僕のダンジョンは、モンスターへのお触りが禁止となっております
如月 仁成
僕のダンジョンにはラスボスがいない
ボンテージが似合いそうだったからスカウトしてみた
白、赤、金。
三つの月が、霧に浮かぶ虚ろな古城の姿を冷たく照らす。
永きにわたり人目に触れることなく、深き森に抱かれながら静かに朽ちていく城。
壁を伝うシダは五階層にも及ぶ尖塔を覆い尽くし、そのため城の正面にしつらえた豪奢な樫作りの扉さえ悠久をただ一枚の壁面として過ごしてきた。
だがその扉は、今、紅蓮の炎によって強引に目覚めを余儀なくされたのだ。
……時が迫っている。
ひとつ。古城がその姿を再び霧に隠すまで、数刻の間も残されていない。
ひとつ。転移の儀が完遂するまで、数瞬の間も残されていない。
尖塔の最上階。
『流刑の間』。
そこから、霧の森が身震いするほどの金属音が響き渡っていた。
真・魔王軍、十三魔剣が一人、『
だが、赤い
薙ぎ払われた男は冷たく硬い大理石を二転、三転すると、戦いのうちに刻まれた経験則により、地に尻を突いた情けない姿勢で停止しながらも諸手で光輪剣を敵に対して突き出していた。
「ふはっ! その反応には見どころがあるが、歯牙にもかからん稚魚では無いか! 我が虚ろなる根城を暴いた勇者と心躍ったが、到底この身に届くものではない!」
尾を盛大に振るって玉座を叩き壊し、自らを鼓舞する十三魔剣。
敵は圧倒的。
だが、男には戦う理由がある。
背負うものがある。
視界の端には禍々しい光を放つ魔法陣の中からこちらを見つめる精霊の少女。
半透明の法衣を纏い、両手に木の枷をはめられた姿が涙を浮かべて立ち尽くす。
彼女を助け出さなければ、世界はまた一つ、大粒の涙を落とすことになる。
「くそっ、時間が無い! あれをやるぞ!」
「そんな! まだ一度も成功したこと無いのに……っ!」
水着風の軽装に黒いローブを羽織り、宝玉をはめ込んだロッドを手にした女が悲壮な叫びをあげる。
だが、そんな弱気を、男はいつもの軽口で一蹴した。
「へへっ! 失敗したら、またいつもの下手くそ包帯で手当てしてくれよ!」
「もう! どうなっても知らないんだから!」
女がロッドを構え、男の背に向ける。
そして呪文の詠唱と共に、赤い宝玉から雷撃がバリバリとほとばしり始めた。
「スティグ・ロー・プリズムロッド! 吹き荒れろ
叫び声と共に左右へ二本はじき出される光の矢。
物理打撃を与える中級攻撃魔法。
それらはリザードマンへと急激に向きを変えて襲い掛かったが、魔王軍の幹部である彼にとっては両の腕で叩き落す程度の所作で対処できるものだった。
だが。
「うおおおおおおおおおっ!!」
「なにっ!?」
背中に魔法の矢を受け、有り得ない速度で自分へ迫る勇者にリザードマンが驚きの声をあげる。
そして捨て身の突進に反応する間もなく、勇者が突き出した光輪剣が硬いうろこに覆われた額を貫いた。
「ぎゃあああああああああ!!!!!」
……王の間を埋め尽くし、森の霧すら吹き飛ばすほどの断末魔。
その叫び声がこと切れると、ハセの町を苦しめ続けた諸悪の根源は、とうとう音を立てて朽ち倒れるのであった。
「……やった! うおおおお! 倒したぞーーー!」
「でも! 転送が止まらない! ……これ、間に合わなかったの!?」
喜びも束の間。
男は魔法陣から立ち上る光の中で絶望に肩を落とす精霊の少女に駆け寄った。
だが、その光に手は届かない。
光柱を覆う障壁が二人を分かつ。
「シルフィー! シルフィーーー!」
「……勇者様。残念ですが、送還の儀式は完了してしまいました。私はまた魔王軍の将軍の元へ送られ、この魔力を悪事の為に使われることになるでしょう」
男も、女も、そして少女も涙に暮れていた。
「でも、お二人の勇気は無駄じゃありませんでした。ハセの町の皆はきっとあなた方を英雄と呼び、力を貸してくれることでしょう。……諦めないでください。あなた達ならばきっといつか…………っ!」
魔法陣から立ち上る光の柱は唸りをあげて輝き、王の間を照らし尽くす。
あまりの眩しさに瞑った瞳。
それを再び開いた時には、不幸な少女の姿はどこにも無かった。
「シルフィーーー!!!」
「ああ、シルフィー…………」
……膝を突く二人の耳に、ガラスが砕けたような音が響く。
精霊から供給されていた魔力による障壁が消えた音だろう。
そこに捕らわれていたハセの町民たちが、雪崩を打って飛び出してきた。
「助かったのか?」
「おお! 我々は助かったのだ!」
「勇者様! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「勇者様! ばんざーーーーーい!!!」
不当な暴力に苦しめられてきた町民が、二人の勇者を囲み、崇め、称え。
晴れ渡った霧の元、三つの月光に照らされた古城の最上階は歓喜に包まれる。
……精霊は、未だその力を悪用されるがままなのに。
彼女の望まぬ不幸が、世界に蔓延することを止めることはできなかったのに。
物語は。
彼らの冒険はまだ続く。
だが、一つの物語。
今宵の物語は、こうして幕を閉じたのだ。
……
…………
………………
皆さんが、お互いに抱きしめ合って感動のエンディングを演出中。
そんなムードに、心得たタイミングで声がかかる。
彼はパーティーのサポートメンバー。
王の間に入るなりトラップに引っかかって黒焦げにされた、上半身裸になったワーウルフの男だ。
二人が酒場で知り合った、きな臭い獣人。
金に汚いくせに体を張って彼らを守って来た白い毛並みのワーウルフ。
そんな彼が、終始凄みを利かせていた目元を柔らかく崩した。
「…………おめでとうございます! 見事なグッドエンドでした! いやー、まさか十三魔剣を倒してしまうとは思いませんでしたよ!」
「え!? 今のでベストエンドじゃないって言うの?」
「うそだろ? こんな痛い思いまでしたのに!」
どっと湧いた笑い声。
そんな町民役のキャストを割って、スタッフが鎮痛湿布を高橋さんの背中に張る。
「無茶なさらないで下さいよお客様。正直、肝が冷えました。……私がクビにされるかもって」
「俺の心配じゃねえのかよ!」
「いやいや、だってお客様が勝手にやったことですし」
腰を低くしながら頭を掻くベテランのワーウルフは、リップサービスも加減ってものを心得ている。
お客様は大笑いしながら立ち上がると、ワーウルフの肉球目掛けて力強くハイタッチした。
「さあ、勇者のお二人様。三日間に亘る冒険も今宵で最後。ハセの町に戻っての盛大な晩餐が待っています! どうぞお帰りまで楽しんで下さいませ!」
「ああ、腹もペコペコだ。しかし、いやー! 今回も面白かったな!」
「ほんとね! さすがマスター・タイガーのシナリオ! 感動した!」
歩き出すお客様の視界を遮るように、さりげなく町民役の皆さんが壁を作ると、初めて一緒に仕事をしたリザードマンの役者さんが僕に軽く手を振りながら、魔法陣の床に作った隠し扉へ身を滑り込ませる。
小さな事務所の役者だからそんなに期待していなかったんだけど。
是非今後も出演してもらうことにしよう。
「実は先月、他のマスターのシナリオで遊んだんだけど微妙でさ……」
「ほんと! あれは無いわ~!」
興奮冷めやらず、夢中になってお話されるお客様を率いて城を下り始める面々。
そこに混ざって付いていくと、スタッフから書類を一つ手渡された。
えっと、いつもの収支報告だよね。
……うん。予算内。
でもギリギリじゃん。
一メートルくらい噴き出す光に触れると、ピリッと痺れる光輪剣。
こいつが出回って、武器で叩かれなくて済むようになったキャストの皆さんからのクレームは減ったけど、高いなあこれ。
エルフの皆さんにもうちょっと安く作れないか交渉してくれないかな、東京都。
それともう一つ。
暗号解いて開けるはずの扉に魔法ブチ当てて壊されたせいか。
正面扉は演出上修理代を見越してたけど、これは想定外。
こっそりとため息をつく僕の耳にはお得意様のトークが未だに入って来るけど。
もうちょっと落ち着いて冒険しましょ?
じゃないと赤字になっちゃう。
「ほんと酷かったよな、マスター・東条のシナリオ。ド派手な演出で、最初はすげえなって思ったけどストーリーがまるでなくてさ」
「そうなのですか? 私はここしか知らないもので……」
「うん! 変だなってところ指摘したら、気にするなって言われた」
「そりゃ酷い。柔軟性のないマスターですね。では今後ともこちらをごひいきに」
そんな軽口に、大笑いしながら結城様がワーウルフの白い毛をバフバフと叩く。
するとスタッフが駆け寄って、お客様の重たい装備を一つずつ回収し始めた。
「おお、サンキュ。……それにしても、ほんとおもしれえよ、マスター・タイガーの
「ほんと! 泣けるし!」
「派手さはないけど人情話とか堪らんぜ! 今回もやたら泣いたし!」
「きっとあたし達より年上よね? マスター・タイガーってどんな人なの?」
「さあ、私もお会いしたことはありません」
おいおい、尻尾でこっちを指さないでよ。
気付かれちゃうでしょ?
周りのスタッフさん達がくすくす笑い出して。
キャストの方も、なんかにやにやしてるし。
ダメだって。
高校生が作ったRPGだなんて知ったら、萎えちゃうかもしれないじゃない。
ずっと、僕が趣味でやってきた
毎日のようにシナリオを考えてきたから、大人だって楽しめるものを作る自信はあるけども。
いらん色眼鏡をかけさせる必要はないだろ。
――螺旋階段を降り切って、巨大なエントランスへ辿り着く。
さっきまで派手に燃えていた扉をくぐると、辺りはすっかり暗くなっていた。
ここ、セカンド・ランドに浮かぶ三つの月。
三色の光に照らされた、ツタが這う石の階段の先には馬車が到着している。
お客様とキャストの半分を町まで帰して、盛大な夕食会が行われるのだ。
そして残ったキャストの皆さんは馬車の見送りを済ませると、城の補修と機材の撤去にとりかかる。
僕らスタッフは、ここで解散だ。
「あれ?
「そっちはゲート街じゃねえぞ、タイガー。十三魔剣でも倒しに行く気か?」
ここ数回、シナリオサポートとして一緒に働くエルフの女性とヒューマンの男性が軽口をたたくと、周りにいた皆さんが揃って大笑い。
芝居が好きな皆さんは冗談も好きだ。
本番の間は真剣だけど、普段はこうしていっつも笑ってる。
「……ちょっと、下見。この先に沼があるって聞いた」
「遅くならないようにね」
「そうだぜ。この辺りは安全とは言え、セカンド・ランドを舐めちゃいけねえ」
「……だいじょうぶ。ちょっと見たら帰る。明日、学校あるし」
「おう! 気をつけてな!」
「お疲れ様~!」
手を振る皆さんに会釈して、月明りの中歩き出す。
楽しい皆さんとのお仕事は、実に楽しい。
……でも。
僕には夢がある。
東京都やサード・ランドが出資してくれる、誰かに頼ったRPGじゃなくて。
僕だけの力でRPGを作りたいんだ。
お仕事のシナリオを考えること、そしてお客様に楽しんでいただくことは確かに楽しいけど、なにかが違う。
所詮人生は、誰かの書いたシナリオに過ぎない。
自分のためのハッピーエンド。
そこに至るためのヒューマンドラマ。
僕がRPGを作ることも、結局は誰かの書いたシナリオのような気がして。
……いや、実際そうなのだけども。
だから思うんだ。
誰かの作ったレールには乗らずに、僕だけの力でRPGを作りたい。
それこそ本当の意味で『マスター・タイガー』のRPGと呼べるんじゃないか。
とは言っても、まずはそのための資金作りをしなければならない。
つまり、誰かのシナリオ通りにお仕事をしなければならない。
……仕事と趣味について考えながら。
仕事用のシナリオと趣味のシナリオをごっちゃに考えながら。
そんな散漫な歩き方をしていたせいで、気付けば随分と歩きにくい踏み分け道に出てしまった。
下葉が革製のブーツに絡みつくほどに濃い。
緑の香りも濃くなってきたかと思うと、行く手が苔むした木々に阻まれる。
でも、こんなのセカンド・ランドじゃ当たり前の事。
胸丈まであるヤブを漕ぎ漕ぎ、足を引っ張るツルを引きずって進む。
こういう時は剣でも持ってたら楽に進めるんだけど、僕が持ち歩くのは二本の木が絡み合う様に捻じれた長めの杖。
こいつじゃクモの巣を払うくらいしかできん。
僕も現場に出る間はファンタジックに冒険者っぽい格好になるわけだけど、この魔法の杖っぽいやつが好きなせいで魔法使いスタイルになることが多い。
そして痛感する訳だ。
まほつかは、最後尾を歩くもんだってね。
藪漕ぎにまったく向かないいで立ちでなんとか緑の壁を突破すると、急に視界が開けて砂利ばかりの岸辺に出た。
深い緑の風が水面を抜ける大きな沼。
そこに浮かぶさざ波を、三つの月がそれぞれの色を競うように塗り分ける。
……幻想的で、実にいいじゃないか。
是非ともシナリオに組み込もう。
昼間はどんな景色に見えるんだろう。
想像しながら砂利の岸辺を歩く。
……僕のRPGにも、水辺シチュエーションがあると盛り上がるかな。
でも、あんな狭いところに沼は無理だから。
花の庭園があって、噴水があって。
そこに、美しい、まるで女神みたいな子が寂しそうに佇んでいて……。
妄想が膨らむ。
お仕事の方のシナリオを練りに来たってのに、気付けば趣味の方ばっかり。
そうか、お仕事の方なら女神役なんてすぐに見つかるけど、趣味の方でそんな人を雇ったら大変だよね。
……そもそもラスボスすら張りぼてだし、そっちが先か。
世知辛い現実に、思わず溜息。
女神様か……。
三つの月が静かに見下ろす、少し緑がかった沼を見つめていたら、ばかばかしいシナリオが頭をよぎった。
木こりが沼に斧を落とすと、両手に金銀の斧を持って、頭に木の斧が刺さった女神様が浮いて来て。
あなたが泉に落としたのは私が右手に持つ金の斧ですね?
違います。
あなたが泉に落としたのは私が左手に持つ銀の斧ですね?
違います。
あなたが泉に落としたのは私の頭に刺さった木の斧ですね?
そうです。
では、あなたが今から泉で落とすことになるのは、その命ですね?
とか言って斧を振り回して襲って来る。
…………面白いじゃない。
たまにはいいよね、コメディーも。
でも、どれだけシナリオに組み込みたいと思っても。
そんな女神様、やっぱりはまり役って子が思いつかない。
クラスにも綺麗な子はいるけど、女神のイメージとあまりにもかけ離れている。
もっと気品に溢れていて、凛とした立ち居振る舞いで。
輝くばかりの金髪で。
透き通った陶器のような肌。
きりっとした目鼻顔立ち。
すらっと伸びた足に、出るところは出ている理想的なプロポーション。
そう。
今、森の中から息を切らして飛び出してきた、あんな女性が目の前にいたなら。
……………………は?
――所詮人生は、誰かの書いたシナリオに過ぎない。
だが、その誰かという存在が神だったとしたならば。
そんなシナリオはこう呼んでもいいのではなかろうか。
「……奇跡だ」
チェック柄のミニスカートに重ねた半透明のロングスカートを翻して。
長い金髪ツインテの女性が、真っ白なブラウスからすらりと伸びた腕で掴んだ木の棒を森に向かって構える。
一部の隙も無いフェンシングポーズは凛々しさなどという生半可な言葉で言い表せるはずもなく、まるで名工が削り出した白い石像のよう。
その姿、まさに女神。
だけど僕はそれ以上に、敵に対峙する厳しさを宿した彼女の表情にすべての思考を奪われた。
「く……っ! この広さなら何とかなる! さあ、かかってきなさいよ!」
…………ずっと探していたんだ。
その表情が出来るキャストを!
僕は、ずっと探していたんだ!
「お取込み中の所すみません! お願いがあります!」
砂利で走りにくい足元など気にもならない。
大声をあげて、彼女の元にひた走る。
「えっ? なに!? ちょっ、いや、今は危ないから近付かないで!」
凛とした、厳しい声が僕を激しく打ち据える。
その怖い声も実にいい! 完璧じゃないか!
「お姉さん! あなたをスカウトしたいんです!」
「聞こえなかったの? 下がっててよ! 森の中で何かに襲われたの! あいつら、すぐにでも襲い掛かって来るわ!」
三つの月に照らされた陶器のような肌が、優しく白くきらめいて。
柔らかな金糸を思わせる前髪を割って、長いまつげに彩られた切れ長から覗く青い瞳が僕の胸を射貫く。
間違いない。
間違いなく彼女は史上最高のキャストになる!
僕は万感の想いを込めて、彼女に熱い想いをぶつけた。
「是非、僕のダンジョンに出演してください!」
「はあ!? ふざけないで!」
「……ラスボスとして!!!」
「………………え?」
「ラスボスとして!!!」
「ほんとふざけんな」
そんな言葉と共に繰り出される蹴りが僕の顔面を穿つ。
…………真っ白なおみ足からは想像もできない激痛。
ギリ見えそうで見えない、絶妙な蹴りの軌道。
胸を抉る、ゴミを見下ろすような視線。
静かな湖畔の森影で。
僕は、何から何まで完璧なラスボスと出会った。
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