中ボス、思ってたのと違う
手にした者が善であるか悪なる者か。
それによって奇跡の平和が訪れるか、はたまた血まみれの富を生み出すのか。
すべての
『中立の書』。
近隣の国で今にも勃発しそうな戦争を回避するため、これを手に入れようと地下都市へ潜入した四人の冒険者。
だがその都市もまた、血なまぐさい種族間の戦いで彩られていた。
トラップに引っかかり、半べそをかいていたコボルドが渡してきた紙切れに書かれていたことによれば、どうやら彼らはダークエルフとの抗争中とのこと。
彼女を倒してくれたら、ダークエルフが宝としている『中立の書』の隠し場所を教えるという約束をしてもらったことにより、冒険者たちはヒロインのコボルドを胸に抱きながら地下都市をさまよう。
だが、人間を都市へ引き入れた咎で、ヒロインは同族であるコボルドにも命を狙われることになってしまった。
「くそっ! ほんときりねえなこいつら!」
「いやん! モモ、そっちに行ったの!」
「……タニフー、援護、お願い」
「すまん、こちらも手いっぱいで……? おい、アッキー。ポチはどうした」
「いやん、いない! ポチ! ポチ!」
「いた! やべえ! ポチが囲まれてる!」
裏切り者との誤解を受けたコボルドが同族に囲まれて、そして今にも屠られようというその瞬間。
闇を切り裂くように突如現れた剣士が、手にした白銀のレイピアで一匹、また一匹とコボルドたちを切り捨てていった。
「うお!? 出たなダークエルフ!」
「いやん! 転校生のジュエルさま……、じゃなくて! ポチを助けていただいてありがとうございました!」
「……でも、あたしたちの敵」
そう、彼らに課せられた使命。
それは、ダークエルフを倒すこと。
「……坊やたち。ポチを守ってくれているのね。……その子は、怪我をした私を救ってくれた恩人なの。……ありがとう」
この言葉に、全員が武器を握る手に戸惑いを覚えた。
種族としての敵。
自分達が倒すべき相手。
だが、個人としての彼女と敵対することは本当に正しいのか。
「お……、俺たちは、戦争を止めるために『中立の書』を貸して欲しいだけなんだ! あんたとは敵対したくない!」
リーダーの叫びに頷き、固唾を飲む冒険者。
だが、妖艶な美女からの返事は悲壮に満ちたものだった。
「……君たちを、下の階層へ通すわけにはいかないの。もしもここが突破されたら、この地下都市の王である獣人に、我らダークエルフが残らず殺されることになっているの……」
そんな言葉と共に細剣を構えるダークエルフに、集中して武器を構えることのできる者はいない。
しかし、彼らの迷いをあざ笑うかのように、敵は一歩を踏み込んできた。
…………うん。今回のシナリオ、なかなか新境地。
本当の敵は分かっているのに、葛藤を抱えたまま、戦う必要のないジュエルを撃破しなければ先へは進めない。
実は、大きなヒントを出しているんだけどそこに気付けるかどうか。
キーパーソンは、ヒロインのポチ。
彼女は、敵であるはずのダークエルフを救った恩人なのだ。
そんな彼女に説得を頼めば、あるいは……。
だが、そこに気付くためには時間が足りなかったようだ。
この時点で、ルートは最良でもグッド止まりとなってしまう。
悲壮な覚悟と共に、四人は武器を構え、そして。
…………あれ?
……そして、爪楊枝で作った白旗をパタパタと振るダークエルフを見て呆気に取られてしまった。
「ひとつ、お姉さんからお願いがあるの。聞いてくれる?」
洞窟の壁に寄り掛かり、長い足をスリットから丸見えにさせながら組んだエロいおねえさんがなにやらとんでもないアドリブを始めちゃった。
「坊やたち、来週も必ず遊びに来てくれる? それなら通っていいわよ?」
「…………はい」
「おい。はいじゃないだろう、リーダー」
「……不潔、リーダー」
「う、うるせえなあ、しょうがねえだろ!? だったらお前らが言い返してみろ!」
「いやん! 確かにこんなセクシー美女に言い返すなんて無理なの! じゃ、ジュエルちゃん、来週と言わず次の金曜にもまた来るから通してね!」
雰囲気ぶち壊し。
手を振りながら下の階へ進むみんなを、笑顔で見送ったりして。
本来、マスターがパーティーから離れちゃダメなんだけど。
キャストへのダメだしなんて、ゲームが終わってからするもんだけど。
さすがにちょっと君に聞きたい。
「……国でファンタジー書籍をよく読んでたからばっちりって言ってたよね」
「ええ。本来なら今の流れで女子のうちどちらかが、あたしが最強の盾になる! みんなは先を急いで! って言うのが定番よね?」
「……まあ、そうね」
「そしてあたしに踏みにじられたその子が、あたしはもうだめだ! あたしを置いて先へ行け! って流れでしょ?」
「うん。あり」
「そして私がその子の体を思うがままに蹂躙するの」
「ん?」
「でもみんな未成年だしそういうことできないから通しちゃったんだけど……。どうしたの? 小指を木の根っこにぶつけた時のコボルドみたいな顔して」
………………最後、なんつった?
なんか、高貴な王族にあるまじき発言があったような。
「数少ない文献でしか貴重なゼロ・ランドの知識は入って来ないけど、ダークエルフはみんな勉強熱心なの。私も皆の見本となるよう知識を吸収して、道具の使い方とか完璧に把握……」
「止まれゲスやろう。……その本、薄い?」
「なに言ってるのよ。書籍はみんな薄いわよ。……違うの?」
まじかあ。
ダークエルフがエロいと称される理由。
女性の普段着が褐色多めな上にいかにもというデザインな理由。
日本の文化をあまり知らないと言いつつ温泉旅館という『定番』については完璧な再現が出来てた理由。
今、判明。
頭を抱えてうずくまることしかできなくなった僕をよそに、ジュエルの熱弁はさらに続いていた。
「ゼロ・ランドの貴重な文明を収めたそれらの書物は、わが国では『お宝』と呼ばれて大切に扱われるの」
呼び名が同じで驚いた。
「そして個人で所有する場合、他人に発見されては困るからベッドの下など誰にも見つからない所に隠して……」
「もういい、黙れゲス」
「なによ、失礼ね」
さすがに、からかわれている気になってきました。
なんでしょう、このギャップ萎え。
自分が口にしている言葉がどれだけエロいか知った時、今度こそほんとに
この子、まだ学校には転校の挨拶に来たばかりだけど。
普通に学園生活し始めたらきっと一瞬でぼろが出る。
誰かさんとは違うタイプのトラブルメーカーになりそう。
なんて考えていたら、階段を大慌てで逃げ戻る四人組を追いかけて、元祖トラブル女が勝手にここまで上がってきやがった。
「…………何やってるの? 王の間で待ってることもできないキャストは玉座に鎖で結わえつけるよ?」
「毒っ! でも文句があるのはこっちよバカ大河! 中立の書! ちょっとこれ! なに考えてるのよバカじゃないの!?」
ケモ耳へそ出しルックのアーシェが僕の顔面に叩きつけてきたもの。
その表紙には、「18」という数字にバツ印付きのマークが入っていた。
「我が国の聖典になんて扱い! これだから文明も知らないイナカ娘は……っ!」
「あんたが持って来たの!? うそでしょ信じられない! よくもこんなえっちな本……、とと、とにかく却下よ! この変態冷血女!」
「無教養な熱血バカにも分かるように説明してあげるわ。よくごらんなさい。最初はツンツンしていた女ヒューマンが、最後には大人しい男ヒューマンと共生の道を歩むという今回のシナリオにぴったりの……、あら。そう言えばこの子、あなたにちょっと似てるわね、金髪ツインテールだし」
「似てるとかゆーなーーーー!」
……大喧嘩を始めたキャスト二人を呆然と見つめるみんなの気持ち、痛いほど分かります。
でも、一番クチあんぐりなの、僕なの。
分かって。
一般知識を一から叩き込まなきゃいけない苦労に頭を抱えつつ、僕は延々と口喧嘩を続ける二人を、手にした台本で思い切りひっぱたいた。
††† ††† †††
……知識が偏り過ぎ。
てか、ゲス。
十七年にもわたる生活と離れ離れになったわけだし、このドラスティックな変化と共にまともな知識をつけてもらうしかない。
意外過ぎる属性が露呈したジュエルは先に寝るからと寮に戻って行ったので、いつものように丘の上から町を見下ろす僕にはアーシェのあご先が乗っかっている。
そう言えば、君だっておんなじだよね。
今までの平和な生活を捨てて、ここに暮らしているわけだし。
「それにしてもびっくりよ! なにあれ! ……ああ、思い出しただけで頭に血がのぼる……」
「見ちゃったんだ。じゃ、明日になったら警察行こうね」
君、まだ十七。
「不可抗力でしょ! 毒吐くな! ……はあ、先が思いやられるわ。ここでラスボスやり続けなきゃ国へは戻れないし。その間は雇い主に毒を吐かれっぱなしだし」
重い。
つむじが重い。
最近枕に抜けた毛がくっついてるんだけど、明らかに君の攻撃が原因なんだからやめて。
しかし、キャストがやりたいようにやらせるのが僕の理想。
それは芝居の間でも、普段の生活だっていっしょ。
好きに乗っけていればいい。
ここでの生活に、不満を感じさせる気なんてない。
……ということで、うってつけの品。
ポケットから包みを取り出して、肩からぶら下がっているアーシェの手に乗せた。
「なにこれ?」
「こないだ買ってくれって言ってたやつ。渡しそびれてた」
「ああ、イヤリング! わーい! さっそく付け……よ………っ!?」
手の平に包みの中身を取り出したまま絶句しているようだけど。
そりゃ、あれだけ未練たらたらに見つめてたじゃない。
鈍感な僕だって分かるよ。
そっちが欲しかったんだよね。
「でも、ブレスレットは付けないとか言ってなかった?」
「……………………だから、憧れなの」
ああ、なるほどね。
でもファースト・ランドにいる間なら誰に叱られるわけでもないでしょ。
僕が、青い宝石が煌めく金の鎖を巻いてあげると、アーシェはびくっと緊張しながらも素直になすがままになっていた。
「おお、似合う」
「あり……、がと。…………どうしよ、すっごく嬉しい」
「ファースト・ランドから出る時は外して。誰かに見つかったら叱られ……うおおお重い重い重い!」
んーーーーとか、声にならない唸り声で喜んでいるアーシェ。
よかった、さっきまでの不安、少しは取り除けたかな。
じたばたと足も揺すってご機嫌そうだし。
これで明日からもラスボス、がんばってくれるかな。
「大河! 大河ー! ねえ、もうちょっとおしゃべりしたいな! ねえねえ!」
「してるじゃない、今。……でもお腹が空いた。カップラーメン食べに戻る」
「カップラーメン!? 食べたい! あの赤いやつ!?」
なんだよ赤いやつって。
しかし余計な事言っちゃった。
こういうことがあるから、あんまり人としゃべりたくないのにな。
でも、君の場合勝手にしゃべり続けてくれるから丁度いいのかもしれない。
そんなことを考えながら、重たい荷物を肩に背負って部屋へ戻ると。
…………なんで常夜灯がついてるの?
「あら、遅かったわね坊や」
おう。
バカがいる。
「大河のベッドで何やってるのよあんた……っ???? なななな、なんで服着てないのよバカ女っ!」
「バカはあなたでしょ。ほら、無学なあなたにも教えてあげるからとっとと服を脱ぎなさい」
「ひあああああっ! ちょ、ふざけんなど変態!」
…………驚いた。
まさか、アーシェの方が正しい事を言ってるなんて思う日が来ようとは。
だからと言って、僕にその騒ぎを止める義務も術もない。
高台を埋め尽くすほどの大騒ぎを扉で封印して、僕は階段を下る。
そしてダンジョンに入って、コボルドたちと一緒に仲良く眠りについたのだった。
――続く
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