27.鑑賞対象を考える

 Araphidineae目。形容する単語は――Pennate、つまり羽状複葉。

 羽状模様とは、ブリタニカ国際大百科事典の解説によると「葉柄から続き葉軸の左右に小葉をつけるような配列の複葉」らしい。

 珪藻界のスター、Asterionella formosaが、当てはまるところはそこであった。

 更には、細胞のひとつひとつが細長く、端々はすこし膨らんだ形だ。バトンのようだとも言えよう。


「……6、7……8……ぬ!? ステファンよ、あの群体の細胞数は8だぞ!」

「うん、そうだね」


 美しい珪藻の群体を前に、ユドくんたちがはしゃぎ出す。その理由に、ステファンは容易に思い至ることができた。

 ユドくんたちという群は16の細胞で形成されている。元より緑藻Eudorina属の群体は一貫して細胞数が8の倍数なのだ。

 かのAsterionella属の群体に親近感が沸いたのだろう、彼らは躊躇なく鞭毛を打って挨拶に向かっている。言うまでもないが、ステファンも一緒にだ。


「こんにちは! 我々はユドくんたちである」


 美しい群体は、「ヒッ」と声を発した。何故か怯えているようにうかがえる。


 ――ところで彼らがスターなのは、何も全世界から名声を集めているからではなく、実際に星型だからである。


 集まった細胞数が20まである群体ともなれば雪の結晶や螺旋に見えなくもないが、こちらの8ならば、平面的な星だ。群体の細胞は星型の中心にて、粘液で繋がっている。


「わあ、すごい! ほんとにきれいな珪藻だね!」


 小ヴォルも近付いた。長いコイル状の藍藻、シアノちゃんを引き連れている。

 周辺の藻ブまで、なんだなんだとつられて集まって来る。

 星型の珪藻はこころなしか圧倒されたようだ。


「すみません。やめてください……私共に注目しないでください……!」


 さながらファンに取り囲まれる有名人のようではないか。

 なんとなくステファンには、彼らが逃げたがっているように感じられた。だが逃げようにも、残念ながらAsterionella属はこれといった移動能力を持たない。

 動きたいのに動けない、同じ珪藻としてとても共感できる。


「えっと、君たちはシャイなんだね。驚かせてごめんよ。ぼくは珪藻Stephanodiscus属のステファンだよ。変な意味じゃなく、本心からきれいだと思ったから近くに来たんだ」


 もうちょっと離れた方がいい? と優しく質問する。


「あ、そうだったのですか……。いえいえ、こちらこそ気が弱くてすみません。せっかく褒めてくださってるのに、素直に受け取れない私共が未熟なのです。ネラ、とでもお呼びください」

「ネラさん、よろしくね。ぼくらはダグラス湖が初めてなんだ」


 ステファンに続いて、他の仲間たちも自己紹介をした。


「それは……遠路はるばるお疲れ様です。ゆっくり楽しんでいってくださいね」

「ありがとう。よければ、君たちをもう少し鑑賞させてくれないかな」


 元はと言えばぐずる小ヴォルの気を紛らわせる為に見つけた美しい珪藻だったが、改めて見ると、見事だ。

 葉緑素クロロフィルに彩られた八本足の星型は、鏡像対称性と回転対称性を併せ持っている。個体のみをとっても、左右対称だ。ステファンはすっかり虜となっていた。


「は、はずかしいですが、わかりました……」


 おずおずと彼らは承諾する。

 かくして――鑑賞会は十五分にも及び、近所のあらゆる生物を巻き込んだ即席一大イベントとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る