僕のダンジョンには中ボスがいない
ラスボス、ちょー怖え
近寄る者を病魔に侵す厄災。
『イリーガル・テラー』。
気まぐれな彼女は十日もひと所に暮らすとすぐに飽き、住まいを移す。
そんな引っ越しの都度、彼女は望む望まぬの別なく多くの命を奪い、その名がネガティブな形容詞によって血みどろに装飾されていったのだ。
ある時、『イリーガル・テラー』は高額の賞金首に指定された。
そのため彼女に挑む冒険者は日に日に数を増していき、瞬く間に大きな村の人口にして二つ分ほどまでに達すると、そこでようやく国は賞金を取り下げた。
『生物』が『厄災』に挑むなどそもそも間違いだということに気付くまでに、人々が払った犠牲はあまりにも大きかった。
……だが未だに、彼女による犠牲者は増えている。
わざわざ後の学生が暗記しなければならない数字を増やす必要もないだろう。
そんな言葉に振り向きもせず剣を握る愚か者が全て病魔に倒れるまで。
その時が来るまで、きっと永遠に増え続いていくのだろう。
赤いレンガで固められた地下道は、その壁を深い緑の粘液に覆われて、時折、総毛立つほどの腐臭が地面にぽっかりと開いた穴から立ち上る。
そして床を伝う赤い毒液は、神木の樹液で作られたブーツがなければあっという間に冒険者の足を病魔で腐らせることになるはずだ。
死と隣合わせの道。
だがその先には、もっと確実な死が待っている。
四名の愚か者は、未だ自分達が愚かなることを知らずに歩を進めるのだった。
「粘液で出来たカーテンのせいで、かなりの遠回りを余儀なくされたな……」
「いやん! もう時間ないわよ、リーダー!」
後衛に控えた弓を持つ長身の男と杖を携えたロングヘアーの女が、前を歩く剣士へ声をかける。
すると、いつでも必殺を繰り出せるよう剥き身の剣を手にした剣士は、足を止めて身をかがめた。
「大丈夫、ゴールへたどり着いたぜ……。へへっ! ここが『イリーガル・テラー』の新居って訳だ!」
彼の瞳が射貫く先は、地下道の形がそのまま漆黒で塗り固められていた。
薄明りを放つ通路の先は真っ暗な大広間。
いよいよ決戦の舞台だ。
だが、剣士より三歩程斜め前を歩く軽装剣士の女が広間直前の天井を見上げて、緊張感のないのんびりとした声で呟いた。
「んと……。トラップっぽいよ、リーダー」
「マジか。……げ。つり天井かよ。外せそうか、モモ」
モモと呼ばれた軽装剣士はふるふると首を振って壁面の一角を指差す。
そこには、天井に備えられた怪しい石の塊が落ちるのを止める仕掛けと思われるボタンが深緑の粘液で巧妙に隠されていた。
「さっすがモモ! よくあんなの一瞬で見つけたな。でもなんで外せねえんだよ」
「んと、さっきあったのと同じタイプ。あたしには硬くて無理」
「俺だってサブウェポン使い切っちまってる。緑ヌトヌトに病魔はねえけど、手でこんなの触ったら武器が握れなくなるっての。……こら、この剣を見つめるなって! 『イリーガル・テラー』に傷を負わせることが出来る唯一の武器なんだからヌトヌトにするわけいかねえだろ!」
前衛二人の真剣なのか冗談なのか分からない夫婦漫才にため息をつきながら、弓を持つ長身の男が三本の矢を剣士に手渡す。
それを握った剣士が、やっぱ俺がやるのかと自分を指差すと、長身の男が当然とばかりの無表情で頷いた。
「……毛利元就かっての」
「それでだめなら小早川の息子も加えて四本にしよう」
「秀秋増やしたって東軍に寝返るだけじゃねえか! ああもう、これでいいよ!」
矢を握りしめた剣士が涼しい顔をした長身の男に叫ぶ。
そして憤慨を表すようにずかずかとトラップへ向かうと、ボタンに勢いよく矢を突き立てた。
……トラップとは。
外敵を駆除、あるいは獲物を捕らえるためのものであり、相手に知性があるならばそれを凌駕する必要がある。
されば、今回は設置した者の知性が彼らのそれを上回ったと言えよう。
フェイクのボタンにショックを与えたことによって、本当のトラップである足元の吹き出し口から真っ白な粘液が噴き出すと、剣士の足を瞬く間に飲み込んだ。
「しまった! ……くそっ、この粘液、重い! まるで動けねえ!」
「「「リーダー!」」」
想定外なトラップの発動。
ダンジョン攻略において、もっともパニックに陥る瞬間。
三人が同時に声を上げて剣士の元に近寄ろうとしたその時。
彼らの心に大きな隙が出来たその時。
…………広間の奥から、おぞましい笑い声が叩きつけられた。
「くふっ! くふふふふっ! きゃーっはっはっはっは!!!」
「やだ……! いる! 中にいる!」
「落ち着け! リーダーを守るよう陣形を組め!」
「うう……。分かった……」
長身の男の指示で、広間の暗がりに飛び出した三人が得物を構えて横に並ぶ。
そしてジリジリと距離をあけながら、視界ゼロの暗闇の中を前進し始めた。
さすがは場数を踏んできた冒険者。
お互い距離を取り、三人のうち誰かが悲鳴を上げたらそこに全火力を注ぐための布陣が整った。
声をかけ合わずとも、その対応に狂いはない。
だが、未だ心は動揺したまま。
今しがた刷り込まれた恐怖が、胸中を支配したままだ。
鎮めたいのに、呼吸が荒くなる。
集中したいのに、鼓動が激しく打ってまるで落ち着かない。
あと一つ予想外の事が起きたら、確実にパニックに陥る。
……そんな彼らに、無慈悲な結末が訪れた。
「ぎゃーーーーーっ!!!」
「う、うしろだと!?」
「リーダー! リーダー!!! いやーーーーーっ!」
剣士の頭上に浮いたトラップのような天井。
そこは、隠し通路の出入り口だったのだ。
暗い広間の中、視界内に唯一映るのは通路から零れる光。
その光を背負い、全身に粘液を纏った女が狂気の笑みを浮かべて目を見開いた。
「イ……、『イリーガル・テラー』……」
「もう、おしまいよ……。あんな化け物に挑んだのが、間違いだったのよ……」
「ウフ。うふフふ。あナタたち、こイつヨリがんじョウ? ネえ、ガんジョう? カラだがハンブんになッテも、あタシとアソんデくレル? レル?」
……そして、長い夜が始まった。
パーティー内で唯一自分にダメージを与えられる武器を握った男の顔面に即死性の粘液を落とし続ける『イリーガル・テラー』は、広間で震える事しか出来なくなった冒険者の断末魔を、時間をかけて、ゆっくりと味わうのだった。
††† ††† †††
花冷えも落ち着いて、ようやくこうして外でご飯を食べることができる。
でも、キャンピングテーブルが今までより狭く感じるな。
ま、当然か。
ご飯を食べるメンバーが一人増えたんだから。
「大河! これ美味しい! マカロンサラダ!」
「マカロニだ、イナカもの」
「毒舌っ! でも美味しい!」
五人で使ってた時点で既に狭かったんだ。
ご機嫌笑顔でサラダをかっこむ金髪ツインテが増えたせいでギッチギチ。
料理がテーブルから落っこちそう。
……理想のラスボスを僕のダンジョンに迎え入れてから三週間が経った。
アーシェもすっかり芝居に慣れて、最近ではお客様から高い評価を貰っている。
やっぱり、僕の目に狂いはなかったようだ。
「しかしバッドエンドとは参った! 最後の迂闊だった~! 反省会だ!」
「いやん! ストーリーが面白かったからいいじゃん、リーダー!」
リーダーと呼ばれている浅黒いスポーツマン体形は
そのあだ名の通り、パーティーリーダーの剣士役。
そしていやんいやん騒がしいストレートロングが
魔法使いのアッキーは、ゲーム開始前に僕が準備した魔法カプセルを持ってダンジョンに入る。
セカンド・ランドの
……まあ、ほんとはカプセルもアウトなんだけど。
「うん。……アッキーの言う通り。怖かった。……ピザおいしい」
「お前はいつもいつも人の話を聞いてない上に突拍子もないな」
のんびり屋のくせに抜群の反射神経を持つ
ぼーっとしたタレ目からは信じがたいけど、避けタンクの軽装剣士。
そして常識外れのトラップ発見率を誇るパーティーのリード・オフ・ガール。
そんなモモちゃんにツッコミを入れたのが
長身痩躯、落ち着きのあるアーチャー役のタニフーは、僕のダンジョンに興味を示してこのパーティーメンバーを集めてくれた恩人だ。
この四人のクラスメイトは、スタッフと呼んでもいいお得意様。
月曜と金曜はみんなに貸し切りなんだ。
火、水、木は一般のお客さんが利用してくれるんだけど、単にコボルドをいじめて遊んだり、トラップに憤慨して帰ってしまったりという方がほとんど。
本物の
その点、この四人はRPGというものをよく分かってくれている。
例え張りぼての敵を目にしても、全力で挑んでくれるんだ。
反応が遅れた時は、自分でヒット判定を宣言して戦線離脱してくれるんだ。
……そんな彼らに恩を返したい。
本物の
アーシェが加入してくれて、僕は欲が出てきたようだ。
「あーちくしょ! なんで毛利元就のネタとか振るんだよ! ピザうめえな!」
「すまん、つい。……しかしお前ら夫婦は語尾まで一緒なんだな」
「夫婦じゃねえ! おいモモ! お前からも何か言ってやれ!」
「……ねえ大河。アーシェの演技、上手くなったと思わない?」
「聞けよ人の話!」
いつもの騒ぎに、アッキーとアーシェがピザを片手に揃って大声で笑う。
リーダーはいつも愉快だな。
それにしても、最初はあれだけいやだいやだ言ってたくせに。
どうだろうこの変貌っぷりは。
「…………アーシェ。名演」
「ほんと? もっと褒めてもいいかもよ、大河! でも今回はちょっと悩んじゃったんだけど、全滅エンドで良かったのよね?」
いつからだろう、アーシェは僕に後ろから抱き着いてしゃべるようになった。
食事中に席を立つとか、はしたないぞ、女王。
まあ、頭の上に何かが乗っかる感触が良いので拒否はしないけど。
「あれでいいの。浄化の剣、『露払い』のマスターが戦闘不能になった時点でバッドエンド。大変良いお芝居でした」
「いやん! ほんと怖かったんだから! アーシェってわかってるのに気絶しそうになっちゃった!」
「……あたし、パニックでどうしたらいいか分からなくてキスしそうになった」
さすが変幻自在のボケ若者、モモちゃん。
意味が分からん。
みんなが指を差して笑っているけど、今回のRPGが一般のお客様にも大ウケした一番の功績があるモモちゃんを僕は笑うことが出来ない。
月曜の、いつものテストプレイで指摘してくれたんだ。
ホラー系RPGなのに通路が怖くないって。
だから半信半疑で粘液を塗りたくってみたら、お客様アンケートで「普通の通路ですらドキドキしてよかった」という声が多かった。
しかも、あの粘液の派生で最後のトラップを思い付いたし。
モモちゃん様々だ。
そのお礼を込めて、ダンジョンに通路を増やしてみたんだけど。
「大河。通路が増えてて驚いたよ。どうやったんだ?」
なんてタイムリー。
タニフー、超能力者?
「…………コボルドが掘ってくれたの」
「いやん! 舗装もびゅーちふる!」
「おお、すげえなコボルド! 綺麗好きなんだな、コボルド!」
「リーダーがやられたトラップもいいアイデアだったな。機械仕掛けなのか?」
「…………コボルドが口に含んで吐き出したの」
「ふざけんな大河! きたねえな大河!」
……ご飯を食べて、遅くまで騒いで。
そんなことが出来るのも、『コーポ・江口』が他に誰もいない丘の上にぽつんと建っているおかげだ。
所詮人生は、誰かの書いたシナリオに過ぎない。
こんな幸せを手に出来ているのも、きっと誰かの思惑。
そう考えれば、人なんて簡単に騙されるものなんだということが良く分かる。
……誰かの利益の為に、誰かに踊らされて。
でも、そんなことに気付けるはずはない。
だってこんなにも楽しいんだから。
こんな幸せをくれるみんなに、僕がしてあげたい事。
本物の
笑いがあって、涙があって、興奮があって。
もっと深いダンジョンに、サード・ランドのキャストを集めて。
……そのために、まず欲しい物。
それは、二階層目に降りる階段を守るゲート・キーパー。
つまり中ボスだ。
でも、どうやって探したらいいんだろう?
――夜も更けて、みんながそれぞれの寮へ戻る頃合いになった。
誰かが席を立つと、他の誰かが続く。
この光景を見ると、いつも寂しくなる。
そんな気持ちが伝わったのか、アーシェが後ろから抱き着いてきた。
抱き枕じゃないんだ、やめて欲しい。
普段ならそんな悪態をつくところだけど、今日のところは勘弁してやろう。
……後頭部も気持ちいいし。
「それじゃみんな! また月曜日にね!」
アーシェが手を振ると、おうと気合いの入った返事が届く。
そして女子二人がアーシェに手を振りながら声をかけてきた。
「……シャワーありがと、アーシェ」
「いやん! 可愛いバスルームでドキドキしたわ!」
「ヌルヌル落とすの大変だったよね~! 匂いも酷かったし!」
そんな彼女たちのプチセクシーな会話を割って、遠くからリーダーが叫ぶ。
「大河! ダンジョンの方は匂い取れないんじゃねえの?」
「…………頑張る」
「頑張るって言ってもよ……。来週も匂い残ってそうだな」
うええとか言わないでよみんな。
頑張るから。
それに、次回のシナリオには自信があるんだ。
「…………来週は異色。多分誰もやったこと無いと思うけど、絶対面白い。意見を聞いて、セカンド・ランドでも上演したいほど」
「おお! そりゃ楽しみだ! ……ダンジョンはまだ臭そうだけどな。で? どんなRPG?」
「…………グルメRPG」
彼ら四人は、パーティー歴半年になる息の合ったメンバーだ。
それを証明するかのように、ピッタリ同時、異口同音に突っ込まれた。
「「「「再来週にしろ!」」」」
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