そして誰かの書いたシナリオが、僕の物語を華やかに彩る


 地下迷宮の最奥、玉座の置かれた広間には数えるばかりの燭台に照らされた四人の姿があった。

 疲労困憊、肩で息をつく四人だったが、未だに最後の気力を振り絞って武器の切っ先を暗闇にしっかりと向けている。


 このパーティーは今まで数々の魔物を屠り、その名も大陸に轟くほどに至った。


 ……だが、この日この時、彼らは否応なく知ることになった。

 自分達が相手をして来た魔物は、将軍クラスの魔物から見捨てられた程の小物だったということを。

 そして、その将軍クラスの魔物を歯牙にもかけない『絶対悪』が存在するということを。



 全力どころか、全力の数倍を出し切り、今にも膝を突きそうになった少年少女。

 しかし彼らの必死は無駄ではない。

 小さいながらも確実な一手を敵に叩き込んでいた。


「て、手ごわかった! だがこの聖剣で切りつけたんだ! その傷がきっかけとなってお前の体は浄化される! 勝負あったな、魔王、デモンズ=ハート!」


 剣を握る腕も疲労に震える男が呼ぶに任せ、暗闇をぬるりと割りつつ姿を現す黒マントの魔王。

 これをばさりと翻して覗いた細腕には、確かな紫色の筋が一つ走っていた。


「ふむ、確かにこれは良くないな。不愉快な痛みだ。……だが貴様たちとの戦いはなかなか愉快だったぞ? また後日、我を楽しませるが良い」


 落ち着いた物言いと共に、魔王は自らの腕を引きちぎる。

 そして舞い散る鮮血を隠すかのように肩をマントに引き入れると、再び現れた元通りの腕には傷一つ付いていなかった。


「いやん! うそでしょ! 不死身なの!?」


「腕を切ったくらいでは倒しきれんのか」


「ならばもう一撃! みんな! あとひと踏ん張りだ!」


 再び剣士が聖剣を握り直すと、パーティーメンバーが彼に並んでそれぞれの武器をかざす。


 満身創痍。されど気迫は十二分。

 敵を倒す倒す気も俄然満々。


 ……だが。


 その強い心も、圧倒的な恐怖を叩きつけられて粉々に砕かれた。



「うぬぼれるなぁ! ヒューマンども!」



 地下広間の全てを震わせるほどの怒号。

 至る所で彫刻が砕け、床石には亀裂が入り、地震のような振動と恐ろしい魔王の表情に、誰もが尻から地面に崩れ落ちた。



 …………もちろん、僕も腰を抜かしている。

 だってこれ、想像以上。



 長いまつげを持つ、力のある両目の間には深くしわが寄り。

 陶器のような白い頬を、ひびが入りそうなほどにひきつらせ。

 そして可愛いピンクの唇は醜く歪み、真っ白で艶を放つ犬歯が剥き出しになる。




 君のラスボス顔、最高だ!




 長い金髪から覗く禍々しいツノ。

 そのすぐ下あたりの髪を手で梳いてばさっと跳ね上げながら、魔王は最後のセリフを口にした。


「では諸君。次にまみえるその時まで、せいぜい腕を磨いておけ。……まだ君たちには価値がない。この私が満足できるだけの力をつけた時に改めて……」


 ここで一呼吸。

 舌なめずりと共に、みんなを見渡してから……。


「……殺してやろう」


 おぞ気に身が震えあがるほどの表情で言葉を締めると、マントを翻して玉座の後ろにある隠し通路へ滑り込んだ。



 ……完璧すぎて、思わずため息。

 ほうと熱い息を吐くと、ゲストのみんなが掴みかかるように寄って来た。


「おい大河! コボルド以外のキャストがいるなんて聞いてねえぞ!」


「いやん! そんなことより凄いの! 怖かった! かっこよかった!」


「今の、昨日転校してきたアーシェじゃないか。フェアリーの女王がお前の知り合いというだけで驚きだったというのに、これはどういうことなのだ」


「…………国を捨てて転校してまで、どうしてもラスボスになりたかったらしい」


「こら! 嘘をつくな!」


 うわあ。

 さっきのお芝居よりも怒りながら出てきたし。

 また地面揺らす?

 床下に隠れてるコボルドたちに頼む?


「アーシェちゃんすごーい! ドキドキしたよ!」


「うん、最高だった。あたしも、まだくらくらする」


 女子二人に笑顔で迎えられても完全スルー。

 僕の前に、ミニスカボンテージの魔王ルックのままで仁王立ち。


「…………キャストが帰るまで出て来ちゃだめだよ、ラスボス」


「ラスボスってゆーな! ああもう、なんでこんな真似しなきゃいけないのよ!」


 やめなさいよ。

 仮にも君は女王でしょう?

 ガニ股で地団駄とか、はしたない。


 君、ミニスカでしょっちゅうそれやるけどさ。

 都度丸見えで、なんかありがたみが無い。


「え? ……じゃあ、嫌々やらされてるのか? そうは見えなかったけど」


「そうだな。迫真の演技だったと思うのだが……」


 男子二人に言われると、魔王はぴたりと停止して肩を震わせ始める。

 感情と体がこんなに一致してる人、見たことない。


「…………約束、しちゃったのよ…………」


「なにを?」


「大河と約束しちゃったの! 羽根が出るようになるまで一ヶ月! なにがなんでもウソがつけないからラスボスやり続けなきゃいけないの! えーーーん!」


 そんなに早口でまくし立てても誰も分からないよ。

 しかもしゃがみ込んで泣き出したりして、説明放棄なの?


「まるで分からん。おい大河、どういうことだよ」


「…………国を追い出されちゃったみたい。羽根が無い女王なんて国民に示しが付かないからって。……だから今は、女王(仮)」


「かっこかりってゆーなーーー! えーーーーん!」


 せっかくの威厳ある名演技も台無しという姿を晒しながら。

 床にぺたんこ座りしながら泣き続けるフェアリーの女王。


 ……でも、君を手放す気なんかないよ?


 次はどんなラスボスを演じてもらおう。

 次はどうやってウソをつかせよう。


 僕はいつまでも泣き声をあげるクラスメイトを見つめながら、頭の中を素晴らしい未来予想図と悪だくみとでいっぱいにしていた。




 ††† ††† †††




 サイズのまったく異なるフェアリーが二人はいった鞄を引きずって寮の部屋に戻ると同時に、三人のお客様が僕を訪ねてきた。

 安物のアルミサッシを丸く切り取って入ってきたのは、どうやってファースト・ランドへの国境を越えたのやら、女王を探してここまでやって来た三人のフェアリー。


 三長老とか名乗っていた、お姉さんよか若く見えるみなさんが自分たちの王に言い渡したとんでもない罰。

 それは、お姉さんには悪いけど、ここでお別れになるのかとしょげていた僕には嬉しいお話だった。


 羽根が戻るまで、ファースト・ランドで過ごすこと。

 その間、『コーポ・江口』で一人暮らししながらラスボスとして僕との約束を果たすこと。

 学生寮に住むんだから、ついでに学校へ通え。


 得意の大声早口、地団駄で粘ったものの、お姉さんの願いはことごとく却下され、結局カツカツ程度の仕送りと、僕と同じクラスへの編入という二つの要望だけが認められたのだった。



 ……あの時は単純に嬉しかった。

 でも、その直後。

 あんなに感動することになるなんて。



 ゲストのクラスメイトたちを見送って、寮の入り口にある二段ばかりの階段に腰を下ろす。

 そしてぼけっと闇夜に浮かぶ町明かり見つめていたら、すぐ隣に誰かが腰かけた。


「…………お姉さん」


「もう! いいかげん、お姉さんじゃなくてアーシェって呼んでよ!」


「アーシェ、ご機嫌? ラスボス楽しかった? ここ、気に入った?」


 顔なんか見なくてもよく分かる。

 なんだか楽しそうな空気が隣から伝わってくる。

 PRGが始まるまでは、あんなに嫌がってたくせに。


 ……でも、すぐに返事が来ない。

 僕の質問に身をよじって唸り始めたようだけど、どうしたの?


「うむむ……。ウソをつくわけにはいかないから素直に言うけど、ラスボスはほんとに嫌! それに、できればすぐにでもマーベラントに帰りたい!」


「…………でも、ご機嫌」


「そりゃあ大河がそばにいるからよ! あたしを守ってくれた勇者様だからね!」


 なんのこと?

 ……ああ、あれか。スタンガンの事か。


 横から抱き着いたりしてきたけども。

 別にアーシェじゃなくても、キャストのことは守るよ、僕。


 ……それにしても恥ずかしいな、これ。

 ほっぺたくっ付けるな。熱くなるのがばれる。

 君、美人さんなんだから自覚して。


「寄るな。でかい、顔がでかい」

「毒っ! こんな小顔なのに失礼ね! ……じゃあ、これならいいでしょ?」


 アーシェはぷりぷり怒りながら立ち上がると、僕を後ろから抱きかかえるように座り込む。

 ……おう。後頭部、ふっかふか。


「うむ! 大河、小さいから抱き心地いいわね!」

「小さいゆーな。あと、頭に顎を乗っけるな」


 そのふっかふかだけ当てていれば良し。


「そう言えば、あの男はどうなったのかな?」


 あれ、言ってなかったっけ。


「…………住まい、あの辺」


 坂の両側に立つ針葉樹に切り取られた夜景を指差すと、頭の上からバカでかい早口が響いた。


「ウソでしょ!? え? あれから一週間くらいしか経ってないわよね!? そんなに早く外交官試験に合格したんだ! 裏金? コネ? なんで!?」


「…………愛じゃない?」


 何となく、思ったままの言葉を口にしてみたら。

 アーシェが僕を抱く力がきゅっと強くなった気がした。


 ……そして君の優しい気持ちとふかふかが、僕を幸せにしてくれた。




………………

…………

……




 お客様が疑問に思ったら、マスター失格なんだ。

 舞台の矛盾には敏感なのさ、僕は。


 フェアリーは間違いなく自らの意志でここにいる。

 でも、男はトラップを指摘されて逆上した。


 と、なれば。

 シナリオは一つ。



 …………これは、壮大な恋愛ドラマだったんだ。



 ようやく動くようになった体をお姉さんに支えられながら上半身だけ起こす。

 するとそこには、僕の推理した通りの表情を浮かべた二人の姿があった。


 戸惑いを必死に隠そうとするフェアリー。

 満足そうな表情の男。


 このままでは、物語はノーマルエンド。

 いや、バッドエンドなのかもしれない。


 僕はベストエンドに至る筋道を頭に組み立てながら、口を開いた。


「では、改めて確認します。……フェアリーさん。もしも自分の意志でゼロ・ランドへ来ていたとしたら死刑は免れないだろうけど、あなたはただの被害者だ。このまま無事に国へ帰ることが出来ますけどそれで問題ないですね?」


「そりゃ当然でしょ」


「そんなあなたに一つ質問です。彼は、この後どうなると思います?」


「へ? べつに、どうもならないでしょ?」


「やめてくれ! ……さあ、もう彼女をサード・ランドへ連れて帰ってくれ。私も抵抗はしない。どこへなりと行こう」


 …………やっぱりね。


 でも、お兄さんの書いたシナリオ通りにはさせないからね。

 そんな駄作、マスター・タイガーは認めない!


「……お嬢さん、いいですか? 彼は、サードランド人を誘拐したんだ。処遇は明白。……存在を消されるのです。死ぬどころか、生まれたことすら無かったことにされるでしょう」


 僕のセリフを聞いたキャストが、頭に描いた通りの演技で男を見る。

 そしてベッドから飛び降りると、叫び声を上げながら男の元に駆け寄った。


「話が違う! ねえ、なんでそんな嘘をついたの? ねえ!」


「……も、もう、芝居を続ける必要はないんだよ? さあ、役人さんたちと一緒に国へ戻ることが出来るんだ。早く行くんだ」


「いやーーーーーっ!!!」


 耳にした者の心が切り裂かれるほど悲しい叫び声を上げたフェアリーは、男の膝によじ登って僕らへ向けて両手を広げた。


「違うの! あたしが外に出たいって言ったの! それなら、彼は無罪よね!? だから彼には手出ししないで!」


 黙って成り行きを見守っていたお姉さんにも事情が伝わったのだろう。

 竹の棒を取り落として、目を丸くさせながら両手で口を覆っている。


「……お嬢さんの言う事が本当なら、彼はただの被害者だ。罰を受けることはない。代わりにあなたが死刑になるが、それで構わないですね?」


「もちろんよ!」


「勘弁してくれ!!! …………参りました。本当の事を話します」


 顔を手で覆って悔しさを露にしながら。

 涙を流すフェアリーに寄り添われながら。

 男は、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……私は、セカンド・ランドで出会った彼女に一目ぼれしてしまったんだ……」


「そしてあたしも、彼に一目で心を奪われてしまったんです」


「だから私は、世界を揺るがすほどの大罪と知っていながら、彼女をゼロ・ランドへ連れ出したんだ……」


 …………そう。

 二人は愛し合っていたんだ。

 こうして、一緒に暮らしたかったんだ。


「それで…………、それであんなウソを……」


 お姉さんももらい泣きしながら呟いたけど、全部分かったようだね。


 いつかきっと、政府に発見される。

 その時、例え二人が離れ離れにされるとしても、フェアリーの子に害が及ばないように。

 これはそんな想いで、優しいお兄さんが準備していた悲恋のシナリオなんだ。


 素直に男がフェアリーを連れ去ったと証言しても、彼女が尋問されればきっとボロが出る。

 そうなったら、彼女も罪に問われてしまう。

 だから彼は、自分の悪を印象付けて尋問すらされないよう工夫した。


 一見無意味な、この部屋に入った人が出られなくなるようなトラップ。

 開かなくなったドアについて追及された時、スタンガンで攻撃すればあっという間に極悪な誘拐犯の出来上がり。


 そんなものを見せられたら、心情と国際情勢とを配慮して、彼女の事情聴取すら日本政府が行うことはしないだろう。


 ということは、きっとスタンガンはわざと空振りさせるつもりだったんだ。

 そこにわざわざ体当たりするあわてんぼがいない限りは、ね。



 ……そして彼は、彼女に対して優しい『ウソ』をついていたんだ。



 このシナリオで捕まっても、自分が罪に問われることは無いのだと。

 必ず迎えに行くから。

 だからその時が来ても、安心してサード・ランドへ帰るんだよって。




「あたし、危ないところだったわ。サード・ランド人をゼロ・ランドへ連れてきた罪で、この人を日本政府に突き出すところだった! ありがとう、大河!」


 鼻水を垂らして泣きながら振り向くお姉さんがピッカピカの笑顔になってるけど。


「ほんと危ない。その時は僕も同罪でしょっ引かれるところだった」


「あ、そっか。…………まあいいわ!」


「よかないよ」


「それより、どうして分かったの?」


「…………簡単。天井裏に上がれるなら、どこにだって行ける。ここから逃げ出さないの、彼女の意志」


 ああなるほどと手を打ったお姉さんが、その手に持ったものに今更気付いて食い下がる。


「え? 待って! じゃあ、この魔法制御装置は? これで脅迫されてたんじゃないの!?」


「……それ、ただの万年筆」


 もしそれが魔法制御装置なら、スタンガンじゃなくてそっち出すっての。


 ふくれっ面になったお姉さんを放っておいて、僕は二人に近付いた。


 彼にギュッとしがみつく彼女。

 彼女を優しく手で庇う彼。


 そんな怖い目で見ないでよ。

 大丈夫だから。


「…………僕も、ウソをつきました。政府の人間じゃありません」


「え? そうなのか? それじゃ……」


「でも、このままだといつかほんとに見つかる。だから、僕のシナリオに従って欲しい。……大丈夫。そんなに時間はかからずに、また会うことができるから」


 そしてゆっくり、できる限り丁寧に脚本を説明すると、ようやく二人は笑顔を見せてくれた。


 これでお二人は僕のキャストだ。

 ……マスターとして、必ず守ってみせます。



「でも、なんでそこまでしてくれるんだ? 君は一体……」


 僕の寮へいったん帰るため、お姉さんに抱かれたフェアリー。

 彼女とのしばしの別れを惜しんで手を振るお兄さんが、予想していた問いを投げかけてきた。


 …………だから僕は、さっき思い付いた気の利いたセリフで幕を引いた。


「僕も一緒。サード・ランド最強の剣士をゼロ・ランドに連れてきちゃった犯罪者。……だからお互い、無かったことにしましょう?」




……

…………

………………




 お兄さんについては。

 ゼロ・ランド人とは言え、E3DRPGアンシラリー・リアル・ロールプレイングゲームに参加できるほど――つまりセカンド・ランドへ来れるほど名家の息子。

 サード・ランド外交官への転職もそう大変では無いだろう。

 そして僕と同じようにファースト・ランドに住まいを持てばいい。


 フェアリーについては。

 橋上はしがみさんにフェアリーとエンカウントした旨を伝えて、『東京フェアリーアイランド』のキャストに推薦した。

 とは言えデビューはまだだいぶ先だけどね。

 だって羽根が無いわけだし。


 ……こうしてフェアリーアイランド初の本物のフェアリーがキャストとして登録された翌日には、東京都議会の獅子とまで呼ばれる大物政治家の息子が外交官としてファースト・ランドへ移住してきたニュースでもちきりになった。


 今頃二人は一つ屋根の下。

 あとは、過去の事がばれないよう気を付けて頂戴。




 ――目まぐるしい事件だったけど、僕のキャスト達が幸せなら満足だ。

 だから、お姉さんにも幸せになって欲しいんだ。


 こんなに優しい人だから。

 是非とも幸せにラスボスライフを満喫して欲しい。


 坂のどん詰まりに建つ寮から見える街の明かりが、次第に輝きを増していく。

 ファースト・ランドがテーマパークなのは世を忍ぶ仮の姿。

 本来の外交業務は、これからが本番なんだ。


 ……でも、光は届いても音はどこかで掻き消える。

 静かな夜。

 そして実に柔らかい枕。


 ちょっと幸せ。


「あの時もこんな静かな夜だったわよね~。思い出すわ、初めて会った時の事! ……大河が声をかけてくれなかったら、一体どうなっていたのやら……」


 アーシェはそこまで呟くと、話すのをやめて頭をゆらゆらと揺らし始めた。

 僕の頭に顎を乗せたままで揺れないで。

 はげる。


「……ほんとに、全部。……ありがと」


 いつもの騒がしさはどこへやら。

 お礼なんか言われたら恥ずかしい。


「…………僕には分かっていたんだ。お姉さんがどんな人かって事」


「え? 何それ? ねえ、何よ大河! ねえねえ!」


 ちっ。

 お礼のお礼をしないとと思って余計な事を言った。

 騒がしい。


 でも、そんなアーシェは優しくて、凛々しくて。

 僕はあの時、感動したんだ。



 ――三長老と会ったあの時。

 君に罰を下した後、ゼロ・ランドへ逃げたフェアリーに対して下された重い刑。

 それを聞くなり、涙を流しながら庇った君の姿はきっと一生忘れない。


 国王なのに、決して三人に命令することなく、必死に愛を説いて。

 挙句に、愛を解さない国の王であるなど生き恥でしかないと、ポケットに入れていたあの万年筆のキャップを外して自分の首に突き立てようとして。


 そんなことがあって、駆け落ちしたフェアリーには無罪が言い渡された。

 ……僕はそのすぐそばで、アーシェの底抜けな優しさに感動して涙をこらえていたんだ。



「こら! 内緒にすんな! あたしの何を分かってたのか、白状しろー!」


 ほっぺたを両側から引っ張られても言えないよ。

 恥ずかしい。

 でも、このままだんまりって訳にはいかない。



 …………だから僕は、いつものように毒を吐いた。



「…………思ってた通り。凄く似合う。革のボンテージミニワンピ」


「ボ……っ!? こっ、こんなの似合ってるとかゆーなーー!!!」


 叫び声と共に、アーシェは二段ばかりの階段を飛び降りて僕の正面に仁王立ち。

 その直後、サード・ランド最強剣士の蹴りが顎先にクリティカル。


 まさかこの歳になって、うしろでんぐり返り五連続とかきめることになるとは思わなかった。


 そのすばらしい蹴りの切れ味は最高。

 でも、いただけないものが一つある。


 だって僕は、RPGのマスターだ。

 妥協なんか許さない。


 だからキャストに、誇りをかけてダメ出しをした。



「…………なぜその衣装にクマさんパンツ? ……やっぱイナカもんだ」


「毒っ!」



 ……こうして僕は、もう五回転を余儀なくされた。

 でも、僕のラスボスが楽しそうな笑顔で夜空を見つめているので良しとしよう。


 ドームで囲まれたファースト・ランドには、星なんか浮かんでいないのに。

 ふふっと笑いを零す彼女の目には、一体何が映っているのやら。




 ††† ††† †††




 ――闇の中。

 三つの月明りが細い明り取りから差し込む大理石の広間。


 その最奥に置かれた、三メートルはあろうかという背もたれを持つ赤い椅子に深く身を沈めた黒マントの男。


 彼の膝には美姫が乗り、その後ろには物悲しい調べを奏でる者が立つ。


「さて幕は上がったね。……足りない物は、何だと思う?」


 膝の上に乗る虚ろな目をした女は、男に問われると、だらしなく開いた口からしわがれた声を絞り出した。


「……死体。……あいつらの、惨たらしい屍……」


「君はつまらないことばかり言うね。想像力に乏しい。それでもヒューマンかい?」


 そう呟きながら、黒マントの男は女の首に牙を沈める。


 ……そして動かなくなった女を床にどさりと捨てると、届くはずのない解答を彼女の耳に向けて呟いた。


「……あのパーティーに足りないのは、『火力』さ」




 ――続く。

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