20.ゴール地点について
「ダグラス湖、かい」
ステファンは極めてゆっくりと訊き返した。
「そうよ。ダグラス湖よ」
「ダグラス、ねえ……」
「どうしたのだステファン。そんな奥歯にものが挟まったような言い方――いや、我ら藻類に歯など無いか!」
「あったら怖いって」
ユドくんたちのボケに適当に返しつつ、ステファンは考え込んだ。たった今シアノちゃんが明かした旅の目的地に、何かこう、根本的な問題がある気がするからだ。
「念の為に確認するけど、蛇みたいなぐねぐねした形の奴じゃなくて、ニヤッと笑った鯨みたいな形の方のダグラス湖だよね」
「当たり前でしょ。前者がどれだけ、ここから遠いと思ってるの」
「うわあ……」
話しながらも引っ掛かりの正体に気付いて、ステファンは絶句した。
その間、最初にこの話題を持ちかけてきた、バイオフィルムの住人が自身の考えを述べる。
「いいですね。あそこは岸を囲むたっぷりとした森林や、澄みきった水が美しいと聞いています。日中も水温が上がりすぎず、過ごしやすいでしょう」
「そうなの! いいところなのヨ!」
嬉しそうに談笑するシアノちゃんらに伝わらないように、密かにステファンは苦笑いする。
――でも当初の目的が果たせないよね――
と、普段より小さめの振動で呟いた。それを聴き取ったのはユドくんたちと小ヴォルだけだ。
なになにどういうことー、と能天気に問いかける小ヴォル。
一方、自ら答えに思い至ろうとするユドくんたち。
「当初の目的……当初の……ぬ、人間の魔の手から避難しようというアレか」
「そうだよ。よくぞ思い出してくれたね、友よ」
「それがどうした――いや待て、正解はまだ教えてくれるな! 我々だけで当ててみせる!」
ユドくんたちが真剣に悩んでいるのが、唸り声の具合から伝わってくる。ステファンは彼らの望み通り、黙り続けることにした。
すると小ヴォルがそっと話しかけてきた。
「きみたちって人間から逃げてたのー?」
「まあね。なんていうか追われて逃げているとかそういうんじゃなくて、いずれ訪れるかもしれない危機を回避したくて移動している感じだね。あの藍藻の子の為に」
「そうなんだ! 逃げ切れるといいね!」
「さてそれはどうなるかな」
ステファンはちらりと友の方に意識を向ける。16の細胞によって構成される緑藻の群体はこちらに気付いて、「ヒントをくれ!」とねだった。
「ヒントは実験所でーす」
本気で悩んでいる姿が面白くて、ついからかうような口調になってしまう。
「実験所……!? ステファンや我々が住処と呼んでいる水たまりは生物学実験所の敷地の中にあるな。湖に隣接してキャンパスが……ん?」
「気付いたようだね」
某有名大学付属の実験所は、ある湖の南側の畔に沿うようにして、キャビンやラボが建てられている。
その湖の名は、果たしてダグラスであった。
つまりシアノちゃんの故郷に行き着いたところで、人間の魔の手とやらから遠ざかったとは言えないのである。
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