そして僕は、ベストエンドを目指してRPGをプレイする


 セカンド・ランドは、未だほとんどの地域が未踏、未調査である。


 その最奥。

 亜熱帯の気候と植生を背景に持つ、白の洋館があった。


 付近に生きる凶暴な魔獣も恐れて近寄ることが無いその建物だが、見た目はつつましく、庭木には清潔感すら漂わせる。


 そんな館が、片開きの扉から軽い軋みを伴って女あるじを外へと送り出す。

 彼女に、木々も逃げ出すほどの妖気を纏った男を迎えさせるために。



 一見、ぼろの羽織いに見えるワンピース一枚をつけた女性の視線の先にあるのは、黒のビロードマントに身を包んだ筋骨隆々な男。


 その牙を剥きだしたまま口で喘ぐ男は、女を見るなり、相好を崩しながら地べたへと身を投げ出した。


「だあー! 疲れたぞベリエル! なんでこんなに遠くまで引っ越したんだよ!」


「ガルフ伯爵……。サード・ランドとの人の出入りが激しくなった。もの好きに発見される。心配」


「だからって遠すぎ……? こらてめえ! じろじろ見てんじゃねえ!」


 遠く離れた木の陰に、いや、木などで隠しおおすこともできぬほど巨大な鎌首を七つもたげたヘビは、ガルフと呼ばれた男の発した妖気を身に浴びるだけで、見る間に離れて行く。


「……乱暴。せっかく、豪勢な夕食になると思ったのに」


「肉ばっか食ってんじゃねえ。血がまずくなる」


「ああ、それ。また血行が悪くなった。吸いだす、お願いする」


「肉ばっか食うからだ、元・人間」


「血を作るには肉を食う。現・魔族としては当然、思う」


 疲労困憊。

 数千もの木偶デクを生み出して使役した後で、飲まず食わずのマラソン大会。

 黒マントの男は、それでも友の頼みを叶えてあげようと重い腰を上げる。


 だが、不快な後輩が木靴の音をけたたましく鳴らして屋敷から飛び出してくると、途端に天を仰いだ。


「ガルフ様、お帰りなさいませ! きゃーっ! グロッキー! すっごい面白い顔してますぜ? きゃはははは!」


「うるっせえ! どこから見られてるか分かんねえから、外じゃ雰囲気作れっていつも言ってるだろうが! ちっとはこいつを見習ってくださいお願いします!」


「えー? ベリエル様、雰囲気作るってよりか、ただの天然なんですけどー」


 どこから入手したのやらゼロ・ランド製のヴァイオリンを、その価値も分からずブンブン振り回す女にまとわりつかれつつ、黒マントの男は、虚ろな表情をぼうっと空へ向けたベリエルと呼ばれた女へと近付く。


 そしてその首へ牙を突き立てようとしたところで、ワンピースの袂から飛び出した鋭いアッパーが腹を穿ち、そのまま体ごと持ち上げられた。


「ぐほおっ!? 何すんじゃコラ!」


「……首、ちがう。肩が凝っている。でも、首の血が止まる前兆。頭に血が回らなくなるたび、人間だった頃の記憶、よみがえる。あれは嫌。怖い」


「俺が怖えんだよあれ見ると。いいからから降ろせ。…………なんだそのツラ」


「……乙女。怖い呼ばれたら、相手を半分に割っていいルール。…………ある」


「ねえよどんな世界にも! 悪かった! ったく、魔族のくせになんて凶暴なんだお前さんは……」


 やれやれと、大きなため息をついた黒マントの男は地に降ろされると、ワンピースの女がちょいちょいと指差すあたり、肩口へと噛みついた。



 ――何世紀も前から世に存在し続け、死しても異なる姿で生まれ変わる魔族。

 その歴史は、一方的な迫害の記録と同義であった。


 身を守るための正当な反撃は、官軍にとっては魔族による非道なる暴力。

 これが奴らのやり方だった。


 だから、心優しき彼らの長は、二度も剣を掲げてくれたのだ。


 ……まあ、その心優しき長とやらが二度目の戦争中、偶然目にしたゼロ・ランドの文化のせいでおかしなことを言いだしたわけなのだが……。



「そういや、ベトーの小僧は元気にしてるのか?」


「……たった二百八十歳なのに、見た目、私たちよりおっさん。ダークエルフに肩入れしてる。……我らが勝利した暁には、半分に割る」


「可哀そうなこと言うなよ。あいつだって仕方なく降ったんだろ? 許してやれ。……酷い目に遭ってなきゃいいんだけど」


 ガルフの黒マントで肩口の出血を押さえたベリエルの表情は変わらない。

 だが、そこは長い付き合いだ。ガルフは、彼女が不服そうにしていることに気が付いていた。


「そんなツラすんな。あいつも、ちゃんとシナリオ通りに動いてくれたんだろ?」


「……そうでもない」


「マジか、ひでえな。……ったく、フェアリーに転生した下っ端連中も好き勝手してやがるし」


「すべてが、シナリオから少しずつ外れている。……そして、小さな歪みがとうとう修正不能、ひどい結果、招く。ゲートが開いたまま残ってしまった」


「ほんとだぜ! あれ、どうすっかね。……ヴァリィ、次にゲートの縮退魔法使えるの、二百年ぐらい先なんだよな?」


 ガルフが首を巡らせる先。一キロほども離れ、森を押しつぶして地に伏している赤竜は、肯定の意味を表すために三重構造になっている瞼をひとつ閉じた。


 その返事が生んだ小さな風にワンピースをはためかせたベリエルは、服の内に手を突っ込み、中からなめし皮の分厚い本を取り出してページを捲る。


 するとガルフは舌打ちしながら悔しそうなうめき声を上げた。


「しまった。また見てなかった……。それさ、どうやって持ってるんだよ」


「乙女、秘密を抱える。それを覗き見ようとする輩は……」


「半分に割らないでくださいお願いします」


「…………考えとく。それより、この本の通りゲート使用不能に、必要」


 ベリエルが重く本を閉じると、ガルフはため息と共に肩をすくめる。


「どうやって? ゲート街でも占領する気か?」


「手段、考える。……それ、我ら十三魔剣の使命」


 めんどくせえと大声を上げて、花畑に大の字で倒れる黒マント。

 その脳裏に、在りし日の魔王様の姿がよみがえる。



 ――魔王様は、急に言い出した。

 曰く、ゼロ・ランドにはRPGなる面白い文化があると。

 そのマスターをやってみたいと。


 戦争中だというのに毎日のようにシナリオを書いて、物書きの得意な文官タイプの魔剣の一人に飲まず食わずで手伝わせて。


 挙句に、めちゃめちゃ面白いシナリオを書けたから、その主人公をやりたいと言い出して。

 しかも、お前たちがキャストをやれと言い出して。



「ああもう!! さすがに嫌になって来た! このカビくせえマント、もうヤダ!」


「……情けない。ベストエンドへたどり着くまで、我慢」


「ちきしょう! そりゃ魔王様は楽しいだろうさ! シナリオ忘れるためにわざわざ転生までして楽しんでるんだから! でも、ぜんぜんこれ通りに事が運ばねえじゃねえか!」


 土煙を上げて暴れるガルフを見下ろしていたベリエルが、本の表紙を手でなぞる。


 確かにおかしい。

 キャストは各所に散らばっていて、シナリオ通りに動いているはずだ。


「付き合わされて転生させられた連中のせいだ! シナリオも忘れちまってるからこんなことになるんだろ? 本人たちも気付かずに遊んでやがって! 俺もあっちが良かった!」


「……愛しのジュエラロゥドスタット様も、大魔法を放てるなどさぞ気持ちよかったことだろう。ハシガミも楽しそう。だが、それらはすべてシナリオ通り。……シナリオと異なることばかりする者と言えば……」


「もういい! ちきしょう、こんなことでベストエンドまで無事にたどり着けるのか?」


 意味のない事と自覚はあれど、にらみつけずにいられない。

 そんなガルフの視線を冷たく受け止めたまま、ワンピースの儚げな少女は、ぽつりとつぶやいた。


「……RPGの醍醐味、必ずベストエンドに辿り着かないという事。バッドエンドになることもある」


「やれやれだ。……まあ、魔王様は楽しそうにしてたし、俺もちょっとはベストエンドとやらに向けて頑張りますかね」


「また、シナリオ修正。このタイトル通り、ベストエンドへ導かねば。……ガルフ伯爵、手伝え」


 ため息の後、それでも笑顔を浮かべて立つ黒マント。

 彼と、ヴァイオリン弾きを伴って屋敷の扉を片手で開くワンピースの女。


 そんな彼女が胸に抱える本には、古来からサード・ランドに暮らす彼ら魔族の文字で、こう記されていた。




 『ゼロ・ランドを魔族のものにする物語!

  ちゃちゃっと征服しちゃうわよ! 編!』




 ††† ††† †††




 四方の壁から注ぎ落ちる暖かな光が広い室内を照らし。

 床一面に広がるお花畑に蝶々が舞って、四季無きファースト・ランドに春を告げている。


 小川のせせらぎ、小鳥の合唱。

 そんな、キラキラ眩しい部屋には、沢山のお野菜が並べられていた。


 キャベツにニンジン、プチトマトにエシャロット。

 ここは、春の妖精が舞い降りた台所。


 そんなキッチンに三つ並んだピンクのエプロンは佳人かじんの証。

 あたし達、『超料理佳人三姉妹』!


 さあ、幻のプリン・ア・ラ・モードが待つ部屋への鍵が欲しければ、あたし達とお料理で勝負よ!



「…………さ、さあ! あたし達の中で、誰を対戦相手に指名するの?」


 金髪のアセロラ・ピンクがひきつった笑顔でお玉を振りかざせば。


「こ・ん・ど・こ・そ・ま・け・な・い・ん・だ・か・ら」


 銀髪のアプリコット・ピンクが目を逸らしながらセリフを棒読みだ。



 …………ねえアーシェ。あと、ジュエル。



 ちゃんとして。



「ならば、アセロラ・ピンク殿を対戦相手に選ぼう」


「また!? いやーっ! たまにはアプリコット・ピンクちゃんを選んでよ!」


「いやん! そしてこちらも、またリーダーが出陣するわ!」


「いやだ! 俺はもう嫌だ!」



 おかしいな。

 もっとこう、可愛い雰囲気の中でも熱い戦いを繰り広げ。

 そして熱い戦いの後、敵ながら友情が芽生えていくというストーリーだったはずなのに。


 …………なんで芽生えないんだろ、友情。


「いやー! リーダーの料理、こげっこげなんだもん!」


「俺だって五杯もカップラーメンばっか食わされて、もう限界なんだよ! ここに並べられた野菜たちに謝れ!」



 あ。



 理由、わかった。

 BGMがちょっと合ってないんだ。


「いやん! ジュエルとアーシェのエプロン姿が可愛いの!」


「……それ。大河君の趣味?」


「…………僕としては、ペパーミント・ピンクちゃんが好み」


 めちゃめちゃ似合う。可愛い。

 よだれ掛けみたいなエプロンをしたコボルドのペパーミント・ピンクちゃん。

 三人娘のセンターは、彼女しかいない。


 せっかく中華料理の特訓したんだ。

 彼女の絶品ホイコーロー、食べて欲しいんだけど。


 そんな僕の思惑通りには事が進まずに、敵役のアーシェはカップ焼きそばを手にして、リーダーは不器用にキャベツを刻みだした。



 ……アドリブかな。

 それ、合体させて美味しく食べる気なんだね。


 すごい。

 マスターのシナリオを越える、新たなシナリオがキャストとゲストさんの手によって生み出される瞬間。


 背筋に電流が走る。

 これがあるからやめられない。


 僕は、RPGマスターとして、まだまだ半人前。

 君たちキャストと、ゲストと一緒に成長しよう。


 そして、みんなで創るRPGを目指そう。



「…………そう、期待してたのに」


「ん? どうしたのだ、大河」


「あの、お湯を入れる前に液体ソースを投入したバカは後でお仕置き」



 ――あれだけの大冒険を体験して。

 いざ自分がRPGを作ろうと思っても、萎縮しちゃうもの。

 あの興奮は、緊張感は、再現できない。


 あれを書いたマスターには到底勝てない。


 だから、今はこういうのしか書けない。

 書きたくない。


 これは、リハビリなんだ。


 今回は、グルメRPGのスピンオフ。

 お料理RPG。


 前回は、お伽噺のパロディーRPG。

 川を流れてきた桃を剣で割ったら、中からケチャップで血まみれを装ったコボルドが飛び出して、恨みを込めてナタを振りながら襲って来るシーンが大好評だった。



 ……いいじゃないか。


 笑いに満ちた作品だって、RPGはRPG。


 自分が、自分ではない誰かを演じて楽しむことが。

 ロールプレイすることが出来るならば。


 それはすべて、RPGなんだ。



「てめえ! アーシェ! こんなまずいの、点数なんか付けられるか!」


「リーダーのだって塩振り過ぎ! あとコショウも……、いーっきしょ!」



 …………ロールプレイ、してないじゃん。

 まだ、もうしばらくはリハビリが必要かも。



 とは言え、今日も僕のダンジョンは。


 笑いと。

 絶叫と。


 ……そして身も焦がすような恐怖と驚き。



 どうやら、そんなものに満ちあふれては、いるようだった。




 ††† ††† †††


 


 いつもの階段に。

 いつもの後頭部のフカフカ。


 RPG後のにぎやかさが手を振って帰っていくこの瞬間。

 満足な気持ちが、その中に浮かび上がる寂しさを浮き上がらせる。


 ずっと続けばいいのに。

 お祭りのような時間が、これからもずっと続けばいいのに。



「はーーーーー。疲れたし恥ずかしかったけど、面白かったわね!」


「…………うん」


 面白かった。

 過去を表す言葉。


 でも、アーシェはそれを楽しそうに言う。

 どうしてだろう。

 終わってしまったというのに。


「あれ? 大河、なんか元気なくない?」


「…………終わってしまった。なら、寂しそうに言うものかなって」


「はあ!? バカね、大河は!」


「それを、ソース先入れバカに言われても」


「毒っ!」


 怒ったアーシェが上から覗き込むように顔を寄せて来る。

 すると、金の糸が僕の髪と混ざった後に、肩から滑り落ちて。

 胸の辺りでその毛先を弄び始めた。


 僕をバカと呼んだ意味は言わずに、怒り顔をあっという間に笑顔に変えて。


 そして、小さなため息を漏らした後、こんなことを呟いた。


「…………あたし、小さい頃に思い描いていた人生とはずいぶん違うものを歩いてる気がする」


「ふうん。…………どう? こっちの人生」



 僕の返事をどう感じたのか、それは非常に分かりやすくて。

 肩から胸の前に落とした両手を、ぎゅっと抱きしめながら……、ブレスレットから小さく幸せそうな音を鳴らしながら、言葉にしてくれた。



「最高! ドキドキして、ワクワクして! ねえ大河。RPGって、最高だね!」



 …………良かった。


 頑張った覚えなんかないけど、頑張った甲斐がある。


 最高。つまり、ベスト。

 ひとまずは、誰かさんの書いたエンディングよりベストなエンディングにたどり着いたわけだ。



 これからも、きっと誰かさんの書いたシナリオは続く。


 でもね、例え誰が書いたシナリオだろうとも。

 僕はそれを越えるものを書く。



 いや違った。



 もう、書いてあるんだった。



 まったく覚えていないけど。

 かつての僕は、一年かけて、そのシナリオ通りに事が進まないよう伏線を準備したんだろうね。


 杖。

 ブレスレット。

 時を止める魔法。

 そして、このダンジョン。



 …………まったく覚えていないけど。

 でも、どうしてそんなことをしたのかは、良く分かる。




 きっと転生前も、今も、同じ気持ち。

 僕はただ、君と過ごす、こんな時間が欲しかったんだ。




 ――さて、君が書いたRPGは。

 どんな未来を準備してくれているのかな。


 そして僕は、それを回避するための伏線をどこに仕込んでいるのやら。



 毎日、伏線に気を付けて。

 きっとたどり着いてみせるよ。



 そう。


 僕と魔王様との、ベストエンドに。





 終劇


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僕のダンジョンは、モンスターへのお触りが禁止となっております 如月 仁成 @hitomi_aki

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