一喝

『アリエブレイカー・ソードモード・イニシャライズ』

「っしゃあっ!」


 駆けながら専用装備を呼び出したレンは空中に実体化したそのグリップを握りこみ、バイザー内のアイコンでエネルギーバイパスがグローブを通じて武装とリンクしたのを確認した。

 前方では既に戦いの火蓋は切って落とされていて、だが専ら戦っているのは馬から降りた権藤だけに見えた。同じく降馬したカヤタは杖を構えてさっきまで追われていた長い髪の旅人風の人物を庇うように少し離れた場所から戦いを見守っていた。

 権藤は変身前の黒い鎧の姿で、太刀を構えて犬型の獣人たちを牽制していた。

 その足元には既に二体の犬怪人が白眼をむいて血みどろで倒れていて、レンは権藤の強さが改造人間としての性能だけに依存していないことを確認した。


「ゥォガウッッ‼︎」

 駆け寄るレンに一番近い一匹が犬そのものの吠え声を上げてレンに飛び掛かって来た。

 レンはタイミングを合わせて、突き出された犬怪人の鼻先に回し蹴り気味のハイキックを見舞い、相手がバランスを崩した所を体の流れの勢いをそのまま斬撃の威力としながら袈裟に斬り捨てた。


「大丈夫か権藤!」


 レンは犬怪人の力任せの太刀筋を暖簾のれんくぐるようにして躱しながら、権藤の背後に陣取った。

 権藤は少しだけ顔をレンに向け、また少しだけ頷くことで問題ない旨を示した。

 権藤は先程から反りのある日本刀に似た形の太刀を正眼に構えて動かない。

 

 出立前、王宮の武器庫から好きな武器を好きなだけ取って良いと言われた時、カヤタは辞退し、レンは軽量化の魔法が掛かった小振りな諸刃の剣とナイフを一本選び、権藤は東方の神立国家ジェファンから贈られたという斬魔の太刀、銘「タンフー・ハザン」を選んだ。案内担当の武官は、使い手の魂を魔力に変えて敵を斬る邪刀だと止めたのだが、権藤の選択は覆らなかった。


 犬怪人の数は残り八匹。恐らく先の戦いで散り散りに敗走した魔王軍の残党だろう。飛び出さんばかりに剥いた目は充血に赤く染まり、牙を剥き出した口からはボタボタと半透明な液体が垂れ続けている。飢えているのだ。背中合わせの権藤とレンは丁度四匹ずつと向き合った。


「なんで変身しねーんだ? こんな奴らあんたなら変身すりゃ一捻りだろ?」

「……その必要はない」


 権藤は押し殺した声で短く答えた。

 レンがどういうことだよ、と聞き返そうとしたその瞬間、



 権藤が爆発音かと思うような音量で気合いの雄叫びを上げた。

 咄嗟に防御本能を喚起する雄叫びだった。味方のレンですらビクリと身を竦ませた。

 権藤の正面にいた二匹は飛び上がるように驚くと一匹は縮み上がり、もう一匹は狼狽して尻餅を突いた。


 そこに稲妻のように権藤が斬り込んだ。

 まず縮み上がった一匹が肩口から胸までを両断されて血を吹き上げた。尻餅を突いた一匹は体重の載った蹴りを側頭部に食らって泡を吹いて気絶した。

 レンはそこでようやく我に返って自分が相対していた四匹に意識を戻した。

 その四匹は権藤の雄叫びと仲間の惨死に軽いショック状態にあり権藤の動きのみを注視してレンは眼中になかった。

 レンは助走を付けてジャンプすると手近な二匹の間に跳び、左右の足でそれぞれの頭に連続蹴りを放った。一匹は気絶だが、右足には確かに首の骨を砕いた感触が伝わって来た。

 ここでやっとレンの敵、残り二匹も我に返った。手にした銅剣を構え直すと吠え声を上げてレンに斬り掛かる。

 レンは一匹の剣を自分の剣で痛烈に跳ね上げ、返した剣を反対の一匹の腹に埋め込んだ。ギャフッと血を吹く犬怪人。


『アリエブレイカー・ブラスターモード』


 そのままトリガーを絞り、重積光子波動のエネルギー弾を叩き込む。肉の焦げる音と毛皮の焼ける臭いを残して哀れな獣人は吹っ飛び、灌木の茂みに姿を消した。

 振り向きざまにレンはセレクターレバーをバーストに入れる。跳ね上げられた剣を再び構え直した最後の一匹と正面から目があった。


「ナムアミダブツ」


 レンが腰溜めに構えたブラスターのトリガーを引くと銃口は猛然と高励起状態の重積光子の連弾を吐き出した。粗末な革鎧が防御手段の全てだった犬顔の魔物に生き延びる術は無かった。


 振り返れば、権藤とすれ違った首無しの怪人がヨタヨタと三歩ほど歩いて、ばたりと倒れたところだった。動いていた敵は、その斬首死体が最後の一匹だった。

 レンは口笛を一つ吹いた。

 権藤はレンのリアクションには御構い無しに倒れてまだ息がある敵にとどめを刺して回る。


「えぉッ! げほっ、げほっ!」


 レンは誰かが嘔吐する音に振り返った。

 そこでは旅用の実用的な法衣姿で、道端にうずくまってむせ返る美しい姫がいた。彼女の両側には巨漢の女騎士と若き百人隊長がかしづいて介抱している。


(ゴメンな姫さん、もうちょいマイルドなシーンの予定だったんだ。おっさん戦い方がガチ過ぎんぜ。一人だけ空気が劇画なんだよな)

 

 レンは心の中でお姫様に謝罪すると武器をエネルギー状態に戻し、ブレスレットを操作して変身を解いた。


「ちょっと来てくれ」

 レンに権藤が近付いて来て権藤が始末した犬怪人の死体の一つへと彼を誘った。

 無言で権藤はその死体の様子を見るようにレンに促した。


「おーっと……こりゃあ……」


 レンは権藤が示したかったことを理解した。その死体は彼に警戒心を抱かせるに充分なある事実を含んでいた。


 ***



「危ないところを助けて頂き、なんと御礼を申し上げたら良いか──」


(男、か……しかもイイ男だ)


 レンは自分たちが助けた男の礼を聞きながらそんな感想を抱いた。

 流れるようなブロンドの金髪。背はスラリと高くスマートたが貧弱過ぎない体躯と甘いマスクが相まってこいつモテるだろうなという印象を否めなかった。


「私はダキテーヌ。吟遊詩人をしております。お気軽にダックスとお呼びください」


 そう言って笑った顔は怪しい色気さえ漂い、レンは詩人の他にも夜のサイドビジネスでもしてるんじゃないかと勘ぐった。

 ダックスと名乗った吟遊詩人は羽飾り付きの帽子を取り出し被って形を整えた。


「大きな戦があったと聞き、その様を見聞きしようと王都を目指していた道すがらでございました。突然あの魔物の群れに襲われ、命からがら逃げていた所でした。あなた様方に助けて頂かなければ私はあのマゥイオングたちの早めの夕食になっていたでしょう」


 レンは吟遊詩人の立て板に水の口上を聞きながら、なんかRPGの序盤のイベントみてーだな、とどこか場違いなことを考えていた。


「そちらの騎士殿の先程の鬼神のような戦いぶり、またそちらの若い方の不思議な戦支度。さぞや名のある武人の御一行かとお見受けします。宜しければお名前や旅のご事情を伺えませんか? 差し上げるような御礼は持ち合わせておりませんが……」


 詩人は背負っていた楽器を体の前に回して一行に示した。それは左右非対称な小さな竪琴のような楽器だった。


「せめてあなた方の武勇を歌に。獅子王リオハルト、鋼鉄騎士グレンジーグらのサーガと共にその名を諸国で歌って回りましょう」


「気持ちはありがたいが──」


 答えたのはエレンだった。

 

「──先を急ぐ旅でな。礼はいい。民を護るは我らが務めなれば。王都に向かうなら道を急がれよ。貴公は徒歩のようだが、のんびりしていては山の中で日が暮れる。さっきのような魔物の遅めの夕食になるぞ」

「おお! あなたは王国の騎士殿ですね。そちらの立派な体格の美しい女性の騎士も? では、そちらの可憐な尼僧の方は……?」


「太陽の神、エル・エソォに使える巫女。ファムナ=ファタリと申します」

「姫……」

「良いのですエレン。同じ荷台の荷は一緒に揺れると言うではありませんか。我々はある王命を得て、北に向かう所です。そちらの騎士はエルンスト・エレレナンシュタト卿。若いながら王都では百人隊長を務めておりました。こちらの騎士は私の近侍。近衛隊の十人隊長トゥーメ・ゴーゼーン卿です」


 吟遊詩人は口をパクパクさせて驚いた表情を作った。


「ファムナ=ファタリ……様! そのお名前は聞いたことが! 姫子にして春光の巫女、千年に一人の天才法術遣いと謳われた、あのファタリ姫で……?」


「……そうだ」

「天才とは滅相な。全ては偉大なる神の御力です」


 エレンは認めた。自分が仕える姫を褒められて、その声は少しだけ誇らしげだった。ファムナは顔を赤らめて俯いた。

 詩人は青ざめて膝を突いた。


「知らぬこととは言えご無礼を。ですが吟遊詩人の端くれとして確かめずにはいられません。風の噂に、魔王軍を撃退したのは秘術により召喚されし神の御遣いの三人の異界の英雄とか……もしや、もしやあちらの黒騎士、そして赤い戦士、私を庇ってくれた魔術師殿が……?」


「俺はレン。アリエレッドのレンだ」


 レンはニカッと笑うと自己紹介した。


「よろしくな。あっちの黒騎士は仮面ビオダーの権藤タケシ。魔術師みたいのはウルティマンのカヤタ・シンイチ。あんたの言う通り、俺たちがそこの巫女さんに召喚された異界の三戦士さ」


「おおなんと言う……! ああレスパーツンの女神よ感謝致します! このダキテーヌに斯様な僥倖をお示し下さいましたことを……! これはもはや天命! 必ずやこの御一行の言葉、振る舞い、旅の出来事や戦いを余す所なく壮大な叙事詩に仕上げ、喉と命の続く限り、歌い継ぐことをお誓い申し上げます! 我が名とこのルテ・ヒュルプに誓って!」


 レンはやれやれ、とでも言いたげな態度でしゃがみ込み、興奮気味にまくし立てる吟遊詩人と目線を合わせた。


「付いて来る気かい? 俺たちに?」

「無論ですレン様。およそ吟遊詩人を名乗る者でこのような好機に後ろ足で砂を掛ける愚か者がありましょうや?」

「魔王軍の本拠地まで行って、魔王をぶっ倒す旅だぜ? 生憎あんたの分の食糧や薪はない。あんたの身に危険があっても、俺たちゃ姫さんや戦う仲間の安全を優先する。多分だけどあんた、死ぬよ?」

「レン様には分かっておられないようです。騎士が名誉に命を賭けるように。また靴職人が靴の出来栄えに命を賭けるように。私も、私の創り歌う歌に命を賭けております。旅の糧秣は自分で支度致します。いざとなったらお見捨て頂いて構いません。道半ばに倒れても骸は野に打ち捨てて先にお進みください。それもまた吟遊詩人の本懐なれば」


「……って言ってるけど、どうする? ファムナ」

「えっ⁉︎ あっ? 私……ですか?」

「他にファムナはいないでしょーが。一応、姫さんがこのパーティーの最高位保持者だかんな」


 ファムナは助けを求めるようにトゥーメに目線を送ったが、巨漢の女騎士はふーむと鼻を鳴らしてお好きなように、と目線を返した。ファムナは更にエレンを見たが、エレンも困った様子で少しだけ肩を竦めて応え、決断はまたファムナに委ねられた。


「……分かりました」


 充分に長考した後、ファムナは決断した。


「さっきレンが示した条件に加えて、更に二つの条件をあなたが許容できるのなら。ダキテーヌ様。あなたの同道を許しましょう」


「条件、とは?」


「一つは、我々の為に、時々そのルテ・ヒュルプを演奏し歌を歌って欲しいのです。厳しい旅になることは疑いありません。歌はその苦酸を少しなりとは言え和らげてくれるでしょう」


「お安い御用とは正にこのこと。して姫殿下。二つ目の条件とは?」


「二つ目は、その……誠に個人的な事で……つまり、申し訳なくはあるのですが……」


 ファムナの声は喋る程に小さく、聞き取りづらくなった。


「………………ないで、欲しいのです」


「恐れながら姫。今一度。もう少し大きなお声で宜しいでしょうか?」


「わ、私の先程の醜態は、歌にはしないで欲しいのですっ!」


 そこまで思い切って言い切ったファムナは、顔を真っ赤にしてまた俯いた。


「アッハッハッハッハッ……」


 レンは笑った。


「何がおかしいのレン! 私は真剣に……!」

 涙目のファムナは怒りの感情を露わにレンに抗議した。

「いやゴメンゴメン。そりゃそうだ、と思ってさ。でも条件としちゃそれじゃダメだ。ダックス。今後一切、ファムナ姫の醜態や失敗、だらしない様子や恥ずかしい行いを歌にすることを禁じる。それでもいいなら、一緒に来な」


「……女神レスパーツンとルテ・ヒュプルに誓って。感謝します姫。そしてレン様」

「弓矢は? 落としたのか?」

「弓矢? いえ。私は武器は短剣しか持ち合わせていませんが」

「ふーん……」


 レンはダックスをじろじろと値踏みするように見た。


「ま、いいや。改めてよろしくな。悪いことはバレないようにやれよダックス。俺はともかく、黒騎士のおっさんの斬魔の太刀は悪に対して容赦ないからさ」


 ダックスはにっこりと笑った。


「異界の英雄を相手にそんな気を起こす輩はおりませんよ。誤解で首を刎ねられぬよう、融和と理解とに尽力致します」


 レンも同じだけにっこりと笑顔を返した。

 そして少し声を落として言った。


「そうしてくれ。姫さんがこれ以上げーげーやらなくて済むように」

「レン! 聞こえてますよ!」

「大丈夫だよ! 歌にはなんねーから!」

 

 レンは立ち上がって馬車に向かって歩き始めた。

 ダックスはその背中を見つめていた。変わらぬ笑みを顔に貼り付けたままで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る