26.秘伝を考える
「……『白昼夢』をみたって、ほんとなの」
「うむ」
ステファンとユドくんたちは物陰にてひそひそ話を交わした。発見されるまでの間は暇なので、とりとめのない雑談をして過ごしている。
――探検をしていたはずが、いつの間にかかくれんぼにすり替わった。
すり替わったまま、どれほどの時間が経過したかは定かではない。見知らぬ水域の環境は何もかもが新鮮だった。水流から生態系、無機物(障害物ともいう)の種類や配置に至るまで、全てが慣れない。慣れないからこそ恐ろしくもあり、面白くもある。
つまり、既にかくれんぼをし始めてから数時間は経過しているわけだが、何度やっても彼らはまだ飽きないのであった。
移動事情により、ステファンとシアノちゃんは常に緑藻組のどちらかにくっついていなければならない。毎度ペアの相手が同じだとつまらないからと、何度か入れ替えてもいる。
何度目のことだったか。ステファンが馴染みのユドくんたちとまた合流した際に、不思議な話を打ち明けられた。
「それっていつの話?」
「はて、ついさっきだったか、昨日だったか、一昨日だったか」
「適当だなあ」
つい呆れたように返してしまったが、その実、ステファンも物事の時系列をあまり細かく気にしていない。
そのことは捨て置いて、内容に焦点を当てる。
「どんな夢だったの」
「氷の中で眠る夢だった。先代の記憶、ではなく記録だと思うぞ」
妙に確信めいた口調でユドくんたちが答える。
「分裂前の記憶って……いやどう考えても妄想だよね? それだけの情報が引き継がれるなら、ぼくらのキャパシティは代を経るごとに一体どこまで膨らまなきゃならないの」
「遺伝子に追加されれば済むだろう」
「DNAもRNAも無限じゃないんだから」
「何も、個体や群体の一生涯を記してるって話じゃないぞ。断片だ。それこそ、種の存続の決め手となりうる情報を秘めていたとしたら? ものすごい秘密が紐解かれるかもしれないぞ!」
「秘密ね……」
ステファンは少し想像を広げてみてから、次の言葉を紡いだ。
「仮に君たちの先祖の個体のどれかが氷の中で眠ってたとして。何を見たっていうの」
「わからん! はっきりわかる前に『白昼夢』が消えてしまったからな!」
「えー!」
移動能力を持たない珪藻がズッコケるなどありえないが、もし可能であれば、ステファンは今まさにそんな大げさなアクションを取りたい気分だった。
「君たちねえ。こんだけ期待を持たせておいて、そりゃないよ」
「だがわからないものは仕方がない」
「うーん、じゃあ次はちゃんと終わりまで見えるといいね」
「任せたまえ! 何かわかったら必ず報告するぞ」
期待せずに待ってるよ――とステファンは応じた。正直、先祖の記憶云々に関してはまだ半信半疑だ。
ややあって、「ここだ! みつけたよー!」と嬉しそうに叫ぶ小ヴォルと「今回はけっこう時間がかかったわネ……」と悔しそうに漏らすシアノちゃんの声が近付いてきた。
ところが一定距離を保ったまま、彼らは近付かなくなった。
正確には、近付けないのだろう。ステファンたちは、隣り合う水草と水草の間に張られたバイオフィルムの絶妙な隙間に隠れたのである。
「狭いよー。とおれないよー」
小ヴォルがぐずり始めた。これはいけないと思い、ステファンは隠れ場所から出ていくようにユドくんたちを促す。
「ほ、ほら泣かないで。次は何しよっか。あ、あそこの珪藻なんて、すっごくキレイだよ! 見に行こうよ!」
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