変身

 エレレナンシュタトは苛立った。

 ようやく来た異界の英雄の、威厳のない態度に。

 何故こんな男なのだ!

 こうしてる間にも、友たちは、部下たちは、民草たちは邪悪に蹂躙じゅうりんされ命を散らしていると言うのに!

 ギリッ

 奥歯を噛みしめる音は、彼の憤怒ふんぬと理性との衝突の表象であった。


「名も知らぬ異界の英雄よ。

 戦況は逼迫ひっぱくしております。

 魔王の軍勢は総数恐らく二千余り。対する我らは民兵と王宮守護の近衛を入れてもおよそ千。魔術師を各隊に配し、強力な魔法でなんとか均衡を保っていたものの、魔術師とて無限に魔法が使えるわけではない。たった今西門が陥落したとの報せがあり、戦線を縮小して王宮に立て籠もる準備を進めている次第です」

「レンだ」

「……は?」

「英雄ってのはよしてくれ。ピンと来ない。名前はレン。苗字は赤羽」

「……分かりました。レン様」

「レンでいいよ。様はいらない。代わりに俺もエレンって呼んでいい?」

「お好きに」

「大体分かった。西門ってどっち?」


 エレレナンシュタトが、あちらです、と西門に通ずる通りを示そうと振り向いた時、丁度その通りから王宮目指して駆けてくる一団があった。先頭は革鎧の民兵、その奥に民兵を守るように時折振り返りながら走る白い鎧の騎士達の姿が見えた。


「遅かったか!」

 エレレナンシュタトは抜剣した。

 彼の両脇を傷付き、煤まみれになった五十人程の民兵が走り抜けてゆく。


「エレレナンシュタト卿!」

 エレレナンシュタトは駆けて来た壮年の騎士に名を呼ばれた。

「アベンスト伯! よくぞご無事で!」

「早く城に入られよ。敵はどうやら西門が本命だったらしい。望楼からの報告では西門を襲った妖魔はおよそ千。騎士も兵たちも良く戦い数を減らしはしたが支え切れなかった。無念だ。さあ、城へ。陸関は落として来たが時間稼ぎにしかなるまい。奴らはすぐここに雪崩れ込んで来るぞ」

「それには及びません。私はここに残ります」

「何を言う! あたら命を散らすが騎士道ではないぞ!」

「ヴァーバレリ卿が死にました」

「……!」

「奴とは親友だった。あいつ一人での冥土の道行きは心許こころもとないかと存じます。一匹でも多く、奴らを道連れにして……」

「お話中申し訳ないんだけどさ!」


 エレレナンシュタトとアベンストの会話を、レンが遮った。

「あんた達の仲間に、妖魔の姿の人はいるの? 人間だけ? 逆に魔王の軍勢には人間もいる? 妖魔だけ?」


 全くなんなのだこの男は!

 エレレナンシュタトが怒鳴り付けようと息を吸い込んだ瞬間、

「エレレナンシュタト卿、この方は?」

 アベンストがそう質問した。

「こちらは……レン・アカバネ殿です。コモナトラ・ハイロルにより異世界から参られた」

「なんと! 失礼つかまつった異界の英雄よ。私は……」

「あーもう、そういうの後! 時間ないんでしょ質問に答えてよ! 妖魔は全部敵って理解でいいの⁉︎ 味方の獣人とか敵の人間とかいないのね⁉︎ 」

 レンは子供のように怒った顔で、強い剣幕でそうアベンストに迫った。

「え、ええ、仰る通り。この聖都には味方は人間だけ。魔王軍は全て妖魔で妖魔はあまねく我らの敵です」


「分かった! そんだけ分かればここからは──」


 異世界の英雄はジャケットの左右の袖を手繰った。そこにはエレレナンシュタトが見たことのない大きな細工の付いた腕輪をしていた。


「──取り敢えず俺が受け持つ!」


 その時、通りの向こうから魔物達の雄叫びや武器と武器を打ち鳴らす音、かなりの人数の足音などが風に乗って聞こえて来た。

 風は強くなっているようだった。


「何をなさるおつもりです! いかな異世界の英雄とは言え相手は千! たった一人で出来ることなど! ……それにレン殿は武器も鎧も……」


「アリエチェンジャー!」


 レンはエレレナンシュタトの問い掛けを無視し、左の腕輪の細工に触れた。するとその細かな細工が光を放ち、

『システムブート・スタンディングバイ』

 と異様な声で喋った。

 それに驚いたエレレナンシュタトだったが、次に起きた事には更に驚嘆した。


「アリエチェンジ‼︎」


 叫んだレンは大きな動作で腕を前方に差し出すと腕を交差させるようにして左右の腕輪を接触させた。それが合図であったかのように腕輪から大量の光の粒子が溢れ出す。


 それは空中で渦を巻くと複雑な光の紋様をレンの身の回りに描きながら、彼を包み込むようにその身体に張り付いた。

 一層のまばゆい光が異界の英雄から発せられ、エレレナンシュタトもアベンストも思わず手をかざして目を細めた。

 炸裂する光芒。初めて聞く異界のメロディ。何かが爆発するような音。


 エレレナンシュタトが恐る恐る目を開けるとそこには真っ赤な男が立っていた。


 つるりとした兜、身体に密着した素材の分からない衣服、胸と肩周りのみに、僅かに鎧らしきプレートが見受けられ、それらのいずれも輝くように赤かった。


 異形の姿だったが、その堂々たる出で立ちにエレレナンシュタトは戦士としての貫禄すら感じた。


「異星戦団! アリエンジャー‼︎」


 剣を持たない剣舞のような身振りと共にそう名乗りを上げたレンだったが、すぐにその型を解くと、少し首を傾げて言った。


「やっぱ五人じゃないと決まんないな」


 通りを埋め尽くすようにしながら、魔王の軍勢が広場に踊り込んで来たのは、正にその時だった。

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