13.統率について

 仲間割れ、という名の危機に瀕している。

 日頃個体として生活するステファンにはおよそ想像できないたぐいのトラブルだ。よって、仲介の仕方もわからずに見守るしかできない。


「だからここは右に行くべきだって、我は思うのだよ」

「違うぞ、左だ」

「何を言うのか同胞たち、以前はこの辺りで少し浮上して……」

「いや! 潜ったハズであろう」


 16の細胞から成る群体であるユドくんたちが、大変珍しいことに、細胞単位で意見が分かれてしまったのである。と言っても綺麗に真っ二つならぬ四つに分かれたようで、4細胞ずつがまとまりとなって違う方向へ進むべきだと主張している。


(困ったな。ぼくも答えを知らないし)


 そもそも自力で移動できない珪藻Stephanodiscus属のステファンは、あまり道というものを憶えない。大抵どこかに行きたい時はユドくんたちに頼み、頼もしいことに彼らは道を憶えるのが得意なのであった。

 此度の目的地は一度行ったきりの隣の水たまり。雨によって膨らんだ水量で水たまり同士が繋がったのはいいが、繋ぎ方が毎回同じとも限らない。いざ通路の前まで行ってみると、どれを通ればいいのかわからなくなったというわけだ。

 水たまりの中は立体的空間であって、ゆく道の可能性は左右前後のみならず上下にもある。或いは浮上したり潜ったりすることで、前回の行路を思い出す手がかりが見つかるかもしれない――という主張まで入り混じってしまうと、もはや正解が見えそうにない。


「早く決めようぞ。ステファンが呆れて沈黙しているではないか」

「だったらそちらが譲歩したまえ」

「断る」

「まったく。我々が一斉に鞭毛を打たねば、望む方向に進められないのだぞ?」


 緑藻の群体は細胞ひとつひとつに鞭毛がついていて、一斉に打ってもそれぞれの方向に多少の誤差が生じる。大抵、整然とした一直線ではなくぶるぶると震えながら進んでいるように見えるのはそのためである。

 だがあまりにも方向が一致しない場合は、進みようがない。


「おぬしらが右に行くべきだと賛同すれば済むことだ」

「いやいや、左だ!」

「何故おぬしらは浮上しようと思わぬのだ!」


 ――と、論議は続く。


 いっそ当てずっぽうで決めてやろうか――とステファンは提案したいが、何処に行き着くのか知れたものではないので、できない。

 幸いなことに、騒ぎを聞きつけたその辺の住民の皆さん――仮に藻ブと呼ぼうか――が救いの手を差し伸べて下さった。


「えっとー、螺旋状の藍藻が生息している水たまりを探してるんですよね? たぶん、あちらに居たと思いますよー」


 藻ブの皆さんが指したのは目前に浮かぶバイオフィルムの遥か向こう、人間の時計でたとえるならば2時の方向を斜め上に行く感じだ。

 難解である。こんなもの、ユドくんたちでなくともわかるわけがない。


「そうか、助かったぞ! そっちでいいのだな!」


 ユドくんたちは群体として統率された謝辞を述べる。それを聞いて、ステファンは気が抜けた。


(よかった……聞いてるだけでも疲れた……会話に参加させられなくて良かった……!)


 ちょっとした意見の食い違いが発生しただけで普段の四倍ややこしくなったのだ。もしも細胞のひとつひとつの足並みが揃わなかったとしたなら――

 想像しただけで息苦しい。


「ゆこうか、ステファン」

「そうだね。頼んだよ」


 ユドくんたちがいつものユドくんたちらしくひとつの声に再び統合されたことに、心底安堵するステファンであった。

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