04.しりとりしよう
しんみりとした雰囲気になってしまった。
シアノちゃんは心を閉ざしたようにそっぽを向いていて、故郷の湖の話を聞かせてくれそうにない。自分で言い出したのに。
(あーあ、気まずい)
いっそステファンは此処で別れの言葉を切り出そうかと考えたが、ユドくんたちの次の提案はその選択肢を弾いた。
「しりとりをしようぞ!」
「……は?」
「なんなの急に」
「ほら、この無限の世界でせっかく出会えたのだ。一期一会と言う語句を知っているか?」
「知ってるけど。君たちのロジックはどこをどう繋げれば成立するんだよ」
「せっかく縁があったのだから少し遊ぼうではないか! 新たに生まれた友情の記念に!」
つい、ステファンはシアノちゃんと視線を交えた。何言ってんだコイツ、という思いが一致しているのがわかって、微妙な気分になる。
「ワタシは別にやってもいいわ」
意外にシアノちゃんは乗り気だった。
「はあ……わかったよ」
「よし! 普通じゃつまらないから、属の名でやろう。我々は緑藻、シアノちゃんは藍藻、ステファンは珪藻縛りだ。思いつかなくなったら負けだぞ」
「ええ、それ結構きつくない? ぼくの珪藻なんてAかSかNで終わるやつばっかだよ。ぐるぐる同じ文字回りそう」
「よいではないか」
結局ユドくんたちが強引に話を進めるので、ついに折れた。
「では言いだしっぺの我々からゆこう。いけ好かない奴らだが、超有名なVolvoxから」
「うーわ、いきなりXってひどいな。ユドくんたち、しりとり続ける気ないでしょ」
「あら、次はワタシでいいかしら。Xenococcus」
「なっ……!?」
ステファンたちは揃って愕然とした。まさかXで始まる名前を知っているとは――。ローマ字界ではXなんて誰もが存在を忘れているような、頭文字としては全然働かない奴なのに。
そしてXenococcusという属名の昆虫も居るが、それはこの際関係ない。
「くっ、君、結構できるね。じゃあ次はぼくか。S……Synedra! 今のところ海にしか発見されていない、櫛のように整然とした形だよ」
「ほほう。海か。我々は淡水にのみ住める種だから、きっと一生会えないのだろうな。では、Ankistrodesmus」
「なんだかそれ、みたことある気がするわ」
「面白い形の緑藻であろう? 爪のような三日月のような細胞が4の倍数で群を成すのだ」
「見た目は散らかった感じがしてぼくは好きじゃないけどね。ユドくんたちみたいのなら許せる」
「ふーん……じゃあ、ワタシの番ね。Starria!」
微生物に表情など無いが、あったとすればドヤ顔の分類に入っただろう。シアノちゃんは「してやったり」という空気をかもし出した。
対するステファンたちは沈黙する。
「す、Starria……? 聞いたことないぞ。どんな属なのだ」
「ジンバブウェの土でしか見つかってない激レアの属なのよ。 横断面は中心から120度ごとに三つ枝が伸びてて、放射相称を体現したふしぎな形はちょっと『バイオハザード』のマークに似てるわ」
それらがコインを重ねるみたいに、フィラメントを構築しているという。
「放射相称!? 円形じゃないのに!? しかも3なんて奇数じゃないか! そんなの邪道だよ! 美しくない! ぼくは認めないね」
「3という数字の構造は偉大よ。三角と来たら、重荷を支えるには最も強靭な形じゃない。人間はそれを駆使して世界中の橋を造ったでしょう」
「それは否定できないな。ぐっ。次、Actinella」
「ステファンよ、落ち着きたまえ。やけになるんじゃないぞ。Actinellaなんて、おぬしの愛する対称性をどこにも備えてないじゃないか…………Acrosiphonia。海草と呼ばれるほど大きくてモサッとしてる奴だ。む? 緑藻のAって、意外と少ないような」
「そうなの? 藍藻はまだまだ行くわよ――」
そうして何故かしりとり遊びは親戚自慢みたいなノリになった。
が、白熱した論議の果てには、彼らはそれなりに仲良くなれていたのかもしれない。
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