神話
エレレナンシュタトは眼前の光景を信じられない思いで見据えた。
「ウルティマン」という名のその巨人は、巨大な黒竜に相対して背中を少し丸めるような独特の構えを取った。
黒竜はその凶暴な眼差しで暫く銀の巨人を睨め付けていたが唐突に、かっ、と開いた口から三連弾の火球を放った。街区一つを丸々吹き飛ばす魔力を内包した熱と破壊の凝集が、異星の神人に一直線に飛ぶ。
「シェアッッ」
ウルティマンは短い声を上げると、三回連続で軽業師のような後方回転をしてそれらを躱した。轟音と共に着弾した火球が、ぱっぱっぱっと三つの明るい火柱に変わる。一瞬遅れて、どど、どーんという音が、更に一瞬遅れて爆風がエレレナンシュタトの顔を打った。
続いて黒竜は口から炎の奔流を吐き出した。
それは輝く矢のように真っ直ぐに光の巨人に向かって飛び、着地の姿勢で屈み込んだ彼を撃ち貫くものと思われた。
「ジェアッ」
ウルティマンは両手で空中に四角を描いた。するとその空中に光に縁取られた不可視の壁が出来たようだった。その不可視の壁は、迫り来る黒竜の紅蓮の焔の受け止め四方に拡散して跳ね返し、銀の巨人は全くその影響を受けなかった。
「ジェアッチィ」
巨人が跳んだ。
天に昇るような跳躍。そしてそのまま竜の顔面を強かに蹴った。
グキャオッ、と黒竜が苦痛の叫びを上げる。
竜に組み付くように着地した神の巨人は、右、左、右、左と城を割るような手刀を次々に黒竜に見舞った。
黒竜も反撃しようとその爪での攻撃を試みたが、銀の巨人は二歩退がりながら巧みな身のこなしでそれらを全て躱して見せた。
そして二歩分勢いを付けて強烈な蹴りを黒竜の腹に叩き込んだ。
ギャオッグェーッ!
エレレナンシュタトは竜の悲鳴というのを初めて聞いた。
吹き飛ばした黒竜にウルティマンは更に追いすがり、ふらつく黒竜の首を肩に担いで、その巨大な質量を力任せに投げ飛ばした。
その巨大な体躯は信じられない高さまで投げ上げられ、街区を五つも六つも跨いで飛んで、最外縁の城壁の外の平原にまでその飛距離を伸ばした。大きな地響きが、王都全体を揺らした。
銀の巨人はふわり、と何かの力で空中に浮き上がった。そして両足を竜に向かって伸ばすと、そのまま加速して激しく竜に激突し、突き飛ばされた形の竜は更に王都から離れた。
クォオォォォォンッ!
黒竜は捨てられた仔犬のような声を上げる。
平原に着地した銀の巨人の胸の青い灯火が色を赤に変えて明滅し始めた。
管楽の音色に似た聞いたことのない短いメロディがリズムを刻む。
「彼は、あまり長い時間あの姿ではいられないんだ」
隣で観戦していたレンが言った。
「あの点滅は、制限時間が迫ってる合図さ」
「なんと……では、あの、ウルティマン殿が危ないのでは……⁉︎」
「大丈夫。ほら、見てみなよ」
促されて見れば、銀の巨人は左右の手で手刀を作り、それを体の前で交差させた。
前屈みの姿勢、両足が踏ん張るように踏み締められる。
「シェアッッ!!!」
気合い一声。
その交差した腕から眩い光が迸る。
それは板状の奔流となって周囲に輝く稲妻を纏いながら、地面に倒れてもがく黒竜に次々に注ぎ込まれる。
地面が衝撃波で割れ、瓦礫となった街が木枯らしに吹かれた木の葉のように舞い上がる。
どん、という風圧がエレレナンシュタトの全身をもれなく強打して、彼は屋根から落ちそうになり、慌てて屈み込み両手を屋根に突いて、なんとかそれを防いだ。
神話だった。
言葉も出ない。
エレレナンシュタトは神々の戦いを今、この目で見ているのだ、と思った。
ピカッと一際明るい光が辺りを包んだ。
刹那の後、更に大きなドーンッという爆音が幾重にも重なって響いた。
その爆炎と煙が織りなす柱は文字通り天を突く巨大な塔を形成した。
爆心地からは走るようにして同心円の衝撃波が拡がり、街中の屋根から一斉に砂埃が舞った。
エレレナンシュタトは阿呆のようにぽかんと口を開けて、ただただ眼前の出来事を見ていた。
何もかもが、彼の理解の範疇を大きく大きく上回っていた。
ウルティマンは黒竜の最後を見届けると、その場で身を起こし直立した。
体の前で拳を握った腕を交差させ、また直立の姿勢になる。
するとその足元から光の柱が立ち昇り、銀の巨人の全身を包んで、巨人は霞むようしてその光の中に消えた。
「どうやら、終わったな」
隣で、剣を肩に担ぐようにして立っているレンが、くいっと後ろを示しながら言った。
広場では騎士達ともう一人の英雄が殆どの敵を駆逐しており、残った怪物達も散り散りになって逃げ出し始めていた。
「あんた達の勝ちだ。エレン」
「いえ、そうではありませんレン殿」
エレレナンシュタトは立ち上がりながら言った。
レギナルト。見ているか?
お前が命を賭して成さしめた召喚の儀は成功したぞ。お前の戦いは、お前の死は、無駄ではなかった。
お前は確かに王都を、家と妹を、その命で護ったのだ。
「これはあなた達の勝利。そして今日この戦いは終わりではなく、始まりです」
エレレナンシュタトは、自分が涙を流して泣いていることに、この時初めて気が付いた。
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