あれつええ。って、今時珍しいジャンルじゃない?


 アーシェ。ねえ、アーシェ。

 僕はこれでも君のマスター。

 そしてマスターには、RPGの間はすべてのメンバーを守る義務があるんだ。


 もちろん、今日参加したゲームのマスターは僕じゃない。

 それに、制限時間はとっくに越えてるからゲームも終わってる。


 でも、今の事態は間違いなく誰かが書いたシナリオ。

 そのシナリオに、僕は抗おうと、筆を執ろうとしている。


 そして君は、僕がこれから書こうとしているRPGのキャスト。


 ……だから。




 君を、何としてでも守り抜く。




 ――漆黒の夜を赤に染め抜くほど輝くドラゴンは、その身をよじる度に地上へ砂嵐を巻き起こし、時に町を削り取るほどの突風を生む。


 その風圧がさっきより高まっている理由は明白で、アーシェがドラゴンの口の中で暴れているから。

 ドラゴンは明らかに侵攻を止め、頭を振ってもがいている。


 アーシェの視界、おそらくゼロ。

 そして口腔と言えど、すべてが金属のような硬さを持った空間。

 そんな中でシェイクされている君が致命傷を負うのも時間の問題だろう。



 だというのに、僕には武器が無い。

 せめて、ジュエルが最速で呪文を唱えることが出来るようこうして距離を取ることしかできない。


「……これだけの魔力だと、マナのフィードバックがとてつもない規模になる。 坊や! もっと離れて!」


 うん、了解。


 僕には魔法のいろはすら分からないけど、その魔法の杖と君がやらかそうとしてるものが大変なことだってのは分かるつもり。


 ずいぶん離れたあたりで振り返ると、杖から現れた水晶が脈動するように青白い光を放って、呪文制御のための予備呪文を唱え続ける褐色の肌が、それに合わせてなまめかしく明滅していた。


 そして、杖をいくつもの輪切りにしていた魔方陣が、僕を軽々と飲み込むほど一気に広がった。


 もっと逃げなきゃ危ないってことだよね。

 すぐそばにいたはずの橋上さんの姿が見えないけど、もう逃げたのかな。


 ……それにしても、こんな巨大な複合魔方陣、見たこと無い。

 円形魔方陣が数十枚、水平に宙に浮かんで、巨大な半球体を形作ってる。

 いや? ひょっとしたら地下にも魔方陣が潜って球体になってるのかな?


「サー・ルィークルエルシャラーナ! 四精霊が定めし現世うつしよことわり。真実、未来、風、夜。のくびき破りて来たれ地獄の雨!」


 うわ、聞いたこと無いよ、こんな呪文。

 ジュエルが本気の詠唱を始めると、魔法なんて分からない僕にもそれと感じるほど濃密なマナが球体内に溢れかえる。


 それが、魔方陣と共に一瞬で消滅したかと思うと……、


「これ、まるであの時の……」


 地震より小刻みな振動を伴って、僕らから数百メートル先、青白く輝く魔方陣が地面を割り裂きながら次々と噴き出して、ドラゴンを囲み始めた。


「百と八を数える我が目を穿ち、荒れ狂え嵐! ……くらえ! 『嘯風弄月しょうふうろうげつ』!」


 ジュエルが呪文の詠唱を終えると共に手をかざすと、ドラゴンを下から半球状に囲んだ魔方陣が蠢き出した。


 その初撃は驚くほどのものじゃなく、一葉の魔方陣が他の魔方陣を抜けると、高速で撃ち出されてドラゴンの硬い鱗を打ち据えて、弾き飛ばされてしまった。


 でも当然、これじゃ終わらない。

 弾き飛ばされた魔方陣を別の魔方陣が抜け、さらにそれを別の魔方陣が抜ける。


 高速で一点を狙った攻撃がひと呼吸の内に数十回。

 魔方陣が、幾何学的なダンスを舞い踊る。


 何枚もの魔方陣が砕け散る内に、ついにドラゴンの鱗にヒビが入り、ヒビに突き刺さるようにくさびが穿たれ、楔を打ち据えることによって、その攻撃は最強生物の体内に達した。


 これが全方位、同時に数十か所で突き刺さると、さすがのドラゴンも浮遊の為に力を使っている場合ではなくなったのだろう、地面まで自由落下して、僕らのいる街を破壊し尽くしてしまう程、まるで高波のような振動を生みだした。


 その間にも魔方陣は次々とドラゴンの鱗を破壊し、その身を穿つ。

 並の生物なら瞬時に塵へと化すほどの高速、無数、無限の打突。

 襲い来る魔方陣を翼で、足で砕き続けるドラゴンも、体表の至る所からどす黒い体液を噴き出すほどの傷を負って、とうとう体躯をふらつかせ始めた。


 そして、これを好機と見たジュエルが魔方陣を制御。

 ドラゴンの両目に魔方陣を集めて、三重に閉じる分厚い瞼を攻撃する。


 これによってドラゴンの視界を奪うと、本命とばかり、残るすべての魔方陣を集めてとうとう額の鱗に巨大な亀裂を入れた。



 ……でも、あと一歩。

 間に合わなかったのだ。



 これほどの大魔法。

 魔方陣の強度維持、高速射出、動作制御。


 莫大な魔力を消費する禁呪を支えるマナタンクである、杖の魔力が枯渇した。



 青白く輝く魔方陣は、粉々に砕けて大気へ溶けていく。

 耐え切られた。



 ……しかも。



 奴はついに、『口を開かなかった』。



「うそ」


「信じられない……。ネイチャーランクの魔法使ったのに……」


 これ、まずい。

 とうとう弾を撃ち尽くした。


 ジュエルは魔法制御の為に力をほとんど使い果たしているはずだし、アーシェは、あの状況で奇跡的に無事だったとしても未だドラゴンの口の中。


 ……ドラゴンは、額に穿たれた傷が堪えているのか、ふらふらしてるけど。

 それでもすぐに回復してこっちに向かって来るだろう。


 距離にして一キロほど先でふらつく、数百メートルの巨体を見上げていると、ジュエルが苦しそうな悲鳴を上げた。


 やめて。

 まだ何か厄介なことが起きてるの?


「坊や、こっちに来ちゃダメ。フィードバック分の魔力がうまく制御できないの」


 そんなこと言われたらなおさらそばに行きたくなる。

 ジュエルの元に走り寄ると、膝を突いて必死に魔力制御する彼女の周りには、さっきの規模を数百分の一にしたように小さな青白い魔方陣が無数に浮かんでいた。


「……これ、さっきドラゴンにぶつけたやつと同じなのよ」


 ジュエルの体、数か所に傷が出来ている。

 もし制御をミスして、これ以上魔方陣に襲われたらまずい。


 ぞっとしながら歩みを止めると、今度は、戦車の方からうめき声が聞こえた。


 戦車を操縦してなんとかしようとでもしていたのか。

 ハッチから上半身だけ抜け出したまま倒れた橋上さんの額から血が流れている。


 きっと車内で地震並みの振動を食らったんだろう。

 でも、戦車に乗ってできることなんか無かったろうに。

 なんで聡明な橋上さんが戦車に入ったんだろ。



 …………?



 あ……………………。



「ある。一つだけ、まだ武器がある」


 きっと、橋上さんはを取りに行ったんだ。


 都市迷彩のグレーがすっかり砂まみれになった戦車に駆け寄って、車体を強引によじ登ると、意識を朦朧とさせている橋上さんが車内から持ち出して胸に抱えていたものを両手でつかんだ。


「よし。……ジュエル。高級フレンチに連れて行ってあげるから、もうちょっと頑張って欲しいんだけど」


「あら……。それは……、いい提案ね……」


 ジュエル、優しい目元の眉根を寄せて、歯を食いしばってる。

 苦しそう。

 でも。


「…………君だけが頼り」


「ふふっ。誰にでもそんなこと言ってるんでしょ、坊や。……何をすればいいのか早めに言いなさい」


「その魔方陣、縦にまっすぐ並べて。ドミノみたいに」


 ジュエルは僕が抱えたレールガンの砲弾を目にすると、奥歯をギリリと鳴らしながらも無理やり笑顔を作って、綺麗なネイルの指をまっすぐドラゴンの口元に向けた。


 その指示に従うかのように、ゆっくりと列を作る魔方陣。

 僕はジュエルの腕に頭を乗せて、照準代わりに指示を出した。


「……もちょっと上。……左。……ストップ。少し右」


 慎重に、慎重に。

 だから、もうちょっとだけ動かないでいてくれ、ドラゴン。


「……うん、そこでストップ。……反動は無いと思うけど、音でびっくりしないように。じゃ、行くよ」


 この魔方陣、高質化させて目標に当たるモードと、通過するものを加速させるモードがある。


 そのうち、後者の方を百枚以上並べたら。

 大気の摩擦熱に耐えきれる砲弾があったなら。


 魔力と先進科学の融合によるレールガン。

 今、ここに完成。



 慎重に一枚目の魔方陣に弾丸を通すと、最初の数枚を通過するまでは目で追えたけど、あとはリニアレールガンとまったく同じ。

 一瞬と呼べる間もなく砕け散った魔方陣。

 その代わりに生まれた、レールガン用に加工された弾丸が大気との摩擦で真っ赤に曳いた輝く線。


 これが、斜め下から見上げるような位置にあるドラゴンの上あごの先端に寸分違わず突き刺さる。


 耳を覆いたくなるほど巨大な、金属のヒット音。

 顎の筋肉が無理やり引きちぎられたような破砕音。


 異音を伴いながら、一瞬だけ開いたドラゴンの口から………………。



「やっと出れたーーーーーーー! 一億万倍返しにしてやる!」


「アーシェ!」


 漆黒の羽根を十六方に広げた邪神のような禍々しい姿。

 怒りをあらわにする、僕のラスボス。

 でも、無事だったことに胸をなでおろす暇もくれずに、アーシェはドラゴンの額に出来た鱗のヒビに向けて突撃した。


「これで終わりにしてくれるーーーーーー!」


 ドラゴンの鼻梁すれすれを飛ぶアーシェが、あっと言う間に額に達すると、


「うおおおおおおおりゃあああああああ!!!」


 その速度を殺さないまま細剣ごと、腕ごと、体ごとヒビに突っ込んだ。


「うわ。ぐろ。…………やった、かな」


 アーシェが体を引き抜いた額から噴き出す、どす黒い体液。

 大きくよろける体躯。


 ……そして、ドラゴンは。

 十三魔剣は。


 視界いっぱいにその翼を広げると、振動も、風すら起こさずに舞い上がり。




 退却を始めた。




「このー! 逃がさないわよ!」


 遠くて聞こえないけど、空中なのに地団駄を踏むポーズの熱血バカが叫んでる言葉が良く分かる。


 でも、倒し切る必要はない。

 僕らの勝利条件、ゲートの死守。



 と、言う事は…………。



「勝った……、の?」



 誰に聞かせるわけでもなく、思わずつぶやいた言葉が、僕自身の頬を緩ませる。

 だがその笑みは、轟音によってすぐに歪むこととなった。


「グオオオオオオオオ……ンッ!」


 ドラゴンが轟かせる咆哮は、僕たちの体を押しつぶすほどの圧力を生み出す。

 これに対して、満身創痍のジュエルに抗う術はない。

 竜脈が消え失せて苦しそうに呻く褐色の体を庇う様に立ちふさがってはみたものの、この圧力攻撃に対していかほどの効果があるんだろう。


 それにしても、重い。

 これ、音の圧力のせいじゃないのか?


 荷重のせいで下がった首をもたげるだけでも一苦労。

 そんな僕の真横に、何かがものすごい音を立てて落っこちてきた。


 それはゴロゴロと数十メートルの距離を後ろでんぐり返りで転がると、パンツ丸出しで停止した。


「ぐへえっ! …………あたたたた、酷い目に遭った! 後ろ頭がはげちゃう!」


「いまので、あたたたたで済むんだ」


 どれだけ頑丈なの、君の体。


「ちょっと! 翼があるのに飛べなくなるってどういうことよ大河!」


 知らない。

 また君、ウソでもついた?


 アーシェが、自慢のガニ股姿で、地面にくるぶしまでのめり込ませながら近付いてくる間に、


「これは……、重力の竜言語ドラゴン・ルーン


 苦しそうに、肩で息をするジュエルが説明してくれた。


 …………ルーン。

 それって、いわゆる竜語魔法ってやつか。


 ずっしりと重たい体をもたげて見上げる先。

 『卍巴まんじどもえのン・ヴァリィ』は未だに声を上げながらも、あっという間にその姿を遠ざけていた。


 ドラゴンって、声自体が魔法を引き起こすって聞いたことあるけど。

 そんな化け物が、こいつを怖がったなんて。


「…………やっぱアーシェ。ラスボス」


「毒っ!? この功労者に向かって、あんたなんてこと……、お? 重いの止まったわね」


 未だ憤懣やるかたない表情を浮かべたアーシェの視線を追って、再び天を仰ぐ。


 すると、一度閉じたドラゴンの口が、また大きく開いたように見えた。


「ギャアアアオオオオオ……」



 …………さっきとは違う声。

 つまり、違う魔法。


 一体何が起きるのかと身構えていたら、小さく、遠く離れたドラゴンの赤い体に稲光が走って……。




 それが一直線に、僕らへ襲い掛かって来た。




 叫び声を上げる暇もない。


 まさかの、最初っからきみつええシナリオじゃない。

 期待持たせといてそれかよ。


 覚悟を決めて閉じた瞼なんて意味もない。

 こんな薄い膜では防ぎきれないほどの眩しさで包まれる。


 そして爆音が響き渡ると…………?



 おや。誤爆だった?


 強烈な光を浴びたせいで視力が回復するのに時間がかかったけど。

 

 おぼろげにそれと分かるアーシェもジュエルも、僕の腕の中で安堵のため息をついていた。



 …………僕、なんで二人を抱きしめてるの?



「……あら、坊や。私を守ってくれたの? ちょっと惚れちゃったんだけど」


「…………なに言ってるの。守ってない。ただの誤爆」


「ダメよ冷血女! 大河はあげないんだから! これはあたしを守ってくれたのよね! そうよね! 違うとは言わせないわよこんなに強く抱きしめといて!」


「だから、違うのに」


 …………我ながら、意味が分からない。

 分析するに、マスターとしての義務感が僕を動かしたんじゃないかな。


 あるいは、君たちのそばに来ればまもってもらえると判断したのかしら。



 二人は随分と嬉しそうな笑顔で立ち上がると、僕のほっぺたを同時に指で突いた後、その手でお互いにハイタッチ。


 おお、かっこいい。

 僕も混ざりたいとこだけど、そんなことより、気になることがある。


「…………雷、どこに落ちたんだろ。火事になるといけないから最後に消火活動ね」


「それなら冷血女の出番ね!」


「そうね。熱血女が手を出したら、種火が一瞬で大炎上するだろうし。……確か、あっちのほうに落ちた気がするんだけど……」


 ジュエルが指差す方角は、町の中心部。

 だというのに、そこにあった建物は軒並み吹き飛ばされて、すっかり更地になっていた。



 そんな更地の中。

 瓦礫に囲まれてそびえ立つ物が、雷の余波だろうか、未だに稲光をその身に這わせて立ち尽くす。



 …………ゲート。

 漆黒に塗り固められたゲート。



 その漆黒が…………。



「うそ……、うそ! 急ぐわよ、大河!」



 走り出すアーシェに腕を掴まれ、巨大な羽根に背を押されながら向かう先で。



 ゲートは、その漆黒の姿を見る間に狭め始めていた。


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