<幕間4>Overcrowding?

 往々にして微生物界は、たったの数時間で劇的な変化を迎えることがある。

 たとえば、透明だった水槽の水が、白く濁るとか。

 たとえば、慣れ親しんだ水域が、身動きが取れないくらいに息苦しくなるとか。


「せっまーい!」


 午後になってやっと、ヴォルたちの叫びで、ステファンやユドくんたちはいよいよ無視できない事態と直面した。


「うん……この水たまりはどうしたんだろう」

「理由はわかっているが、原因がわからないな」


 ここでさりげなく「細菌が最近増えすぎているよね」とひと言を挟んだのはもちろん、緑藻Volvox属の群体であるヴォルたちだ。ステファンとユドくんたちは二の句を告げることができなかった。

 ダジャレのどうしようもなさはともかく、言ったこと自体は正確無比だからだ。

 ひしめき合う彼らは数が増えたあまり、巨視的マクロスコピック現象として、肉眼を有する生物にも視認できるようになる。平たく言えば水が乳白色だったり汚く見えるのである。


「どうしてこんなに繁殖したんだろう。やっぱり、食糧が増えたのかな」

「うむ……みなが群れている中心地に何かがあるのだろうな」


 ――従属栄養生物。

 生態系において、消費あるいは分解することを役割とするものどもを指す(光合成ができる藻は、独立栄養生物である)。

 いかなる場にも、彼らの働きをなくして安定した環境は得られない。普段そこにいることすら忘れてしまいがちだが、いつでも水中の有機ゴミを分解してくれているバクテリアたちだ。


「数時間ですっごい増えたね。新しい死体が入ったのかな?」


 と、ヴォルたち。

 するとユドくんたちが近くの細菌に同じことを訊ねてみた。いわく、今朝の間に、力尽きた蜂が水たまりに落ちてきたらしい。

 それで納得がいった。


「なるほどね。まあしばらく放っておけば食糧を食べきって、また数が減るだろうけど」

「それまでに酸素が尽きないだろうか。不安だ」

「うーん」


 水たまりの全体の水量からして、昆虫の死体ひとつでそんな事態に陥るとは考えにくいが、息苦しいのは確かである。今日は風もなく暖かいので、午後はますます細菌たちの繁殖に拍車がかかることだろう。


「もっとあっちの方行くー?」

「賛成」

「む、我々とてヴォルたちと同じ提案をするところだったぞ!」

「はいはい、張り合わなくていいから。喋る余裕がなくなる前に鞭毛を動かしてよ」

「動かすとも! さあ競争だヴォルたち!」

「わー! 競争だー!」


 今日もノリのいい奴らだ、とステファンが苦笑している間にグンと乗り物ゆうじんが加速する。

 だが状況はもはや障害物競争だ。道は狭く険しい。

 しがみつく術を持たないステファンは、ユドくんたちを囲うゼラチンの頑丈さを信じるしかなかった。




*生物学の基礎が頭の中にもやがかかったように遠く感じます。

 三十話を超えたので幕間です。


「新しい死体が入った」は「新メニューが入った」「新商品を入荷した」みたいなノリで読んでください。

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