僕はこれから急用がある予定になってるんだ。じゃ、そういうことで


 砂埃が渦を巻いて、閑散とした目抜き通りを転がりぬける。

 見守る視線はさっきよりも多くなったというのに、木組みの町に急きょ出来上がった舞台に上がっているのは三人の女性だけ。


 一人は、妖艶な笑みを浮かべたお姉さん。

 一人は、少し怯えた瞳で彼女を見つめるダークエルフの子供。

 一人は、ラスボス以外には役に立たないどころか迷惑千万なフェアリーの女王。


 本当なら、今言った三番目のめんどくさい子ちゃんの手を引いてこの場から逃げ出してしまいたいところだけど、三つの理由があって僕はそれをせずにいる。


 一つは、アーシェが少女を助けるまではテコでも動きそうにない事。

 一つは、ダークエルフのお姉さんに俄然興味が湧いたこと。


 そしてもう一つ。

 このトラブル女王といっしょだったら、逃げた先にはもっと酷いトラブルが待っているに決まってる。


 だから僕だけ逃げてもいい?


「……改めまして、敵国の女王さま。これは私の国の問題です。余計な手出しは無用に願えません?」


 ダークエルフのお姉さんが、丁寧さの中に有無を言わせぬ意思を織り込んで語り掛けるのに対して、


「うるさいわね、ほっといてよ! ……ほら、頑固おやじのお店じゃなくてよそに行きましょ。早くお薬を買わないと」


 などと、アーシェが女の子の腕を引いて立ち上がらせる。


「だいたい何よ、この町のみんなは! 優しさってもんが足りないんじゃない?」


「さてそれはどうかしら。この場で優しさを持ってないのはあなただけじゃない? あなたのしている行為は優しさじゃない。甘やかしているだけ」


「かっちーん! あんたも大概よね! この子を見てなんとも思わないっての? このシャーベット血液女!」


「特に感慨は無いわ。良くある話じゃない。……それより、この子から成長の機会を奪う気なら容赦しないわよ、このマグマ血液女」


 うおーい。たった十秒で驚きの襟首つかみ合いとか勘弁して。

 今にもチューしそうなほど顔を寄せる二人の間に割り込むなんてバカな行為かもしれないけど、僕も入って行かないと収まりそうにない。


「……お姉さん。この子にお金あげるの、間違い?」


「さあ、どうかしら。間違いかどうかはともかく、単に私は反対なの。……坊や、あなたが銀貨を落とした時、誰かに頼る前に自分で見つけ出さない?」


 ……ま、そうだけど。


 正論を言い放ったお姉さんが冷たい視線を向けると、女の子は怯えながらアーシェの足にしがみついて隠れてしまった。


 それと同時にお姉さんがアーシェの胸をドンと押すと、女の子共々地面に尻もちをつく。


「……ほらご覧、熱血バカ女。この子は甘えることを覚えてしまったわ」


「こんな小さな子に、言い方ってもんがあるでしょうよ冷血バカ女! 優しい子なんだからちゃんとこれからは甘えずに生きていくわよ! ね、おじょうちゃん!」


「う…………、うん。がんばる…………」


「よし! じゃあ、お姉ちゃんと一緒にお金を探そうか!」


 アーシェに言われて、幼い目をしっかりと見開いて頷いた少女が地面に這いつくばりながら銀貨を探し始める。

 するとアーシェも、長い金髪を地面に引きずりながら道路脇の草むらに頭をうずめていった。


 膝を突いて、手をついて。

 デニムジャケットを埃まみれにさせながら。


 そんなアーシェに、ダークエルフのお姉さんが声をかける。


「やれやれね。自分の間違いに気付いた? だとしたらこの子の為にならないってことも分かるでしょう。手伝うのをやめなさい」


「やなこった!」


 アーシェの悪態に呆れて、思わずため息が漏れる。

 ……それと同時に、ぽかぽかとした胸が勝手に口端をゆがめてしまう。


 でも、きっとお姉さんは鼻白んでアーシェを見下しているよね。

 そう思いながらこっそり表情を窺おうとしたら、ふいと顔を逸らして道を横切る川沿いに行ってしまった。


 小さな橋の欄干に寄り掛かる立ち姿が実に絵になる。

 そして僕は、彼女の行動と表情を見て確信した。


 この人は、生まれながらにして役者の素質がある。

 いや、RPGマスターとしての資質も十分だ。



 ……少女は薄汚れた手で汗を拭って顔まで汚して。

 アーシェは服もすっかりドロドロにしながら這いつくばって。


 そんな二人の頑張りは、ギャラリーの目の色を塗り替えていった。



 所詮人生は、誰かの書いたシナリオに過ぎない。

 でも、このシナリオライターは自らも役者として参加しながら、どうやら一目でほれ込んだ役者の為に素敵なシナリオを準備してくれたようだ。


 それが証拠に、彼女の目は新鮮な驚きと慈愛とでキラキラと輝いている。



「…………ひとつ、聞いていい?」


「なあに、坊や」


 おう、ぞくぞくする。

 大人の女性はやっぱり違うな。


 やたら長い足のせいで欄干に腰かけてもまだ橋の木板に足先を付けるお姉さん。

 僕は彼女に歩み寄りながら、どうしても分からないことを尋ねてみた。


「……なんで、さっきの所なんです?」


 それまで優しい笑顔で二人を眺めていたお姉さんが、見開いた目を僕に向ける。

 でも、それすら演出と言わんばかりにふふっと笑い声を漏らすと、ダークエルフにしては随分と優しい目元を再び逸らして語り始めた。


「さあ? 何の話か知らないけど。…………ベルの上着に葉が付いている。あの子の家はこの川に沿って少し上ったところ。小川の畔を歩いて来たなら、ベルならヤブを漕いでまっすぐ登って来るに決まってる」


 ……おお。

 凄いね、演出に矛盾も生じさせないなんて。


「……おしゃべりついでの独り言だけど、ベルの母親、クーはそんなに重い病ではないの。この界隈の者ならみんな知ってる。……そして薬師が親切に咳止めをくれてやっていたせいで、あの子はそれに甘えるようになってしまったの」


 なるほど。ずっと引っかかってた違和感の正体はそれか。

 薬局のおじさん、ベルちゃんがウソをついたことに怒っていただけなんだ。


「…………でも、ベルちゃんの自立とアーシェに対する偏見を取り払うシナリオ、一瞬で考え付くなんて。尊敬」


「やめてくれないかしら。お互いに勝ち星を誇る程度の間柄とは言え、あの女とは敵同士。戦争という名のテーブルゲームで負けたものは迫害を受けるの。……ベルの父親も、釣り勝負に負けるまでは名うての沼漁師だったのだから」


 お姉さんはそう言いながらも、優しい瞳で二人を見続けている。

 本心の分からない人。ミステリアス美女。


 ……竹を割ったようなラスボスとの対比が実に面白い。

 僕の頭の中、既に彼女をゲートキーパーとしたシナリオがわんさか沸き上がってきているんだけど。

 さてそうなると、課題は一つに絞られた。



 どうやってお姉さんの弱みを握ろう?



 そんなことを考えながら見つめたお姉さんの瞳が優しく閉じる。

 それと同時に、川からずいぶんと離れた草むらで、女の子が嬉々として右手を掲げた。


「あったーーーーーっ!!! ほら、あったよ! あった!」


「おおおおお! やったね! ほら、早く薬買いに行ってきな!」


「うん! …………ありがとう、お姉ちゃん!」


 さっきまで泣きべそをかいていた女の子がすっかり笑顔になって可愛くお辞儀をすると、アーシェはぶんぶんと手を振って満面の笑顔で見送った。


 ……そしてギャラリーから一斉に安堵のため息が漏れて、まるで時計の針が動き出したかのようにそれぞれの行く先へと歩き始めるのだった。



 そんな皆さんがアーシェを見る目が柔らかい。

 ……いや、柔らかかった。


 なんで君はそうやってあっという間に貯金を使い切るの。

 そんないやらしいどや顔見たら、誰だってドン引き。


「どう? ちゃんとあの子が見つけたわよ、冷血女!」


「どうなってるのよあんたの頭は。……最初からそうするのがいいって言ってたのは私じゃないの」


「え? ………………はっ!? ほんとだ! あれれれれ? なに今の! いつの間にそんなことに……、まあいっか! あなた、優しいじゃない! これであの子も、困った時はまず自分で何とかしなきゃって考えるようになるわよね!」


 …………アーシェ。ねえ、アーシェさん。

 君が何をどうしたいのか、僕にはまるで分からない。


 ダークエルフのお姉さんは笑顔で受け答えしてくれているけどさ。

 普通の人だったら頭抱えてるとこだよ?


「あなた、ダークエルフのくせにいいところあるわね! 名前を聞いてもいい?」


「……ジュエラロゥドスタット。ジュエルと呼んでかまわないわ。あなたもいいところあるじゃない」


「そう? じゃあ、あたしのこともアーシェって呼んで!」


「それはお断りするわ、お嬢ちゃん」


「なんでよ!? むきーーーーっ!」


 ……二人が楽しそうな会話をしている今がチャンス。

 なんかこういうところ、すっかり役者っぽい動きが頭をよぎっちゃうんだよね。


 僕はアーシェの服を地面に置いて、ぎゃーぎゃーと口喧嘩を始めた二人に気付かれないように草むらに降りた。


 えっと…………、あった。お姉さんが投げ捨てた方のファーネル銀貨。

 さてと、後は気づかれないように戻らなきゃ。


 なんて思いながら顔を上げたら、褐色の凛々しい顔をほころばせたお姉さんと目が合った。


 おお、さすがは中ボス。

 手の平で踊らされている心地と共に橋に戻って、アーシェに見えないように銀貨を返すと、急に頭を撫でられる。


「坊や。君のことは気に入ったわ。その慧眼けいがん、頼らせてもらっていいかしら? ……代わりに、なんでも一つ言う事をきいてあげる」


「ちょっとジュエル! 大河の頭はあたしの枕なの! 返せ!」


 ……なんでも一つ?

 ふっふっふ、言いましたねお姉さん。


 でも、ここは落ち着いて。

 最終テストをさせてちょうだい。

 

「…………二つの質問に、僕の満足がいく返事をくれたら手伝う」


「ふーん? ……言ってみなさい」


「アーシェの事、気に入った?」


「ええ。非常に不本意だけど」


「アーシェの事、殺したい?」


「もちろん。隙あらば」


「ふざけんな冷血女!」


 地団駄と共に僕の身柄をお姉さんから奪い取らないで。

 いつものようにバックを取って締め付けないで。

 真面目な話をしてるんだから。


 ……それにしても、これは驚いた。


「で? 私はテストに合格したの? 坊や」


「完璧。これ以上ないくらい、完璧な中ボス」


「…………ちゅうぼす?」


「お姉さんの頼み、全力で解決する」


 夕闇迫る橋の上で、僕はいぶかしげな表情を浮かべたジュエルさんと契約を交わした。


 握りしめたその手は優しくて、柔らかくて。

 後ろから首を絞める腕には殺意がこもっていて、コンクリートよりも硬かった。




 ††† ††† †††




 結局、フ・ジャンガの町に宿をとることにした僕たちは、ジュエルさんの口利きで随分と豪華な旅館に落ち着いていた。


 綺麗な部屋、大きなお風呂、豪華な夕食。



 …………とっても迷惑。



 だってそんなの出されたら、このイナカもんがうるさくてかなわない。


「ねえ大河! お土産物屋がある! どうして? うそでしょ品ぞろえも商店並みなんだけど! これがこんびにってやつ? なにからなにまで凄いわねこの宿!」


 あああああ。めんどくせええええ。


 それにしても、宿に土産物屋。

 浴衣に卓球コーナーまであるなんて。


「日本の文化。普及してる」


「そうでもないわよ。限られた情報しか入って来ないから、私たちの国」


 その限られた情報、偏ってる。

 旅館の情報が完璧ってどういうことよ?

 ここ、まさに趣のある日本旅館そのものだ。


 一緒に宿泊することにしたジュエルが解説してくれるけど、僕はさっきからまともにその姿を直視することができないでいる。

 銀の長髪を結った褐色の細身がゆるーく羽織った浴衣姿とか、刺激が強すぎ。


 それに対して、君のイナカもんっぷりはほんと落ち着く。


「アクセサリーも可愛い! ねえ大河! 買って! ダンジョンのギャラが安い代わりに!」


 結構払ってるじゃない。

 でも、アクセサリーくらいかまわないか。


「…………しょうがない。一つなら」


「ほんと!? いやっほーい! これか…………、これ! むむむ……」


 ダークエルフの店員さん、二つの棚を行ったり来たりする金髪子供を呆れ笑顔で見つめてる。


 やれやれ、いまさら保護者じゃありませんとも言えない。 

 ジュエルと共に店内に入ると、どうやらうちの子供はイヤリングとブレスレットの二択で反復横跳びを強いられている様子。


 …………あれ?

 確か前に、フェアリーはブレスレットしないって言ってなかったっけ。


「落ち着きがないのね、フェアリーの王は。まあ、五歳児じゃしょうがないけど」


「…………ほんと」


「失礼ね二人とも! あたしは十七よ!」


「あら偶然。同い年」


 ウフフと笑うお姉さんに一つ聞いていいかな。

 ウソだよね。

 あと神様、あなたに一つ言ってもいいかな。

 不公平。


 唖然としてお姉さんを見上げたら、うなじに細い指を妖艶に添えていて。

 いっこ上になんか、見えない見えない。

 色っぽいにもほどがある。


「坊やはいくつなの?」


「…………十六。高校生」


「ふふっ。ウソはつかなくていいわよ?」


「そっくりそのまま御返却」


 子供みたいで悪かったね。

 …………神様って不公平。


 そしてこっちも年齢不相応。

 やたら美形の女神様のような子供がイヤリングを持って走って来た。


「こっ……、ち! これがいい!」


「…………イヤリング? いいよ」


「やたっ!」


 喜んでるようだけど、その視線と微妙な表情はなに?

 ブレスレットに未練たらたらじゃない。


 ほんとはそっちが欲しいのか、聞いてみようとしたけれど。

 アーシェは店の隅に置かれた機械を見つけるなりけたたましい叫び声を上げて走って行っちゃった。


「…………慌ただしい。五歳ならもうお姉ちゃんなんだから、落ち着きなさい」


「毒っ! それより、これ! 魔法カプセル売ってる! 銅貨二枚? 安い! これでこの間みたいな上級魔法使えるの? どうやって買うの!?」


「ほんと慌ただしいわね。ガーチャはあなたみたいな子供のおもちゃだから、上級魔法なんか入ってないわよ」


「子供ってゆーな! ジュエル! 毒吐いてないで、買い方を教えなさいよ!」


 ……何が出るかなシークレットガチャガチャ。

 そこから飛び出す魔法は、お遊びのような物ばかり。

 そもそも何が入ってるか書いてないから、使ってみてのお楽しみという子供向け、あるいはアーシェのようなイナカもの向けの遊び道具だ。


 呆れ果てたと言わんばかりの口調とは裏腹な笑顔を浮かべたジュエルが、アーシェの隣にしゃがみ込んでガチャガチャの説明を始める。

 その間に、僕はアクセサリーの代金を支払いに行った。


「何が違うのよ。魔法が入ってるんでしょ?」


「だから、普通は欲しい魔法を選んで買うの。何が入ってるかカプセルに書いてあるのよ」


「ん? よく分かんないけど、えい!」


 ……気合いの入った掛け声に続いて小気味いい歯車の音がガチャガチャと響く。

 誰かがやっていると、自分もやってみたくなるんだよね、ガチャガチャ。


 まあ、何が入ってるか分からないカプセルなんかいらないけど。


「出てきた! ……で? これ、何が入ってるの?」


「………………回復魔法よ」


 明後日の方を向きながらウソをつくのはやめようね、ジュエル。

 底抜けに親切なアーシェは、僕がくたびれているとすぐに心配してくれるんだ。


 ……最悪の未来予想図。

 それを食らうの、僕。


「へえ! あたし、白魔法使いに憧れてたからいいかも! じゃあもう一個……」


 ガチャガチャ、ガチャガチャ。

 もう一個という言葉は魔法の言葉。


 アーシェは手持ちの小銭が尽きるまで、飽きることなくレバーを回し続けるのだった。


 ……僕、きっと面白いリアクションとか取れないよ?

 その変なカプセルはリーダーにぶつけて頂戴。




 ††† ††† †††




「で? ジュエルの頼みってなんなのよ」


 ロビーの片隅。

 カプセルを両手に抱えたアーシェが獣毛のソファーに落ち着くなり、その柔らかさに目を丸くする。


 するとジュエルは、未だ売店にいた従業員に手を掲げてバックヤードへ下がらせると、木の椅子を一つ引きずってアーシェのそばに腰かけた。

 組んだ足から浴衣が滑り落ちちゃって太もも丸見えなんだけど、ちょっとは気にして。

 僕、これでも男子。


「別にお嬢ちゃんに手伝ってもらう気は無いんだけど、坊やには説明しなきゃね」


 人払いの上に、落としたトーン。

 アーシェもそこは察して、大声で怒鳴り返すことなくパンパンに膨らませた怒り顔でにらむ程度のリアクションに留めてくれた。


 ……しかし、それなりまずい話ってことだよね?

 興味は湧くし、僕のキャストの頼みだから聞かないって言う選択肢はないんだけど、ちょっと怖い。


 耳鳴りが聞こえるほど静まったロビー。

 そこに、何かの覚悟を決めたようなジュエルのため息が薄く響いた。


「…………私は、国王の娘。……第三王女なの」


「え? あんたのとこ、王子三人に王女は二人だったはずじゃ……」


「そう、対外的には内密にされているの。捨て子なうえに、魔族によって呪いがかけられているからね」


 僕はアーシェと目配せしつつ、思わず息をのむ。

 国家の重要機密。

 こんなの聞いて、おっと誰か来たらしいって訳にはいかなくなっちゃった。


「だから国内やここにはお忍びで顔を出すけど、対外的な仕事が出来ないの。……私はお兄様方の手助けをしたいのに、魔法が使えないダークエルフなんて役に立たない」


 そう言いながら、閉じられた両開きの正面扉へ視線を投げるジュエル。

 彼女の見つめる先へ目を向けると、何もないはずの空間に炎が上がって瞬く間に燃え尽きた。


 ……ファイア・スタート。

 目の前じゃなくて、遠くの空間にある分子を震わせるんだ。

 相当な魔力がいるはず。


「…………使えてる。と、思うんだけど僕には」


「違うよ大河。そういう意味じゃないわ。……その紋様、竜脈ね」


 いつになく落ち着いたアーシェの声に不安を煽られつつ振り返ると、ダークエルフの褐色の肌でも隠し切れないファイヤー・パターンのような禍々しい黒い紋様が、丸見えになっていたジュエルの右の太ももから腰にかけて巻き付くように浮き上がっていた。


 竜脈とは、魔族が自分の特技となる技を行使するために使う経絡。

 魔族の皮膚にはこれが常に浮き上がっていて、弱点であると聞いたことがある。


「ねえジュエル。これが呪いなの? それともあなたは魔族なの?」


「呪いの方が正解よ。でも、連続で大きな魔法を使うと蝕まれていく。そして最後には、本物の魔族に堕ちる。……王宮医師たちは、そう言っていたわ」


 ジュエルはふふっと自虐的に笑うと、手を組んで首を落とし、長い褐色の足に銀糸を思わせる髪をさらりと落とした。


「…………じゃ、頼みって言うのは、呪いを解く方法探し」


「違う。呪いを解く方法は明示されているの。坊やには、それを手伝って欲しい」


 そう呟きながらゆっくりと立ち上がったジュエルは、僕の頬へ優しく細指を這わせて、最後ににっこりと笑顔を見せながらこう結んだ。


「魔族を倒せばいいのよ」



 ――所詮人生は、誰かの書いたシナリオに過ぎない。

 そこで起こることは必然で、選択次第で物語は分岐する。

 だが、選択肢の無い部分については抗うことなどできやしない。

 泣こうが喚こうが、それすらシナリオ通りと言わんばかりに物語は進む。


 でも、今日だけはまだ見ぬシナリオライターに問うてみたい。 



 …………この物語、僕が死なないルート、あるんだよね?


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