18.生殖について

 よく知っている群体に似ているが、別物。人懐っこさはそのままに、あのヴォルたちよりも体積が小さい分だけ、傍に来られても威圧感が少ない。比較的耐えられる範囲内である。

 結局ユドくんたちが挑んだ勝負は実行されることとなった。次にバイオフィルムが現れたら、その端に先に触れた方が勝ちとなる。


「ねえ。君たちとぼくらの知ってるVolvox属の群体は、共通の先祖が居たりする?」


 ユドくんたちに引っ付いたままのステファンは、シアノちゃんたる青緑のコイルを背負って泳ぐ群体に訊ねた。

 競争にてやや優勢のヴォルたち(小)が能天気そうに答える。


「わかんないー」

「まあ、そうなるよね……」


 分裂により繁殖しているからと言って、娘細胞が母細胞の一生の記憶を如何ほど引き継いでいるものなのか。自分たちでも、よくわからない。母と娘はクローンであり、しかし運命が分岐した別の個体である。元となった遺伝子情報が完全なる複製でも、生きながら獲得する細かいミューテーションによって段々と違ってくるものだ。

 数代前の先祖がどんな生涯を送ったのかなんて、わかったものではない。

 人間たちの中には「前世の記憶」と呼ばれるものを顕現する個体も居るそうだが、それとはまた、別の代物だろう。


「この群体はまだ成長途中だよー」


 と、小ヴォルがついでに教えてくれた。


「それを言ったら、多分ぼくらの近所のヴォルたちだって成長が終わってないと思うよ」


 会う度に細胞数が増えているのだから、きっとまだこれから大きくなるのだろう。正直、あまり体格差(?)が開いてしまうと知り合い関係を続けるのが困難になるかもしれない(「08.較べてみよう」を参照)。


「そういえば、Volvox属って無性生殖の他に、有性生殖もできるんだよね」

「できるよ! 環境が悪いと有性生殖に切り替わるんだ」

「ふーん。どうしてなのヨ」


 それまで無言だったシアノちゃんが更に訊いた。


「さあ~、なんかそうなっちゃうんだよ。なんでかなんて考えたことないやー」

「ストレス多き状況下では種の存続の為には遺伝子の多様性が求められるからではないのか!」


 16の鞭毛を激しく打ち出す合間、ユドくんたちがひとつの仮説を提示した。ステファンはそれに対して、しばらく唸った。


「そう思うとなんだかしっくり来る気もするけど……」

「人間は、酸化ストレスへの対処法だと考えてるみたいだわ」


 酸化ストレス――活性酸素による、生体への悪影響の数々。

 要するに。活性酸素という名の猛毒を切り捨てる為、細胞自殺アポトーシスを積極的に行い、生き残ったゴニジア(緑藻の群体の中で生殖に特化した細胞たち)が有性生殖に取り掛かるという。


「真相が何にせよ、君たちは凄いね。貪欲だね」

「わーい、ほめられた! ありがとー!」


 きゃははははは、と褒められた意味をわかっていなさそうな笑い声をあげながら、小ヴォルがゴール地点まで突進していった。


「…………」


 勝負は当然ながら彼らの勝ちである。遅れてゴールしたユドくんたちからは、競争に負けた悔しさというよりも、優れた生存戦略に打ちのめされたかのような暗さを感じる。


「あのさ。ユドくんたち」

「何かね、ステファン」

「忘れてるようだけど……君たちEudorina属だって無性・有性生殖両方ともできるんだよね」


 ここぞとばかりに、そっと思い出せてやる。我ながら良い友人ぶりだと思う。


「あ」


 と、間抜けな声を出した彼らは、やはり忘れていたようだった。

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