決闘

 レンが屋根伝いに南の大門に到着した時、見下ろした現場では既に駆け付けた騎士団と魔物の兵団との戦闘になっていた。


 だがそれは王都の時のような乱戦ではなく、盾を押し立てた重装甲の騎士が最前線に立ち敵を押し留め、その後ろから長弓や投石器の部隊が矢や石を投じて戦力を削る戦法が取られており、戦線は重騎士の盾を境に敵味方に綺麗に二分されていた。敵の数はざっと三百あまり。恐らく先の王都襲撃の軍勢の残党だ。対する騎士団は百に満たないように見えたが、街路をうまく封鎖して敵の進路を限定し、数の不利が戦局の決定的な不利にならないよう戦術でカバーされていた。


(いい作戦だ。やるじゃんか片目の竜!)


 レンは迷った。

 自分のような突出した戦力はこう言った運用の戦場には向いていない。敵の真ん中に飛び込むことはやぶさかではないが、それは騎士団を混乱させる原因になるかもしれない。騎士団の矢や石ではレンのスーツを傷付けることはできないが、当の騎士団はそれを知らない。良かれと思う救援が騎士団の作戦の邪魔になっては本末転倒だ。しかも見た所、地の利を活かした作戦が功を奏し戦局は騎士団有利に見えた。


 その時だ。


 甲高い笛が二度鳴った。二度の笛が間を置いて三度、計六回の笛を聞いた騎士団は、盾役の重騎士を残し整然と撤退し始めた。最後には盾役の重騎士たちも槍で敵の前列を牽制しながら、潮が引くように退いた。どうやら戦線は後退のようだ。


「チャ〜ンスッ! あらよっとォ!」


 レンはそう言うとマスクの鼻あたりを親指で弾く仕草をし、景気付けに宙返りをしながら屋根から飛び降りて敵軍の真ん前の石畳みに降り立った。


「さあ来いよ! 悪党ども!」


 構えたアリエブレイカーの刃に疾るアンチプロトンエネルギーが周囲空間と隔絶した安全状態から最低限のフィールドで包まれた励起状態となり、部分的に大気の陽子と微細に反応してパチパチと火花を上げる。


『ダメ! アリエレッド卿! そこから離れて!』

「え⁉︎ なに⁉︎」


 声がすぐ耳元で聞こえた。

 街に着いてすぐに紹介されたエルフ娘、アプジーの声だ。

 訳の分からないまま、レンはその逼迫ひっぱくした様子に尻を叩かれるように再び跳躍すると、道端に積まれた樽を足場に家屋の屋根まで跳び上がった。


 そこに引いた騎士たちと入れ替わるように、高速で複数の荷車が突っ込んで来た。台数は三台。荷台にはそれぞれ樽が六つ。樽からは火花を散らす火縄が出ていた。

 同時に空を切って矢が飛んだ。

 たん、たたん、と音を立てて、それはレンが足場にした樽に刺さった。道の両側に何箇所か似たような樽の山があり、その全てに次々と矢が立った。矢は一斉に火花を噴射して樽の表面を焼き始めた。


「おいおいマジかよ!」


 叫んだレンは慌てて屋根の奥側に飛び込むように伏せた。


 ド、ドド、ドドドド……!


 激しい爆発音。地響き。屋根が揺れる。オレンジの瓦がガシャガシャと鳴って一斉にずれた。

 爆発の余波の影響が落ち着くのを見計らって顔を上げたレンが屋根の端から下を覗き込んで見ると、魔物の群れたちはその半分ほどが道の左右に設置されていた爆薬樽の爆発にもろに巻き込まれて黒焦げの死体かバラバラの部品のようになって道に散らばっていた。生き残ったものも傷付くか爆音に耳をやられているものが多く、彼らは目に見えて統制を失い、混乱していた。

 そこにまた甲高い笛の音が響いた。今度は長く響く音が三回。間を置かず馬の蹄の音が何十と重なって近付いて来る。

 見れば長槍ランスを構えた騎馬隊がやじりの形の陣形で魔物の群れに突っ込んで行く。魔物の群れからは何本かの弓矢や魔法か何かだろう炎が騎馬隊に向けて放たれたが、矢は不思議な軌道を描いてそれ、また炎は騎馬隊の馬や騎士たちが纏う上衣サーコートが帯びる淡い光に弾かれて彼らに害を及ぼすに至らなかった。彼らは陣形を保ったまま、ガタガタになった魔物の軍団を文字通り蹂躙しながら、南の大門目指して一直線に駆け抜けて行った。


「おおー、すげえすげえ」

『ご無事で、アリエレッド卿』

「遠話の魔法か……どこから見てる? アプジー卿。この姿を見せたのは初めての筈だが、よく俺だと分かったな」

『今そこから二区画先の鐘楼の上です』


 街道の奥、二区画先に目をやれば確かに周りから軒一つ抜けた鐘撞き塔があり、そのテラス部分に三人程の人影が見えた。バイザーの機能で拡大すると、アプジーとヒーグライともう一人若い騎士がこちらを見ていた。


『そんな派手な格好の戦士は敵にも味方にもあなたしかいませんよ。それに私がさっきあなた方に付けたシルフが一体、あなたに付いたままです』

「シルフ……風の精霊か?」

『私の術の効果はとっくに切れてる筈なんですが、彼女、どうやらあなたを気に入ったみたい』

 レンはそう言われて身の周りを見回してみたが、勿論なにも見ては取れない。ただ優しい風がふわりと一陣、身体に巻き付くように吹き抜けた。

 その眼下を、比較的軽装な騎士隊と民兵と思しき兵隊、石材を積んだ荷車の列が通り過ぎて行った。

「どうやらこっちは大丈夫そうだな」

『ええ、火付けの対処に回った団員は、かなりやられてしまいましたが……』

『どうもダークエルフに買収されて、奴らの入った荷を倉庫に運び込んだ商人がいるらしい。嘆かわしいことだ』

 そう言ったのはヒーグライの声だった。

『とにかく、門を破って来た奴らは我々で対処する。アリエレッド卿は光の巨人、ウルティマン卿の加勢に回られよ』


 そう促されてレンは街の北側で炎の竜と戦うウルティマンを見た。

 ウルティマンが黒い蛇に巻きつかれ身動きができない所へ鼻先の角を伸ばした炎の竜が高笑いしながらゆっくりと近づいている。


(加勢……っつってもな……)


 とは思ったものの、とにかく近くで状況を確かめようとレンは屋根の上を駆け出した。


「そうさせて貰う! ありがとうよ片目の竜! そしてエルフの風遣い!」


 レンは剣を高く突き上げて鐘楼に合図を送ると一旦剣の実体化を解除しエネルギーに戻して、ピンチのウルティマンの元に少しでも速く到達せんとした。


 ***


 暗闇に撃剣の火花が閃く。

 エレンは敵の剣術の巧みさに勝利の決め手を見出せないでいた。いや。エレンは既に全開の全力で攻めていたが、青騎士はまだゆとりを持って戦っているように彼には感じられた。まるで、剣の師が弟子をあしらいながら訓練でもしているような……。


 その時、心の動揺が電撃のようにエレンを打った。


 彼は青騎士の剣に自分の剣を叩きつけるようにして弾くと、二歩飛び退いて間合いを取った。


「貴様、誰だ⁉︎」


 エレンは胸に沸き立つ疑問をそのまま叫んだ。

 青騎士の剣の運びには覚えがあった。

 切り結ぶ間合い、呼吸、そして柔らかな手首の使い方と一閃の剣筋に二撃を込める偽撃の技。今は亡き騎士団付きの剣匠、アプフェルランド師から若い騎士たちが訓練される剣の技である。勿論、剣技の流派は複数あり、師に寄らず共通の術理もある。だが実際に斬り結び戦ったエレンは、青騎士の技が鳳の白翼騎士団の技、アプフェルランド師の鍛錬の術理に基づく剣技であることを確信した。


「誰だ⁉︎……名を名乗れ!」

『クックックッ……』


 エレンが繰り返した問いを青騎士は笑った。押し殺した、軋むような声で確かに笑った。それを聴いたエレンはゾッとしてその肌を泡立てた。

 こいつは不吉だ。こいつは今ここで倒さねばならない。こいつの存在を許しては行けない。そう、この命に替えても!

 彼にしては珍しく、それは理屈抜きに得た直感だった。そして彼はその直感に従って行動した。


「うおおッ!」


 雄叫び一括、彼は上段に構えて駆け込むとフェイントからモーションを切り替えて鋭い突きを放った。狙うは青騎士の兜と胴鎧の隙間、喉笛の一点である。騎士を志して以来、今まで破られたことのない彼の一番の得意技だった。上段を受ける構えに入った青騎士の剣はグレートソードと呼ばれる大剣。青騎士はそれを軽々と片手で扱っていたが、こなしの軽さではエレンの持つブロードソードと比べるべくもない。完全にフェイントに掛かった青騎士のガラ空きの喉元にエレンの剣が吸い込まれるように急迫する。


(貰った!)


 エレンが勝利を確信したその瞬間、目の前に激しい金属音とともに火花が閃いて真っ白になり直後に真っ黒になった。顔面の激痛。全身を突き飛ばされるような衝撃。彼はなす術なく数メートルを飛んで石畳に倒れ込んだ。鼻血が喉に逆流しエレンはむせて咳き込んだ。気が付くと剣を握っていない。

 彼は丸腰で、血を流し、痛みに耐えながら石畳に伏していた。なんとか顔を上げると左の手甲ガントレットからエレンの血を滴らせながら、青騎士が一歩一歩エレンに近づいて来ている。


 その戦靴の鋲が石畳を打つ響きは、エレンにとって死神が彼の寿命の終わりを数える音に思えた。


 ***


 ウルティマンは体表を覆う防御フィールドを最大にして敵の攻撃に備えた。


 だが火竜の角は、その炎熱はやすやすとその庇護を打ち破って彼の身体を切り裂いた。

 

『デュゥワッ‼︎』

 ウルティマンの傷がしゅうしゅうと煙を上げる。

『ぬはははは……どうした光の巨人! 影の蛇に囚われ、炎の竜に焼かれ、異界で果てるのがお前の務めか! 図体だけ大きなこれでは道化の巨人じゃねえか‼︎ ぬはははは……ハァァッハッハッハッハッ……!』


 火竜は高笑いしながら鼻先の灼熱の角を自在に振るって、ウルティマンの身体に次々と焼け爛れた傷を刻んで行く。


 ウルティマンの胸の星の形のライトが、赤く変わって点滅を始めた。


 ***


「うぉーっ、やべえんじゃねーのあれ⁉︎」


 レンはそう叫びながら一際大きくジャンプした。長屋の屋根に着地した時、自分と同じように跳躍と疾走を繰り返しウルティマンを目指す人影に気付いた。


(あれは……)


 レンは走りながら自分がその人物が走るコースとが交差するようにコースを変えた。

 その人物、仮面ビオダーに並走したレンは、苛立ちをあらわにしながら叫んだ。


「おい権藤! 仮面ビオダー! お前どこ行ってたんだ! 勝手が過ぎるぜ‼︎」

「…………」


 仮面ビオダーはレンを無視して走り続ける。その様子にレンは怒りを覚えて怒鳴った。


「聞いてんのかよオッサン! あんたがもっとチーム意識して動いてりゃ、むざむざ俺たちが分断されることだって……」


 レンの怒りにもさして反応せず、ビオダーは急に立ち止まって上を見上げた。レンも慌てて急ブレーキを掛ける。彼はバランスを崩して屋根から落ちかけた。


「おわっ、ととと……急に止まんなよ! お前いい加減にしろよな! 仲間をなんだと思ってやがる⁉︎ 次なんかやったらぶっ飛ばすからな!」


 食って掛かるレンの剣幕に全く動ぜず、顎だけを動かして上を見るように彼に促した。

 ライトタイマーを点滅させ、満身創痍で苦しむウルティマン。高笑いする火竜は鞭打つようにその角で斬り付けては、また高笑いしている。


 レンは我に返ってビオダーに詰め寄った。

「ビオダー、揉めるのは後だ! あんただってカヤタに死んで欲しい訳じゃないだろう!」

「……どうする?」

「俺があの蛇をぶった斬る。だけど俺のジャンプ力じゃあそこまで行けねえ。ビオダー、あんた俺をあそこまで運べねえか⁉︎」

 ビオダーは少し俯いた。

 そして再び顔を上げると、レンに向き直って言った。


「一つだけ方法がある。だが危険だ。それに上手く行く保証もない」

「んなこと言ってる場合かよ! ウルティマンには時間がねえ! 早く説明してくれ」

「アリエレッド……君は死ぬかも知れないぞ」

「慣れっこさ。あんたもそうだろ?」


 レンはマスクの中で笑った。仮面ビオダーも釣られて笑ったように、レンには感じられた。

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