巨人

 赤羽レンは少し疲れを感じていた。


 単体での戦闘能力で言えば、敵であるモンスター軍団のモブ兵士と、異星人の技術で作られた衝撃反応性硬化テクタイトのパワーアシストスーツ──「アリエテクター」を纏った自分とでは問題にならない。


 だがスーツと武装のエネルギーのリカバリ速度には限りがあった。

 騎士達は敵の数は凡そ千、と言っていた。

 序盤で恐らく五百は一気に削ったから残りは五百。ならば個別の接近戦でもカタを付けられるという目算が今、崩れつつあった。


 どうやら戦線は縮小しているが、どうも敵はこの広場を中心に集結しつつあるらしい。当初の想定より継戦時間がズルズルと伸びて、総体としての消費エネルギー量はそれに正比例して肥大して行った。


「……マズったかな?」


 三体の敵の雑兵をその武器と鎧ごと両断して葬りながら、レンはマスクの内側でそう独りごちた。


 アリエテクターのエネルギーはコンバーターバックルから時間を追って一定量が充填され続けている。

 チャージ残量はバイザー内に立体投影されて常に視界に入っているが、少し前からブレードモードもブラスターモードもノーマル攻撃しかできない状態が続いており、少し連続して攻撃するとそれもギリギリだった。

 この世界は所謂中世ファンタジー風の異世界と踏んだ。出鼻に、この世界の住人に取ってインパクトの大きいだろう大技を連発したのは戦意を挫いてあわよくば総崩れ、もっと言えばそのまま撤退して貰えたら殺生は最小限で済むんじゃないかとの期待もあったのだが、まあそう上手くは行かなかった。

 

 勇猛なのか戦力差を理解する知恵がないのか、それとも命令を強制する魔力でも働いているのか。とにかく魔物の軍勢は微塵も怯むことなく、シュレッダーに飲み込まれる廃棄書類の束のようにレンの元に殺到しては無残な躯に変わって行った。


 それでも時間さえ掛ければ、いずれ敵戦力を壊滅か、それに近い状態に持って行けるかと思えた。

 中ボスと形容して良いそいつが現れるまでは。


 ズン、と地響きが聞こえた。


 同時に足元が打たれた太鼓の革のように揺れた。


 ズン、ズン、ズン……。


 雑魚モンスターを斬り伏せながらレンは辺りを伺った。確信的な嫌な予感。そう。巨大な敵が出る予兆に違いない。


 かくてそいつは姿を現した。建物の屋根に毛だらけの手を添えて、路地を曲がる。燃える家屋の炎に煽り気味に照らされる不気味なその姿。身の丈は十メートル程だろうか。下半身は毛皮に覆われた山羊の足二本。上半身は浅黒い人間のそれだったが、頭はつるりと禿げ上がり、その額には剣のような長い角。ギョロリとこちらに向いた眼は、巨大な単眼……一つ目だった。


 そいつは長い犬歯のはみ出した口から「オホゥ」と低く鳴いた。

 レンの身長の倍程もある、巨大な鉈がぬらっと灯りを反射する。

 

「マジかよ……」


 レンは斬り結んでいた猪のような顔の魔物を蹴り飛ばし、ブラスターに変えたアリエブレイカーで銃撃を喰らわせて黙らせると、ヘルメット左耳あたりのインカムスイッチに触れながら叫んだ。


「アリエファルコン、スクランブル!」

 しかし応えたのは否認のブザーだった。

『コネクション・エラー』

「くっ、やっぱダメか!」


 アリエレッド専用の大型攻撃航空機・アリエファルコンも流石に異世界の空までは招聘されてはくれないようだ。

 ちらりとバイザーに映る残エネルギーアイコンを確認すれば、やはりごく低レベルの域でジワリジワリと回復している。

 眼前には、尽きる事なく迫り来る数百の敵。彼らに自分が倒されることは無いが、彼らを看過すればこの邪悪と狂気の集団はそのまま人間の城へ雪崩込み、この国は滅ぶだろう。だがあの単眼の巨人を倒すには、エネルギーのリチャージが必須だ。残エネルギーがフルチャージの半分……2.25×10の15乗ジュールまで回復すれば特殊攻撃の重積光波斬撃「光刃孤月斬」か、光管導達アンチプロトン砲撃「パーティクル・パニッシャー」で無力化できそうだが、そこまでチャージする為には20分から30分は掛かる。一切の攻撃をしないで、だ。

 それにあの鉈。素材は不明確だが単純に鉄だとして1トン半はありそうだ。

 アリエテクターの対荷重強度は「戦車に轢かれても」装着者が無事な程度にはあるが、あの鉈の直撃を受けた場合に掛かる接触面の単位面積辺りの衝撃荷重は軽くそれを上回るだろう。アリエテクターは裂けないだろうが、中のレンは絞り袋の中身のようになりそうだ。

 つまり、城を見捨てて一旦引くか、体力の続く限り即死攻撃を躱しながら戦い続けるかの二択だ。

 レンは頭では前者を選んだが、心で後者を選んだ。


「ヒーローのツライとこだね、逃げるのは……」

 ジャキッとアリエブレイカーを剣に変え、その刃をシュッと指で拭った。ツイ、とスーツの太ももを引いて足の膝に寄る皺を伸ばした。ブン、と刃の部分の磁束陽子帯が励起状態となり、細かく振動する光の刃を形成する。

「……絵にならねー!」


 そうと決まれば、狙うは中ボスの単眼巨人だ。胴体や頭は射程外だが、アキレス腱や膝の裏の筋を断つことで倒伏させれば、目や首筋などを攻撃する事も可能になるかも知れない。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 レンは吠えた。

 自分と巨人との間にいる敵を次々と撫で斬りにしながら血と死を撒き散らす真っ赤な矢となって戦場を真っ直ぐに駆けた。


 接近警報が鳴り一瞬で回避推奨警報に変わった。矢印アイコンはバイザーの上を指す。


 レンは咄嗟に急制動を掛け、更に後ろに跳んだ。


 目の前に壁が落ちて来た。

 石畳みが破片と土煙に変わり、大音響がヘルメットを叩く。


 更に三ステップ退がってよく見ればそれは振り下ろされた槍の穂先だった。軽自動車ほどの大きさの。槍は右手の路地へと長く長く伸びている。その暗がりの中に、白く浮かび上がる単眼があった。建物の三階辺りにその持ち主が、ぬっと顔を出す。


 もう一体の単眼の巨人。

 巨人は二体いたのだ。

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