28.越冬を考える

 ネラさん鑑賞会からしばらくして、そろそろ日が暮れるね、と誰かが言った。


「ほんとだ。ちょっと冷えてきたね」


 どうしようか――ステファンは乗り物であり運転手であるユドくんたちに問いかける。


「それはいつ頃に帰ろうかという意味かね」

「うん? 何でそんな難しそうな、悩んでるような感じなんだい」

「……我々がいかにしてここまで来たのかを思うと、いささか労力のかかることではないかと思ってな」


 彼らに指摘され、そういえば海抜高度を利用して流れて来ただけだったのだと、ステファンも思い出す。

 坂というものは容易に下りられるのだが、上るともなると、倍のエネルギーを要するのである。既に遊び疲れていると思しきユドくんたちや小ヴォルの肉体にこれ以上、鞭を打つのは、酷であろう。


鞭毛べんもうを鞭打つ彼らに鞭を打つ「乗り手」のぼくら)


 いけない、くだらない思考にとりつかれて噴き出してしまった。周りの皆は疑問符を飛ばしている。

 自分と同じく騎乗者となっているシアノちゃんをいつの間にか見つめていたのか、彼女から「なにヨ」のひと声があった。


「何でもない。うーん、でもそうだね、帰るのは大変だよね……」

「ここで冬を越せばいいんじゃないかな!」


 大胆な提案を進呈したのはほかでもない、緑藻の巨大群体たる小ヴォルだ。体積や鞭毛の多さからしてユドくんたちよりも移動能力が優れているの明白だが、有難いことに彼らは先に帰ろうとせずに足並みを揃えてくれる。


「Volvox属と意見を合わせるわけではないが、我々は賛成だ。きっと水たまりよりも過ごしやすいはず」

「ワタシもそれでいいワ」


 ユドくんたちが渋々とした様子で意見を述べる。次いで、藍藻Spirulina属のシアノちゃんも同意した。

 確かにこの地域の冬は苛酷だ。水たまりなんて、突然凍りつくこともままある。その点、深度のあるダグラス湖だ、表面が完全に凍ることは珍しいだろう。

 しかしステファンはどうしても乗り気になれない。


「えー……ノリで出て来たのに、帰れないの」


 これだから後先考えない連中は――と一瞬思ったが、黙っておいた。そんな発言は、これまでの数時間を台無しにしてしまう。慣れない水域を探検したり、見知らぬ種族を鑑賞したりと、なんだかんだで楽しかったのだ。

 仲間たちがじっとこちらを囲んで反応を窺っている。ついでに、包囲網に誰とも知れない近所の藻ブも混ざっているが、驚くようなことではなかった。


「まあいっか。氷の中で過ごすよりはマシかな」

「わーい! やったー!」


 くるくると喜びを表現する小ヴォル。巻き込まれて渦を巻く、螺旋状のシアノちゃん。

 彼らを眺める傍ら、ステファンは本日残り僅かの光合成チャンスを活かしていた。


(ん……? 氷の中……?)


 まさについ最近それが話題に挙がった気がするけれども、思い出せない。

 ちなみにステファン自身は、凍った経験が無い。無いはずである。

 はて、思い出せないのなら大して重要な話ではなかったに違いない――そう結論付けた。

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