第6話 ドニとオンボロ自動車 その7


 ♠



 腹に響く重低音をとどろかせ、見るからにボロッちい車が現れた。


「もう、いい加減にしなよドニ」


 助手席から降りたシェリーが辟易へきえきとしたように手を振った。

「いいじゃねえか。せっかく新車の御披露目なんだからよ」

「なにが新車だよ、こんなボロクルマ」

 ルーフを開きオープンカー形態になってる車から、さっと飛び降りた。

「ひっでえこと言うなよ。わっかんねえかな~、この渋さ」

サビだろ錆」

「そうワサビと錆さ」

 ハンゾーが片手で顔を覆い。

 ルネが呆れたように、ため息を吐いた。

「それを言うなら詫びと寥だよ」

 オスカルがやんわりと訂正した。

「ようお揃いで、ご苦労さん。どうよオレの新車」

「どうよオレの新車じゃないでしょ。何やってんのよあんたは」

 ドニが眼をパチクリさせた。

「あれ? 姉貴、なんでいんの」

「何でいんのじゃ無いわよ。今日帰るってメール送ったでしょ」

 キョトンとした顔でドニがハンゾーを見た。

「姉貴が帰って来るの日曜じゃ無かったか」

「今日が、その日曜だ」

「へ、いやまだ土曜日だろう?」

「日曜日だよ」

 シェリーがぐったりとした表情で答えた。

「へ?」

「だから速く帰ろうって言ったんだよ。ドニがカスタムショップで車に目移りしてる間に、日付が代わったんだよ」

「えっ、じゃあマスカレードバウンサーは?」

「昨日放送された」

「うっそー、良いとこだったのに見逃した!!」

「それよりあんた、何なのこのボロ車は?」

 ルネがドニの耳を力いっぱい引っ張った。

「ひっでえな姉貴まで。ラットロッドよ、ラットロッド」

「ラットロッド? 何よそれ」

 ボンネットをポンポンと叩きながら訊いた。

「こういう錆びた風合いを、味として残す加工を施した車のことさ」

「さっすがハン。よく分かってる」

 ドニがビシッと指さした。

「それよりあんた。これ、タダじゃ無いわよね。お金はどーしたの?」

 ドニの耳を、再び引っ張った。

「いてえよ姉貴」

 耳をさすりながら答えた。

「金はほら、新作で準主役を演じるからさ、ギャラが入ってくんのよ」

「だったらまずハンゾーに借りてるお金を返しなさい!!」

 胸の前で腕を組んだルネが、恐い眼で弟を睨んだ。

 子供の頃から知っている『言うこと聴かないなら噛みつくわよ』の視線だ。

「あーっと、幾らだっけ」

「だいたい8000クレジットぐらいかな」

「8000クレジット⋯⋯」

 財布を開いたドニが、そーっと視線を外した。

「返して来なさい、このボロ車!!」

「やだよ、お気に入りなんだ」

「いいクルマですよ」

 それまで黙ってラットロッドを撫で回していたマナが、唐突にそう言った。

「ほら、ほら、なっ!? マシキュランのマナが言うんだから間違いないよ」

「エンジンは最新型ですし、フレームの強化もされてる。AIもきちんとしたモノが積んでありますし。これなら」

 そう呟いたマナが自分の下腹部に手をやり、ラットロッドのダッシュボードをそっと撫でた。


 途端。


『パパっ!!』

 と、ラットロッドが声を上げた。


「「「「「「「パパァ」」」」」」」


「パパ!?」



 ぶるるるるん



 と、勝手にエンジンを掛けたラットロッドだヘッドライトを光らせてドニを見つめた。

『パパっ!!』

 右を見て、左を見て、脱兎だっとの如く逃げ出すドニ。

『パパっ!!』

「オレはパパじゃねえぇぇぇぇぇ」

 ドップラー効果を残して、ドニの姿が地平線の彼方に消えた。

「あ~、あの甥っ子は抱っこできないわ。私⋯⋯」

 げんなりとルネが呟くと、ハンゾーがマナに声を掛けた。

「本当に君とドニの子供なのかい?」

「まさか。ワタシ、マシキュランですよ」

「え、でもパパって」

「AIを書き換えたんです。ドニをからかうのは、楽しいです」

 コロコロと笑いながら、ドニとラットロッドに手を振った。

「いい性格してるわね」

「うん」



「オレはパパじゃねえぇぇぇぇぇ]

「パパァァァァァ!!」



 ♠



 その8へつづく♥



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