密輸品って、手荷物にバラバラに隠すものじゃない?


 ワンルーム。いや、1Kって言うんだっけ。

 人口に比べて土地のあるファースト・ランドにしては珍しく狭い賃貸だけど、バストイレ別な所が嬉しい僕の部屋。

 アルミサッシの窓を開けると、遥か天頂を覆い尽くすドームから届く早朝用の淡い光がフローリングを照らした。


 ここはファースト・ランド。

 東京都立四季島しきしま高校の学生寮、コーポ・江口。

 寮は他にいくつもあって、それぞれが随分とハイソで広い建物なんだけど、僕がここを選んだのには訳がある。


 ……学校から一番遠い。

 やたら急斜面の丘の上に建ってる。

 狭い。

 コンビニが遠い。


 そんな、入居者が誰もいない最悪物件に備わっていた唯一無二の美点。

 誰が作ったのやら、庭に二階層に亘るダンジョンが掘られているのだ。


 そこにコボルドたちを飼って、トラップや張りぼての敵を置いて。

 平日は、クラスのみんなが楽しむためのダンジョンとして開放しているのだ。



 所詮人生は、誰かの書いたシナリオに過ぎない。

 でも、誰かの物語の残滓が、こうして僕の物語になることもあるんだね。

 とは言えこれを誰かが書いたシナリオと呼ぶべきなのかどうなのか。

 今の僕には分からないけども。


 それでも信じたい。

 このダンジョンこそ、僕自身が作るRPGの舞台なんだと。


 資金、スタッフ、キャスト、舞台。

 ありとあらゆるものが、セカンド・ランドで行われるE3DRPGアンシラリー・リアル・ロールプレイングゲームには遠く及ばないけど。


 大きな一歩を踏み出した確かな手ごたえ。

 ……そんな、僕のRPGを彩る最高のキャストが、今まさに生まれようと……?



「…………あれ? 入っていいよ?」


 コートをクローゼットにしまいながらドアの向こうに声をかけると、少しだけ開けたドアから綺麗で怖い顔が半分だけ部屋に入って来た。


「なにこれ? 家? 木? 石? この扉は何? 魔法? あんた何者?」


「…………僕が何者かはともかく、君がイナカもんだってことは良く分かった」


「毒舌! いいい、イナカもんってゆーな! なによこんな扉くらい!」


 鼻息荒く、思い切り扉を開け放って。

 そして勝手に閉まろうとする扉に叫び声をあげながら慌てて押さえつけているのはもちろん、さっき出会ったお姉さんだ。


「こっ、これ! 知ってるんだからね! イナカもんだからってバカにしないで!」


「…………それがなんなのか、逆に教えて」


「トラップよトラップ! 後ろで扉が閉まったら、出れなくなるんだわ!」


 逆はあるけどね、ホテルとかで部屋に戻れなくなる事。


「さすがに、お姉さんのイナカものっぷりに飽きた。ご飯作るから入って」


 呆れも隠さずに言うと、どこかしょげた感じになりながらようやく金髪ツインテが部屋へ入って来る。

 でも、僕の靴を挟んで完全に閉まるのを防ごうとしないで欲しい。



 ――約束したわけじゃないけれど。

 僕のダンジョンのキャストが願ったんだ。

 ゼロ・ランドまで連れて行ってあげる。


 そう思って、お姉さんをキャスト申請してファースト・ランドにある僕の寮まで連れてきたけども。

 いやはや、驚きの連続で頭を抱えることになった。


 自動ドアも自動改札も金属探知機も入国審査も、いちいち抵抗するもんだから朝までかかっちゃったじゃない。


「み、未来過ぎて意味が分からない……。少年、あなた、何者なの?」


桜ヶ丘大河さくらがおかたいが。都立高校生。僕について驚くべき点があるとすれば、セカンド・ランドでゲームマスターをやってることくらい。……ああ、そこのスイッチを押して欲しいんだけど」


 僕のお願いに眉根を寄せつつ、お姉さんが照明のスイッチを入れる。

 すると部屋が明るくなったと同時に、お姉さんは外に逃げ出した。


「面倒。ゲートでも見たでしょ? 電気。明り」


「うそよっ! きっとこの光を浴びたら体が溶けて、巨大な石の化け物の一部にされてしまうんだわ!」


 うおおおおお。

 こいつは面倒な拾い物したあああああ。


 お姉さんをゼロ・ランドに連れていったりしたらどうなっちゃうんだろ。

 でも乗り掛かったどころか、船はとっくに出航しているし。

 ここでほっぽり出したら、せっかくのラスボスとお別れになっちゃうし。


 溜息しか出てこないけど仕方ない。

 そう思いながらポットに水を入れてガス栓をひねる。


 するとその様子を見たイナカものが、また大声をあげて扉を閉めた。



 …………うおおおお。めんどくせええええ。




 ††† ††† †††




「まず初めに、自分がイナカもんだと認識してください」


「毒っ! ……いえ、おっしゃる通りです。あたしはイナカものです」


 ようやく部屋に落ち着くまで一時間。

 それまでさんざん喚き散らしてくれたけども。

 ここ、周りに誰もいないからよかったようなものの、普通なら警察の御厄介になってるとこよ?


「いちいち驚かない。ゼロ・ランドはファースト・ランドよりもっと都会なの。そんな騒ぎ方したら、二人仲良く、即ポリスです」


「気をつけます。何を見ても驚きません」


 やれやれ、殊勝に正座してるけど。

 いつまでもつのかな。


 うな垂れるツインテが、床に金の渦を巻く。

 そんなしょぼくれたお姫様を見下ろしながら、僕はカップ麺を二つキッチンから運んだ。


「え!? なにこれ! さっきお湯を入れてただけなのに! お料理なの!? どういう仕組み? エルフの魔法、ここまでの事ができるなんはうっ!?」


「…………そうね。次回からはもっと早く口を押えてくれたら助かる」


 両手で口を押えてコクコクと頷くイナカものにフォークとカップ麺を手渡しながら正面に座る。


 ほんと大丈夫かな。

 君をファースト・ランドに入れたことが知れたら、僕はきっと戸籍ごと消されちゃうことになるんだけど。


 ラーメンをすする僕の姿を見て、なんとか真似して食べ始めたお姉さん。

 ねえ、何度も言うようだけど、君、美人さんなんだからさ。


 その味に目を丸くしないで。

 かっこまないで。

 むせないで。

 鼻から麺を飛び出させないで。


「…………で? どうしてゼロ・ランドに行きたいの?」


 ラーメンをすすりながら、僕はずっと知りたかったことを尋ねる。

 すると、ようやく見た目通りの凛々しさを取り戻したお姉さんがカップ麺を床に置きながら口を開いた。


「もご、ほごむんもっふ、もぐもぐんもご」


「悪かった。飲み込んでからでいいよ。あと鼻の麺がすっごく気になる」


「んぐんぐ…………。ごくん。…………これ! なんなの!? 美味しい! いいえ美味しいなんてレベルじゃない! きっとゼロ・ランドでも一流のシェフが丹念に手間暇をかけて……」


「本題。あと、鼻」


「え? ……ああ、そうだった! えっと、こんなものが国に届いたのよ」


 面倒極まりないイナカものが差し出してきた封筒。

 そこには名前が一切書かれていないものの、差出元と宛先の住所がはっきりと記載されていた。


 ……池袋から、サード・ランドにあるマーベラント王城へ?


「は? これが? サード・ランドに届いたの!?」


「うん! ハトが運んでくれた!」


 どういう仕組みなのか凄く気になる。

 でも届いちゃったものはしょうがないか。


 僕は封筒から取り出した手紙を広げて、そして再び感じたことをそのままお姉さんに伝えた。


「読めない。字、ちっちゃ」


「そりゃそうよ。ヒューマンの七分の一くらいだからね、フェアリーは」


 ふむふむ、そりゃ納得。

 ……できるかーい。


「フェアリーって、見たこと無いけどあのフェアリー?」


 サード・ランドに、十数年前突然現れたと言われる特異種。

 宙を自由自在に動き回れるせいで、小さいくせに物理攻撃に対してほぼ百パーセントの回避が可能な最強タンク。


 サード・ランドで毎年行われている最強剣士決定戦にフェアリーの国の王様が去年エントリーして、一撃も攻撃を食らわずに優勝したって伝え聞いたけど。


「あたしたちフェアリーの国がマーベラントよ。そこに書いてあるでしょ?」


「ちょ、ストップ」


 急に自信満々、ふんぞり返りながら話し出したけど。

 ツッコミどころ満載だけど、とりあえず一番重要なことだけ聞こうか。


「…………そのフェアリーが、いるの?」


「そう書いてある」


「池袋に!?」


「ああ、イケブクロって読むの。シ也袋だと思ってたわ」


 そこじゃない。

 ツッコミたい気持ちをなんとか堪えて、僕は手紙に目を落とした。



 文面は読めないけど、便箋の右下には小さな手形がサイン代わりにスタンプされている。

 フェアリーが都内にいるという証拠はこれで十分。


 ……信じがたいことが起きている。

 それに彼女、あたしたちの国って言ってたけど。


 一体何が起きているのか。

 彼女は何者なのか。

 どうしてフェアリーが東京にいるのか。


 すべての疑問を解決するには、ちょっと時間が必要そうだ。

 僕は紅茶を淹れるために立ち上がりながら、まずは一番気になる点を解決すべく、金髪のお姉さんへ声をかけた。


「…………まず、鼻」




 ††† ††† †††




 ホログラムや照明の効果で異世界感を演出する『東京フェアリーアイランド』の入場ゲート。

 高さ三メートル半もある漆黒の『ゲート』から波紋を浮かせながら入って来るお客さんは、大学生や修学旅行生、後は海外からの観光客ばかり。


 それもそのはず、今日は平日。

 僕みたいにサボリでもしない限り、テーマパークへ遊びに来る人はいないよね。

 ……まあ、別に僕らはここで遊んでいたわけじゃないんだけど。


 東京湾に浮かぶ、巨大なドーム。

 その半分を占めるテーマパーク、『東京フェアリーアイランド』は地下鉄有楽町線に乗って新木場の次の駅で降りれば目の前が入国管理局という名の入場ゲートになっている。


 いや、本当の意味はまるで逆だけど。

 入場ゲートに見える施設が、地球から異なる次元への出入国管理局なわけで。


 この、本物にしか見えない――実際、本物なんだけど――デミ・ヒューマンや魔獣が蠢くファンタジーアイランドから、何かを持ち出すことが無いよう厳しくチェックしているのだ。


 おみやげ物はゼロ・ランド、つまり地球で作られたものばかり。

 写真はいくらでも言い訳がきく。


 でも、こっそり何かを持ち帰られて、そこから異次元というものが露見したら。

 実はこのドームの中はただの海で、ゲートをくぐって異次元に来ているということがばれたりしたら。

 ファースト・ランドからセカンド・ランドを経て、さらにゲートをくぐった先にあるサード・ランドの住人たちがここでキャストとして働いているなんて知れたら。

 ……どうなっちゃうんだろ。


 ちょっと規模が大きすぎてよく分からないや。



「…………ちょっと、大河! 狭い!」


「うるさい。しゃべるな、鞄」


「毒っ! こんな酷い扱いして、ただじゃおかないんだからね!」


「あと一言でもしゃべったらこのままサード・ランドに送りつけてやる」


「…………」


 このおしゃべり鞄が持っている『キャスト用パス』ではゼロ・ランドへのゲートが通れない。

 だからこうして、危ない橋を渡ることになっているんだけど。


 まったく、面倒なお姉さんだ。

 いや違った。

 これはただの、でかい旅行鞄。

 今僕は、旅行鞄を持ってスタッフ通用口から出てきた、いわゆる『関係者』。


 僕はスタッフだから手荷物検査も無しでゲートをくぐることが出来る。

 つまり、お姉さんをゼロ・ランドへ連れ出すことが出来る。

 それがこうしてゲート前で立ち尽くしているのには訳がある。

 より、間違いなくゲートを通過するためだ。


 かれこれ一時間。

 怪しまれないように携帯でちょくちょく時計を確認して過ごす。


 すると、ようやくうってつけの顔見知りが通用口から顔を出した。


橋上はしがみさん、こんにちは」


「ん? ……あらやだ、マスター・タイガーじゃない! 久しぶりね!」


 黒のスーツをきっちり着こなすベリーショートの大人の女性。

 橋上さんは、外交官――ファースト・ランドの関係者は全員そう呼ばれるわけだけど――その中でもかなりの権力を持つ大物で、僕を、セカンドランドを使ったリアルなRPG、E3DRPGアンシラリー・リアル・ロールプレイングゲームのマスターとしてスカウトしてくれた人だ。


「ん? 学校はどうしたのよ、サボり?」


「はい。ちょっと池袋まで行こうかなって。橋上さんも東京へ?」


「やだ。ここだって東京都江東区じゃない。……今日は予算折衝よ。都知事と密会」


「密会なら言っちゃダメです」


 悪戯っぽく笑いながらサングラスを外すと、薄めのアイラインが引かれた大きくて魅力的な瞳が顔を出す。

 そんな橋上さんの後を、僕は鞄を引きずりながらついて行った。


「どう? お仕事の方は。やりがいある?」


「ええ、おかげさまで。楽しいです」


「それは何より。……今はゼロ・ランドのVIPやファースト・ランドの外交官用に提供してるわけだけど、そのうち軌道に乗ったらサード・ランドの皆さん向けにシナリオ書いてもらうから、今のうちに準備しておいてね」


 なんと、そんな話になってたのか。

 ……ファンタジーの住人が遊ぶためのファンタジー。

 やっぱり、敵は魔王軍で決まりかな。


 仕事の話をしながらも歩く速度を落とさない橋上さんに、ゲート管理局の皆さんがいちいち姿勢を正して敬礼している。

 やたらと重たいお姉さ……鞄のせいでついていくのもやっとだけど、橋上さんのおかげで危なげなく漆黒のゲートに足を踏み入れることが出来た。


 真っ黒な沼に足を踏み入れる感覚。

 でも、次元を超えた先には間違いなく地面があって。

 足に続いて顔がゲートを越えると、ようやくゼロ・ランドの景色が目に飛び込んできた。



 ……大気が違う。

 いくらテラ・フォーミングされたからと言っても、ファースト・ランドの大気組成はやはり地球の物と違う。


 そんな、久しぶりになるゼロ・ランドの空気をお腹いっぱいに吸い込んでいると、橋上さんに笑われた。


「ふふっ。……やっぱりこっちの空気の方が美味しい?」


「一番好きなのは、セカンド・ランドの空気」


「あらやだ。てっきり、どこかの学生寮に掘ってある地下の空気が一番好きなんだと思ってた」


 ひゃあ、ばれてるし。

 思わずせき込みながら顔を背ける。


 だって、あそこには反則すれすれなコボルドたちが住んでいるわけで。

 いや、今はもっとでかい反則をしてるわけだけど。


 ……鞄を引く手に力がこもる。

 すると、誤魔化しようのない動揺が伝わったのか、橋上さんは僕の頭を撫でながらニヤリと口端をゆがめた。


「多少のやんちゃは大目に見てあげるわ、マスター・タイガー。でも、節度は守って頂戴。……これからも、あなたのシナリオで優秀な戦士を作り上げてね?」


「え? それって、どういう……」


「ふふっ。……あたしはビジネスの準備をしなきゃいけないから、雑談はここまで。また時間を作ってあげるからその時にね。……中華でいい?」


「うん、大好物」


 僕の返事を聞くが早いか、ポケットから携帯を取り出して誰かと話しながら足早に駅へ向かう橋上さん。

 その後姿を見つめながら、思わず首を捻る。


 ……優秀な戦士?

 何のことだろ。


 所詮人生は、誰かの書いたシナリオに過ぎない。

 でも、彼女の書いたシナリオになら踊らされるのも悪くない。


 だって、僕に理想の仕事をくれた人だから。


 そのおかげで、僕のダンジョンを手に入れることが出来たのだから。


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