なに言ってるの。告ってないよ


 漆黒の波が揺らめく様は、コールタールか重油かゴムか。

 未だ赤い光がその手を伸ばし、波頭を不気味に輝かせる。


 見慣れたゲートは、縁を飾り付けていた見上げるほど巨大な大理石の門から剥がれるように小さく縮み、その表面を慌ただしく波立たせていた。


 彼我の距離は五百メートルと言った所。

 そんな長距離をあっという間に駆け抜ける……、いや、僕とジュエルを巨大な羽根で包み込み、宙を舞うのは自称・フェアリーの女王。


 アーシェ。ねえ、アーシェ。


 この羽根、怖い。

 不気味。

 黒い。

 なにこの禍々しいファイアーパターン。

 あと、ぬめっとする。


 …………ああ、最後のはドラゴンの唾液か。

 


 僕らがたどり着いた時には、ゲートは大人が二人、ようやく並んで通ることが出来る程度の大きさになって、そこで縮小を止めていた。


 と、言うのも。

 漆黒の空間に半身を浸して、赤黒く光る魔方陣が八枚浮かび、そこからさらに艶消しの黒い腕がにょきっと伸びてゲートの縁を押さえつけ、これ以上小さくなるのを防いでいるのだ。


 さっきの魔法のフィードバックとして得た、なけなしの魔力を絞り出してくれたジュエルに感謝。

 そして、ゲートの前に着地するなり僕を勢いよく羽根からリリースしやがったアーシェに憤り。


 顔、おもっきし打った。

 超痛い。


 そんな僕と同じ扱いを受けたはずなのに、颯爽と隣に立ったジュエルが竜脈を輝かせながらさらに四枚の魔方陣を展開する。


「さあ坊や。竜の力も永遠じゃないだろうけど、それ以上に私が限界。早く入って」


「うん。でもこれ、手で止められるんだ」


「……そうね。この腕一本で、さっきのドラゴンを持ち上げられるくらいだと思うけど、坊やも支えてみる?」


「また今度」


 いててと思わず口をついた泣き言と共に立ち上がった俺の背を優しく支えてくれながら、ジュエルは銀の豪奢な髪から疲労感に満ちた目を覗かせる。


 いけね、早く通らなきゃ。

 そう思った僕は、頭のずっと奥の方で鳴り響く警鐘を聞いた。




 ……………………待って。




 今、僕。


 なんでここを通らなきゃって考えたの?




「浸食を止めることはできるけど、広げることはできないから。通れるうちに、早く行きましょう」


 止める……………………。


 止める?



「大河! 急いで!」


「うるさいイナカもん。今は考えちゅいたたたた」


 強引な暴力女に腕を引っ張られて引きずられながらも、どうにも気になったことを確認せずにはいられない。


「ジュエル。このゲート、一度閉じたらどうなるの」


「天文学的な確率でここから世界へ繋がったの。きっと、二度と繋がることは無いわ。さあ、早く


「…………やっぱり」



 確信。

 これ、ワナ。



 僕は、ゲートに顔を突っ込んだアーシェの手を無理やり引いて、こっちの世界へ引っ張り出す。


 そしたら、ラスボスが顔を真っ赤にしながら文句を言ってきた。


「ちょっと! 足が空振りしたわよ! 向こうにずらり並んだ自衛隊の人にパンツ見られちゃったじゃない! もうお嫁にいけない! 責任とってよね!」


「うるさい。イナカもんのパンツに価値はない」


「今世紀最大級の毒っ!!!」


 ゲート抜けたの、前半身だけでよかった。

 いくらドラゴンに向けて身構えてた皆さんだって、そのカラス羽根が見えた瞬間迷わず全火力叩き込む。


 まあ、それはワナとは違うけど。


「なんで止めたのよ!」


「イタイイタイイタイ」


 腕を両手で捻じらないで。

 硬くなった瓶の蓋じゃないし、仮に蓋が外れても出てくるのはまずいケチャップ。


「そうよ、もうそろそろ限界。はやくなさい」


 ……冷静なジュエルでさえこの有様。


 逆の腕を掴んだかと思うと、とっととゲートを越えてしまった。


 片腕は絞られたままセカンド・ランド。

 もう片方の腕がゲートを越えて、ファースト・ランド。

 僕、文字通り世界を股にかけて、真っ二つ。

 大岡裁きって聞いたこと無いかな、二人のママ。


「怖い。なにこの視界」


 右の目、左の目、見えてる物が違くて頭がパニック起こしてる。


「……坊や、どうしたの? 何かこっちに来ちゃいけない理由でも?」


 さすがに察してくれたジュエルの方に目を向けると、漆黒の波の中に褐色の肌を浮かばせて心配そうに見つめてる。


 ジュエルでさえ欺かれてるなんて。

 事の重大さに気付いていないなんて。


「逆に聞きたい。どうして君たちがゲートを越えるの?」


 はっと、ようやくその異常性に気付いたジュエルが息をのんだ。


 落ち着いて考えればすぐにわかるでしょ。

 ……ゲートが閉じたら、君たちの扱いは明白。


 君たち、こっちの世界じゃ決してバレてはいけないトップシークレット。

 政府がそんな人をどうするかなんて、簡単に答えを導き出すことが出来る。


 他の何物も無く、ただゲートが閉じるとしたら、二人とも間違いなくセカンド・ランド側へ行くのに。



 じゃあ、どうしてゲートを越えなきゃって考えたのか。



「…………セカンド・ランド側にいて、今にも閉じようとするゲートにぎりぎりのタイミングで間に合ったから、それをくぐらなきゃって思ったんだよね」


 僕、ゲートでちょうど半分に割れたままだから、アーシェにも事情が伝わった。

 でも、慎重な表情を浮かべつつゲートを再びまたいだジュエルと違って、君はその意味を理解してないね。



 じつはこれ、RPGを作る際のテクニック。



「つまり。……僕ら、心象操作されてるの」


「ああ、なるほどね。…………って! ちょっと待って!? だったら!」



 そう。


 だとしたら。



「これ! 誰かの書いたシナリオってことなの!?」



「…………正解」



 誰かの書いたシナリオの結末は。

 閉じたゲートの向こうに、トップクラスの力を持った君ら二人を送り込むこと。


 そして、政府がこの二人を処分しようとした場合……。


 時間が無い。

 脳が高速で情報伝達を繰り返して熱くなる。


 でも明確な答えが出る前に、冷静な判断力を取り戻したジュエルが目の前の危機を伝えてくれた。


「ドラゴンが施した縮退の力はまだ続くと思うの。だから、私の魔力の方が先に底をつく。……いずれにせよ、ゲートは閉じる。そこにベストエンドは無いわ」


 そうか。さっきの大魔法のフィードバック、もう尽きるのか。



 …………でも。



 ほんとに無いんだろうか、ベストエンド。



 僕は、半分に割れたまま考える。


 片方の耳からは、騒然とする自衛隊の皆さんの声。

 逆の耳からは、不安げな二つの吐息。



 世界は二つ。



 二つ……………………。



「なるほど。このシナリオを書いた人、ちょっと見当ついた」


「え? 誰よ!」


 言えないし。


 …………でも、それだけじゃないような気がする。


「ちょっと大河! 考えるのはいいけど、どっちかに行きなさいよ!」


「そうよ。このままだと半分になっちゃうわよ?」


「うん。このシナリオ書いた人、そう思ったはずなの。そしてきっと、僕は君たちと同じ方へ行くことを確信していたと思う」



 所詮人生は、誰かの書いたシナリオに過ぎない。

 自分のためのハッピーエンド。そこに至るためのヒューマンドラマ。


 同時進行、何億本ものRPGが交錯し合う。

 想いの強い人はどこまでも強い波を放ち、ほとんどの小舟は思うように舵をとることが出来ない。


 そこまで分かれば、人生なんてなにも苦しくない。

 どうせ踊らされて生きることしかできないんだ。

 だったら、流れに身を任せて生きていけばいいじゃないか。


 …………そう思ってた。

 ずっと、そう信じてたのに。


「…………でも、その人に踊らされるのは嫌だから、だからせめて自分の意志を貫こうと思って。僕、どっちの世界も失いたくないの」



 呆れ顔の、二人の美人さん。

 でも、そこは感心して欲しいのに。


 僕が一つ大人になった、精いっぱいの晴れ舞台なのに。




 晴れ舞台?




「あ…………。ひょっとして」


「ゴメン、坊や。急いで」


 可能性は、ある。


 だって、シナリオを書いた人が、僕の想像通りだとしたなら。

 大きな矛盾があるから。




 僕、16才だから。




 間に合うのだろうか。

 そして本当に、僕の予想は合っているのだろうか。


 不安ばかり。

 でも。


「あのね。……シナリオなら、伏線が必ずあるの。それにかけてもいい?」


 不安げな表情のまま、それでもしっかりと頷いた金と銀。


 陶器のような肌に金糸を這わせる女王陛下。

 褐色の胸元に銀の滴を零す王女殿下。


 アーシェ。

 ジュエル。


 ラスボスと。

 中ボス。



 お互いに手を握って。

 僕の事を信じてくれて。

 涙が出そう。



 でも、僕はどうにも度し難いな。

 最悪な事、この上ない。


 僕を信じてくれる、その気持ち。




 …………それをシナリオに利用させていただきます。




「僕、ファースト・ランドに行く」


 この宣言に、悲しい顔を二つ生み出す僕のキャスト達。

 一瞬の目配せの後、無理に作った笑顔を浮かべてくれた。


「そっか……、オッケー! それはしょうがないよ!」


「坊やとも、これでお別れになるかもしれないのね」


「うん。……アーシェ、それしたまま帰れないでしょ?」


 ゲートから半身を出したまま手を伸ばすと、ああそうねと言いながら……、名残惜しそうに、アーシェはブレスレットを僕に差し出した。


「……もしこれが閉じても、必ず会いに行くからね! それまで預かっといて!」


 僕の手に、両手でぎゅっと返された金の鎖。

 君にとって、特別な意味があるんだよね、これ。


 そんなブレスレットを掴んだまま、ゲートの縁に手をかけて。

 そして僕は、重要な事を二人に伝えた。



「じゃ、お別れ。でも、ジュエルと分かれるのは寂しいけど、アーシェと別れるのは寂しくない」


 この言葉から、その表情になるまで、随分と時間がかかったね。

 いろんな想いを胸の中で整理した結果なのか、アーシェは涙を一粒零した。


「なんで……? あんなに仲良く……」


 輝きを放つ美貌を悲しそうにゆがませて、そこに出来た皺を流れ落ちる涙。

 それは次第に粒を大きくさせて、ついには膝を崩して泣き声を上げ始めた。


「…………だって、ラスボス下手くそだし。バカだし。我がままだし」


 嗚咽と共にぼろぼろに泣き出したアーシェが、薄汚れたブラウスで瞳をどれほど拭っても、顎先から流れる滴が膝に落ちていく。


 その震える肩を抱いたジュエルが、悲壮な表情を浮かべてるけど。


 気付いちゃった? も少し黙っててね?



 …………でも、僕の想像が間違っていたら。

 ほんとにこんな別れ方になったら。

 最低だな。


 もしそうなったら。

 僕の事を殴るために、必死にゲートを開けて欲しい。

 そんな願いを込めて、僕は最後のセリフを口にした。




「僕、君の事嫌い」




 決別の言葉を口にした僕を、キッと見上げたアーシェの表情。

 それは決してラスボスなんかじゃなくて。

 悔しそうに唇を噛んで、怒りと悲しさの表情を交互に浮かべた、一人の女の子でしかなくて。


 そして、僕の最高のキャストは。

 他の誰も代わりなど務まらない、唯一無二の、僕のラスボスは。


 台本通り、最高のセリフを叫んでくれた。




「あたしだって…………、大河の事なんか、大っ嫌いよーーーーーーーーー!」




 二つの月が光を落とすセカンド・ランドに響き渡る、花も恥じらう程の美声。

 それがしじまに唯一の響きとなって、ゲートすら越えて、世界中へ溶けていく。


 どうしよう。

 僕は感動の余り、背筋が凍るほどの心地に包まれてる。


 今まで、名演者さんと一緒に仕事をする機会はあったけど。

 そのお芝居のどれもが、なんて色褪せたものだったのか。


 そして、彼女が大声を上げると同時。

 禍々しい翼がその先端から虹色の蝶になって、宙へ溶けるように消えていった。



 …………アーシェ。ねえ、アーシェ。


 今君は、ウソをついたんだね。



 僕の事、嫌いって言ったの、ウソなんだね。



「…………ありがとう。大好きだよ、アーシェ」



 そして、君がウソをついたということは。

 この力が目を覚ますということだ。



 大気。ゲートの機能。僕。すべての時間。

 他にも、条件にあてはまるものは山ほどある。



 でも、このシナリオを人なら。

 ベストエンドを必ず準備する、その人なら。

 …………これが伏線のはずだ。



「ゲートにかけられた縮退のルーンよ! 止まれーーーー!」




 ――僕の叫びと同時に。

 ジュエルの魔力が枯渇した。


 黒い腕はドロドロに溶けて、両国に等しく垂れ落ち。

 そして、ゲートは再びぐにゃりと波を打つ。


 縮退の為に再び蠢き出したゲートは――。




 静かに、その動きを止めた。




「やった…………」


 そこに残ったのは、小さなゲート。

 僕の身体を通すのが精いっぱいくらいの小さなゲートが、静かにその姿を虚空に留めていた。




 ††† ††† †††




 砂埃でざらつく鉄の塊に浅く腰掛けた女が、血のにじんだ口に紫煙を咥える。

 組んだ足が窮屈に感じたのだろう、黒のスーツに入ったスリットから随分と深い位置までスカートが割り裂かれていた。


 そんな彼女が見つめる二つの月は、息をひそめたままそこに浮かび、ただ地上を冷たく照らし続ける。


「やれやれ……。ゲートが閉じようかって時、さすがにどっちに行ったものか悩んだけど。……誰しも、故郷を選ぶものなのね」


 シックなブラウスは裂け、露になった胸元に覗く白い肌。

 そこに浮かぶ、黒いファイアーパターン。


「今回は、あたし達の勝ちね」


 そう口にしながらも、彼女は思う。

 今、自分が勝ったと思っているのは自らの意志なのか。



 …………それとも、誰かの書いたシナリオによるものなのか。




 ††† ††† †††




 この一件で、東京都からの出費が増えた。

 つまり、常時十人のエルフの皆さんがゲートを固定するための人件費。

 あと、労働基準法で定められた最低賃金がこいつの手に入る。


「あたしは局アナです」


「…………違う」


「何が違うって言うのよ! あたしが局アナに見える!? ああもう、いつまで続くのよこんな生活! やっぱりあの場でドラゴンにとどめ刺しとくべきだったんじゃないの!? それで大河! 何が違うってのよ!」


「面白くないしアナウンサーさんに失礼。君と比べられたら」


「毒っ!」


 今日も日課の、ゲートにブレスレットをくっ付けてのウソつきを終えて、寮への家路を呑気に歩く。


 そんな僕らに、慌ただしく木材を運ぶリザードマンが手を振ると、そばにいたエルフの団体さんがキャーキャーと黄色い声を上げた。



 ゲート街の復興が落ち着くまで、『東京フェアリーアイランド』は緊急工事ということで営業を止めている。

 なもんで、サード・ランドの皆さんが大手を振ってファースト・ランド内を闊歩してるんだけど。


 それにしたって、悲壮感ゼロなんだね。

 さすが、魔王に滅ぼされかけた経験を持つ皆さんは逞しい。


 町がいっこ壊滅。だと言うのに死者ゼロという奇跡が、さらに皆さんの意気を高めているみたいだけど。

 被害者はいるんだよ、ここに。


「ほら、大河! ねえねえ、大河!」


 うるさい。


「こら! ドラゴン撃退の最大の功労者を無視するな! 公にできるはず無いけど、明日は都知事と、来週には総理と会うのよ! すごくうれしい!」


 ああうるさい。

 僕の平穏、静かな日常、どこいったの?


 絶対、前よりめんどくさくなってる、こいつ。


「…………お偉いさんと会うの、うれしいの?」


「だって、知事とか総理とか、美味そうなもの食べてるに決まってる!!」


 アーシェ。ねえ、アーシェ。


 珍しく真っ白なワンピースに麦わら帽子なんてかっこで歩いているけど。

 清楚なお嬢様気取ってるけど。

 だったら今すぐそのよだれを止めて。


「君の発想、たくましい。うらやましい」


「まあ、ご飯は無理かもしれないけど、ゼロ・ランドへのパスくらいくれるよね!」


 そうかなあ。


「そのパスで。今度は大手を振って行くわ! ツ也……なんだっけ?」


「池袋」


「そう! それ!」


 やかましい金髪ツインテに……、いや、今日はストレートにしたお嬢さんに腕を引っ張られてコンビニに寄ってもこの調子。


 お願いだから離れて。


 …………あと、カップ麺はやめて。


「ちょっと、やめて。なんか作るとか、そういう発想は無いの?」


「ああ、なるほど。お料理くらいできなきゃね! 彼女としては!」


「だまれ妄想ぶっとび女」


「毒っ! でも、本心は分かってるもんね! あたしの事、大好きなんだもんね!」


 ああ、ほんと許して。

 僕、一国の女王を彼女にする甲斐性も根性も無いから。


「だ・か・ら! あたしの事どう思ってるか、もう一回言ってみて!」


「…………ラスボス」


「ラスボスゆーな!」


 そして怒り顔。

 面倒極まりない。


 ここ数日、ハイテンションなこいつを押し付けていたせいでジュエルも寝込んじゃってるし。


 たまの休日が台無しだ。



 でも、この迷惑騒音女。

 コンビニを出ると途端に静かになって、何かを考え始めた。


 なんだろう、嫌な予感しかしない。

 そう思って、寮への長い坂道をちょっと早足で登り始めた僕の背中に、意外とまともな質問が飛んで来た。


「大河、あの時誰かのシナリオだって言ってたじゃない。もしあたし達がこっちに転がり込んでゲートが閉まってたらどうなってたの?」


「…………君ら異世界の住人は、きっといないことにされてたと思う。だって君ら、世界的にはトップシークレットだし」


「そんなの認めないわよ! 立った二人でも、ゼロ・ランド軍と戦ってやる!」


「それ」


「え?」


「…………ほんとの狙いは、それだったんじゃないのかな」


 このシナリオを書いた人の目的。

 最終的な狙いは分からないけど、その過程はまさにアーシェ&ジュエルという極悪コンビを暴れさせることだったんだと思う。


 そしてきっと、そのコンビに振り回されるなんの力もない男子高校生がいることになっていたんだろうね。


「ふーん……。でさあ、大河。何度聞いても教えてくれないやつ、教えてよ」


「何度聞いても教えないんだから、教えないよ」


「もう……。じゃあ、推理だけ聞いて! あの黒マントの男が全部仕組んだんでしょ? だってそうとしか思えないし、ジュエルもそうだって言ってるし」


 いつもより早歩きで登ったもんだから、疲れちゃった。

 僕は道端の雑木に目を落として、その緑に癒されながら速度を落とす。


 すると、ふてくされた顔をしたアーシェに並ばれてしまった。


 陶器のような白い肌を麦わら帽子に隠した女の子。

 僕の理想の演技を見せる、世界でたった一人の大切な人。


 あ、ちょっと違う。


 世界でたった一人の、大切なキャスト。


 でも、そんな君に真相は言えないね。


「もう! ヒントくらい言ってよ!」


「…………じゃあ、月曜からのRPG、君の嫌がってたあれをやってもいい?」


「う。あれか…………、むむむむむむむ……、ようし! やったろうじゃない!」


 おお。


「よし、そういうことならすぐにコボルドさん達に準備させなきゃ。あと、衣装を作ってトラップを外して……」


「ちょ……、相変わらずの変態っぷりね。ほら、ダンジョンの事よりも! ヒント頂戴よヒント!」


「そうね。……あ、疲れてたの忘れて走ったらどっと来た。よっこらしょ」


 寮の入り口にある二段ばかりの階段に腰を下ろす。

 すると、坂の両側に立つ針葉樹に切り取られた街の景色が、人工照明によってキラキラと乱反射して見えた。


 そんな爽やかな気分も、後ろから抱き着かれてアゴを脳天に乗っけられたら台無しだけど。


「ごーまーかーすーなー!」


「やめて、はげる。昨日も枕に三本毛がついてた」


 誤魔化す気は無い。

 上手いヒントが見つからなくてのんびり考えてるうちに鳥頭な君が忘れてくれないかなって考えてただけ。


 でも、ほっぺたを両側から引っ張られては仕方ない。

 そのいやな攻撃を回避するために、仕方なく重要なヒントを教えてあげた。


「…………僕、16歳」


「え? …………バカにしてるの? それがヒントとか言わないでしょうね! そんなだったら、あたしなんか17歳よ!」


 うん。

 重要なヒント。


 そして、君には分からないだろね、この意味が。


「もう、なんで18歳じゃないのよ、大河!」


 …………そして、僕には君という生き物の意味が分からない。


「なんで18歳じゃないことに腹立ててるの?」


「そんなの決まってるじゃない!」


 そう叫んだアーシェが、左手を掲げる。

 その手首にキラリ、輝くのはブレスレット。


「婚約腕輪!」


「バカなの?」


「バカってゆーな!」


 ……しないよ、結婚。


 やっぱり、君という生き物が……。

 魔族という生き物が、僕には理解できなかった。


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