31.温暖化の時
「せっかく集まったんだから、くだらないことで言い合おうよー!」
にわかに言い出したのは、緑藻Volvox属の巨大群体ことヴォルたちだ。整然とした数百の細胞が連なる外観はまるで一個体のようだが、実際には複雑な役割分担によって維持される、移動するコミュニティである。
「むむ、受けて立つぞ」
計画して集まったわけではないのだが――ステファンが何か異を唱えられるより先に、ユドくんたちが挑戦的に請け負った。他には面倒くさそうなシアノちゃんと、ノリで言っているだけなのか「わっしょいわっしょい」と楽しそうな小ヴォルも、揃ってこの場にいる。
ちなみに小ヴォルはヴォルたちと同じVolvox属の緑藻だ。前者は後者に比較して表面積や体積が小さく、細胞数が少ない。それぞれの群体が異なる成長段階に達しているからだろう。
「何が『せっかくだから』なのかまるで意味が分からないけど、議題を聞くだけ聞こうか」
「温暖化現象とかどうかな!」
「全ッ然、くだらなくないよね!? 深刻だよ! どうやって言い合うつもりだい、まさかこのご時世に『温暖化現象の信憑性』を論じるんじゃないよね。どっかの大統領じゃあるまいし! 現実逃避か!」
言うまでもないが、ステファンが引き合いに出しているのは、真顔も変顔も大して変わらないあの派手な髪色の当代大統領のことである。
「温暖化現象は緑藻類の味方だ」
「それを言うなら、藍藻だって。ワタシのSpirulina属にとってもそうだワ」
ユドくんたちとシアノちゃんが順に主張した。確かに彼らは、暖かい夏季が長ければ長いほど繁殖の機会が増える。
「珪藻類にとってはそうとは言えないけどね……なるほど、現象の有無じゃなくて是非を言い合おうってこと」
「ぼくらもあったかいほうが嬉しいな。君たちもそうだよね、きょうだい」
「わっしょい! いっぱい増えたいよね!」
Volvoxの群体たちが輪を描いてエンドレス追いかけっこをし出した。
あまりそういうことをしないで欲しい。別々に認識していた相手が統合されたような錯覚に陥り、彼らの会話が段々と自作自演に思えてきて、困る。
(ウロボロスって言うんだっけ、うん、どうでもいい)
雑念を振り払い、ステファンは意見を述べた。
「遺伝子複製が第一だけど、自分たちのことは置いとくとしようか」
「あら、全生態系を顧みろってこと。
水の華こと藻類ブルームとは、水面を変色させるまでに藻が異常発生する事態を指す。発生には大抵、高温だけでなく、農地から流れて来た肥料などの不自然な栄養源が必要だ。
当事者はただ繁殖しているだけなのだが、連鎖的に水域の酸素バランスが損なわれ、周りは危険な状態に陥るわけだ。
「それも問題のひとつの側面だね。 大陸氷床の融解、海面上昇、諸々のドミノ効果が待ってる。生態系がかたっぱしから崩れるのは当たり前のこと、人間の愚かさで一番苦しむことになるのも、人間なのかもね」
「エアコン代とか熱中症とかー?」
「そうだよ、小ヴォル。他にも湿度上昇、蚊の活動範囲拡大に伴うマラリア・ウェストナイルウィルスの広がり、ETC……」
「我々も聞いたことがあるぞ、ステファン。最終的に生き残るのはやはり微生物ではないか。ならばある意味、勝ち組になれるのではないか?」
「わっしょいわっしょい!」
「この話長くなりそうネ」
「誰だい、温暖化現象について語ろうなんて言ったのは」
みなの注意がヴォルたちに集まった。小ヴォルとの追いかけっこはいつの間にか止まっている。
ステファンはユドくんたちに合図した。以心伝心、察してくれた友が声を張り上げる。
「ヴォルたちを追うぞ! 奴らのExtracellular matrix(細胞外基質)にくっついてひっとらえよ!」
ECMとは、彼ら緑藻群体を「群体」たらしめるゼラチンの別名称である。
「わー! なんでー!」
と、追われながら彼らは嬉しそうな悲鳴を上げる。ユドくんたちと小ヴォルの速度では差が開くばかりだが、それは追わない理由にはならない。
何故か、無関係な藻ブたちに追い越される。話を聞いた周囲の者たちも鬼ごっこに参加したくなったらしい。
何事にも調和が大事だ。難しいことを考えた後は、無意味に動き回るのがちょうどいいのである。
「元気だわネ」
「まあ、これでぼくらはしばらく平穏でいられる」
移動能力のないステファンとシアノちゃんは幸いにも取り残されている。
「それもそうネ。で、アナタはどう思ってるの、温暖化」
「うーん。なるようにしかならないと思ってるよ」
今日が地球最後の日でも、光合成をするだけだ。
「達観するのも悪くなさそうネ」
ふふ、と彼女は笑ったようだった。
_____
わっ↓しょい↓ わっ↑しょい→
って感じでしょうか。
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