第3話 魔法熱と恐竜とおちびさん 後編



 ♠



「あ~、楽しかった」

 マルチネットのゲートを抜けたアンドレアが、ググッと延びをしながら呟いた。

 水色のサマードレスが眼に眩しい。

「でしょう。たまには別世界の空気を吸わないとね」

 両手にバッグを抱えたオスカルが、その後から出て来た。

「日帰りで異世界旅行を楽しめるんだから、使わないのは不健康だよ。そうだ今度は本場のドリフトボールを見に行こうよ」

「そうね。ね、エミリーとも時々行ってるの?」

「いや~、彼女はインドア派なんだよ」

「そうなんだ。オスカルとは逆ね」

「ま、仕方ないね。それ以外の部分は抜群に相性が良いしね」

「でも、驚いちゃった」

「え? なにに!?」

「オスカルの言ってたお医者さんって、恐竜だったのね」

 オスカルからバッグを受け取ろうと歩み寄った。

「恐竜は僕たちよりも何億年も速く地球に登場して、進化の階段を登り始めたんだ。医学もその分発達してるんだよ」

 アンドレアの両耳がいつもより若干赤みを帯びていのは、治療を受けた直後だからだろう。

「後は、新しいイヤードレスを買ってジムに通えば、魔法熱に悩まされる事も無くなるよ」

 片方のバッグを肩に担いだ。

 重たい荷物をアンドレアに渡す気は毛頭無いようだ。

「オスカルには、お礼をしなくちゃね。そうだ今度ごちそうするわ」

「ならアンドレアの手料理が良いな。エルフの郷土料理は大好物なんだ」

「本当?」

「勿論」

 と、その時。

 二人の会話に割り込む者がいた。



 ♠



「ギャギャ(ようよう、お二人さん)」

 振り向くと、そこに派手な格好をした恐竜三人組が立っていた。

「なんだい? 君たち」

「カロロロロロロロ、ゲァ(どいてなデカいの。今度はオレたちが楽しむ番だぜ)」

 翻訳機越しに、真っ赤なトサカが非情に目立つ恐竜が斜に構えてそう言った。

「アンドレア。下がって」

 広い背中でアンドレアを隠すと、オスカルが珍しく眼を細めた。

 怒っている証拠だ。


「失礼だな君たち。なにか勘違いしてないかい?」

「クケケケケケケケケケ、クケケケケケケケケケ(イヤードレスをしてないエルフは、たちんぼだって聞いたぜ)」

 そう言ったチンピラ恐竜三人組が、一斉に笑い出した。

「なっ!! わたしのどこが娼婦だっていうのよ!!」

「きゃぎゃぎゃ(いいから、こっちに来いよ)」

 前に出たアンドレアの細い手首を、羽毛と鱗に覆われた手が掴もうとした。

 その瞬間。

 オスカルのドデカい手が、恐竜の手首を鷲掴みにした。

「痛い眼を見ないと、分からないのか」

「ゲァッ(こいつ)」

「ゴゥァァアァ(やっちまえ)」

 オスカルの胸に二本の細い針が突き刺さった。

 スタンガンだ。

 しかし。

 オスカルはけろりとしてた。


「ギョ(なに)」

「ホムンクルスの僕に、この程度の電流利く訳ないでしょう。さあ、今なら許して上げるから、さっさと帰りなさい」

「クワワワワワワワ(ヘッ、なめるなよ化け物)」

 その刹那。

 オスカルの身体から力が抜けた。

「なに!?」

「ギャギャギャギャ(驚いたか)」

「コロロロロロロロラ(こいつは充電器にもなってるんだよ)」

「アンドレア。逃げて」

 倒れ込んだオスカルの後頭部を、恐竜が踏みつけにした。

「ケケケケケケケケ(さあ楽しもうぜ~)」


 パリン・・・


 蒼白い光と衝撃が走り、伸ばした手を引っ込めた

「きャ(なに)!!」

「いい加減にしろォォォォォッ」

 地鳴りのような轟きが走り、周囲の高層ビルが揺れた。

 ゆらりとと陽炎のようにアンドレアの身体が揺らいで見えた瞬間。

 落雷級の猛烈な放電が迸った。

「「「アババババババ」」」

 痺れあがる恐竜の背後を、灰色の影が掠めた。

 オスカルだ。

 アンドレアの桁違い電撃で劇的にパワーアップしたオスカルが、瞬時に回復し、恐竜の尻尾を引きちぎったのだ。

 遠くからサイレンの音が聞こえた。

 街中で破壊魔法を使ったのが通報されたのだ。


「アンドレア。大丈夫かい」

「わたしは何とも。それよりオスカルは」

 スーツの胸元に、黒く焦げた跡がある。

「僕なら大丈夫さ」

「あなたが倒れた時、わたし……」

 そう呟いた瞬間に涙が零れた。

「大丈夫、大丈夫だからアンドレア」

 思わず抱きしめ、額にキスをした。


 ガチャーン


 と、ガラスの割れる音がした。

 地面に砕けたソーダーの瓶が散乱していた。


「オスぴー!!」

 視線を上げると、そこに、

「「エミリー!?」」

「やっぱり、やっぱり浮気してたのねー!!」

「違うんだエミリー」

「オスぴーの馬鹿ー、ウンコたれェェェェェェェェッ」

 ドップラー効果を残しながら、エミリーが走り去った。

「行って」

 アンドレアが言った。

「え、でも君を1人残してなんて」

「良いから速く。シェリーに連絡して来てもらうから。わたしは大丈夫」

「ごめん。この埋め合わせは絶対にするから」

 最後の言葉は良く聞こえなかった。

「あ~ぁっ」

 気絶した恐竜に腰掛けたアンドレアが、ペチンと恐竜の頭をはたいた。



 ♠



「キャキャキャ(それでは、本官はこれで)」

 翻訳機を通してそう言った恐竜が、ハンゾーに敬礼した。

 三人組のチンピラ恐竜が数珠繋ぎにつながれてゲートを潜って行く。

 全員ワーワーギャーギャー喚いているが、方言が激しく何と言ってるか分からない。

 あの三人組は異世界移動を繰り返しながら、その地で犯罪を犯すギャングの一味だったのだ。



 どどーん



「グロロロロ(お前の友人のお陰だハンゾー)」

 葉巻を咥えたゼニガタが、ダンディなバリトンボイスでそう言った。

 カフェ石の王国で出逢った恐竜は、三人組を追う捜査官だったのだ。



 じゃじゃーん



「あの三人組はどうなる?」

「カラララララララ(色々と余罪があるからな。未成年である事を斟酌しんしゃくに入れても、尻尾切り3年に無償奉仕500日。それと永久異世界移動禁止ってとこだろう)」

 ハンゾーが肩を竦めた。

 尻尾は恐竜の命なんて言葉もあるくらい、恐竜に取ってはステータスだ。

 尻尾切り3年は、極刑並の厳罰といえた。

「アンドレアはどうなる?」

「ロロロロロロ、ロロロロロロ(友人の命を救う為に咄嗟に電撃を浴びせたんだろ。人命救助を罰する法律なんて、オレは知らんよ)」

 と、アンドレアが街中で破壊魔法を使った一件は、お咎め無しという事になった。

「ジャ(それじゃまたな)」

 片手を振ってゲートの中に姿を消した。

「これで解決?」

 ルネが小首を傾げながら尋ねた。

「そうらしい」

「尻尾切り3年? 甘いわね。私ならもっとギッタギタにしてあげるのに」

 鉤爪を出して凄んでみせた。


 恐竜捜査官ゼニガタを見送った二人は、カフェ《石の王国》に戻り、いつもの席に陣取った。

「……ハーイ」

 およそこの世の不幸を一身に背負ったような暗澹あんたんたる声で、オスカルが二人を出迎えた。

「いたのかよオスカー!!」

 ドデカい身体を限界まで縮こませたオスカルが、ただでさえ蒼白い顔を、さらに蒼くしながら、深く青いため息をついた。


 心配になったルネが声を掛けた。

「どうしたのよオスカル? 大活躍だったんでしょ、表彰もされたって」

「エミリーと別れた」

「「あ~」」

 二人同時に嘆息を漏らした。

「こっちにいらっしゃい、ハグしてあげる」

 よろりと立ち上がったオスカルを、ルネの小柄な身体が抱きしめる。

「なあ、これで良かったんだよ。どのみち身長差2メートルの――」

「180センチ」

「180センチのカップルが上手く行く道理が無かったんだからさ」

 ソファーに腰掛けたオスカルの肩をハンゾーが叩いた。

「僕は、もう恋なんてしないぞ」

「なんか前もそんな事言って無かったか?」

「今回は違う。今回は違うんだハンゾー。特別なんだ。エミリーとは、なんかこう運命を感じてたんだ。それなのに……。あんなにフィーリングの合う女の子、もう出逢えない想う」


『ねえ』

 ルネがハンゾーの袖を引っ張った。

『気づいてないの?』

『気づいてないんだ』

『教えてあげる?』

『そりゃお節介ってもんでしょう』

『それもそうね』

 ジョルジュが運んだコーヒーに口を付けた時、

「おまたせ~」

 と、シェリーが駆け込んで来た。

「お姫様のご登場だよ」

 強引に手を引いてアンドレアを連れて来た。

「ワァ~、かわいい~」

 ルネが飛び上がった。

「アル=リエルの新作ね」

 アンドレアの両耳を飾るイヤードレスに触れた。

「軽いのねー、ミスリル製?」

「もちろん」

「私も欲しい」

「今度一緒に買いに行こうよ、オーク用と半獣人ライカン用のカフスも沢山あったよ」

「そうね。さ、男共も誉めて、誉めて」


「フランキー、なに黄昏たそがれてんの?」

「ああ、彼女と別れたばかりなんだよ」

 ハンゾーが代わりに答えた。

「え!? もしかしなくても、わたしのせいよね」

 オスカルがドデカい手を左右に振った。

「元々無理があったんだよ。僕とエミリーじゃ体格に差がありすぎたし。彼女はインドア派で、僕はアウトドア派だし」

「そう、なら良いんだけど。これどうかな」

 上目遣いにオスカルを見た。

 オスカルは黙って見てる。

 後ろ手に組まれたアンドレアの指が、そわそわとせわしなく動いていた。

 ボーッと惚けてるオスカルの脇腹を、ハンゾーが肘で小突いた。


「あ、ああ、良く似合ってるよ」

「本当?」

「うん勿論』

「良かった」

 場の空気がパッと華やぐような、素敵な笑顔をアンドレアが浮かべた。

「そうだオスカルにプレゼントがあるの。受け取ってくれる」

「僕に!?」

「そっ、お礼も兼ねてね」

「お礼って、助けて貰ったのは僕なのに」

「良いから、良いから」


 可愛くラッピングされた小箱を取り出し、オスカルの掌に置いた。

『ねえ、あれって良いのかな?』

 ハンゾーの隣に寄ったシェリーが囁くように言った。

『なにが? ただのプレゼントだろ』

「うわ~、イヤリングだ」

 ドラゴンをかたどった、エルフ工芸伝統のデザインだ。

『イヤリングだって!?』

 ハンゾーが目をむいた。

「でも、片方だけなの?」

「もう一方は、これ」

 髪の毛を書き上げて自分の耳を飾るイヤリングを見せた。

『ねえ、あれって?』

 ルネは笑いをかみ殺したような、なんとも複雑な表情を浮かべてる。

『今はすたれた、エルフの古い習慣さ。夫婦の証しとして、同じイヤリングを片方ずつするんだよ』

「どう? 似合ってるかな?」

 イヤリングを着けたオスカルが振り向いて訊いた

「似合ってわるよ」

「バッチリ」

「最高!!」

『宣戦布告するつもりだったんだねアンディ』

 腰に手をやったシェリーが、笑いをかみ殺しながら言った。

『結果は、不戦勝だけどな』

『どうする。フランキーに教えてあげる?』

『良いさ。二人が幸せなら』

 オスカルの膝の上に乗ったアンドレアが、嬉しそうにオスカルを見上げて微笑ん・・・


「おまたせ~!!」

 三人の肩を、毛むくじゃらの腕が抱きしめた。

「誰も、あんたなんて待ってないわよ」

「ひでえな姉貴。せっかく彼女を紹介しようとやって来たのに」

「ああ、こないだ言ってた子ね」

「そうそう。ようお二人さん今度ダブルデートしようぜ~」

「なに言ってんのドニ。僕達は別に」

「そうそう、そんなんじゃ無いわよ」

 オスカルとアンドレアが慌てて否定した。

「嘘つくなって。お前等見てるとヤキモキするんだよ。お互い意識しまくりなの、周りは気づいてんだぜ。オスぴーはアンドレアしか膝に載せないし、アンドレアはオスぴーの膝にしか乗らねえだろう」

「そのオスぴーってのやめて』

「オスぴー」

「やめて」

「オスぴー」

「……ドニ、本気で怒るよ」


「所で、あんたの彼女どこにいるの?」

「あ、そうそう。マナこっちだよ」

 ズシンと、板張りの床が大きくきしんだ。

「初めまして皆さん、マナと申します」

 丁寧にお辞儀した。

 蒼く輝くメタリックボディが目に眩しい。

「姉貴、彼女がマナだ。マナ俺の姉貴のルネ」

『いつからつき合ってんのよ』

 ドニの耳を引っ張りルネが訊いた。

『こないだの撮影からだよ』

『こんな事、パパになんて説明するのよ』

『いや普通に』

『普通じゃないでしょ、相手マシキュランなのよ』

 ヒソヒソ話をする二人に小首を傾げていたマナが、唐突にドニの膝の上に乗った。


「オッフッ」

 途端に、毛皮に覆われたドニの顔色が変わった。

「どうしましたドニ?」

「いや、突然だっ、たから、驚、いただけ、だ、よォ……」

「人間の恋人は、皆さんこうなさるのでしょう?」

 アンドレアとオスカルを見ながらそう言った。

「そうだよマナ。そうやって彼氏に甘えるのさ」

 そうハンゾーが答えると、マナが遠慮気味に全体重を傾けた。

「ハンッッッ、テメエ、覚え……」

「え? なに聞こえないぞ」

「頑張れドニ。彼女の重さなんて感じないだろう」

「そうよ頑張れドニ」

「ドニ、ファイト、ドニ。」

「軟弱者。女房の尻の重みは、幸せと正比例する。これはドワーフの格言だ」

 ドニの頭にコーヒーカップを置いた。

「う、る、せ、え、よ」

「ちなみに訊くんだけど。あなた何キロあるの?」

「300キロです」

「ぉう……」

 ドニの全身から力が抜けた。

「あら?」

「気絶した!?」

「気絶した!!」

「ファイト、ドニ、ファイト!!」

「軟弱者」

 両手を頬にあてたマナが、心配そうにドニを見つめている。

『どう想う』

 ルネがハンゾーの袖を引いた。

『まあ、良いんじゃない』



 お二人さん、末永くお幸せに・・・



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