誰だよファンブル出したの。あれ倒すの、無理よ?


 今週は、アーシェとジュエルのパワーアップ週間。

 そう銘打ってE3DRPGアンシラリー・リアル・ロールプレイングゲームに挑んでみることにしたのはいいけど。


 沢山のキャストにスタッフ。大規模な仕掛け。いくら日本とサード・ランドからかなりの補助金が投じられているとは言え、それはそれはセレブなお値段。

 本日開催予定のRPG、その参加費はどれもこれも随分と予算オーバー。


 ……そんな中で渡りに船。


 三時間制限という規格外な短さながら参加費タダという作品を、偶然セカンドランドに来ていた橋上はしがみさんから紹介されて、手持ちの武装を引っ提げて挑んでみた。


 魔法使いの杖を持ち、蹴られるのが怖いから泣く泣く前を歩かされる僕。

 その前衛を、いつでも紅蓮の炎で焼く気満々の白魔道士が中央に。

 そして後衛に、一番武器らしい武器を腰に下げた見学気取りの人が続く。


 クリアする気、皆無のパーティー。

 しかし参加費無料というわりに、シナリオは実に面白く……、そして僕のダンジョンの欠陥が浮き彫りにされることとなった。



 ――指定されたスタート地点にはコボルドがいて、彼の案内で冒険は始まり。


 コボルドに襲われ、これを倒し。

 困っていたコボルドを助けて、その子を悩ませていたコボルドを倒す。

 すると、その姿に感銘を受けたコボルドが仲間になり、ちょっとしたコボルドとコボルドの諍いがあったかと思うと、気まずい関係のままでコボルドに襲われたコボルドが命を落とし。

 そして残されたコボルドは滂沱に暮れるという……。


「…………僕のダンジョン、改善点が分かった。帰りにゼッケン買って行こう」


「そうね。さっき演者さんがスルーしてくれたけど、私間違えて仲間になったばっかりの子を切りつけちゃったわよ」


「…………別にいいんじゃない。しれっと代役に代わってるし」


「うそ!? 気が付かなかったわ! 今一緒にいるの、さっきと違う子なの?」


 にぶいなあ、アーシェ。

 驚くほど頻繁にキャストが入れ替わってるのに。


 そんな僕らのやり取りを、知らぬ存ぜずでほふほふ言いながら歩くコボルド。

 彼を追いかけてちょっと深い森に入ると、そこではコボルドが足に噛みついて動けなくなっているコボルドがコボルドに襲われそうになっているところをコボルドが助けようとしていた。



 …………ああもう、頭痛い。



 しかもトラバサミくらい小道具でなんとかならなかったのかしら。

 ワナ役の彼が不憫。



 でも、ゼッケン問題だけじゃなくて、正直大したものと感心。

 文字の案内、解説、言葉も無しに、ちゃんと物語が伝わってくる。

 気付けば楽しくストーリーにのめり込んでいる僕がいる。


 僕のダンジョンも、元々は同じ条件。

 キャストはコボルドだけだったのに。

 ところどころで僕はゲストに解説したし、文献や案内板で説明を入れた。


 それに引き換えこれはどうだ。

 まったく言葉が無いと言うのに、ドラマがある。


 普通のRPGを遊ぶよりも遥かに実りがあったかも。

 そう思いながら愛用の杖を構えて走り出したら、ジュエルに止められた。


「待ちなさい、坊や。……さっきから気になってたんだけど、その杖、一体どうしたの?」

「…………橋上さんから貰った。マスターになった時、お祝いにって」

「ふうん……。そんなレア・アイテムを壊す訳にいかないから、坊やは後ろにいなさい」


 今までやる気なかったくせに。

 ジュエルは剣を抜きながら僕の肩を叩くと、あっという間にコボルドを三体切り伏せた。


 …………はい、アウト。


「ちょっとジュエル! 何やってんのよこの冷血バカ!」


「なにようるさいわね、熱血バカ」


「三人倒しちゃダメでしょ? 困ってたのは二人! 悪者は二人!」


 ちがうよ? 一個はトラバサミと思ってあげて。


 …………というか。無事なのはトラバサミ役の彼だけなんだけど。


 すいません。

 これはどうしましょう、お師匠。


 想定外の事態に脂汗を浮かべて固まるパーティーメンバーのコボルドを見つめていたら、藪の中に逃げ込んだ。

 そして、明らかに顔かたちが違うコボルドが藪から出てくると、トラバサミにかじり付かれたままのコボルドに駆け寄って、なにやら介抱し始めた。


 …………ジュエル、そのやるせない顔やめて。

 君がキャストさんを困らせた結果なんだから、ちゃんと乗ってあげて。


 ゲーム開始から二時間半。

 そろそろ夕闇が迫り始める。


 これだけ構成が上手いマスターの作るRPGだ。きっともうすぐクライマックス。

 このあたりでもたつくとタイムオーバー。


 僕らは、やっと気絶から回復してくれたコボルドが怯えながら指を差す方角へ足を進めた。

 この先にラスボスがいるんだね。

 さあ、物語はどんな形で終わるんだろう。

 ひと捻りあるのかな。


 ……でも、期待ばかりもしていられない。

 だって、一つ、気がかりなことが起こったから。

 大きめの葉で塞がれた行く手を踏み分け始めた時、ふと気になって振り返ると。

 足音も聞こえていないというのに、コボルドたちの姿がどこにも見えず。

 淡い光の球がコボルドの人数分だけぷかりと宙に浮かんで、儚く消えたんだ。


 これは演出なのか、はたまた現実なのか。


 怖い。

 でも、どうにも度し難い。


 ……この先に待ち構えるモノがなんなのか。

 今の僕には興味しか沸き上がって来ないなんて。




 ††† ††† †††




 …………いるじゃん、キャスト。

 僕が作るダンジョンとまったく同じ。

 ラスボスは、多分サード・ランド人。


 やたらと植生の濃い森に難儀しながら歩いていたら、急にぽっかりと開けた広場に飛び出して。

 後方に下がっていた僕の制止も聞かずに、猪突型の二人がブーツのかかとを高らかに鳴らしつつ飛び出した。


 そんな広場に背もたれの高い椅子を持ち出して、深く腰を下ろす黒マントの男。

 ちょっとシチュエーションにセンスは無いけども、雰囲気は十分。

 夕闇に長く影を落とす椅子が不穏な雰囲気を作り上げている。


 そんな、随分と貫禄のあるラスボスをびしっと指差して、アーシェは叫んだ。


「あなたね! コボルドたちのご飯を独り占めにしてる悪党は!」


 …………アーシェ。ねえ、アーシェ。


 確かに無声映画のようなものだったけど。


「…………君の解釈、そうとう頭おかしい部類」


「毒っ!? ちょっと大河! あんたもマスターだったらクライマックスに水差さないでよ! せっかく盛り上がって来てたのに!」


 うん、そこはゴメン。


 でも、僕らの茶番に合わせる必要も無しと解釈したのかな。

 黒マントさんは芝居を続けてくれる様子。

 ゆっくり、威厳を持って立ち上がると……、なぜか恭しく僕らに膝を突いた。


 ……お。

 これは想定外。

 一体どんなシナリオなんだ。



「……閣下には、ご機嫌麗しく。ご健勝、心より嬉しく思います」


 この展開、黒幕は実は僕らでしたってパターンか。

 きっとこの後の説明ですべてのシナリオがひっくり返るんだろうけど。

 まったく想像つかないや。


「ちょっと! 何言ってるの? 誰が閣下よ!」


 うるさい。

 少なくとも、君じゃないから引っ込んでて。

 僕の名前でゲームの申し込みしたから、閣下は僕。


 …………でも、ラスボス顔で勝負する気なら君に譲ろう。

 だってこのキャストさん、実に非の打ちどころのないラスボス顔してるし。


 彫りの深い、少し険のある目鼻立ちに血色の無い磁器のような肌。

 さらりと落ちた鬢髪びんぱつもなまめかしくて、色気すら感じる。


「そもそも何がご機嫌麗しく、よ! あんたと会ったことなんか無いっての!」


「お会いしていますとも。…………十八年前になりますが」


 あ。

 ぼけっとしてたらほんとに閣下役取られた。


 でも残念。このセリフは痛恨のミス。

 見た目で判断しちゃったかな。

 アーシェも心底残念そうに、キャストさんのミスを指摘した。


「あちゃあ! ……惜しいわね、おじさん。突っ込むべきじゃないと思うけどゴメンね! あたし、十七! 生まれた時に会ってるってシナリオだったんだろうけど……」


「いいえ、間違っていませんよ、閣下。……最後にお会いしたのは、間違いなく十八年前の新月の夜です」


 

 …………どういうこと。

 アーシェばかりか、ジュエルもいぶかしんで眉根を寄せて僕を見つめるけど。

 分からないよ、僕にも。


 芝居なら実に面白いけど、本気とも取れてしまう彼のセリフ。

 虚構、現実。一体どっちなのか。


 ……そう考えただけなのに。

 口になんかしていないのに。


「少年よ。その問いは意味を成さない。人は皆、本気で芝居を演じる役者でしかないのだから」


 そう言いながら微笑む男の口に、不自然なまでに白く光る犬歯。

 ……いや、あれはもう牙と呼ぶにふさわしいサイズ。


 心を読まれたことも相まって、おぞ気に思わず身震いがした。


「……例えば、朝に洗顔する者、しない者といるわけだが。最初は、母親の模倣だったはずでは無いのかな? ……そう演じると、客である母親が喜ぶ。だから顔を洗う者は、そう演じ続けているだけなのではないかね?」


 ……なるほど、面白い。

 もはや本気でもシナリオでもどっちでもいい。

 ここは、真剣に問答に臨みたい。


 僕が手にした杖を地に突いて、真っ向から受け立つ意思を表すと、男は細身に似合わぬ隆々とした腕を胸に組んで相好を崩した。


「…………じゃあ、あなたは人生そのもの、すべて芝居って言いたいの?」


「すべてかどうかは知る由もないが……。少なくとも君は、桜ヶ丘さくらがおか大河たいがという生き物を演じているだけの別人だ。だから、敢えて言おう。E3DRPGアンシラリー・リアル・ロールプレイングゲームなる遊びは、人生という舞台で行えばいい。……君は、なぜこんなものに参加する?」


 おお、深い。

 まさかE3DRPGアンシラリー・リアル・ロールプレイングゲームのシナリオの中で、それ自体を否定するなんて大胆な。


「…………そんな暇があったら、世界を手に入れるために立ち上がるべきでは無いのかね? ……君と、君の仲間には、それだけの力があろう?」


 なるほど、突拍子も無いし、なんでこんな問答になったのやら脈略も無いけど、面白いシナリオじゃないか。

 マスターさんと会ってみたいな……。


 このセリフに、ぐらつく人がたくさんいるだろう。

 膝を突いて頭を抱える人すらいるかもしれない。



 …………でもね。


 RPGのマスターが、この舌戦に膝を屈するわけにはいかない。



「おじさんの言う通り、人は誰でも、他の誰かを演じていると思う」


「そういうことだ。だから君たちは、現実を打破するというシナリオを……」


「でもね、違うの。欲しいものが例え世界だったとしても、そのために現実世界で無茶をやる人でも、RPGをするの」


 僕の返事に、息を飲んだのはおじさんだけじゃない。

 アーシェもジュエルも、身じろぎ一つせずに僕を見つめてる。


 ――RPGは、それをやめた時に自分が積み上げてきた現実世界のセーブポイントに戻る。

 確固たる、帰る場所があるから羽目を外して誰かの人生を演じることができる。


 ……それが、冒険の少ない現実を生きる人の考え方。


 でも、E3DRPGアンシラリー・リアル・ロールプレイングゲームを楽しむ皆さんは、冒険的な人生を歩いている方が多いんだ。


 そんな皆さんが、どうして高いお金を払ってまでRPGをプレイするのか。

 答えはいたってシンプル。


「…………RPGは、楽しんでもらうためにマスターが作るから楽しいんだ」


 あなたの意見は、ゲストの皆さんには届くかもしれない。

 でも、キャスト、スタッフ、RPGを作る側の僕らには響かないよ。


 現実とRPGの決定的な違い。

 それはエンターテインメントであるか否かという事。


 ……そんな僕の答えがお気に召さなかったのか、男は深い皺を眉間に寄せて、待てと身振りで訴える。


「……人生とて、冒険を経て手に入れることが出来るものが多かろう。なにも、慣れ親しんだ茶葉を毎日口にする必要はあるまい。時に冒険してこそ、真にかぐわしき逸品と出会えるものだ」


「そんなギャンブルできないわよ! 失敗だった茶葉はどうするのよ!」


 うわ、急に割り込まないでよアーシェ。

 金髪ツインテを振り乱して食って掛かってるけど、すっごいじゃま。


「…………失敗だった茶葉など、捨て去ればよかろう」


「もったいないわね! お茶なんて高級品をほいほい捨てたりして! 国のお母さんがどれだけ苦しい思いでそんなに大きくなるまで育てたと思ってるのよ!」


「ちょ、黙ってて、イナカもん」


「イナカもんゆーな! あたし、間違ってること言った!?」


「合ってるけど、イナカもんはあっちに行ってて」


「毒っ!」


 得意の地団駄で憤慨してるアーシェの肩を叩いてどうどうとなだめていたら、ジュエルが僕の言いたい事を引き取ってくれた。


「まあ、そこの貧乏イナカ王女が言ってることはともかく、美味しい茶葉を探すこと自体ホビーなのよ。それを人生と同義になんか置けないわ」


「そう。美味しい茶葉を手に入れることが出来るかどうかという結果じゃなくて、その過程をどれだけ楽しむことができるかってこと」


 おじさんの眉間の皺がさらに深くなる。

 でも、なんだろう、これ。

 言い負かされて悔しいっていう表情じゃなくて、困ってる感じだけど。


 まあいいや。

 問答は、僕の勝利で締めようか。


「……E3DRPGアンシラリー・リアル・ロールプレイングゲームも紅茶探しも一緒。ハッピーエンドが約束されてるわけじゃない。でも、そこに至る過程が楽しいんだ。RPGに至っては、その過程を楽しんでもらうために僕らは身を削ってシナリオを書くんだ」


 だから、みんなRPGにはまるんだ。

 僕が地に突いていた杖を抜いて小脇に抱えると、アーシェとジュエルが両脇に並んで力強く頷く。


 この勝ち名乗りに対して、ラスボスの彼はマントをばさりと翻した。


「……私も負けず嫌いなものでね。お前たちの言うには、例えバッドエンドが待っていたとしても、その過程を楽しむわけだな」


 おっと、この流れでバトルか。

 慌てて武器を構えると、両脇の二人も腰を落とす。


 でも、彼はマントでゆっくりその身を包みながら、重々しくセリフを続けた。


「ならば、私が君たちに抗う事の出来ないバッドエンドを提供しよう。……せいぜい、その過程を楽しみたまえ」


 男のマントが、その頭まで覆い隠す。

 すると、まるで男がしゃがんでいくようにマントはそのままゆっくりと落ちて、最後には地面を平たく覆ってしまった。


 ……転移術。とは思えない、悲しいマスターのさが

 あの足元に隠し扉があるような気がしてならない。


 でも、それを確認しようとも思えない異変が僕らに襲い掛かった。



 ……バッドエンド。

 そう、彼は言った。



 これがRPGの演出だと感じていたのは、きっと僕だけじゃなかったはずだ。

 アーシェも、ジュエルも、ほんの一瞬前まではそう思っていたはずだ。



 そんな僕らに突き付けられた現実が、いや非現実が、天空から響き渡る。


 野太く、雄々しく、耳にした者が例え魔族であろうとも、抗う気すら湧かないほどの咆哮。


 見上げれば、夕闇に浮かぶ三つの月。

 セカンド・ランドに浮かぶ、白、赤、金。

 そこから響き続けるギャラルホルン。



 セカンド・ランドを知る者のうち、一体どれだけの人がその事実を知っていたのだろうか。


 赤い月の表面が、皮を剥ぐように開く。

 その皮が巨大な二枚の翼を形作るにつれ、翼に隠されていた胴体に巻き付いていた首が伸び、尾が伸び、太い足が伸びる。


「ちょ…………。あ、あれ…………」


「おしゃべりなあなたでも、言葉を失うことがあるのね」


「だだだだだっ! だってあれ! でかい!」


「…………そこじゃないよ。イナカもんじゃ知らないだろうけど」


「イナカもんってゆーな! なにあれ!?」


 もちろん、その名で呼んでいいものかどうかは分からない。

 でも、ゼロ・ランド人なら全員がその名で呼ぶことだろう。


 月と勘違いしていたほど巨大なそれは。

 僕らの知識の上で、最強種であるその生物の名は。



「…………ドラゴン」



 その破壊の象徴は、ファースト・ランドへ繋がるゲートへと降下を始めた。


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