飛竜

 二体目の巨人はそのままレンを穂先に捉えようと地面を砕きながら槍を横薙ぎに薙ぎ払った。

 それは意外な鋭さと速度でレンに襲いかかり、レンは息を飲みながら寸での所でそれを跳び越えて躱した。地響きと共に石畳みを砕き粉塵と騒音を撒き散らしながら、巨大な槍は仲間である筈のモンスターを何体も巻き込んでひしゃげた死体に変え、広場中央の噴水に激しく衝突し、天使像の付いた小塔を倒し砕いてようやく止まった。瓦礫に変わった噴水の小山の破片の間からだらしなく水が染み出してじゃばじゃばと周囲に拡がって水溜りを作る。


 こいつら攻城兵器か。と、レンは場違いに納得した。そして絶体絶命の危機にも関わらず意外に冷静な自分に驚いた。

 ペロリと唇を舐める。喉がからからだ。ふうっ、と一つ息を吐いてくりくりっと肩を回した。


「ワリィ……春香。俺、帰れねーかも知れねーわ」


 レンは駆けた。一体目の巨人に向かって。もう一度。

 取り敢えず一体目を倒す。後の事はそれから考える。力尽きてもそんときゃそんときだ。実際自分は今夜いい仕事をした。これで死んだとしてもヒーローとして、レッドとして悪い死に様でもないだろう。再建が叶えば噴水の石像くらいにはして貰えるかも知れない。


「でけえなぁ! コンチクショー!」


 レンが自分の愚にも付かない考えを自嘲しながら目の前に迫る単眼の巨人に向かってそう悪態を付いた時、


 ウオォォォォンッ!!!


 バイクのエンジンの音が高らかに戦場に響いた。

 見上げる単眼の巨人の腹部が爆発し、開いた大穴からヘッドライトの光が天を突いた。バイクのシルエット。マフラーをなびかせるライダーのシルエット。赤く輝く大きな二つの眼。


「まさか……! まさかあれはっ!」


「トオッ!」

 高くジャンプしたバイクのシートでライダーは立ち上がり、バイクを踏み台に更に高く高く跳んだ。

 そして雲間から覗く大きな月を背景に空中で鮮やかに身体を回転させると教会の鐘楼の屋根に着地し、武道の演舞の一部に似た構えを取った。


「仮面ビオダーッ! マジかっ⁉︎ 本物⁉︎」


 レンの声は弾んだ。思いも寄らない援軍の派手な登場に抑えようとしても心が踊った。

 と、またバイザーの回避推奨警報がなった。斜め後ろの頭上から唸りを上げて巨大な槍の穂先が振り降ろされる。レンは地面を前転してその超重量の刃を躱す。一瞬前までレンがいた場所が爆破のような破砕音と共に大きなクレーターに変わる。


「くっ!」


 残エネルギーは勿論大したことないままだ。レンが忌々しく巨人の単眼を睨みつけた瞬間、


 タンッ!


 軽い音を立てて一本の矢が、その単眼の中央に刺さった。

 巨人は左手で顔を覆い頭を垂れて女のような甲高い悲鳴を上げた。


「レン殿ーーーっっ!!!」


 呼ばれて振り向けば、砂塵と共に広場に向けて街道を疾走する騎馬の一団。ざっと三十騎ばかりいるだろうか。先頭はさっき助けた騎士二人。髭の中年は乗馬突撃用の長槍を手にし、若い方は馬上で次の矢を弓につがえている所だった。幾重にも重なる馬のいななきと馬蹄の響き。それがレンには天使のラッパのように聞こえた。


「へっ……騎兵隊に助けられるってホントにあるんだな!」


 レンは軽く手を振って彼らに答えると、目の前に振り降ろされたままの巨大な槍を勢いを付けて駆け上った。トリガー長押しで現在あるエネルギーを一旦全て光の刃に集約する。腕から肩へステップを切って跳躍する。全体重と膂力を込めてレンは痛みに苦しむ巨人の首に渾身の斬撃を見舞った。

 首は八割までが斬断され、グラリと傾いて僅かな皮と肉でぶら下がった。ごぼごぼと不気味な音を立ててどす黒い血が吹き上がる。レンは近くの建物の屋根に着地し、姿勢の崩れを煙突を掴む事で立て直した。


 騎馬の騎士たちからおおっ!とどよめきが起きる。単眼の巨人は糸の切れた人形のようにガクンと膝を突き、地響きを立てて地に伏した。


「奮い立て騎士達よ! 異界の英雄もご照覧下さる! 白翼騎士団が義勇を示す時ぞ今!」


 中年の騎士の呼び掛けに、騎士達がオウ!と返事をする。全員が兜の面を次々に降ろす。


「全騎突撃! 正義は我にあり!」

 

 鬨の声を上げ、身を低く構えた騎士達が一斉に拍車を掛ける。駆け抜ける何十もの蹄が一層音高く鳴った。

 ぐん、と加速した騎馬軍団は長槍を鋭く突き出したまま全速力で敵たるモンスター軍団に突撃した。鋼と鋼がぶつかる音。肉が裂ける音。恐ろしい断末魔。騎士達はすぐに長槍を捨てると手に手に剣を抜いてそのまま乱戦へと移行した。


「ひぇー! すげえ迫力。やるじゃん騎士さん達」


 独りごちたレンの視線は自然にもう一人の「異界の英雄」に向かう。その輝く真っ赤な目と目が合った。どちらからともなく頷き合う。


「トアッ!」


 先に動いたのは向こうだった。


「ビオダーキィィック!!!」


 気合いと共に跳び上がると足先から輝く流星と化した彼は、乱戦の更に先の敵の集団の中央に爆裂となって着弾し、大きな穴を穿った。


「やべえ。本物の……マジのビオダーじゃん。大先輩の前となりゃ、サボッてられねーなっ!」


 バイザーの表示、エネルギーゲインには少しだが余裕が生まれていた。

 ひゅんひゅっ、とアリエブレイカーを回してみる。大丈夫だ。まだ軽い。


「行っくぜぇーーーっ!!!」


 屋根から飛び降り、地面に着地する。騎士達がモンスター達と剣戟の火花を散らす乱戦の最中へレンが駆け出した時だった。


 闇夜の空よりも黒い巨大な影がレン達の頭上を通過した。レンは思わず目で追った。翼が大きく羽ばたく。学校の校舎程はあるだろうか。燃える街の炎の光をギラギラと跳ね返す鱗。長い角と筋肉が詰まった逞しい体躯。原始の恐竜を思わせるそれは、だが余りに巨大で、余りに凶悪だった。


 レンはその怪物の名を知っていた。その場にいる全てのものが、モンスターの王たるその力と恐怖を知っていた。


 「それ」は耳をつんざく轟音と共に大地を割り、二区画を踏み潰しながら着陸すると、暗い空に首をもたげて雷鳴のような声で強く高く鳴いた。

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