21.海抜高度を考える

 そういうわけなので、ステファンは思考を切り替えることにした。


「美しいものと言えば?」


 と問えば、


「太陽だな! あれ以上に素晴らしいものは全世界の隅々を探しても見つからないだろう!」


 とユドくんたちが元気いっぱいに答える。


「確かにね」


 ステファンは素直に同意した。太陽光なくして光合成はありえないのだから、自分たちにとっては大空に輝くあの光の玉は至高の存在で間違いない。


「藻なだけに模範的な答えだねー」

「おおっと小ヴォル、ヴォルたちのみならず君たちまでそういうことを言うとは驚きだよ……じゃあ、徳と言えば?」

「徳川かな! 家康公だよ、幕府だよ!」

「…………」


 徳とは積むもの、のような答えを想像していたステファンは、小ヴォルの意味不明な返答を聞き流すことにした。イエ・ヤスコーとは果たして――属名か何かだろうか? 強そうな響きである。きっとその種は生存競争に生き残れることだろう。


「山と言えば」

「川!」


 今度はユドくんたちと小ヴォルが声を揃えて応じた。これにはステファンは満足気に頷く。


「水域と言えば」

「……藻?」


 緑藻のふたつの群体は互いを見やり、やや自信が無さそうに答えた。

 これは、ステファンが思い描いていた答えと違う。そのことを伝えようとして声を出すよりも早く、シアノちゃんが近付いてきた。

 こちらの楽しそうな様子が気になったのかもしれない。


「……あなたたちは、何をしてるの」

「連想ゲームだよ。あ、そういえばプロトゾアはまだいるの? そろそろぼくら出ていけそう?」

「大丈夫そうですね。危機は通り過ぎました」


 バイオフィルムの住人がステファンの質問に答えた。

 ようやく安全になったようだ。匿ってくれた住人たちに感謝を伝えてから、一行はその場を後にした。


「さっきの話に戻るけど」

「ぬ」

「連想ゲームのー?」


 特に当てもなく泳いでいたユドくんたちと小ヴォルが、興味津々にこちらに意識を向ける。


「考えてみたんだ。人間から逃れられるかどうかはこの際置いといて、どうやったらダグラス湖に行けるかをね。だってスタート地点だった水たまりが、かの湖とどんな位置関係にあるかなんて……ぼくらに東西南北なんて、わからないわけでしょ」

「うむ、そうだったな。それで考えてみて何かわかったのか?」

「そうだね。何もしなくていいなじゃないかな、ってことがわかったよ」


 自信満々にステファンは告げた。

 対する他の面々は、不思議そうに疑問符を飛ばしている。

 その無言の「間」を充分に強調してから、ステファンは得意げに解答を明かす。


「川、湖、海のね……高さについて、考えてたんだ。海抜高度という概念がある」

「近海の平均海面を基準とする高さ――だったかしら」

「そんな感じ。現在地がダグラス湖に近いのは間違いないんだし。海じゃないけど、あの湖はここら一帯では、最も低いはずだよ。あらゆる水域同士さえ繋がれば、重力の流れに任せるだけでも着けるんじゃないかな」


 数秒間、誰も何も言わなかった。一連のロジック展開を咀嚼しているのだろう。

 やがて小ヴォルが一番乗りに感想を述べた。


「すごーい! ステファンくんは物知りなんだね」

「そうでしょ? ふっ、もっと褒めていいんだよ」


 ステファンは素直に同意した。

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