夜雨

 アリエレッドと名乗った標的に二つの粘着爆弾を付けることに成功した「そいつ」は、マスクの二つの円形グラスの奥で目を凝らした。


 標的の背中で炸裂した粘着爆弾は一個でも一般的な城壁のブロックくらいなら破砕する威力がある。不発対策に二個貼ったが、幸い二つともほぼ同時に撃発した。異界の英雄とやらの鎧は魔力か法力かの賜物らしく薄手に見えて恐ろしく頑丈だと聞くが、今の攻撃を凌ぐほどの強度は流石にあるまい。

 もうもうと立ち込める爆煙の中に獲物の死体を見いだそうと、そいつ……黒い影は息を殺してじっと煙と塵が落ち着くのを待った。


 その時、向かいの通りの屋根の瓦が鳴った。いや、鳴っただけでなく割れた瓦もあるようで、から、と音を立てながら瓦の欠片が屋根を滑り落ちて行く。


 その屋根から何かが跳んだのだと判断する前に黒い影は跳びのくような回避行動に入っていた。


 一瞬前まで黒い影が立っていた屋根瓦に奇妙な装飾だらけの巨大な剣が突き刺さる。飛来した真っ赤な影はそれで満足せず素早く体勢を立て直すと流れるように二撃目三撃四撃目を振るって来た。黒い影は屋根の上を転がるようにして全て躱した。その時、ジャコン、という仕掛けを動かすような音と聞きなれない異国の言葉のような音が相手の武器から聞こえた。全身に嫌な予感が走る。黒い影は自身のその感覚に全力で反応して、相手に小さな投げナイフを三つ投擲しながら跳躍した。三条の軌跡はやや扇型に拡がりながら確かに相手を射線上に捉えていた。だが、赤い戦士は動じなかった。戦士は武器を肩口に構えたまま構わずに引き金を引いた。


 黒い影は見た。跳躍の中、空中で緩やかに回転しながらその砲撃を見た。

 細い光の線、空気の歪みが造るリング、それに続いて灼熱の閃光が丸太のような太さで道行きの一切を薙ぎ払う。三つの投げナイフは瞬時に蒸発した。それは屋根の瓦すらも溶かして赤く輝く一直線の道を穿うがった。それは何リーグも尺で切ったように真っ直ぐ続き最終到達点は景色の先に霞んで確認することすらできなかった。一瞬遅れて今度は衝撃波が猛威を振るった。屋根は瓦どころか一部は屋根板やはりや支柱までが吹き飛んで四階部分は半壊した。そしてそのまま熱と破壊の光の柱は黒い影を追うように方向を変えた。自分の跳躍した軌跡をなぞる光の柱にそいつは死を覚悟したが光芒は黒い影に到達する直前に、すっ、と消えた。放射時間の限界らしい。

 黒い影は鳥の顔のようなシルエットのマスクの下で着地点を探りながら、確かに戦慄していた。


 ***


けやがった……くっ、せめて三人いれば!」


 ヘルメットの中で荒い息を吐きながらレンは歯噛みした。背中、特に肩甲骨周りは息をする度に軋むように痛い。骨にヒビでも入っただのだろう。

 普段軽口ばかり言い合っていたがチームワークに長けた仲間に手厚くサポートされていた事を彼は改めて自覚した。自分は自分にとっての彼ら程に彼らのサポートになっていただろうか。


(勝てるか? サシで。奴は強い)


 レンは彼の敵を見た。

 鳥の顔のようなマスク。二つの丸い風防グラス。全身はバイザーの暗視機能を最大限にしてもなお真っ黒で厚手のみののようなものを着込んで前屈みになっているらしく、シルエット全体がずんぐりむっくりと丸い。跳躍した時に二本の細い足は見えたが、手は何本かすら分からず、勿論その手が武器を持っているかも分からなかった。

 しかし革か厚い布かで出来た敵のマスクの嘴部分はレンの乱れた息と同じようなペースで確かに膨張と収縮を繰り返していた。

 呼吸をしているのだ。

 アリエブレイカーをソードに戻しながら残エネルギー量を確認し、ぺろりと唇を舐める。スーツの左腿を少し引いて、つっぱる感じを解消する。くるん、と後ろ手に剣を回してその重さと右手のコンディションを確認する。腕の動きと連動するように背中は痛むが贅沢は言っていられない。ここで倒す。こいつを逃せば仲間が殺られる。それは明確な根拠のないだが確信だった。


(息をするなら……殺せる)


 すっはっ、と短く深呼吸したレンは半壊した屋根の二軒先に着地した不気味な彼の敵に向けて屋根瓦を蹴って駆け出した。


 ***


 仮面ビオダーと対する刺客たちは勝利を確信していた。

 彼らの獲物は「詰み」に陥ったのだ。今までに彼らがこの形勢に持ち込んで仕留め損ねた相手はない。どんな強兵もどんな英雄も時には身内の魔物でさえ。この暗殺術の為だけに造られたワイヤーと槍。訓練された一連の手順。仕手が槍を手に獲物に向けて駆け出した時点でいつも彼らの狩りは成功だった。


 ドッ、と重たい音が四つ重なる。

 終わった、と縄手たちは思った。

 だが仕手たちは信じられない思いで自分が振るった槍の穂先を見た。

 いつもなら相手の鎧を貫き深々と突き刺さって獲物の命を奪う必殺の槍。その槍の先は紙一枚ほどにも相手にめり込んでいない。必殺の切っ先は点で相手に接して、どれだけ体重を込めてもそれ以上進まなかった。


「バカな!」


 刺客の一人が思わずそう声を上げた。だが状況は変わらない。仕手も縄手も相手に槍が刺さらなかった時の対処法に心当たりがなく、一度引けばいいのかもう一度攻めればいいのか、全員がどうしたらいいか分からなかった。結果論から言えば、失敗が確定した時点で即座に彼らは引くべきだった。


「オオッ……!!!」


 短く雄叫びを上げると仮面ビオダーはその場でぐるぐると回転し始めた。ワイヤーはビオダーの体に巻きとられ、縄手たちはその分だけビオダーに近寄る。そうはさせまいと縄手たちは後ろに倒れこむようにしてワイヤーを引いた。

 その瞬間、ビオダーは回転方向を逆にして、最初より早い速度で回り始めた。

 縄手たちは全員転倒し、そのままビオダーに巻きとられるワイヤーに引き摺られた。この時点で二人がワイヤーを離したが、取られまいと腕に巻き付けていた二人はそのビオダーに凄い速度で巻き取られて行った。それでもビオダーは回転を止めるどころか加速していった。


「失敗だ! 引けっ、引けぇっ!」


 ここでようやく刺客の頭目から指示が飛んだ。ワイヤーを離した縄手、槍を手にした仕手たちは姿隠しの魔法の履行を精霊に命じると一斉に姿を消した。

 その瞬間、高速回転していたビオダーがぴたり、と回転を止めた。

 しかし回転で巻きとられていた刺客はそう急には止まらない。

 二人の刺客はワイヤーが解けるに従ってビオダーから遠ざかりながら、ビオダーの周囲をぐるぐると回転し始めた。ビオダーも途中からは、その刺客たちを錘にして長く伸びたワイヤーが存分に回転に加速を掛けるように再び回転し始めた。


「ぎゃ⁉︎」「ぐわっ!」「うぐっ⁉︎」「ぐむっ!」


 四人の仕手が回転するワイヤーやその先に力なくぶら下がる縄手に衝突して倒れた。気を失った彼の魔法は解け姿が現れ、からん、と音を立てて槍が地面に転がった。


「はあぁぁぁ……!!!」


 ビオダーはコンバーターラング内の熱交換装置を一時的に止め反応炉の熱を体内に貯め始めた。それはあっという間に麻の自然発火温度とワイヤーの融点を超えた。


「はぁッッッ!!!」


 真っ赤に輝くビオダーは燃える麻縄と赤く柔化したワイヤーを力任せに引き千切った。

 ワイヤーでビオダーと繋がっていた二人の縄手は遠心力で飛んで行き煉瓦の壁と地面に激突して、そのまま動かなくなった。


 残る五人の刺客たちは透明な姿で駆け出していた。相手を甘く見て暗殺に失敗した今、態勢の立て直しこそが最優先だった。


「けっんっ……⁉︎」


 妙な声と共に空中に血飛沫が上がった。


 宙に浮いた槍から血がしたたる。

 それは彼らが暗殺の為に持ち込んだ槍だった。次の瞬間覆いが外されたように胸を槍に貫かれた刺客の姿が現れ、夜の街路に倒れた。


 ふおん、ふおん、と何かが空を切る音がした。ド、ド、とくぐもった音がそれに続いた。


「く、が……!」「うぐあっ!」


 空中に今度は二つの血の花が咲く。ビオダーが投げた槍は正確に二人の刺客の胸の中央を捉えていた。二人の姿が現れ、地に伏した。彼らが生きていられる道理はなかった。


「何故だ⁉︎ 奴には我々の姿が……」


 ドッ、と言う音と共に赤い花はその数を一つ増やした。そして胸に槍を刺した死体が一つ増えた。


「ひ、ひいぃぃ……っ!」


 残った最後の刺客は悲鳴を上げてビオダーから少しでも距離を取ろうと必死に走った。仲間には悪いが、彼は自分が幸運だったと思った。四本の槍は、彼以外で使い切られていたからだ。自分だけは逃げ切ることができる。彼はそう考えていた。そしてその考えは間違っていた。


 仮面ビオダーの両手が何かを鎮めるような動きを見せ、すぅ、と左右に広げられた。ぐ、と沈む姿勢。彼の周囲の空気が動いた。良く聴くとブゥーンと虫が飛ぶような音が聞こえる。そして周囲の大気が浮遊する土煙や塵と共に彼を中心に渦を巻くように集まり始めた。彼のベルトの風車は巨大な生物が胸一杯に息を吸うかのように、周囲の大気を大量に吸い込んだ。

 その右足が内側から赤熱し始めた。しゅうしゅうと音を立て触れた空気、地面の水分が蒸気となって立ち昇る。


「ビオダー……キック」


 ジャッと足元を踏み締めるとビオダーは高く、本当に高く飛んだ。

 そして赤外線サーモグラフィーに切り替えた視界の中を振り返り振り返りしながら逃げる刺客の最後の一人を目指す、彼は一本の灼熱の矢と化した。


 爆発のような音。楕円のクレーター。砕かれた石畳や瓦礫が散乱し、降り注ぐ音。どす黒い血飛沫が地面に大きな染みを作る。


 着地したビオダーは、振り返る。


 破壊と死。

 そこには、彼の通った後にはその二つが撒き散らされていた。

 ぽつ、と雨粒がビオダーの目に当たりその形をなぞって頬を伝った。

 ぽつぽつと重ね落ちた雨粒は更に沢山の雨粒を呼んで、通りの地面に次々と丸い跡を付けた。


 仮面ビオダーは空を見上げた。


 暗雲垂れ込める真っ黒な空。

 どうやら、雨は本降りになりそうだった。


 ***



「ダークエルフ隊は壊滅……仮面ビオダー卿の勝利、と」


 少し離れた屋根の煙突にもたれかかりながら、男は革の手帳に覚え書きを記した。尖った帽子に羽の飾り。帽子のつばに隠れ目元は見えないが、口元は不敵な笑みを浮かべていた。



 ***



 撃剣の火花が赤の戦士と黒の暗殺者とを照らす。


 フラッシュが焚かれたように斬撃の交錯に光が閃く。


 厚い雲が月を隠した真の闇の中、甲高い金属音が響く度に戦う二人の姿がストップモーションで浮かび上がる。


 アリエレッド……レンのアリエブレイカーは通常モードでも刃自体が薄く高エネルギーのフィールドを纏っていて、それは例えば日本刀と切り結べば刀身を数秒で溶断するほどの威力を持つ。だが敵の刃も魔法か何かの似たようなフィールドを付与されているらしく、接すれば両者の武器は火花を発して弾きあった。敵は二本の短剣を巧みに操り、レンが繰り出す剣撃を全て躱し、受け止め、いなしていた。それだけでなく隙あらばレンの脇腹や腹部、太腿などに斬りつけてくる。幸い相手の黒い短剣の魔力はスーツの防御力を超えてはいないようでスーツには綻び一つ生じず、レンも全くの無傷だった。

 

 果てしない斬撃とその反発を繰り返しながら、レンは違和感を感じていた。


(こいつ……戦うと見せて防御に徹している……?)


 何故だ? 疑問が太刀筋の鋭さを鈍らせる。

 その時だ。暗殺者の踏み込みが深くなる。コンパクトな斬撃。その刃はレンのスーツを通らない筈だ。しかし斬撃は起動を変えて下から掬うようにレンの剣を撃った。

 

 キ、キ、キンッ!!!


 暗殺者は左右、両の刃を連鎖に重ねて更にその刃を足で蹴り上げた。アリエブレイカーは止められただけでなく、レンが体勢を崩す程に跳ね上げられ弾き飛ばされた。


 カンッッッ!!!


 レンは脇腹を強烈に殴られたと感じた。

 (何だ……⁉︎)

 いつの間に持ち替えたのか脇腹には太く長い釘のようなものが当たり、暗殺者はそれを金槌で思い切り打ったようだった。貫通こそしなかったが衝撃は強く殴られたような感覚でレンに伝わり、彼はヘルメットの内側で苦悶した。


「このっっ……!」


 レンは力任せに剣を引き戻し自分に纏わりつくものを薙ぎ払うようにそれを振るった。

 暗殺者は飛び退いたが同時に何かを三つレンに投げつけた。レンはそれを剣で弾いて防ごうとしたが、暗殺者は三つをバラバラの速度とコースで投げていて一閃で防げるのは一つだけだった。レンが斬りつけたボールのようなそれは刃が触れると簡単に割れて中からどろっとした液体が溢れ出た。剣の、液体が付着した箇所がシュッと音を立てて白い煙を上げる。


(酸か‼︎)


 そうレンが理解した瞬間、残る二つの酸の球はレンのヘルメットと左肩に弾けて中身を吐き出した。

 スーツの耐酸性能を信じ、レンは構わず飛び退いた暗殺者に追い縋って剣を振るおうとした。この時、レンはアリエブレイカーの重さと大きさが気になった。アリエンジャー、アリエレッドとしてこれまで戦って来ての今までを通してこれは初めてのことだった。こいつを倒すには、この武器では速さが足りない。それは負け惜しみでも苦し紛れでもなく純粋に戦士としての戦力査定だった。振るった剣はやすやすと躱される。何故かレンの切っ先はすり抜けるように暗殺者の至近の虚空ばかりを斬る。それは速さだけではない何か別の秘密があるようにレンは感じた。今までの戦い方では勝てない。プラスアルファが必要だ。威力から推してさっきの釘にも何か魔力が込められているようだった。連続で打ち込まれたらアリエスーツですら貫通するかも知れなかった。だがレンは防御を捨てて、敢えて更に暗殺者に肉薄せんと踏み込んだ。


 だがそれでも暗殺者はその剣を躱した。

 レンはその鳥のようなマスクの下の顔が笑っていると感じた。レンはそのマスク、二枚の丸いグラスの下の大きく垂れ下がる嘴部分を左手で掴んだ。それこそが、レンの捨て身の行動の本当の狙いだった。革袋のような感触。レンは力を込めてその嘴を、くしゃつ、と握り潰した。


「顔見せやがれ! 鳥ダンゴッ!!!」


 これは完全に暗殺者の不意を突いた。暗殺者は慌てた素ぶりで素顔の暴露を防ごうとレンの左手を掴み返した。レンはその手を強引に振り解きながらマスクを持ち上げるように剥ぎ取った。


「女……⁉︎」


 白く細い顎のライン、赤い唇、剥がれたマスクからは長いシルバーブロンドの髪が溢れ出す。だが見えたのはそこまでだった。レンの目の前が白い火花で一杯になったかと思うと、それは大音響を上げて閃光そのものに変わってレンの視界を埋めた。バイザーの光増幅機能が過剰に働き、眩い光がレンの目を焼いて視覚を奪った。耳は近距離の大音響に麻痺してキーンという響きだけが繰り返し反響している。


(スタングレネード!)


 バイザーのブレーカーが働きバイザー自体の画像は回復したが、レンの眼自体に強い光の跡が緑に残って視野の真ん中は良く見えない。レンは敵の姿を探した。


「アリエレッドキョウ・レンアカバネ」


 背後から声が聞こえた。近くではない。


 振り返ると少し離れた何かの塔の天辺に暗殺者はしゃがみ混んでいた。


「オマエハ、ヤミヨニ、ツヨイヒカリヲミルト、カンタンニメガクラム」


 スロー動画で聞くような不自然な声だった。離れた相手は今は黒い塊にしか見えず、顔はもちろん手足さえ確認できない。

 爆発物。釘に酸。閃光弾。どうやらまんまとレンとアリエスーツは性能検査をされたようだ。そして暗視機能の弱点を悟られた。レンが今まで対したことのないタイプの敵だった。


「オボエタ」

「俺も憶えた。好みのタイプだぜ、


 レンはそう言って左手の鳥マスクをひらひらと振って見せた。


 これは賭けだった。正直、暗殺者の対応が早すぎて顔は殆ど見えなかった。若い女のような顎と唇。銀の髪。女かどうかすらの確信もない。


「コロス……!!!」


 暗殺者の纏う空気がざらりとぬめりを帯びた。身に付けた蓑の毛すら、ぞわ、と逆立ったように見えた。それは今までの仕事としての殺意ではない、憎悪の発露そのものだった。レンは自分の当て推量に確信を持った。


「やってみろビックリ人間!」


 レンはマスクを地面に叩きつけるように捨て、やや重心を落として両手で丁寧に剣を構えた。ダッシュからフェイントを入れてキックを繰り出し斬り払うレンの得意の連続技の準備動作だった。


 ぽつっ、とそのヘルメットに水の雫が落ちた。


 暗殺者も一瞬空を、降り出した雨を気にした。


 ぽつぽつと落ちた雫はすぐに小降りの雨へと変わった。


「……ジカン、カ」

「彼氏と待ち合わせか? お嬢さん」

「ワスレルナ。レン・アカバネ。キサマヲコロスノハ……オレダ」

「次は違うドレスでのお越しを御婦人。そのお姿はパーティーには場違いですので」

「セイゼイ、イキノビロ。オレニ、コロサレルタメニ」


 降りしきる雨の中、黒い塊は絵の具が水に薄まるように見る見る闇夜に溶けて拡散した。その気配は完全にレンの視界からもスーツの索敵範囲からも消えた。


 レンは構えを解くと、ふう、と息を吐いた。右手はぶるぶると細かく震えている。怖かったのとは違う。ギリギリの戦いを経て今だ身体が極度の興奮状態にあることをレンは改めて自覚した。レンは武器を量子化しエネルギー状態に戻すと、屋根瓦の上で雨に濡れる鳥のようなマスクを拾い上げた。


「……時間?」


 レンは不気味な悪寒を覚えて振り返った。

 そこには雨のそぼ降る闇夜の中に濡れた屋根瓦がどこまでも続いているだけだった。



 ***



「アリエレッド卿、名うての暗殺者を退ける。実力伯仲、勝負は痛み分け、か」


 蝋を刷り込んだ防水のマントに羽飾りの付いたとんがり帽子の人物はそう呟いて革の手帳に何かを書きつけた。


「今のは中々の戦いだった。いい叙事詩が出来そうだ」


 レンからは少し離れた屋根の出窓に腰掛けていたその男は立ち上がり、夜半の雨の中にその姿を消した。

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