24.水泳と大腸菌を考える
連れとはぐれたと気付いたはいいが、いかにして合流できるのか、その策が全く思い浮かばない。現状、捜そうと思って捜せるものでもないのである。無駄な労力に終わる可能性の方が圧倒的に高い。
よってステファンとユドくんたちはその場を「動かない」ことに決めた。
そうなると暇を持て余すので、彼らは
「こうやってゆっくり眺めると、普段は素通りしてしまうような小さい生物をみつけられるな。あの棒状の生物は何かね、ステファン?」
「ああ、Escherichia coliじゃない。人間が『大腸菌』って呼んでるアレだよ」
「ほう。消化器官を有する生物なら、常日頃から共に在るというアレだな」
しかしここはダグラス湖。人間が泳ぎに来るのではないか? とユドくんたちは疑問を投じる。
それにはここに定住するその辺の藻ブが「来るよー」と答えた。
「水の中に大腸菌がいると知ったら嫌がるのではないか?」
「うーん、知ればのことだけどね」
飲み水として使うならともかく、娯楽と研究を目的とした施設ならば、人間たちもそこまで気にしないのかもしれない。
だがステファンは知っていた。奴らの幼児は泳いでいようが溺れていようが、用も無いのに水を飲んでしまう生き物なのだ。
――明日は我が身(?)である。
「でもさあ。現代では、疫病と結びつきが強いと思い込んでいる人も多いみたいだけどね。E. coliそのものが悪いんじゃなくて、普段大腸にいるはずの生物が胃に入るといけないってことでしょ」
「確かに。普段は何事もなく共存しているのだ、人体にとって異物ではないな」
それが、口から胃へ飲み込んだら発病する仕組みらしいが、それですら一定以上の細胞数を取り込まないと始まらない。小さい水域ならともかく、湖規模ともなればなかなかそんな事態にはなりえないのである。
だと言うのに世間の目は冷たい。
段々とステファンは、大腸菌たちに同情を覚えた。当事者にとってはどうでもいいことだろうけれど――。
「そういえば彼らはどうやってここに来たんだろうね。普段の住処を遠く離れちゃって、かわいそうに」
「誰かが排便したのではないか?」
「可能性はある……ようなないような」
ここは市民プールではない。幼児は滅多に訪れないし、であれば成人が催して――否、他にも可能性が残っている。E. coliを体内に宿す生物は、人間に限らない。
「いっそ訊いてみようか」
「それは名案だな、そうしよう」
ステファンとユドくんたちは一貫して「動かない」。
代わりに傍に居る生物に話しかけ、そうやって数度の伝言を経て、返答が戻ってくる。
――あのE. coliたちは(通りすがりの)カモメの腸内から放出されたという。
「そっかあ。難儀だね」
「早く新たな宿主に出会えるといいな」
ステファンとユドくんたちはそれぞれ感想を述べた。
或いは彼らは、このまま繁殖できずに遺伝子が絶えてしまうのかもしれない。むしろ人間に飲み込まれた方がより良い結末に繋がる気がする。
(飲み込まれる、かあ)
藻類であるステファンたちには絶望的な展開でも、別の微生物にとってはそうでもないのかと思うと、不思議な気分になった。
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