22.ちゅーびんぐの意義を考える
「ヒマである」
「ひまだね。流れるだけってけっこうつまらないねー!」
「ちょっとちょっと君たち、あてつけっぽく口々に『ヒマだ』って言わないでよ。言いだしっぺのぼくが悪いみたいじゃないか」
能動的から受動的移動手段(?)に切り替わった一行は雨によって水たまりが増えたり繋がったりするタイミングを狙い、雨流れに身を任せるだけとなった。
それからは、驚くほどに何事もなかった。捕食者に遭遇せずに過ごせているのはありがたいことだが――尊き太陽が雲の背後に隠れてから数時間。光合成の機会は訪れず、流れる以外にやることが無いのである。
「すまぬ、ステファン。おぬしの気持ちを汲んでやらなかったな」
「ひまだなんて言ってごめんなさいー」
旅の仲間たちは謝罪の言葉を述べながら、しゅんとなる。
「そんなに謝らなくても……。これじゃあぼくがいじめてるみたいじゃないか」
謝る彼らの態度になんとなく誠意が篭もっていない気はするが、この際それは不問としよう。
「ほら、何かお喋りしよう」
気を取り直してステファンは何か暇を潰すネタを探した。緑藻Eudorina属の群体であるユドくんたちが最初に応じる。
「だが連想ゲームもしりとりももうやり尽くしたぞ?」
「じゃあ世間話とか……」
「でもぼくたち、もうほかに噂話を知らないかな。ぜんぶ話したとおもうー」
緑藻Volvox属の群体、小ヴォルはどことなく申し訳なさそうに言った。
むぐぐ、とステファンは唸った。最後の砦、藍藻Spirulina属のシアノちゃんに話を振るしかない。
期待を込めて間を置く。するとシアノちゃんは空気を読んだのか否か、ふと呟いた。
「これってまるでTubingよね……」
おや、とステファン含める他三名が食いつく。
「チュービングって、あれかい。人間の川遊びの」
「そう、そのチュービングのことヨ。タイヤのチューブって言うの? 巨大ドーナツ? あれに乗って、人間が川下りをするの」
「む、聞いたことあるぞ。この実験所の近くでも、遊べるところがあるそうな」
「ぼくたちも知ってるよ! 人間が日向ぼっこをだらっと楽しみたい時にやる遊びだよね。泳がなくても景色が勝手に変わるの」
チュービングには一般的に舵を用いず、大きな浮き輪に座って流れるだけである。
川によっては数時間かかることがあり、大雨の後だと衝撃的な速さで終わることもある。だらだらするにはもってこいの遊びだが、過度な日焼けや脱水症状にもなりやすい。
ちなみにチュービングには雪山を滑り落ちるバージョンもあるが、この際関係ない。
「そうか、落ちるか流れるだけだもんね。ユドくんたちや小ヴォルは鞭毛があって自力で動けるけど、ぼくやシアノちゃんは、そんな君たちにくっついて
ステファンの思考がよくわからない自虐へ向かうのを、シアノちゃんが制した。
「思いつめることないわヨ。向き不向きってのがあるんだから」
「そうだぞステファン。我々は好きでやっているだけだ」
「チュービングだって体力消耗するんだし、楽しいならダラダラしてもいいんだよ!」
「そうだよね……」
最後の小ヴォルの慰め方に、ヒトをダメにする何かを垣間見たステファンだったが、突っ込まないことにした。
「じゃあ今日は君たちもダラダラして楽しめるね」
緑藻たちはそれぞれ「うむ」「やったー!」と嬉々として答えた。
――そうして数分後にはまた、揃って「ヒマだ」と再び文句を漏らすことになる――。
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