え?」

「もういいって言ったの」

「え、あっ、まあそれなら」

「ああ~、もう食べたかったな~」


 ずーんと落ち込んだ様子のシェリーを見て、ハンゾーがオスカルに小声で耳打ちした。

「なあオスカー。シェリーって、そんなにケーキが好きだったのか?」

「ケーキだけじゃないよ。甘いモノは何でも好きさ」

「そうなのか?」

「なんだ知らないのか。オークは全般的に甘党だよ」

「へ!?」

「時々居るだろう、牙の抜けたオークが」

「ああ居るな。タスクレスたっけ? 確か戦えなくなったり、戦う事を辞めたオークは、そのあかしに自分の牙を抜くって聞いたことがある」

「それ。都市伝説だよ」

「ヘッ?」

「真相は。甘いモノを食べ過ぎて虫歯になって抜いたのさ。牙はほら磨き難いし」

 ハンゾーが、まじまじとシェリーを見た。


「だから2週に1ぺん歯医者に通ってるのか?」

「そうじゃないかな」

「オレは、てっきりあのハンサムな吸血鬼の歯医者が、シェリーの彼氏なんだと思ってた」

「それは大いなる誤解だね」

 大きなため息をついたハンゾーが、跪いてそっとシェリーを抱きしめた。


「悪かったよ。本当に」

「うるさい。もうお前とは絶交だ」

「お詫びに、オレが買うから。それで許してくれよ」

「半年だぞ、半年。予約するのに3ヶ月。手元に届くのに3ヶ月も掛かったんだ」

「そんなに?」

「大人気なのよ」

 ルネが付け加えた。

「分かった。皆で食べる分と、シェリーが1人で食べる分2ホール買うからさ。それで許してよ」

「あとバタークッキーも」

「欲張りだな。オッケー。それで良いかな?」

 シェリーが立ち上がってジト目でハンゾーを見た。

「それなら許してあげる」

 改めてハグをした。


「あ~、でも食べたかったな~。今日はケーキ腹だったのに」

 そう呟いた声を聞いて、ハンゾーが部屋を飛び出した。

「アンドレア、キッチン借りるぞ」

 戻って来たハンゾーが、慣れた手つきでフライパンを奮うと瞬く間に熱々のホットケーキが出来上がった。

「何これ?」

 甘い香りに、ゴクリと生唾を飲み込みながらシェリーが訊いた。

「ホットケーキさ、知らないのか?」

 メープルシロップをタップリと描ける。

 シェリーの瞳が爛々と耀く。

「知らない。初めて見た」

「オレの世界じゃメジャーな食べ物さ。専門店まである」

「皆も食うよな?」

「「食べる~」」

「勿論」

「おいひ~。ひやわせ」

 口一杯に頬張り満面に笑みを浮かべたシェリーを横目に、ドニがボヤいた。

「砂糖に、卵に、牛乳に、タップリのバター。おおう、おぞましい」

「「「「「うるさい、黙れベジタリアン!!」」」」」

 5人の心が1つになった。



 ♠


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