イナカの国の、高貴なお方。……つまりプラマイゼロ
そんな顔になるってこと、分かっていたけどね。
君の美しい切れ長な目も、そこまで見開いたらさすがにぶさいく。
「……うそでしょ? どんな巨岩をくりぬいたの? 凄い技術……」
「これがもともと一つの岩だったら、確かに凄い技術だと思う」
池袋。
新宿、渋谷にならぶ巨大都市。
その駅前に立ち並ぶビルを見上げたまま口を半開きにしたおのぼりさん。
まさか、ビルがもともと一つの岩からできてるなんて言い出すとは思いもしなかったよ。
人通りの少ないところで君を鞄から出したりしたらかえって怪しまれると思って、逆にパフォーマンス気取りで駅前ど真ん中にリリースしてみたら。
車を見て、人の数を見て、ビル群を見て。
呆けたように立ち尽くした挙句にこのセリフだ。
チェックのマイクロミニに重ねた前開きのシースルースカート。
汚れてボロボロだけど、どこか気品のあるパフスリーブの白いブラウス。
格好はギリセーフだけど、内面からにじみ出るイナカもん感は拭いようがない。
僕らのそばを歩く人の目に、お姉さんへの暖かな励ましが多分に込められていて恥ずかしいったらありゃしない。
とにかく、ここを見せておけば住宅地へ行っても騒いだりしないだろう。
僕は携帯を取り出して、封筒に書かれた住所の場所を確認した。
「ほんとに別世界なのね、ゼロ・ランド。馬車も、服も、城も、何から何までサード・ランドとは違う。それになんだか空気が合わないわ。体の節々が痛むみたい」
「それは大気組成のせいじゃ無い」
誰だって、一時間半も鞄に詰まっていたらそうなるよ。
……うん。この距離なら楽々歩いて行けそうだ。
携帯を片手に、空いた方の手でお姉さんを引く。
こうしないと赤信号でも平気で渡ってしまいそうだ。
それにしても、この知識の無さはちょっと変。
サード・ランドは電気と火薬が無いとは言え、日本の文化と共に発展してきたはずなのに、どうして君はそこまで何も知らないの?
今まで出会ってきたサード・ランドの皆さん、せいぜい知識が一年遅れっていう点を意識するだけで普通に会話できたのに。
誰に教わるでもなく、ファースト・ランドに初めて訪れた皆さんですら交通ルールとか基本的な事は知っていたのに。
やっぱり、この手紙に書いてある宛先。
マーベラントってとこがイナカなせいなのだろうか。
でも、そんなことを考えていられたのも束の間の事。
「……さて、カルチャーショックはもうおしまい。気合いを入れなきゃ」
そうつぶやくと、腕を引かれるがままだったお姉さんは僕に並んで歩き出す。
そして、すれ違う人が誰しも振り返るほどの凛々しい表情で前を見据えた。
その瞳に、覚悟の炎を携えて。
まだ見ぬ敵をにらみつけていた。
………………
…………
……
「誘拐?」
「そうよ! セカンド・ランドに遊びに行ってた私の国の人が、ゼロ・ランド人に連れていかれたの!」
ティーカップから立ち上る香りに目を細めていたお姉さんが、随分と不穏な言葉を口にした。
確かに、身長二十センチちょっとのフェアリーだったら内密理にゼロ・ランドへ連れ込むことも簡単だろう。
現にこうして、身長にして七倍くらいのうるさい貨物をファースト・ランドまで持ち込むことが出来ているわけだし。
「その手紙には、自分は無事ですって、こちらで平和に暮らしていると家族に伝えて欲しいって書いてあるけど、ちょっと眉唾なのよね」
「…………事実確認なら、正式に政府へ訴えればよかったのに」
「そんな悠長なことしてて売り飛ばされたり殺されたりしたらどうするのよ!」
うん、彼女の言う事には一理ある。
誘拐しておいて国外どころか異次元へ逃亡したわけだ。
こっちで金にする気なんだろう。
……下手をすれば異次元間戦争にまで発展しかねないセンシティブな犯罪。
絶対に足のつかない取引方法でも持っていなければこんなことはしないはず。
それとも、別の理由でもあるのだろうか……。
悩む僕からティーカップを取り上げて、お姉さんは立ち上がる。
「さあ! のんびりしていられないことが分かったら、早いとこあたしをゼロ・ランドまで連れて行ってちょうだい!」
「待って待って、ちゃんと教えて。まずはお姉さんもフェアリーなの? やたらでかいけど、空を飛べるの?」
そんな質問をしたら、お姉さんは乱暴に握ったティーカップから紅茶をぽたぽた零しながら、金髪と共にがっくりと首を落とした。
「……フェアリーはウソをついたり約束を破ったりしたらひと月くらい飛べなくなっちゃうの。だから、今は飛べないわ」
「やっぱウソなんでしょ? こんなでかいフェアリーいるわけない」
「でかいでかいゆーな! ……その子を助けに行きたいなんて言ったら止められちゃうに決まってる。だから国を出る時ウソついちゃったのよ」
うーん。
どう聞いても、いや、どう見てもフェアリーとは思えないけど。
「…………で、その誘拐犯に丸腰で立ち向かって、勝算はあるの? なにか得意な事でもあるの?」
「ノー・コメント」
ってことはなんかあるんじゃん。
……口を割ってもらおうか。
実はさっき気付いちゃったことがあるから、簡単に白状させること出来るし。
「それ言わないと、またウソをつくことになっちゃうよ?」
「何言ってるのよ、少年」
「だって最初に、できる限り協力するって言った。今の発言は非協力的」
「うっ! …………むむむ」
お姉さんは紅茶をばっしゃばっしゃ零しながら腕組みして悩みだした。
……ウソをつくと能力が消える。
それは誰だって簡単に気付くトリックなんだけど、この人は気付いてない。
ウソをついたという言葉の意味。
神なりなんなりがすべての生き物をつぶさに見ていたとしても、すべての言動がウソかどうか判定するとなるとそうはいかない。
明確にウソをついたと、約束を破ったとジャッジできる人物が必要だ。
その判定員。
……それはもちろん、自分自身に他ならない。
ウソをついたという心理的な効果で一ヶ月飛べなくなるっていうメカニズムはさっぱり分かんないけど、この際そこはどうでもいい。
今必要なのは、お姉さん自身が自分の発言をどうジャッジするかなんだけど。
まあ、誘拐された同胞を助けに行こうとするくらいのお人よしだ。
こうして揺さぶれば素直に話すだろう。
「うぬぬ……っ! ああもう、分かったわよ! 話すけど、絶対に笑わないで!」
「うん。表面的には」
「心の底から!」
「…………善処」
「ほんとによ! 笑ったりしたら蹴飛ばすからね! ……こほん。実は……」
周りには誰もいやしないのに。
お姉さんは僕に抱き着くように近付いて、耳のそばへピンクの唇を寄せる。
一晩中冒険を続けていたせいか、服から汗臭さが漂ってくるけど。
でも、それを掻き消すような高貴な花の香りが鼻孔をくすぐった。
胡坐をかいた膝にかかる金糸も柔らかくて。
眩しい胸元に目が固定されて。
……そして信じがたい単語が、僕の耳を撫でていった。
「…………ほんとに?」
「軽蔑した?」
「とんでもない。最高。……実にラスボス向き」
「ラスボスってゆーな!」
……
…………
………………
風水であるとか、占星術であるとか、陰陽道であるとか。
「……ここなの? 大河」
どうしてこんな特殊な家に、僕は気づかなかったんだ?
「ちょっと! 返事くらいして欲しいんだけど!」
池袋と言っても、南西側には旧家が立ち並び、住宅街となっている一角がある。
その中に、地図アプリを片手に歩いていたというのに二度ほど目の前を通り過ぎてしまったぼろ屋があることを指摘したのはお姉さんだった。
「…………よく気付いたね」
「これはダークエルフが得意な認識阻害よ。あいつらとはつい最近までドンパチやらかしてたからピンときたの! ……それにしてもヒューマンめ、まさか宿敵から魔法を買うなんて!」
うん、指をボキボキとか。
それは下っ端のやるやつだからラスボスがやっちゃダメ。
「いい? さっき立てた作戦通りに行くわよ!」
なんにもよくない。
作戦なんて練ってないじゃない。
……君が言ったの、「あんたが前ね!」って言葉だけ。
でも、ひょっとしたら僕が前の方が正解なのかもしれない。
怖いけど。
不安しかないけど。
「…………せめて魔法的なトラップがあったらすぐ教えて」
仕方がないので内側へ開きっぱなしになった門扉をくぐると、これまた
すげえ怖い。
「お? いい武器見っけ!」
僕の不安なんか微塵も感じてないお姉さんが、庭先に落ちていた竹ぼうきを掴んで振り回すと、錆びだらけだった留め具が外れて棒だけになる。
そんないい武器とやらで僕の背中をつつき出したけど。
分かったよ、行けばいいんだろ。
……開いた扉から顔だけ覗かせて、屋内の様子に目を走らせてみる。
もうじき夕方を迎えるというのに、屋内には明かりも点いていない。
玄関に脱ぎ捨てられたボロ靴の中に比較的綺麗な物がひと揃え並んでいる。
さっきは散々文句を言ったけど。
僕が前に出て正解だった。
気をつけないと大声をあげそうなお姉さんに向けて人差し指を一本立ててから、僕はRPGマスターとしての所見を伝える。
「…………敵は、いる。しかも罠を張ってる」
「そう? なんだか、建物以外に魔力は感じないけど」
「魔法じゃない。……朝、君も言ってた。これはトラップだ」
そう告げると、お姉さんは玄関扉をきょろきょろと観察し始めた。
うん、これは勝手に閉まって開かなくなったりしないから。
それは見た目で分かるから。
「……突入前に、もう一回確認させて。ほんとにフェアリーは飛べるんだよね?」
「うん。嘘をついたり約束を破ったりしたら、ひと月くらいは飛べなくなっちゃうけどね。でもなんでそんなこと聞くの?」
PRGにおけるトラップは大きく分けると二つあって、そのうち一つについて気をつけなきゃいけなくなるから。
設置した後、物理的なショックで作動するブービートラップ。
RPGにおいては爆発物を用いないパンジステークの類。
これについては注意して歩けばそうそう引っかかるものではない。
でも、もう一つについて。
殺傷力のある武器や罠の類を、見張りがタイミングよくぶつけたり発動させたりする場合。
しかも、屋内を無限に動き回ることが出来る者。
小型な上に空をも飛べるフェアリーの存在が、僕に全方位への注意力を強要する。
もしも誘拐犯が何らかの方法でフェアリーを脅迫できたとしたなら。
かなり厄介な敵になる。
例えばこの玄関。
下駄箱の中に潜んで毒矢を投げつけることが出来る。
天井から下がるランプシェード。
その裏に潜んで、つり天井を落とすこともできる。
「……ねえ、返事くらいしてよ」
視界の範囲内、ありとあらゆるところに目を走らせていた僕の肩に、不安げに乗せられた細い指。
……そうだね。
僕のRPGで遊んでくれる皆さんは、パートナーにそんな想いをさせることなんかしていなかったね。
こういう時は軽口の一つでも言って、安心させてあげるのが冒険者の第一条件だ。
「…………ラスボスにしちゃ、細い指」
「…………毒」
ふふっと漏れた吐息が耳にかかる。
リラックスしてくれたかな?
じゃあ、ダンジョンへ侵入しますか……。
薄暗がりの廊下を、靴のまま進むとキシリと鳴いた。
そんな小さな音すら、今の僕には
でも、それくらい臆病な方がいい。
一歩進むことによって変化する視界。
そのすべてを確認しながら一歩、また一歩と足を進める。
……すると不意に、天井裏を走る足音が耳に入った。
足を止めて天井に向けて身構える。
目立った脅威が無いことを手早く確認した後、今度は天井と逆の側、足元を注意深く観察する。
トラップ突破の基本。
音がしたなら、それと逆の側をじっくりと観察すべし。
でも、特に怪しいものは無さそうだ。
「…………お姉さん、聞こえた?」
「うん。……でも、なんで?」
あれがフェアリーだとするならば。
足音が聞こえたということは、一つの事実を意味する。
「今の子は、なにか『ウソ』をついたってことになる」
「うーん。ウチの子がそう簡単に『ウソ』なんかつかないと思うけど……」
なるほど。
「…………じゃあ、思い当たる『ウソ』は一つしかない」
「あの『手紙』ね。……幸せに暮らしてるって言うのが『ウソ』だった……」
僕が頷くと、お姉さんは真剣な表情で頷きを返す。
そして凛々しい瞳が、暗がりにある扉をにらみつけた。
「きっとあの部屋ね。一度入ったら、出られなくなっちゃったりして」
「こだわるね、それ。……ん?」
…………驚いた。
お姉さんが変な事を言い出さなきゃ気付かなかったかも。
この扉、本当に一度入ったら出られない。
鍵を開けるつまみが、廊下側に付いているじゃないか。
「これがオートロックだとすれば、ほんとに出られなくなる。お姉さんのおかげで助かった」
僕が朝の光景を思い出しながらドアに挟むために靴を片方だけ脱ぐと、お姉さんはドヤ顔を浮かべてふんぞり返った。
調子に乗らないように。
どんな優秀なパーティーだって、トラップに引っかかることがある。
それは、暗号や罠を突破して浮かれている時なんだ。
改めて慎重に……。
などとデキる前衛らしく集中してたのにさ。
僕を追い抜いて扉を開いちゃダメだよ、デキない後衛。
「ちょ! 待って!」
「さあ観念しなさい悪党! 今すぐうちの子を解放す…………、へ?」
「…………え?」
お姉さんを引き留めようと腰にしがみついた姿勢から顔をひょいと覗かせたら。
目に飛び込んできた光景のせいで、思考が完全に停止した。
豪快に開いた扉の先は、建物からはまったく想像もつかないほど華やかに飾り尽くされた部屋になっていたのだ。
ソファー。クッション。ベッド。ぬいぐるみ。
ピンク。白。赤。黄色。
レース。チェック。フリル。花柄。
まるで女の子の部屋。
そんな花園の中央で、
「たっ、助かった! 頼むからこいつを引き取ってくれ!」
…………細身の男が、額を床に擦りつけて土下座していた。
††† ††† †††
床に伏したままお願いしますと連呼する、なんとも地味な男。
そんな彼を見下すようにベッドの縁に腰かけた1/7フィギュア、ではなく。
豪奢なゴシックドレスにヘッドドレス、カフス、ブレスレット、アンクレットを付けた小さな小さなフェアリーが、いたずらっぽい笑顔を浮かべていた。
「やだ、手紙まで出したのにどういうこと? あたしは帰りたくなんか無いわよ?」
くすくすと笑いながら僕らを見つめるフェアリーを見れば一目瞭然。
被害者はこの男性だったみたいだね。
つまり、あの手紙に書かれたことは本当だったんだ。
「……顔を上げて。事情を説明してくれない?」
フェアリーと男とを交互に見比べていたお姉さんは、事情を被害者っぽい方から聞き出すことに決めたらしい。
武器を脇に置いて、男の前に正座した。
すると土下座の姿勢からメガネの顔だけ上げた男が、僕とお姉さんを見て不審そうな表情を浮かべる。
…………そうね、政府の人間が乗り込んできたとでも思ってたんだろうね。
そこにジーンズとミニスカの若造が現れたんだ。
よく分かります、その気持ち。
「えっと……、政府の方?」
「あたしは……」
「の、ような者です。落ち着いて事実のみをお話しください。正しくジャッジすることをお約束します」
言葉を止められたことにふてくされるお姉さんを無視して床に腰かける。
すると男は、僕の方を向いて話し出した。
「私がセカンド・ランドに行ったときにですね、彼女が自分を連れていけとせがんできたんです。イタズラされたと人のいるところで騒ぐとまで言われて、仕方なく鞄に隠して……」
「仕方なく!? あんただって結構乗り気だったじゃない!」
「うぐ!? ……いえ、その……」
あらら、ちっちゃなフェアリーに言われて縮こまっちゃった。
……お兄さん、二十五、六くらいに見えるけど、だらしないなあ。
「ま、そういう事よ。あたしは自分の意志でここにいるの。お引き取り下さいな」
高飛車なフェアリーはそう言いながらプイっとそっぽを向く。
そうは言ってもなあ。
万が一誰かに見つかりでもしたら大事だ。
どうやって説得しようか答えあぐねていたら、彼女を連れ戻すために必死の思いでここまで来たお姉さんが、とうとう怒りをあらわにしながら立ち上がった。
「ちょ、落ち着いてお姉さん。気持ちは分かるけど」
声をかけてはみたものの、怒りに震える肩の向こう、食いしばった歯からギリリと音が鳴るのを止めることなどできやしない。
そしてようやく口を開いたお姉さんは、震える声をフェアリーに投げかけた。
「…………そう言うように、この男に脅迫されてるって訳ね」
ええっ!?
どうしてそうなった!
ツッコミたい気持ちで見上げると、お姉さんが怒りの表情を男に向けて、わなわなと拳を握り締めていた。
「あたしは、暴力が嫌いなの。だから正直に答えて欲しい。……あなたがこの子を脅迫しているのよね?」
「何の話だ……」
そんな誤解を受けて動揺しているかと思えば、お兄さんは落ち着いた様子で姿勢を正した。
……いや、正座したままポケットに手を突っ込むとか。
態度が良いやら悪いやら。
「だったら一つ聞きたいんだけど、ドアの細工は何? ああして靴を挟まないと、あたしたち閉じ込められちゃうわよね」
「それは…………」
お姉さんの尋問に、表情をゆがめ始めるお兄さん。
「あと、フェアリーはブレスレットをしないの。あの子が腕にはめられているものは一体何? マジックアイテム? 指示に従わないと、呪いでも発動するのかしら」
「くっ……!」
男ににらまれて、慌てて腕を隠すフェアリー。
おいおい、ほんとどうなってるの?
「そして最後。彼女の背に浮いているはずの羽根が無い。ウソの手紙を書かされた何よりの証拠。……あたしは暴力が嫌いなの。投降しなさい」
これがとどめになったようだ。
男はポケットから小型のスタンガンを取り出すと、膝を浮かせてお姉さんへ突き出した。
……でも、それはちょっと甘かったかな。
僕はずっとお兄さんの動きに注目してたんだ。
その動きは想定の範囲内。
僕はマスターだ。
キャストに怪我なんてさせると思う?
こうして電極に向かって飛び出すくらい、マスターとして当然の……。
「ぐあああああっ!!!」
「大河!? ……き、きさまぁぁああ!!!」
いってええええええ!!!
スタンガンってそれなり長い事押し当てなきゃ効かないとか聞いてたけど、騙されたよ! 超痛い!
二人の間に飛び込んだ勢いで床に倒れたまま指一本動かせないけど。
痛みって、こんな効果があるのか……。
霞む視界の端に、呆然とするお兄さんの姿が見える。
でも、それも一瞬の事。
まさに電光石火。
お姉さんの竹ぼうきがみぞおちに突き刺さると、男は壁まで吹き飛ばされて轟音を立てた。
「ぐあっ! …………な、なんだ今の速さ…………。貴様は一体何者……?」
なんとか言葉を絞り出したけど、後は呻くとこしかできずに両手を投げ出して床に崩れたままのお兄さん。
お姉さんはそんな彼に近付いて、床に転がった二つの品、万年筆のような物とスタンガンを拾い上げた。
「こんなものに魔法が入っているなんて。そしてこっちの棒が呪いの発生装置ね。さてと……、あたしは暴力が嫌いなの。でも、大河に守られてまで不戦を貫くほど愚昧じゃないわ!」
金糸を思わせるツインテールをなびかせて。
得物の竹棒をくるりと構え直し、ぴたりと男に向ける。
「あたしが何者か? ……いいわ。望みとあらば、名乗ってあげる!」
そして震えがくるほど凛々しい表情を浮かべて、お姉さんは声高に名乗りをあげた。
「我はアンシエラ・アンジェローラ・シュバルクリフ・マーベラント! マーベラントの女王である! この名に傷を負わせたくば、命を賭してかかって来るがいい!」
…………素晴らしい。
僕は、ずっと探していたんだ。
剣を向けられた相手がその場で投降してしまう程の圧倒的な威厳。
畏怖すら感じながらも、目の離せない凛々しい瞳。
「さあ悪党! 返答やいかに!」
例え宿命を背負っていても。
守りたい物があっても。
自分という壁を打ち破るほどの勇気を奮い起こさねば、対峙することすらできない相手。
君こそ、正真正銘のラスボスだ!
そしてこの男は、自分を越えることが出来なかった。
ラスボスの闘気に当てられて、戦意を喪失した。
……そう思って見ていたんだけど。
どうやら、違うものに恐怖してたみたい。
「……マーベラント? ……フェアリーの女王!? ……そっ、それは!!! 去年の最強剣士決定戦の覇者! ク……、ク……」
「ぎくっ!? そ、それは言っちゃダメ!」
「クイーン・オブ・ザ・デストロイヤー!」
「ぎゃーーーー! デストロイヤーって呼ぶな!!!」
……うそでしょ?
なんだ、この結末。
人がせっかく感動していたのに。
なってない。
全然なってない!
お兄さんは恐怖のあまり膝を抱えてガタガタ震えてるし。
お姉さんは髪を掻きむしってギャーギャー叫び出したし。
しかも何?
クイーン・オブ・ザ・デストロイヤー?
なにそのリングネーム。
ほんっと、分かってない。
「大河……、大河!」
ひとしきり騒いだ後、お姉さんが駆け寄って来る。
体はまだ動かないけど返事くらいしなきゃ。
「……やっぱり最強。庇われたりして邪魔だった?」
「バカ言わないで! でも、ほんとよ。どうしてあたしを庇ったりしたの? 話したじゃない、あたしはサード・ランド最強の剣士だって」
どうして、か。
そんなの当然だ。
「だって、君に怪我をされたりしたら困る」
「大河……」
お姉さんの潤んだ瞳から、僕の顔に滴が落ちる。
だから、そんなに感謝する必要なんかないんだって。
「僕はマスターだから。キャストに怪我をさせないのは当然」
「……え? キャストだから、庇ったの?」
なんだよ複雑そうな顔して。
他に理由なんかないよ。
「でも、デストロイヤーって名前は無い。もっとかっこいい名前を考えてあげるから、楽しみにしてて」
「……名前? なんの?」
「ラスボスの」
そして複雑だった表情を見る見るうちにブサイクにしたお姉さんが、再び髪を掻きむしりながら大声をあげたのだった。
「ラスボスってゆーなーーーー!!!」
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