夜襲

 どーん、ど、どーん……。


 三つ、四つ、五つ……重なった音もあるからはっきりとは分からないが十程の爆発が起きたようだった。少し離れた場所で火の手が辺りを赤く照らし煙を上げる様子をバルコニーからでも見て取ることができた。


「ヒーグライのおっさんは?」

 レンは鋭い声でエレンに問う。

「宴の間だ。ゴンドウ殿と腕相撲を」

「戻るぞ、宴会は終わりだ」

「爆発の情報を確認してヒーグライ卿と対応を協議するんだな? 報告は卿の元に集まる」

「冴えてるな百人隊長。できたら俺たちは別働で動かせて貰おう。ただの火事じゃない。嫌な予感がする」


 言いながらレンは駆け出し、勿論エレンも並んで駆け出した。

「何かの陽動か」

「大きな攻撃の予備攻撃か」

「……城門の防備を厳にするよう進言しよう」

「あとは姫さんの立ち位置だな。こうなるとここはもう危ない」

「私とゴーゼーン卿、グリストの三人で姫は守る。街の中央は教会なんだが、取り敢えず姫を連れてそこに向かおう。そこが危険なら街を出る」

「カヤタを連れてけ。何かあっても俺と権藤なら自分でなんとかなる。最悪カヤタが変身すれはドラゴンの群れでも来ない限りそっちは大丈夫だろ」

「すまないな……攻め手は一人でも多い方が良かろうに」

「まだ何か起こると決まったわけじゃねえ。単なる単発の嫌がらせかも。それに魔王を倒すにも俺たちが元の世界に帰るにも姫さんの力が必要だ。そうだろ?」

「そ……そうだな」

 両側の壁に吊り下げの燭台が並ぶ廊下を抜けて、レンは饗宴の間の扉を開けながら言った。

「もし散り散りになったら吟遊詩人を助けた辺りに集合だ。姫さんチームの面々にもそう伝えてくれ」

「分かった」

「ヒーグライ卿!」

 宴会の会場はほぼ全員が一つの卓を全員が囲んで盛り上がっている真っ最中だった。

 ゴンドウとトゥーメ。

 エレンはまず二人の放つ眼光の殺気のギラつきに驚いた。

 彼らは腕相撲の構えで手を握り合い肘を卓に付けて睨み合ったまま彫像のように微動だにしない。

 観客は床を踏み鳴らしごうごうと地鳴りのような歓声を上げている。異様な雰囲気が会場を包んでいた。


「何バカやってんだあいつら」


 レンは近くのワインの瓶を手に取ると床に向かって思い切り叩き付けた。がちゃんと音を立てて瓶は割れ観客たちの注意が一瞬レンの方に向く。レンはその瞬間を捉えて怒鳴った。


「宴は終わりだ! 街に何か起きてるぞ!」


 そこに鎧姿の騎士が駆け込んで来た。


「急報! 急報にございます!」

「何があった?」


 かちりと素に戻った様子のヒーグライが伝令の騎士から報告を受ける間に、クラドックは民間の招待客に解散を宣言し、自宅に戻り家人の安否を確認するよう声を掛けて回った。そうしている間にも二人目三人目の伝令の騎士がヒーグライの元を訪れ、早口で持ち場の状況の報告を入れる。

 不安そうな客たちがぞろぞろと場を辞す中、それでもまだ権藤とトゥーメは殺気の火花を散らしながら腕相撲に全身全霊を賭していた。

 筋力では権藤が、加力の強弱や巻き込みの型といった技術ではトゥーメが僅かに相手を上回っているようで、両者の実力は高い水準で拮抗しているように見えた。勝負は精神の極限領域に掛かっているようで二人は集中の極みにあり、周囲の状況に全く知覚が働いていないようだった。


 レンは溜息を吐いた。

「エレン。ヒーグライ卿の様子を伺ってさっきの提案を伝えてくれ」

「分かった」

 レンは権藤に近づいてその耳元で言った。

「おい権藤。いつまでも若い娘の手握って喜んでんじゃねえ」


 ゴッッッ!!!


 権藤は敗れた。

 二人は荒い息を吐きながら互いを見つめるとニヤリとした。立ち上がり握手をし、軽くハグをして肩を叩き合い互いの健闘を讃える。


「だから……そういう場合じゃないんだって」

「何事ですか?」

 そこにファムナが来た。

「おう姫さん。食事はできたか? ちょっと強行軍になるかもしれない」

「強行軍? 一体街に何が?」

「幾つか爆発が起きたようだ。魔王軍の攻撃の可能性がある。騎士団の負担にならないように、俺たちは遊撃班と姫さんの護衛班と二手に分かれて……」

 レンはさっきエレンと打ち合わせた内容を簡単にファムナに説明した。


「姫殿下」

 一通り報告を聞き終えたヒーグライはファムナに歩みよる。丁度客たちを出し終えたクラドックもやって来た。

「ヒーグライ卿」

「街区内の十一箇所で爆発が起き、それが原因の火災が起きているようです。今のところ城塞の周囲は異常ないようですが、門の警備と縁壁の見張りは増員しました。火災対応と街区内に入り込んだと思われる賊への対処に騎士団を分け、消火と賊の捜索に当たります」

「分かりました」

「エレレナンシュタト卿の策を取り、姫様達は一旦中央教会へ。まずは我々が馬車をお借りし、クラドック子爵の館へと走らせます」

「囮ってわけか、流石だな片目の竜」

 レンが軽口を挟む。

「騎士を付けては返って目立つ。裏から出て徒歩で教会へ」

「俺と権藤は高い所から様子を見て、異常がないようならどこかの消火班に合流する。カヤタ、エレン、トゥーメとグリストは姫さんの護衛だ。状況次第だけどカヤタは最後まで変身するな。時間切れの後に後出しでドラゴンでも出されたら全滅する」

「分かっています。こちらは任せてください」

「英雄の方々。伝令の合言葉を教えておく。伝令を受ける側が二桁の偶数を言う。伝令を伝える側はそれを二で割って二を足す。答えられなかったり答えを間違っていたらその伝令は斬り捨てろ」

「え! マジ⁉︎ どっちかが間違ったら⁉︎」

「我が騎士団にそんな程度の数術を間違う者はおらん。偽の伝令で混乱を誘うのは常套手段だからな」

「…………」(二十って言って十二って言って貰おう)


「敵が来る」


 珍しく権藤が発言した。


「モードチェンジ急だなおっさん。今の今まで腕相撲に夢中だった癖に」

「先に出る」

「あ、権藤! 待てよ俺も行く。じゃなエレン。そっちは任せた」

「無理はするなレン。敵がなんであれ竜の銀牙騎士団は精強だ。我々だけ逃げても、この街が簡単に落ちたりはしない」

「そりゃこっちの台詞だエレン。目先の事にほいほい命を賭けて大事な任務を果たさずじまいにするな」

 レンはぱちりとウィンクすると駆け出して行った。

「フン。気障きざな奴だ。あれは女にする仕草だろう」

 そう言いながらエレンはどこか吹っ切れたような満更でもないような様子で、それを見たカヤタは自分の試みが上手く行ったのだとこっそりと喜んだ。

 しかしエレンは人知れず小さな溜息を吐いた。


「我々も出ましょう。ここも狙われている可能性があります」

 ヒーグライが残ったファムナたちにそう退去を促す。

「賊はダークエルフの可能性があり、姿隠しの精霊魔法を破れるアプジーは既に賊の捜索に出ていて同行させることができません。高所からの毒矢にご注意ください」

「加護や治癒の魔法なら私も使えます。解毒の魔法も。騎士団の、この街のお役には立てませんか?」

 ヒーグライがゆっくりと首を横に振る。

「お気持ちだけで充分です。レン殿とゴンドウ殿。二人の英雄が共に事態に当たってくれるだけで騎士も市民も頼もしく誇らしく感じましょう。さ、お早く。中央教会はこんな時の為に取り分け頑丈です。静かになるまで我々の幸運を祈ってください」

「私ごときが呼ぶ幸運が必要な騎士団とは見えません。ですが実力を普段通り発揮されますよう祈りましょう。神の祝福と光あれ。エル・エソォ・ノザ・ウェルトゥ」

 がっはっは、と片目の老騎士は笑った。

「ありがとうございます姫殿下。では私はここで。エレレナンシュタト卿。姫殿下を頼む」

「しかと心得ました。ファムナ様、参りましょう」


 エレンの先導で一行は階段を降り一階のロビーに出た。正面玄関からは丁度囮の馬車が出発し、窓の外の夜の闇の中へ消えて行こうとしていた。

 裏口に通じる廊下へとエレンが振り向いたその時──


 ドーーーンッッッ!!!


 ──大きな爆発音がかなり近くで響き、ビリビリと窓ガラスが一斉に震えた。見れば馬車の消えた方向の宵闇に火の手が上がっている。

 そしてその宵闇の向こうから音を立てて空気を裂きながら何かが飛んで来た。


「危ない!」


 咄嗟にエレンはファムナとグリストを抱え込むように庇い、そのエレンを庇うようトゥーメが覆い被さる。カヤタは窓に向き直って杖を起点に光の防御壁を巡らせ、自分と仲間をそのドームの中へと納めた。

 がちゃん、と窓を枠ごと破壊してエレンのたちのすぐ傍の壁に飛んで来た何かが突き刺さる。

 

 だが辺りはそれ切り静まり返り、当座それ以上の危険は無さそうだった。


「ああ。……なんてことだ」

 カヤタが呟く。

 顔を上げたエレンたちが見た壁に刺さった「何か」は、彼らがこの街まで乗って来て先程エレンたちの囮として迎賓館を出発した、見慣れた馬車の車輪だった。


 ***


「ビオダー……変身‼︎」

「アリエチェンジ‼︎」


 走りながら変身した二人はロビーを抜けて正面玄関を飛び出した。


「トウッッ!」


 気合い一発、ビオダーは高くジャンプすると通りに並ぶ商家の屋根の上に着地した。

 

「待てよ権藤! ったく少しはチームワークってもん考えろよな。よっ、と」


 レンは準備中だった囮の馬車の屋根の上にまず飛び上がり、迎賓館の屋根に上がってマスクの暗視機能を起動させる。途端に視界の景色は昼間のように鮮明に補正されるが、光増幅式のイメージ補正は色彩がオミットされるため、レンの眼前には青味がかった白黒の街の風景が広がっていた。


 レンは屋根の上をびょんびょんとジャンプを繰り返しては最寄りの火災現場に向かうビオダーの姿を目で追った。


「とにかく現場へ、か。おっさんらしいっちゃおっさんらしいけどさぁ」


 レンはヘルメットの頬をぽりぽりと掻く仕草をした。勿論その感触が彼の頬に届くことはないが、ヘルメットを実際の顔に見立てて仕草を作るのは彼の癖だった。

 レンは自分も後を追おうと助走を付けて隣の館の屋根へ飛び移る。

 ジャンプして二つ目、少し走って再度ジャンプ、三つ目の屋根、もう一跳びして四つ目。ビオダーとの距離は縮まらず、むしろ開いている。


(ちっ、スペック高えな仮面ビオダー。あーっもう仲間同士でインカムもないとかっ!)


 レンは自分が元いたチームで当たり前に使っていたスーツの基本機能が、実は共同で戦うに当たって重要な基幹装備であったことを思い知った。だが無いものを嘆いていても仕方ない。

 もう一走り。そして通りを一つ飛び越え更に先に行こうとした矢先、左手の後ろで爆発とともに大きな火の手が上がって、レンはジャンプの直前で急ブレーキを掛けて踏み止まった。


「おわっ! ととと……っ⁉︎」

 

 振り返ると大きな煙に煽られ、優美な装飾が施された見覚えのある馬車の扉がひらひらと回転しながら舞い上がっていた。

 

「あーあーあー……ちっきしょ俺の元の服。帰りも勇者ルックかよ」


 軽口を叩きながらもレンは敵の動きの狡猾さに喉の乾きを覚えて唇をぺろりと舐めた。

 同時に彼の目は、燃え上がった馬車の火の手に照らされて長く伸びた何者かの影が商家の壁をサッと横切ったのを見た。それは通行人や駐在の騎士にしてはどこか不審な動きだった。


 レンは一瞬迷った。行く先に視線を送ったがビオダーはもう姿が見えない。


「……なーんか体良ていよく分断されてる気もすっけどな」


『アリエブレイカー・ソードモード・イニシャライズ』


 レンは使いなれた武器のグリップを長く握ると、グリップに出来た余白を左手でトンッと叩いてから改めて深く握り直した。

 そして二歩下がると、迷いを振り切るように燃え盛る馬車の方向に向かって跳躍した。


 

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